第10.5話 スフェラ領地だからこそ・後編 ※ロルフ視点あり※
ボッと顔を真っ赤にするクラウスに私は頷いた。なんて可愛らしいのだろう。ギャップ萌えに早くもやられそうだ。
「そうよ。三年前から、クラウスが大好きだもの」
「…………愛い。………ずるい」
「嫌?」
「いえ…………もっと、私を……特別扱いして……ほしいです」
耳まで真っ赤なのは可愛い。思わずハグをしたら固まってしまった。
「あ」
「お嬢……。コイツは三年前とは違う──今や乙女系純情かつ恋愛脳満載のクソ面倒な人格になっている」
「おとめ……じゅんじょう??」
今までのクラウスのイメージからかけ離れた単語だったので、頭に入ってこない。今まではザ・黒幕というようなミステリアスかつ超有能な執事で、女性の扱いもお手の物。海千山千の怪物──と思っていた。
だから三年前、私が一時的に偽装婚約すると決まった際に、クラウスに玉砕覚悟で告白したのだ。「王都から戻ったら返事が欲しい」と。
あの時のクラウスはにこやかに微笑んだ。いつも通りに完璧で整った笑顔だった。それが三年合わなかっただけで、純粋培養乙女系男子になっているなんて考えられない。
「ロルフ、クラウスに何をしたの?」
「んー、あーーーー」
ロルフは動かなくなったクラウスを担ぎ、進むように促してきた。しかしそれで誤魔化される私ではないのだ。
「ロルフ」
「まあ、その……色々あったんだ」
そう前置きしてロルフは語り出した。
**ロルフ視点**
三年前。
お嬢がクラウスに告白をした後、王都に向かった。クラウスはいつものように作り笑顔でお嬢を見送った──はずだった。
「…………………………」
(お嬢の初恋相手がコイツか……。いや初恋なら俺だろう。まだ幼い頃は俺に懐いてくれていたし……!)
お嬢がいなくなったことで、屋敷は急に物静かになった。だからか、あのクラウスが消息不明になっていると気づいたのは三日目の朝だった。
戻ってきたクラウスは珍しく髪や服がボロボロで珍しく疲弊していた。
「おい、ポンコツ……」
「なんだ、陰湿執事」
「…………お嬢様が頭から離れない。それなのにお傍にいないと落ち着かなくて、胸がなんだか可笑しいんだ。一度心臓を取り出しても異常はなかった」
「取り出したのか……」
「瞼を閉じても、お嬢様の笑顔が目に焼き付いて離れない。傍に居ないとそわそわしてしまう……これは、いったいどのような症状なのか分かるか?」
いつも完璧な笑顔で飄々していたのが嘘のように、困惑してコロコロと表情を変える。コイツとは長い付き合いだが、こんな風に取り乱すことも、悪巧みを考えている時とも違った顔を見たのは初めてだった。
「へえー。それってやっとお嬢の気持ちに気づいたってことか?」
「お嬢様の……気持ち?」
「お嬢のことが好きってことじゃないのか? 俺は元が妖精だから感覚は人と違うが、お嬢はお前を好いていたから、告白したんだろう。で、お前はその気持ちを受け取って心が揺さぶられた。違うか?」
クラウスは難解な数式を解く学者のような顔で、自分の気持ちを分析、解析しようとしていた──が、思考が停止するのか、固まってしまう。
現実に戻ってくるまで一日以上掛かる時もある。なんとも迷惑な話だった。
「そうか。あのクラウスがねぇ。春だね~」
そんな暢気なことを言いつつ、屋敷の一角にある林檎農園でせっせと草むしりなどしているのが、我らの主人。今代の当主だ。
日中の数時間に仕事を終わらせて、一日の半分以上は林檎農園で研究を勤しんでいる。
「当主。そんな暢気なこと言って良いのですか?」
「あのクラウスが人間らしくなるなんてね。それも私の娘が変えたんだ、これは凄いことだと思うんだよ」
当主は熟れた林檎を丁寧に摘み取り、微笑んだ。普段は穏やかで、朗らかな笑顔を向けるが、ひとたび当主としての顔を見せれば誰よりも苛烈で、冷徹で、人を魅了する。歴代の当主の中でも眩い輝きを放っていた。希代の勝負師。
「林檎はね、運命を動かす聖なる果実なんだ。この大陸の中で三種族の中心にある特別な領地。それが独立して一気に経済の中心となれば──きっともっと楽しいことが起こる。そう思わないかい?」
そう笑っていた当主は、俺を含めた屋敷全員にクラウスの恋愛指南を命じた。意味深な言葉だったが、単に新しいオモチャの反応を楽しみたかったのか──俺にはよく分からなかった。
「クラウス、これは私が愛読している『人生と愛』という本ですが良ければどうぞ」
「ハンス、助かります」
「私は女心についてレクチャーするわ」
「ヨハンナは元は男では?」
「黙りなさい」
「私は巷で人気な恋愛小説です!」
この土地には多種多様な種族がいる。
その場合、恋愛観というのもそれぞれで、種族特有の恋愛話で盛り上がり、更に主にリーンの持って来た恋愛小説に嵌まり、様々な恋愛小説を読破した結果──ああなった。
***
「──ということで、三年間の間に数千冊の恋愛小説を読み尽くした結果があれだ」
「全然意味が分からない。あとお父様の回想、いる?」
「そこはあってもいいだろう。……いやまあ、流れとして当主が望んだ結果、俺たちもできる限り、恋愛についてレクチャーしたんだ」
(恋愛小説読んでどうして初心な反応になるか。……ぜんぜんピンとこない)
私の告白でクラウスは目覚めちゃったのだろう。とりあえず私と契約した副作用でないことに安心した。
私としては好きな人が自分のことを好いてくれて、両思いなら願ってもない。
(クラウスとは落ち着いたら、お付き合いについて色々話そう。……でも、まずは親族の処理と、あの刺客たちの対応ね)
父の代では少数精鋭だったため、ハンスが料理なども担当していたし、門の護衛もゴーレムのティムとレオがいれば十分だった。稀に暗殺や殺し屋が屋敷内に入り込むが、大半はロルフ率いる騎士団かクラウスに捕縛あるいは粛清される。
(まあ、大半が私と関わった、あるいは人質にした結果、私が気に入ってしまったというのがことの顛末なのだけれど)
お父様には「私の可愛い子は、またとんでもないものを拾って来た」と、頭を撫でて褒めてくれた。
街に出たときや、私を殺しに来たとき、彼らは濁った眼差しを私を見返す。手を差し伸べたとき、ほの暗く光の宿っていない瞳が光を取り戻して、表情が柔らかくなる。その瞬間が好きだ。
「希望なんてない、神様はいない。絶望しかないんだ」なんて状況を蹴飛ばして、世界は明るくて、美しくて、希望はある──そう、思わせたい。
そう私が勝手に願って、自己満足で、偽善的な行為。
あくまでも私の我が儘で、気まぐれだ。
「…………どうして、私をポンコツが担いでいるのでしょう。こういうときは恋人がお姫様抱っこをするのでは?」
「クラウス。目を覚ましたのね」
「お嬢に抱き上げられるとか、良いのかそれで」
「……私の愛しい人なら…………」
ポッと照れている。うん、なんとなく乙女的な感じになるワードが、だんだん掴んできた気がする。今回は『お姫様抱っこ』がトリガーだったのだろう。
(でもクラウスが私をお姫様抱っこしていたときは、いつもクラウスだったけれど……)
「私の愛しい人?」
「ううん、クラウスが望むのなら、強化魔法をかけて私がお姫様抱っこするわ」
「…………大胆……愛い」
(自分で望んでおきながら……照れるのね)
「お嬢……受け入れるの早すぎないか」
「そう?」
ロルフが頭を抱えていたが、好きな人の希望ならできるだけ叶えたい。それに恥じらうクラウスも、紳士的なクラウスも、腹黒で何を考えているか不明なクラウスも嫌いじゃない。
ということで有言実行。指輪の力を使って、ロルフからクラウスを受け取る。クラウスは両手を顔にあてて「キャ」とはしゃいでいる。
照れているところもなんだか普段のギャップと違って、胸がキュンキュンしてしまう。
「指輪の力の無駄遣いなんじゃ」
「これは大事なことよ」
「そうだ、ポンコツ」
「……そうなのか、いや絶対に違うだろう!」
ロルフは一瞬、納得しかけたがツッコミを入れる。私としてはクラウスが喜んでくれているのなら、この運用も有りだ。
「こんな感じでどう?」
「…………そうですね、私の愛しい人の顔がとても近くて、……良い匂いがしますし……愛い……まつげが凄く長くて、……大人っぽくなられて、瑞々しい唇に……キラキラした瞳…………愛い」
令嬢と従者。本来ならあり得ない構図なのだけれど、私が良いと言ったら使用人たちは基本的に受け入れる。
もっとも皆は『お姫様抱っこ』を指摘したら、自分の時は指摘されるかもしれないと思うからだ。
(特にチャムとレオは私の肩に乗るのがお気に入りだし、ミーやニーは私の膝の上に座るのが好き。ヨハンややロルフは私を抱きかかえるのが好きだし……みんな普通の令嬢と従者の距離感じゃないもの)
「みんなのお嬢だっていうのに、独り占め宣言か。拗らせ執事」
「独り占めもなにも、そう言う契約で、私の愛しい人からのプロポーズですから、ポンコツは黙ると良い」
「誰がポンコツだ? 斬るぞ」
「ははっ、その剣で? ご冗談を」
「(またクラウスとロルフの言い合いが始まった。二人とも仲良しだな)……あ、クラウス。あなたのせいで仕事が増えたのだから、しっかり働いてもらうわよ」
私の宣言を挑戦状として受け取ったのか、クラウスは楽しそうに「勿論です」と言葉を返す。彼のせいでいろんな所に手紙を送ることになったし、領地内とはいえ場を整える必要も出てきた。
「それと開発中だった飛行船の進捗の確認も至急お願い」
「飛行船? ……ああ、なるほど。そういうことですか」
(今の発言で何もかも筒抜けなのが怖い。あと急に執事モードになると色香が半端ない……)
「承知しました、私の愛しい人」
三年前以上に、クラウスに振り回される日々が始まりそうな──そんな予感がした。けれどそれは王都で暮らしていたよりも刺激的で、わくわくしているのは、ロルフやクラウス、みんなのいる屋敷に戻ってきたからだろう。
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