95 ミエルとみやびの幸せな30年間
ある日の昼ごはんの後、ミエルとみやびは、王宮のベランダから涼しくなった秋の風を感じながら、王城から見える風景を眺めて、幸せそうにしていた。
「こうして、みやびとゆっくりと過ごせるなんて、夢みたいだ。
あれから、30年が過ぎたのか。王位も子供たちに譲り渡せたから、カセイダード王国は安泰だね」
「そうさ、あの日、ミエルが声を掛けてくれた日から30年さ。
ミエルに会えて、わたしは幸せさ」
「みやび」
「ミエル」
ふたりが見つめ合いキスをしようとした瞬間、ミエルはみやびに足を掛けられて、押し倒された。
「ミエル、あぶないさ」
先ほどまで、ミエルとみやびが立っていたところには、2本の矢が刺さっていた。
それを見たミエルは、先ほどまでの幸せでふやけた表情を捨てて、戦闘モードに入った。矢が飛んできた方向をにらみつけた。
ミエルは怒りがこもった声で、呪文を唱えた。
「あの点をつらぬけ、テグトス」
遠方から狙撃した敵を倒した。
三点収束光球呪文テグトスは、火炎(小)呪文と違って、指定した点を貫く呪文なので、避けることはできない。暗殺を試みたものは、なにも分からないまま、その人生を終えた。
「今日の寝床と明日のご飯を心配しなくていい生活が出来るのに、文句があるなんて理解できない」
と、ミエルは狙撃者と背後にある集団について、欲張りだと感じていた。
『ボクとみやびが冒険者をしていたときは、今日の寝床と明日のご飯を確保するだけで本当に大変だった。 その日を暮らすだけで厳しかったんだ』
みやびは、ミエルをなだめようとした。
「ミエル、わたしは大丈夫だからさ。そんな怖い顔しないで欲しいさ」
みやびの不安そうな顔を見たミエルは正気に戻って、両手で自分の顔を覆った。
10秒ほどして、ある程度落ち着いた表情を取り戻したミエルだった。
「わたしは大丈夫さ。だから、そんな怖い顔はわたしが怪我したときに残しておく方がいいさ」
「そうだね。これからは、この城についている透明バリアを使うようにしなきゃね」
ミエルは、バリアのスイッチをONにした。
透明だから、景色を見る分には、問題が無かった。
しかし、透明バリアが安全をくれるかわりに、うばうものがあった。
みやびがさみしそうに言った。
「王妃様になったら、秋の風を感じることができなくなるのさ」
「ごめんね、みやび。ボクはみやびが居てくれるから、生きていられるんだ」
みやびは残念そうな表情をしたままだったけれど、うれしいことを言ってくれた。
「秋の風のように、ミエルがわたしのほほを撫でで欲しいさ」
ミエルは、みやびのほほを優しく包み込むと、キスをした。
「透明バリアのおかげで、みやびの唇に集中できたよ」
「じゃあ、3回くらいするさ」
ミエルとみやびは、恋の認め印をお互いのくちびるに押し合った。
なお、カセイダード王国の【立法】は、幸せで満たされているミエルとみやび、みやびの副人格のマーサが徹底的に整えたおかげで、多くの人が幸せになれる最大公約数とも言える最適なものだった。考えることが苦手な人をだまそうとする意地の悪いものではなく、まじめに理解しようとさえすれば、正しく理解出来るものだった。
【幸せ半分こ Happy Share】という言葉は、文章や文法的には不完全で間違っている。
しかし、子どもでも分かり、曲げて解釈できないという分かりやすい点が優れているので、カセイダード王国の国民のこころの中で、一番に思出せるところに置かれたのだった。
だから、ごく一部のずる賢い人たちにとっては、他人をだます余地を消した【幸せ半分こ Happy Share】という言葉が邪魔で邪魔で仕方なかった。
◇
アランとアリスも、自分たちの子供に、司法の最高責任者の地位を譲っていた。
アランは、アリスを見つめながら、昔を思い出していた。
「賢者になって、役立たず状態になったときは、絶望したけれど...
その代わり、アリスに会えたから、プラスマイナスでゼロだな」
アリスは、驚いたような顔をしていた。
「おかしいわねえ? 大幅にプラスになったはずだけれど?」
アランは少し失敗したという表情をしたあとで、訂正した。
「アリスの表現の方が正しいな。1万バーシルを盗られても、100万バーシルが手に入れば、大幅にプラスだからな」
アリスは機嫌を直して、笑顔で言った。
「はい、良く出来ました」
アランとアリスは、『賢者に転職したての頃は、とても絶望した』という共通の経験をしている。そのことが、「絶望を味わいたくない!」と心の底に残った。
カセイダード王国に来て、満たされたふたりは、こころざしで生きていた。
だから、カセイダード王国の【司法】は、加害者や被害者が貴族であろうと平民であろうと同じ判決が下された。
「被害を受けても司法が守ってくれる!」
その安心感があるので、直接報復をせずに、司法の判断を待つ人が多かった。
◇
白丸の剣術と、姫子から譲られた【モンテマニーの紋章】を掲げる千夜の正義感は、時代劇の主人公そのものだった。
カセイダード王国では、警察組織は【行政】に入る。
他人に迷惑を掛けようとしているひと、掛けたひとを捕まえて、【司法】の判断を待つ応急処置と言えるだろう。
白丸は、警察の制服を見て、いろいろと考えることがあった。
「警察の制服を見て、悪者たちがひるみ、罪を犯すことをためらうことは良いと思うのだが...」
白丸の隣に立つ千夜は、白丸の想いを理解していた。
「そうですね。警察の制服が居ないところでは、やりたい放題できるというカン違いをする不届き者が少なからずいますね」
白丸と千夜は、カセイダード王国の良いところと悪いところを冷静に見ていた。
「俺は、十手持ちのように、十手を見せるまで警察とは分からないようにするべきだと思うぞ」
「そうなると、警察だと分かるようにする何かが必要ですね。私が託された【モンテマニーの紋章】のような身分証明が必要となります」
「だから、先祖のモンテマニー大公爵は、月夜殿に、赤い【モンテマニーの紋章】を持たせたのだな」
「おっしゃる通りです。ということは、警察の制服を脱いだ時でも、身分証明書は身につけさせる必要がありますね」
「では、赤に対して、白のプレートが良いだろうか?」
「白丸様は白がお好きのようですが、武道において、有段者は黒帯を締めます。
だから、黒いプレートにするべきでしょう。そうしないと弱そうと思われて舐められてしまいます」
「その方が良さそうだな」
このような事情で、警察の関係者には、黒いプレートを持たせることになった。
そして、白丸と千夜は、カセイダード王国でも、監察官として、市中を見守っていた。
白丸の【鑑定】を使って、悪人は成敗していた。
しかし...
「白丸様の【鑑定】を出来る人は、姫子と大地さん、あとは、みやび様だけですね。
私たちの子供が【鑑定】を出来るとは限りません。また、多くのひとには無理でしょう。だから、現場で成敗することは避けるべきでしょう」
「千夜の言う通りだな。警察の制服を着るもの全員が正義感にあふれた者だけになることは無いだろう。だから、悪人が警察になって場合も考えて、【司法】の判断を待つべきだな」
「おっしゃる通りです。ここはモンテ領ですが、カセイダード王国の中に入りましたからね」
白丸と千夜は監察官としての見回りは、抜き打ち検査として行われた。
しかし、代替わりするときに備えて、悪人をこらしめて捕まえるまでに留めることになった。
つづく
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