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サウナーとヴィヒタ

サウナーとヴィヒタ


家の外へ飛び出すと、冷たい空気が頬を撫でた。


だが不思議と寒くはない。


息は白い。

地面は凍っている。

村の家々の屋根には、重たそうな雪が積もっている。


それでも、俺の体の芯にはまだ熱が残っていた。


サウナーLv2。


温度調節。

範囲指定。


そして、ヘファイストスの加護にあるクラフト。


この三つが揃っているなら、もしかしたら。


「レンさん!待ってください!」


後ろからイルが小さな足で追いかけてくる。


「外は危ないです。夜になると、村の近くにも魔物が出るんです」


『大丈夫。すぐそこにある木の葉を少し集めたいだけだ』


「木の葉……?」


イルは不安そうに俺を見る。


村の外れに立っていた白い幹の木。

前世で見た白樺によく似ている。


いや、似ているだけかもしれない。

ここは異世界だ。

俺の知っている植物と同じとは限らない。


それでも、葉の形、幹の白さ、湿ったような独特の香り。

どこか記憶の中の白樺に近かった。


俺は枝に手を伸ばす。


その瞬間、頭の中に文字が浮かんだ。


白霜樺

寒冷地に生える樹木。

葉には微量の浄化作用がある。

凍結系の呪素をわずかに中和する。


『読める……』


これがヘファイストスの加護か。


ただの言語理解だけじゃない。

素材として認識したものの性質も、ある程度わかるらしい。


『イル、この木の葉を集める。できれば柔らかい枝ごとだ』


「これで、お母さんとお姉ちゃんが助かるんですか?」


『まだわからない。でも、試す価値はある』


イルは一瞬だけ迷った顔をした。


だがすぐに、ぎゅっと口を結んで頷いた。


「わかりました。私、取ります」


イルは慣れた手つきで枝を集め始めた。

小さな体なのに、動きに迷いがない。


きっとこの子は、ずっとこうやって生きてきたのだ。

父を失い、母と姉が凍りつき、それでも毎日山に薬草を取りに行って。


俺はその背中を見ながら、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


サウナとは関係ない熱だ。


しばらくして、両手いっぱいの枝葉が集まった。


俺はそれを受け取り、頭の中で形を思い浮かべる。


束ねる。

握りやすくする。

葉の向きを揃える。

熱と蒸気を含みやすいように。


『クラフト』


小さく呟くと、枝葉が淡く光った。


ばらばらだった枝が、まるで誰かの手で丁寧にまとめられていくように形を変えていく。


数秒後、俺の手には白霜樺の葉で作られた一つの束が握られていた。


白霜樺のヴィヒタ

浄化効果:微弱

血行促進:小

凍結呪素への干渉:小


『できた……』


「それ、なんですか?」


イルが不思議そうに覗き込む。


『ヴィヒタだ』


「びひた?」


『サウナで使う道具だ。これで体を軽く叩く。血の巡りをよくしたり、悪いものを外に出したりする』


「叩くんですか?」


イルの目が丸くなる。


『もちろん優しくだ。すごく優しくだ』


俺は慌てて付け加えた。


だが、問題はここからだった。


ヴィヒタはできた。

サウナーの熱もある。

温度調節もできる。


だが、二人の体はすでに半分凍っている。

ただ温めるだけでは危険だ。


必要なのは、熱ではない。


蒸気だ。


ロウリュ。


サウナストーンに水をかけ、熱と湿度を一気に広げる。

乾いた熱ではなく、体を包み込む湿った熱。


もしこの呪いが冷気や凍結の力なら、

ただの火ではなく、サウナの蒸気なら。


『イル、水はあるか?』


「あります。井戸の水なら」


『それと、さっきの薬草も少し使わせてくれ』


「蟒蛇草ですか?」


『ああ。その薬草を煎じた水を、サウナストーンにかける』


イルは一瞬きょとんとしたあと、首を傾げた。


「石に、薬をかけるんですか?」


『そうだ』


「……レンさんの魔法、変です」


『それは俺も思ってる』


二人で家に戻ると、室内はまだほんのり暖かかった。


寝床では、イルの母と姉が静かに眠っている。

氷はさっきより少しだけ進んでいた。


時間がない。


俺は部屋の中央にサウナストーンを出す。

ただし、今回は落とさない。

床の上にそっと置くイメージで。


『サウナ』


魔法陣が静かに浮かび、赤く熱を帯びた石が四つ現れた。


イルが用意した蟒蛇草の煎じ水を受け取る。


緑とも紫ともつかない、不思議な色の液体。

少し苦い匂いがした。


俺は深呼吸する。


温度は高すぎてはいけない。

範囲はこの部屋だけ。

湿度を上げる。

熱を直接ぶつけるのではなく、包み込む。


『温度、四十五度。範囲、この部屋。湿度、高め』


サウナストーンが淡く光る。


そして俺は、煎じ水をゆっくりとかけた。


ジュワァァァァァ――。


白い蒸気が一気に立ち上がる。


薬草の香りと、白霜樺の葉の青い香りが混ざり合い、部屋いっぱいに広がっていく。


イルが目を見開いた。


「すごい……いい匂い」


俺はヴィヒタを持ち、まずイルの姉の凍った足元に近づく。


強く叩いてはいけない。

氷を割るのではない。

中に残っている命を起こすように。


ぽん。


ぽん。


白霜樺の葉が氷に触れるたび、薄い霜がふわりと浮き上がる。


ぽん。


ぽん。


すると、氷の奥から黒い煙のようなものがじわりと滲み出した。


『……やっぱり、ただの病気じゃない』


黒い煙は蒸気に触れると、嫌がるようにうねった。


イルが震えた声で言う。


「レンさん、それ……なに?」


『たぶん、呪いだ』


その瞬間、母親の喉から小さな声が漏れた。


「……イル」


「お母さん!?」


イルが駆け寄ろうとした。


『待て!まだ触るな!』


黒い煙が母親の胸元に集まっていく。

まるで熱から逃げるように。


俺はもう一度、石に煎じ水をかけた。


ジュワァァァ。


蒸気が部屋を満たす。


サウナーLv2の熱。

白霜樺のヴィヒタ。

蟒蛇草の薬効。

そして、ロウリュ。


俺はヴィヒタを握り直した。


『悪いな。俺は神官でも勇者でもない』


ぽん。


『ただのサウナーだ』


ぽん。


『でもな』


ぽん。


『冷え切った体を温めることだけは、少し得意なんだよ』


その瞬間、黒い煙が悲鳴のような音を上げた。


そして、部屋の中央に集まりながら形を作っていく。


小さな黒い蛇のような影。


イルが息を呑む。


「それが……お母さんたちの中に……?」


黒い蛇は床を這い、逃げるように扉へ向かう。


逃がすわけにはいかない。


俺は反射的に叫んだ。


『サウナ!』


黒い蛇の頭上に魔法陣が現れる。


真っ赤に焼けたサウナストーンが、容赦なく落ちた。


ジュッ。


小さな音とともに、黒い蛇は煙になって消えた。


同時に、俺の頭の中に声が響く。


スキル サウナーLv3を取得しました。

ロウリュを習得しました。

蒸気による範囲浄化が可能になりました。


『……きた』


俺は思わず笑った。


サウナは、戦える。

サウナは、温められる。

そしてどうやら、呪いも祓えるらしい。


「レンさん!」


イルの声に振り返る。


寝床の上で、イルの母親の指がわずかに動いた。


そして、姉のまぶたもゆっくりと震える。


完全に治ったわけではない。

氷はまだ残っている。


だが、確かに。


二人は、生きていた。


イルはその場にへたり込み、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


「ありがとう……ありがとう、レンさん……」


俺は何も言えなかった。


ただ、手の中のヴィヒタを見つめる。


白霜樺の葉からは、まだ温かい香りがしていた。


サウナに入ったあとのような、

深く息を吸いたくなる香りだった。

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