馬鹿な男
その頃、野営地は大混乱に陥っていた。
魔獣の討伐の立て直しに戻ってきた騎士の多くは、多かれ少なかれケガを負っており手当を受ける者でごった返しており、また撤退の判断の遅さに不満を持つ者など達が上官に詰め寄ったりして、大混乱している。
もちろん、その怒りの矛先の一部は野営地に来ても何もせず天幕に聖女と篭りっきりのヴィクター殿下にも向けられ、近衛騎士がなんとか抑えている状況だ。
「殿下…ヴィクター殿下、いまお時間をよろしいでしょうか?」
侍従が申し訳なさそうに天幕の中で聖女アグネスと食事をしているヴィクター殿下に声をかけた。
「なんだ?外が騒がしいようだがそのことか?」
アグネスとの食事では饒舌にしゃべり、このあとはアグネスと天幕の寝室にしけこもうと目論んでご機嫌だったヴィクター殿下は、侍従の声に急にムッとして、一瞬で不機嫌になった。
「お食事中に申し訳ありません。急ぎ殿下のお耳に入れておきたいことがございます」
アグネスの姿をしたレオンは、とっくの前に天幕の外の喧騒の原因はわかっている。
死に戻る前は天幕の外で魔獣と闘った騎士のひとりだったのだから、この大混乱には覚えがある。
そして、この後に何が起こるのか大体の予想はついている。
(この黄昏時に魔獣の群れが発生するところまでは死に戻る前と一緒か。確かあの時はこの時点で一個隊が全滅したはずだ。その報告か?そしてこのあとは…)
「侍従、早く言え!」
死に戻る前のことを思い出そうと違うことを考えていたレオンだが、大きな声を上げて鬼のような形相で侍従に対してきつい言い方をするヴィクター殿下の様子に思わず、ぎょっとする。
「魔獣の群れが発生し、討伐に向かったのですが歯が立たず体勢を立て直すために一時撤退となりました。騎士達の士気を高めるためヴィクター殿下に陣頭指揮のお願いをしたいということで騎士団長と副団長がいらしてますが、お会いになられますか?」
侍従は怯えた様子で説明をした。
「俺が陣頭指揮を…」
(今回は一個隊の全滅は防げたんだな。死に戻る前と何か違うことが起こった?いや、もうすでにヴィクター殿下を出陣させただけでも前回とすでに違っている。それにしてもなにが士気を高めるためだ。能力のないヴィクター殿下に陣頭指揮をさせて今回のこの討伐が失敗しても、団長たちはすべてを殿下に責任をなすりつけるようにするつもりだな)
陣頭指揮を要請されて明らかにヴィクター殿下は急に機嫌が戻った。
騎士団の裏の思惑にまで、考えが及ばないのだろう。なんて気性が荒く浅はかで馬鹿な男なんだと眉をしかめる。
そんな嬉々としたヴィクター殿下の表情を見ながら、レオンはもはや嫌な予感しかない。
ヴィクター殿下とアグネス姿のレオンの食事のお給仕をしていたセレーネと目が合いセレーネは「あれ、どうにかしろよ」と言わんばかりの目線をレオンに送ってきたので、同じことを思ったようだった。
アグネス姿のレオンは半分ヤケクソで意を決した。
「ヴィクター殿下が陣頭指揮を取られるのですか?とても素敵です。凛々しいお姿を拝見したわ。殿下は臣下の方にとても信頼をされていらっしゃるのですね」
アグネス姿のレオンは「自分は舞台女優」と心で唱えながら、目をぱちぱちとさせて上目遣いでヴィクター殿下を潤んだ瞳で見つめる。
このアグネス姿のレオンの発言にさらに気をよくしたヴィクター殿下はますます上り調子になった。
「聖女殿、殿下になにをおっしゃられるのですか…」と、侍従がヴィクター殿下を煽るアグネスの発言を嗜めようとしようとしたが、ヴィクター殿下に「おまえは黙れ」と制止されてしまった。
「仕方がない。不甲斐ない騎士団のためにもこの俺が自ら陣頭指揮を執ってやろう」
ヴィクター殿下は得意げだが、侍従には破滅への福音にしか聞こえない。
アグネス姿のレオンとセレーネに至っては、ヴィクター殿下が自ら自滅の道を選ぶのは願ったり叶ったりだ。
「騎士団長と副団長をここに呼べ」
ふたりが天幕に呼ばれ、ヴィクター殿下が陣頭指揮を執るということで話がついた矢先だった。
天幕の外で爆発音のような大きな音がして、ものすごい勢いで熱風が天幕を吹き抜けた。
(やはり来たか!)
レオンは確信していたのだ。火を吐く魔獣が空から来ると。
死に戻る前はセレーネはこれに殺された。
忘れるわけがない。
奥歯をギリっと噛み締めた。
騎士団長と副団長が「ヴィクター殿下、ご指示を!」と剣の持ち方すら怪しいヴィクター殿下に早速跪き、陣頭指揮を求める。
しかし、ヴィクター殿下にはわからないように騎士団長と副団長がやたらとアグネス姿のレオンをチラチラと見てきてはなにかを言いたそうなのだ。
いやらしい視線ではなく、なにかを話したいとわかる視線。
その様子から、レオンは騎士団長達は他になにか思惑があることに気づいた。
そして、突然陣頭指揮を突然求められたヴィクター殿下は、どうして良いのか分からず、酷く狼狽えている。
ただ、傍にいたアグネスを見て何かを思いついたらしく、ニヤッと嫌な笑みを浮かべた。
「お前は聖女なのだろう。お前が祈ってなんとかしたら良いじゃないか?」
「はぁ?」
アグネス姿のレオンはヴィクター殿下に強く腕を掴まれ、引きずられるように天幕の外に連れ出された。
少し先には大きな火柱が立ち、死に戻る前の討伐で自分の最愛のセレーネの命を奪った憎き魔獣が暴れていた。
再び自分にその憎き魔獣を倒す機会を与えられたことにレオンは感謝する。
(今度こそ、あいつの息の根を止めてやる!)
アグネス姿のレオンはヴィクター殿下に強く掴まれた腕を勢いよく振り解いた。




