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サウナーとサウナ小屋づくり

サウナーとサウナ小屋づくり


村の空気が変わった。


もちろん、急に明るくなったわけではない。

空は相変わらず灰色で、家々の屋根には雪が積もり、道を歩く村人の顔色も悪い。


それでも、さっきまでとは違うものがあった。


動きだ。


「おい、あっちの古い納屋を使えないか?」


「壁板なら、壊れた家から持ってこられる」


「石は川の近くにあるだろう」


「白霜樺の枝なら、村の裏にも少しあるぞ」


村人たちが、それぞれ声を出し始めた。


絶望して座り込んでいた村が、ほんの少しだけ動き始めている。


その中心に俺がいるのは、正直かなり怖い。


営業時代も、人前で話すことはあった。

商品の説明もした。

提案もした。


だが、これは違う。


失敗したら契約が取れないどころではない。

人が死ぬ。


俺は喉の奥が渇くのを感じた。


「レンさん、大丈夫ですか?」


イルが心配そうに見上げる。


『大丈夫。ちょっと緊張してるだけ』


「魔法使い様でも緊張するんですね」


『魔法使い様じゃないからな』


「でも、魔法使い様です」


『サウナーだ』


「さうなー?」


『そう。サウナを愛し、サウナに愛された者だ』


イルは真面目な顔で頷いた。


「すごいです」


やめてくれ。

冗談を本気で受け取られると、逆に恥ずかしい。


村長が俺を呼んだ。


「レン、こちらだ」


案内されたのは、村の端にある古い納屋だった。


半分崩れているが、柱はまだしっかりしている。

壁には隙間が多い。

屋根も一部穴が空いている。


だが、広さは十分だ。


『ここを使いましょう』


「直せるか」


『たぶん。クラフトを使えば』


俺は柱に手を当てる。


頭の中に情報が浮かんだ。


古い納屋

状態:損傷・中

補修素材:木材、粘土、獣皮、石材

改造可能:簡易サウナ室


『いける』


思わず声が出た。


村長の眉が動く。


「何が見えている」


『この建物をどう直せばいいか、なんとなくわかります』


「それも魔法か」


『加護です』


「神の加護か」


村人たちがまたざわつく。


しまった。

神の加護という言葉は、あまり軽く言わない方がよかったかもしれない。


だが村長は深く追及しなかった。


「必要なものを言え」


俺は納屋を見ながら答える。


『壁の隙間を塞ぐ木材。隙間風を止めるための布か獣皮。床に敷く板。中央に石を積むための大きめの石。あと、蒸気を逃がす小さな窓も必要です』


「窓?熱を逃がさないのではないのか」


『逃がしすぎるのは駄目です。でも、まったく逃げないと息が苦しくなります。空気の通り道は必要です』


村長は少し感心したように頷いた。


「なるほど」


俺は続ける。


『それから、病人を寝かせる場所。熱が直接当たらないように、壁側に低い台を作りたいです』


「人を入れるのか」


『はい。ただし最初は短時間です。様子を見ながら』


「何人入れる」


『最初は一人か二人。慣れたら増やします』


「村の半分が病だぞ」


『一気には無理です。焦ると危険です』


これは自分にも言い聞かせていた。


サウナは気持ちいい。

だが、無理をすれば危ない。


まして病人だ。

前世の健康なサウナーと同じ感覚で考えてはいけない。


村長は黙って俺を見ていた。


やがて、周りの村人へ振り返る。


「聞いたな。動ける者は木材を集めろ。石を運べる者は川へ行け。子どもたちは白霜樺の葉を集める。ただし遠くへ行くな」


村人たちは一斉に動き出した。


俺もすぐに納屋の補修に取りかかる。


『クラフト』


手をかざすと、集められた木材が淡く光った。


バラバラだった板が、まるで見えない職人に切られているかのように形を整えていく。


村人たちが息を呑んだ。


「おい、板が勝手に……」


「すげぇ……」


「本物の魔法使いだ」


いや、俺も驚いている。


クラフト、便利すぎる。


前世でこれがあれば、IKEAの家具組み立てで半日潰すこともなかっただろう。


『ここを押さえてください』


俺が言うと、近くにいた大柄な男が慌てて板を押さえた。


『そのまま。動かさないで』


「お、おう」


『クラフト』


板が柱に吸い付くようにはまり、隙間が塞がる。


釘もないのに、しっかり固定されている。


男は目を丸くした。


「なんだこれ……」


『俺にもよくわかりません』


「わからずやってるのかよ!」


男のツッコミに、周囲が少し笑った。


その笑い声は、小さいけれど確かに温かかった。


作業は思ったより早く進んだ。


村人たちは貧しいが、手際がいい。

寒さの中で生きるために、みな修繕や薪割りに慣れているのだろう。


俺はクラフトで壁を塞ぎ、床を整え、中央に石を積むための炉のような場所を作った。


石を運んできた若い男たちが、息を切らして言う。


「レン、この石でいいか?」


『いいですね。熱に強そうです』


実際、触れると情報が出る。


黒灰石

熱保持:中

耐久:高

サウナストーン補助材として使用可能


『完璧です』


「さうなすとーん……なんだって?」


『熱い石です』


「それなら最初からそう言え」


ごもっともだ。


夕方に近づく頃、古い納屋はまったく別の建物になっていた。


粗末ではある。


だが、壁の隙間はほとんど塞がり、中央には石を積んだ炉があり、奥には病人を寝かせる低い台が二つある。


入口には厚い獣皮の幕。

上部には小さな換気口。


俺の知っているサウナ施設とは比べ物にならない。


ロッカーもない。

水風呂もない。

外気浴用の椅子もない。


だが、これは間違いなくサウナだった。


異世界初の、俺のサウナだ。


イルが入口から中を覗き込む。


「ここで、お母さんたちを治すんですか?」


『ああ』


「なんだか……あったかくなりそうです」


『サウナだからな』


「さうな……」


イルはその言葉を大事そうに繰り返した。


その時だった。


村の奥から、悲鳴が上がった。


「誰か!来てくれ!」


全員が振り向く。


男が一人、雪道を転びそうになりながら走ってくる。


「ルミ婆さんが!ルミ婆さんが凍り始めた!」


村長の顔色が変わる。


「薬師のルミがか」


男は息を切らしながら頷く。


「今朝までは動けてたんだ!でも急に胸まで……もう、長くない!」


村人たちに動揺が走る。


イルも青ざめた。


「ルミ婆さん……」


俺は建てたばかりのサウナ小屋を見る。


まだ試運転もしていない。

温度管理も未知数。

病人を入れて大丈夫かも完全にはわからない。


でも、時間がない。


村長が俺を見る。


「レン」


その目は、問いかけていた。


やれるのか、と。


俺は喉を鳴らした。


怖い。


正直、ものすごく怖い。


だけど。


ここでやらなければ、何のためにこの小屋を作ったのかわからない。


『ルミさんをここへ運んでください』


村人たちが動き出す。


俺はサウナ小屋の中央に立った。


『イル、白霜樺のヴィヒタを用意して。蟒蛇草の煎じ水も』


「はい!」


イルが走る。


俺はサウナストーンを見つめる。


MPはかなり減っている。


MP5/15。


小屋作りにクラフトを使いすぎた。


ロウリュは一回。

多くても二回。


失敗はできない。


すぐに、ルミ婆さんが運ばれてきた。


小柄な老婆だった。

顔はしわだらけで、白い髪が乱れている。


胸の下まで氷に覆われていた。

唇は紫色。

呼吸は浅い。


かなり危険だ。


村人たちが不安そうに見守る。


俺は低い台にルミ婆さんを寝かせた。


『全員、外で待ってください。中には俺とイルだけで』


村長が頷き、村人を下がらせる。


イルが煎じ水とヴィヒタを持って入ってきた。


「レンさん……」


『大丈夫』


そう言ったが、自信はない。


ただ、自信がない顔をするわけにはいかない。


俺はサウナストーンを中央の炉へ置くイメージで唱える。


『サウナ』


魔法陣が浮かび、赤い石が炉の中へ現れる。


熱が広がる。


『温度、四十二度。範囲、この小屋。湿度、高め』


最初は低め。

病人に無理をさせない。


イルがルミ婆さんの手を握る。


「ルミ婆さん、聞こえる?イルだよ」


ルミ婆さんのまぶたがかすかに動く。


「……イル……逃げ……」


声はかすれていた。


「逃げ?」


俺は眉をひそめる。


ルミ婆さんは、苦しそうに唇を動かす。


「山に……いる……白い……」


その瞬間、ルミ婆さんの胸元の氷が急に広がった。


『まずい!』


俺は煎じ水をサウナストーンへかける。


ジュワァァァァァ――。


蒸気が小屋を満たす。


白霜樺の香り。

蟒蛇草の苦い匂い。

熱。


黒いもやが、ルミ婆さんの氷の隙間から吹き出した。


昨日より濃い。


しかも、蛇ではない。


人の手のような形をしていた。


イルが悲鳴を上げる。


「レンさん!」


『下がって!』


黒い手は、蒸気の中でうねりながら俺へ伸びてくる。


呪いが、こちらを認識している。


そう感じた。


俺はヴィヒタを握る。


『悪いけどな』


黒い手が目前に迫る。


『ここはもう、俺のサウナ室だ』


ヴィヒタを振る。


葉が黒い手に触れた瞬間、ジュッと音がした。


黒い手が縮む。


効いている。


『イル、もう一杯!』


「はい!」


イルが震える手で煎じ水を渡す。


俺はそれをサウナストーンへかける。


ジュワァァァ。


MPが一気に抜ける感覚がした。


視界が少し揺れる。


だが、蒸気は強まった。


ルミ婆さんの体から黒いもやが次々と浮かび上がる。


それらは小屋の天井付近で集まり、小さな獣の形になった。


狐のようで、狼のようで、雪の塊のようでもある。


頭の中に文字が浮かぶ。


凍呪の欠片

氷魔系呪素

宿主を凍結させ、生命力を吸収する


『やっぱり呪いか!』


凍呪の欠片は、俺へ飛びかかってきた。


『サウナ!』


魔法陣が出る。


だが、石は出なかった。


MPが足りない。


『嘘だろ……』


凍呪の欠片が迫る。


その時、イルが叫んだ。


「レンさん!これ!」


イルが、炉の中のサウナストーンを指差す。


俺は反射的にヴィヒタを振り、石の熱をすくい上げるようなイメージをした。


白霜樺の葉が赤く光る。


『いける!』


俺はヴィヒタを振り抜いた。


熱を帯びた葉が、凍呪の欠片を打つ。


ジュワッ。


凍呪の欠片は蒸気の中で弾け、黒い雪のように散った。


同時に、頭の中に声が響く。


サウナーLv3 派生技を取得しました。

熱波を習得しました。


『熱波……!』


その瞬間、小屋の中の蒸気が一方向へ流れた。


俺がヴィヒタを振るたび、熱が波のように動く。


ロウリュで満たした蒸気を、ヴィヒタで送る。


前世で何度も見た、熱波師の動き。


まさか異世界で自分がやることになるとは。


『イル、ルミさんの顔を見てて。苦しそうならすぐ言って』


「はい!」


俺はヴィヒタを構えた。


凍呪の欠片はまだ完全には消えていない。

小屋の隅に黒いもやが集まっている。


ならば。


『一気に送る』


俺は大きく息を吸った。


そして、ヴィヒタを振った。


一振り。


熱が動く。


二振り。


蒸気がうねる。


三振り。


小屋全体の空気が、ひとつの波になった。


黒いもやが逃げ場を失い、中央に押し戻される。


『これが……』


俺は歯を食いしばる。


『異世界初ロウリュだぁぁぁ!』


最後の一振り。


熱波が黒いもやを飲み込んだ。


凍呪の欠片は、甲高い悲鳴のような音を残して消えた。


小屋の中が静かになる。


残ったのは、白霜樺と薬草の香り。

そして、荒い俺の息だけだった。


「レンさん!」


イルが叫ぶ。


俺は慌ててルミ婆さんを見る。


胸まで広がっていた氷が、腹の下まで引いていた。


ルミ婆さんは、ゆっくりと目を開ける。


「……あついねぇ」


その一言に、俺は力が抜けた。


イルが泣きながら笑う。


「ルミ婆さん!」


小屋の外で待っていた村人たちが、ざわめく。


村長が入口の幕を開けた。


「どうなった」


ルミ婆さんは寝たまま、かすれた声で言った。


「ゴルド……この若いのを、逃がすんじゃないよ」


村長の目が揺れる。


「治ったのか」


「まだだね。でも……」


ルミ婆さんは俺を見た。


「この子は、本物だ」


外の村人たちの間に、静かな衝撃が広がった。


俺はその場に座り込む。


MPはもう空だ。


体が重い。

頭も痛い。


だが、不思議と気分は悪くない。


むしろ、サウナ上がりのような疲れだった。


イルが俺のそばにしゃがむ。


「レンさん、大丈夫ですか?」


『大丈夫……ちょっと、ととのいすぎた』


「ととのいすぎた?」


『うん。危ないやつ』


イルは意味がわからないまま、真剣に頷いた。


「危ないなら、もう少し休んでください」


その言葉に、俺は小さく笑った。


小屋の外では、村人たちがサウナ小屋を見つめている。


恐怖だけではない。


そこには、わずかな希望があった。


凍える村に、初めて湯気が立った。


それは小さな小さな白い蒸気だったが、

この村にとっては、春の始まりのように見えた。


そして俺は、ぼんやりと考えていた。


ルミ婆さんが言った言葉。


山にいる。

白い。


この村を凍らせている元凶は、まだどこかにいる。


たぶん、森の奥に。


そして、その先に黒い塔がある。


俺の異世界生活は、どうやらサウナ小屋を建てて終わりではないらしい。


でも今は。


ほんの少しだけ、休ませてほしい。


俺は白い蒸気の中で、ゆっくりと目を閉じた。

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