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第10話 スフェラ領地だからこそ・前編

 熱がないようなので額を離したら、クラウスが目を潤ませている。仕事モードと違って、なんだか可愛らしい。本当にどうしちゃったのかしら。


「お嬢様、さて招かれざる客人たちの処理は、どのように致しますか?」

「そうね」


 ハンスが声をかけたことで、私の意識はクラウスから捕縛された刺客たちに映った。


「あ……むぅ」


 クラウスはまた急にシャンと姿勢を正した。彼のことは、後でじっくり、しっかり、屋敷のみんなから話を聞く重要案件だと認識を改める。


(さて……。私を殺しに来た人たちは──っと)


 黒服で顔を隠しているか、フードを被っている。パッと見ても十代から二十代と思ったより若い。

 こういう時、悪の女王なら気丈に、そして容赦なく平坦な物言いで対応する……はず。そう彼らは、私の大事な家族を殺そうとしたのだ。そんな者たちに、慈悲は与えない。与えないけれど──。


「暗殺未遂の証人ですし、しばらくは屋敷の地下投獄に繋いでおいて――その後は死か、領民あるいは、私の麾下に入るかの選択をあげましょう。足を洗って普通に暮らしたいのなら、希望も聞くわ」

「え……え?」

「は?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ご??」

「そうか殺──え?」


 今まで話を聞いていた暗殺者と魔女の表情が変わった。 

 エル・ファベル王国であれば、爵位を持つ相手に刃を向ければ死罪が基本だ。しかしここはスフェラ領であり、その法は領主である私が決められる。


(驚いてるわね。まあ、それが普通の反応だわ)


 だからこそ傲慢に、そして恩赦を与えられるだけの余裕がスフェラ領地にはあるのだ。


「この領土で暮らすのなら、再雇用までの保証をするわ。ただ領主として領土を損なう言動をした瞬間に、死ぬ誓約書を書いて貰うけれど」

「良心的すぎる!?」

「嘘だろ!?」

「あわわわわ……」

「自分の命を狙った相手を飼い慣らすとか、頭おかしいんじゃないのか?」

「……酷い言われようね」

「あー、私の時も同じこと思っていました」

「お嬢様は寛大で慈悲深いですからね」

「また私の愛しい人(マイハニー)は……浮気ばかり……」

(みんな言いたい放題ね……。あと浮気って……)


 好き好んで暗殺、あるいは殺し屋になった訳ではない者もいる。そうせざるを得なかった環境や、生い立ちに踏み入ることはしないが、選択肢の幅を増やすことぐらいは出来るのだ。

 少なくとも私の屋敷にいる者たちの大半は、元殺し屋か暗殺者などの訳有りばかり。居場所がなくて、組織からも逃げ出せずにいる者も多かった。


 暗殺者を屠り続けるよりも、味方にしてしまったほうが生産性もあるし、救済処置も領主の仕事の一つだ。もっとも最初から裏切るような人間は、この場には残していない。そう言った者は私に合わせることなく、みんなが処理して適切な対応をしていることが多い。


「ここにいる使用人たちの半分ぐらいは、私のことを殺しにきた人たちがいるわね。ちゃんと名前とか身分も新しくして、足を洗って貰ったわよ」

「──っ」

「そんな……ことが?」


 暗殺者や魔女の表情が一変する。


「帝国だろうと王国だろうと──ここではスフェラ領地の法が全て」


 お父様が毒をもって毒を制すとよく言っていた。暗殺や襲撃が多い我が家にとって、強者を囲うのは当然の判断だろう。まあ、この屋敷に入ったら矯正プログラム的な指導が入るらしいけれど、衣食住と給金もいいからホワイトなはず。たぶん。


「貴方たちが、どのような経緯で今の立ち位置にいるのかは知らないけれど、これも何かの縁。今までは自分で選べず、この道を選んだとしても──今、この瞬間からこの先の未来は自分で選びなさい」


 もう一度だけ、どう生きるのかの選択肢を彼ら自身に返して上げたい。

 まあ、一度きりの恩赦を与えるのは、身内の被害が出ていない、未遂で終わったからなのだけれど。

 その選択肢がどれだけの恩恵なのか分かる者は、大抵この地に残る。この領土は複雑な事情を持つ者にとっては、住みやすい場所なのだ。


「あ、そうだったわ。魔女教会(カブン)の一角、原色の魔女、貴方は私の父の事故死に関わっている魔女様なのかしら?」

「わ、わわわわ私は──」


 原色の魔女は青、赤、黄色と三つの異なる属性の魔法を使うことができる。そんな彼女は亜麻色のもっさりした癖髪で、前髪も長くて目元が見えない。古くさいローブを羽織っていて、黒衣服も年代物だ。私と同じくらいかと思ったが、胸がとても大きい。なんだろう、負けた気がする。


「私は……すみません。覚えていないのです……」

「覚えていない?」

私の愛しい人(マイハニー)、原色の魔女は、洗脳魔法と呪いの多重効果で単純な命令を聞くだけの人形となっていました」

「え、なにそれ。怖い」

「すいません、すみません……うう」


 洗脳効果が切れたのか、すっかり怯えてしまっている。

 魔女協会(カブン)は人と人外の架け橋として存在する。薬の開発、魔法や魔術の研究、叡智の探求をし、時に語り手ともなると聞く。魔女の秘薬、魔女の呪いと祈り、魔導具などもろもろあるが、それから最も遠い暗殺の実行犯。

 明らかにスフェラ領主を舐め腐った態度だ。


(スフェラ領地の領主、お父様と私を殺そうとするなんて──なんて馬鹿なの? 馬鹿なのね! 王家も何を考えているのかしら!)

私の愛しい人(マイハニー)魔女協会(カブン)のことは既に調べてありますので、報告は今しばらくお待ちください」

「分かったわ。……ハンス、少し時間をおいてから彼らの返答に合わせて対応をお願い」

「かしこまりました、お嬢様」


 それだけ告げると、後の処理を執事長のハンスに任せて自室に戻る。クラウスはいつの間にか姿を消していた。うん、執事モードだと本当に神出鬼没だ。

 廊下を出ると金髪碧眼の偉丈夫――ロルフが待っていた。忠犬かと思うほどケモ耳と尻尾が見える。


「ロルフ」

「自室に戻られるのか?」

「ええ」

「お供しよう」

「ふふっ、拒否しても付いてくるのでしょう」

「バレたか。……にしても、また屋敷に再雇用者を増やすつもりか?」


 二人きりの時、ロルフは少し砕けた言い回しになる。

 甲冑音を響かせながら隣を歩くロルフは問うたので、「さあ、彼ら次第よ」と言葉を返す。私は単に選択肢を少しだけ増やしただけだ。

 私の我が儘。

 気まぐれのようなもの。


「お嬢は、本当にお優しい」

「そんなことないわよ(悪女らしい振る舞いだったと思うけれど……失敗だったかしら)」

「お嬢の代ぐらいだぞ。雇用者が以前よりも倍に増えたのは」

「そう……だったかしら?」

「ウーテなんて手を繋いで屋敷の中に戻った時は――ひと思いに殺……いえ、屋敷も騒然とさせていただろう」

「中庭の噴水に引き摺り込んだのに、泣きながら殺せないというのだもの。放っておけなかったのよ」

「ヨハンナとリーンも暗殺で潜り込んだのに……」

「行き場所が無いし、呪いも掛かっているのは不憫でしょう」

「ロベルトも成り行きだったか……。節操なしと言われてもしょうがないと思うぞ」

「そのとおりです、私の愛しい人(マイハニー)

(クラウス、いつの間に!?)

「今の料理長や庭師、侍女、騎士や馬番、諜報員の何人かも、お嬢様が連れてきたようなものです。その上さらに増やそうなどと……浮気です……」

(浮気ではないのでは?)


 私が王都に向かう前の、幼かった頃の話だ。

 それは結構な頻度で私が拾って来たので、父は再雇用専門施設を設立して住み込みでの働き口を作る制度を作り上げた。それによって三国に居場所がなかった人たちが衣食住を求めて領地を訪れるようになり、スフェラ領はさらに発展を遂げることになった。


「家族は多い方が楽しいでしょう。それに元々人手は足りなかったもの」

「そうかもしれませんが……」

「クラウス、私は浮気はしません。愛するのは一人だけよ。情愛と家族愛は違うわ」

「……愛は愛なのでは? ……違いが分かりません。私の愛しい人(マイハニー)

(うーん、そこからか)


 納得していないと言わんばかりに、彼は私から視線を逸らす。すでに執事としてキリリとしたクラウスはいない。道が分からなくて困っている子どものようだ。

 本当にこの三年の間に、何があったのだろう。


(まあ、そのあたりは後で聞くとして……)


 クラウスと手を繋いだ。普通の繋ぎ方ではなく、お互いの指を絡めて繋ぐカップル繋ぎという。


「……私の愛しい人(マイハニー)?」

「これは恋人や特別な人だけがする繋ぎ方よ。私がこの繋ぎ方をするのは、クラウスだけだといったら、分かる?」

「……………………わたしが、とくべつ……だから?」

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