第9話 悪女であり女王の仮面を被りましょう
クラウスは蕩けるような笑みで、私を出迎えた。
(……え、この乙女全開のクラウス似のクラウスは誰????)
ロルフたちに視線を向けると、あからさまに視線を逸らした。あ、これは何か知っている顔だと察する。
「私の愛しい人。………………コホン、失礼。貴女の姿を見て気を抜いてしまいました。さて後始末の話をしてしまいましょうか」
(え!? 急にいつも通りの凜とした姿になったわ! しかも頬も赤かったのに、一瞬で変わった!?)
サクッと仕事モードに入ってしまった。色々ツッコミたいけれど、確かに後にしたほうがよさそうだ。
「ええっと……それで、彼らが襲撃にきた実行部隊?」
「はい。雇い主を話してくださいましたので、お呼びいたしました」
「そう。魔族だけじゃなくこんなに結構いるなんて、よっぽど私を亡き者にしたいのね……」
クラウスの言葉一つで眩暈を起こしそうになったが、ここで軟弱な娘だと周囲に印象付けられるのは業腹だと耐える。
「……それで、誰が私の命を狙おうとしたのかしら?」
気丈に振る舞いながらも、内心は恐怖に蝕まれそうだ。そんな私の機微に気付いていながらも、クラウスはためらいなく答える。
「こちらの魔女教会の一角、原色の魔女様の依頼主はラインハルト第三王子、及び宰相トビアスによる依頼とのこと。私の愛しい人の事故死を狙っていたとか。次に暗殺ギルドのガーナイト様一行は、お嬢様の叔母であられるジェニー・フォン・シュバルツ・ナイトメア様から屋敷内全員の皆殺しをご希望だったとのこと。同ギルドでマックス様ご一行は連盟になりますが、ご親戚であられるピーター様、テリー様、マイキー様は旦那様の書斎から指輪の奪還と、お嬢様の殺害を命じられたそうです」
(親戚たちはわかるけれど、まさかラインハルト第三王子まで? 婚約破棄を言い出すよりも、私を殺して自分の不義理を無かったことにしようとした――?)
親族たちの反応は、父の葬儀を見ていたからこそあまり落ち込みはしなかったが、王子まで私の死を願うほど疎まれていたという事実が正直、ショックだった。
王子に愛情は無かったけれど、まさかここまで恋に溺れ周りが見えていないとは思っていなかったし、よりにもよって王家と伯爵家の契約をこのような形で裏切るとは思ってもみなかった。
「……そう」
扇子を使って口元を隠し、身内よりも王子の軽率さにため息が零れた。しかし、落ち込んでもいられないと、自分を鼓舞する。
「クラウス、すでに動いているのでしょう。進捗報告をお願い」
「………………………………………………」
「クラウス?」
何か問題でもあるのかと視線を投げかけたら、クラウスと目が合った。その瞬間、ぶああああ、と顔が真っ赤になる。
(え、なんで!?)
「愛い」
(うい??)
「………………コホン、失礼。はい。私の愛しい人を侮辱されたことを鑑みて、ご親族の方々には殺害未遂として当家の騎士団を派遣して捕縛中です。本日中にはカタが着くでしょう」
(早っ、そして怖っ! 騎士団ってことは……猟師妖精集団ね。久しぶりに空を駆けて、戦場を巡っていそうだわ。戻ったら湯船にしっかり浸かって、清めの塩を用意しておこう)
今頃、私を殺そうと画策していた親族たちは軒並み地獄を見ているのだろう。つくづく血縁関係に害悪しかいない。お父様もどうして、早々に駆除しなかったのか。
『林檎の木を育ててみて実感しているのだけれど、害虫も自然界では必要な存在だからね。ほら、特定の雑草を好んで食べるから自然に草刈りの助けになるし、天敵に食べられて生態系を維持するだろう。そして死んだ害虫は土壌の有機物となって、大地に戻り肥料となる。害虫だってちゃんと《役割》がある。そう思わないかい?』
お父様は暇があると、林檎を丹精込めて育てていたのを思い出す。趣味の一環と言っていたけれど、いつもお父様の言葉には色んな意味が含まれていた。
(害虫……お父様はあえて親族たちが増長していくのを眺めていた? どうして?)
クラウスの『後継者はいた』という発言を思い出し、全ては私──後継者を育てるために、その試練として悪辣な親戚たちを残して逝った。それならいろいろなことも辻褄が合う。それと同時に、お父様の無茶苦茶なところにも腹が立った。
(お父様が賭けたしたのは……っ、自分の命まで賭ける必要なかったじゃない!)
グッと下唇を噛みしめ、それでも悪女の顔を崩さず、黒の扇子で口元を隠す。
「(お父様が何を思って、私に託したのか。それは後日、調べるとして……)まあ、思ったよりも、あっけなかったのですね。これでもナイトメアの一族なら三日ぐらいは頑張って欲しいのだけれど」
「愛しい人、自分が言うのも業腹ですが、あの軍団と正面衝突してなんとかできるのは、魔族の騎士団か近衛兵たちぐらいですよ」
「まあ。私の屋敷の者たちはみんな優秀なのね」
騎士団が、と言うと傍に居る子たちが過敏に反応するので全体を褒める。そうすると分かりやすいぐらい口元が緩んでいく。ハンスは泣いているけれど。ミーやニー、ヨハンナたちは嬉しそうだ。
「他に何か指示を出しておきますか?」
「……そうね。叔母様と従兄殿は私が直接話をつけるから、あの二人は放置しておきなさい。どうせ明日には我が屋敷がどうなったのか気になって訪れるでしょうし、その時にナイトメア流のおもてなしをしてあげましょう」
「そうおっしゃるだろうと思い、準備はしております」
(準備出来ているんだ! 準備ってなんの準備したの!? 気になるけれど、聞いたら絶対に後悔しそう……)
怖くてそれ以上突っ込めないので、さも知ってます風を装って話を逸らすことにした。
「そう、それは楽しみね。……さて親戚問題はこれでカタがつくとして、王子と宰相のほうはどう? まさか何もしてないって訳はないでしょう?」
「勿論でございます」
クラウスは嬉々として現状を語るのだが、これ以上心臓に悪いことはないはず。そう腹をくくっていたが、それはあまりにも私の認識が甘かった。
「エル・ファベル王国には、スフェラ領の独立宣言を国王陛下に送りつけました。ああ、もちろん婚約破棄、暗殺の詳細と証拠も揃えて。慰謝料などもしっかり請求済みです。亜人族のアトラミュトス獣王国国王、ティリオ国魔王にもスフェラ領が独立国となる旨を書簡にて送っております」
「………………………………どくりつ?」
「はい」
クラウスは心底嬉しそうにはにかんで微笑んだ。なんて良い笑顔──って見惚れている場合ではない。
今、何と。
独立宣言という言葉を噛みしめる。
(は。はああああああああああああああああああ!? 独立ぅううううう!? クラウス一体何を考えているのぉおおおおおおおおお!)
絶叫と失神しなかった私を誰か褒めてほしい。全力で褒めて、そして「お前も大変だな」と是非とも労ってほしい。
我が領土は現在エル・ファベル王国の一部だ。
もっとも遙か昔、独立国だった我が領土に対してエル・ファベル王国国王が様々な条件を提示したことで属国を受け入れたとか。
スフェラ領は魔族、亜人族、人族の三か国がそれぞれ貿易、通行が可能な唯一の領土となる。王国の一部だったのでエル・ファベル王国は、今まで関税を無料同然にしていたのだ。独立すれば王国からも関税を課せられる。つまり大きな損害を被るのはエル・ファベル王国ほのうだ。
つまりは端的に述べると、全面戦争も辞さない宣戦布告してきたとなる。
(あーーーーーーー、今すぐもふもふに包まれて二度寝したい。あるいはウーテ作アフタヌーンティーと、ヨハンナの淹れた美味しい紅茶を用意して貰って、優雅な午後の一時を楽しみたい。クラウスとお茶ができたら楽しいかも……ふふっ)
ちょっと現実逃避しかけたが、今回は逃げている場合ではないのだ。
「私の愛しい人との……お茶なら……いくらでも……」
(──ハッ!? 心を読まれた!?)
急に仕事モードがオフになったのか、クラウスのもじもじした反応を見て、私は現実に引き戻された。そもそも照れているクラウスとかギャップ萌え過ぎる。
私も一瞬、気が抜けそうになったけれど耐えた。
「クラウス……。貴方、最初からことを大きくするつもりだったのね」
「これぐらいの報復は当然ではありませんか。私の愛しい人、元ご当主も常日頃から報復は三倍返しだと」
(言った覚えが無いのだけれど!? あ。でもお父様はなんか良いそうね)
ジロリとクラウスを睨んでいると、嬉しそうに目を輝かせて微笑んだ。何故楽しそうなのか一ミリも分からない。私の伯爵当主就任が一気に領主いや女王就任とか笑えない冗談だ。
「クラウス」
「私の愛しい人ならきっと乗り越えられると思いまして、先手を打たせて頂きました。できるだけ速やかに婚約破棄もろとも進めております」
悪びれるそびれも無く彼はにっこりと微笑んだ。
クラウス――私の執事はそういう男だったことを私は今さらながら思い出す。彼は昔から無理難題ギリギリのラインを見つけて、課題を出す天才だった。
「私の愛しい人ならできると信じております。――そうでしょう?」
「そんな訳あるか!」と叫べたらどんなに楽だろう。
どんどん自堕落なのほほんライフからは離れて言っている気がするが、今が踏ん張りどころだと腹をくくる。
令嬢としての仮面では対応できない。
単なる悪女の仮面でも足りない。
冷徹かつ領主としての言動が求められる――そう、恋愛小説の悪女のように堂々と、相手を追い詰める冷徹さが今の私には必要だ。
悪役ではなく、黒幕。
つまり最高の悪女――女王の仮面を被る、そうすれば泣き虫な私だって演じきれる。ここまできたのだ腹を括るしかない。それにクラウスに三年ぶりに告白もしたのだ。私としても婚約破棄しておきたい気持ちはある。
「そうね。婚約破棄は必須ね」
「ええ。私の愛しい人が形だけでも誰かのものというのは、度し難いですから」
超笑顔だけれど目が全く笑っていない。これはもしや嫉妬だろうか。三年前は嫉妬どこか、私の告白をサラッと笑顔で流したのに、この三年でどんな心境の変化があったのだろう。まあ、好感度が高いのは嬉しいが。
「そうしたら……私の愛しい人と……………愛い」
(本当に三年で何があったのかしら……急に真っ赤になるし……)
「お嬢様」
ハンスの呼びかけに状況を整理してから、指示を出す。
「……すでに親書を送ったのなら、向こうが動く前に領土内の関所に知らせを送り、閉鎖しなさい。国の使者が来たのなら、この屋敷に案内するように」
「承知しました」
「はい、私の愛しい人」
私の思い切りの良さにクラウスは一瞬だけ間の抜けた顔をしていたが、すぐに笑顔で返事をする。しかしいつにも増して目がトロンとしていたのが気になった。
普段からキリキリしているのに、今日はなんだか顔を赤らめたり、デレデレになっている姿を見る。
「クラウス、ちょっと来て」
「……! はい、…………私の愛しい人」
「……クラウス。熱は……ない……わね」
コツンと額を合わせてみたが、熱っぽくはない。ただ顔は赤い──今の額を合わせたことで、耳まで真っ赤になっている。
「…………破廉恥すぎる……本当に大胆……愛い」
(うん。本当にどうしてこんなに可愛い感じに変わってしまったのか、ハンスを含めてみんなに確認しなきゃ……。もしかして私が当主になったからとか……じゃないわよね?)
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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