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アプローズは名案だとでも言いたげににこりと笑い言った。
「ねぇ、シオンちゃん。もしよかったら、魔法師団の専任鑑定士にならない?」
それを聞いて紫音より先に駄目だとレクサスが言う。
「どうしてよ。見ただけで魔法石の性質かわかるんだから、魔法石回収に同行してもらえばひと手間はぶけるじゃない」
「回収とはいえ危険が伴う。そんな所にシオンを行かせられるか」
「大丈夫よ。あたしがちゃんと守るもの」
「そういう問題じゃない」
レクサスは紫音を抱き寄せた。それを見てアプローズはクスクス笑った。
「はいはい、要するに今はどこにも行かせたくないわけね」
「そういうことだ」
紫音は二人の会話に挟まれる形で頬を赤らめた。
(鑑定士かぁ。ちょっとやってみたいけど。今はレクサスの側で勉強していたいな)
そんな思いでレクサスを見上げると、嫌かと不安そうに尋ねられたので首を横に振った。
「でも、魔法石の勉強はしてみたいな。みんなの役に立てそうだもの」
紫音がそう答えるとレクサスはわかったと頷いた。レクサスは微笑して、紫音の手を取ると謁見の間に向かった。レクサスと紫音が謁見の間に入ると、どよめきが上がった。一人の老人が側へやってきて、レクサスに挨拶をする。
「こたびも、良い品をありがとうございまする」
「そうか。あとはお前たちの腕の見せ所だな」
はいっと言って、老人はにっこりと笑った。
「シオン、彼は石工の棟梁のキザシだ」
「はじめまして。キザシでございます。姫巫女さま」
キザシはとても優しい笑顔で紫音に頭を下げる。
「は、はじめまして。紫音です。よろしくお願いします」
紫音はあわてて頭を下げた。キザシはこちらこそと深々と頭を下げた。そして、石工たちに向かって「さあ、皆の衆。仕事場へ戻るぞ」と言った。
総勢三十人ほどの老若男女が、静かにうなずき、ぞろぞろと謁見の間をあとにした。
「あの人たちは石をどうするの?」
紫音がレクサスに尋ねると、石を加工して薬や道具を作るのだと言う。
「石が薬になるの?」
道具になるのはわかるが、薬になるというのはよくわからない。
「石の中には、粉末にして飲めば病を治す力があるものもあってな。水を生み出すウォルトレインは、玉の状態まで磨き上げれば、枯れた井戸や湧水を復活させることができる。粉末を少量飲めば、脱水症状や高熱の緩和になるんだ。他の石も大体そんなものだが、粉末にして飲む場合は量の調整が難しい。彼らは長年の経験から、どれぐらいの量を処方するかも知っている」
「じゃあ、技術屋さんだけじゃなくお医者さんでもあるのね」
「医者というより薬師だな。医療はまた別の者が担っている」
「そうなんだ。お医者さんは病気を判断すると言うことね」
「そうだ。それに合わせて、石工たちは薬を作る。個体差によって量や種類を判断するのは彼らの仕事の一つだ」
「すごい人たちなのね」
「ああ、技術を継承し鍛錬を怠らない」
レクサスは優しく微笑む。とても彼らを尊敬しているような、そんな笑みだった。
紫音も暖かな気持ちで微笑んだ。そのときだった。
謁見の間に金色の光が一瞬煌めく。
「助けてください!」
そう叫んだのはモビリオだった。彼は血だらけの服で横たわる誰かの腹を抑えている。紫音はその横たわっている人物に見覚えがある気がして、駆け寄った。
「ひかり……」
青白い顔で、かすかに息をしているのは、確かにひかりだった。
しゃがみ込み、抱き起して「ひかり!しっかりして!」と叫ぶと、ゆっくりと瞼が開く。
「し……おん……」
「そうだよ!」
「ごめんね……あたし、勇気がなくて……怖くて……罰が当たったみたい……」
どうやら、いじめられていたときのことを言っているようだったが、紫音はそれどころではない事態なのだと気づいていた。
「そんなことどうでもいい。しっかりして!」
意識が遠のきそうなひかりを抱きしめて叫ぶ。その間にアプローズがモビリオの側でひかりの傷を魔法で塞ごうとした。だが、どうしても塞がらなかった。
「どういうこと、この程度の傷なら簡単に治せるのに」
「呪われた剣で刺されたんです。たぶんそのせいだ」
そういいながら、モビリオは自分のシャツの袖を引きちぎり、ひかりの肺の下を強く縛って止血を試みていた。その間も、ひかりはうわごとのように、ごめんねと繰り返す。紫音はたまらなくなって、傷口に手を伸ばし、懸命に傷口よ閉じよと命じた。だが、血は止まらず、傷口も塞がらない。
不安になってあたりを見回せば、レクサスの姿がない。
(どうしていないの?こんなときに、どうして!)
泣きそうな気持をぐっとこらえていると、突然レクサスが姿を現した。背後に何人か人がいる。レクサスは紫音に駆け寄り大丈夫だと抱きしめる。レクサスとともに現れた男女三人が、ひかりの傷の具合を見て何やら話し合い頷きあっていた。そして、いくつかの箱を開け、その中から粉末を取り出し、傷口に塗っていく。ようやく、血が止まるとまた何かの粉末を混ぜて塗りつけた。
一人の女がひかりの脈をとり、命に別状はありませんと言った。
「助かったの?」
紫音が震えながら、女を見るとはいとはっきりと返事を返した。
「ひかり……」
腕の中のひかりはぐったりとして、唇がかすかに動き、声にならない声を発していた。
「モビリオ、お前に怪我は?」
「いえ、ヒカリに助けられました」
モビリオは悲痛な表情でレクサスの問いに答えた。
「何があったかは後で聞く。とにかく二人を休ませろ」
レクサスがそういうと二人の男が頷いて、一人はヒカリを抱きかかえ、一人はモビリオを支えるように立ち上がらせた。
紫音は、謁見の間を出て行く二人をただ茫然と見つめていた。
「シオン、お前も風呂に入って少し落ち着け。手が血だらけだ」
そう言って、レクサスは紫音を抱き上げた。
「どうして……どうして魔法が効かないの……」
紫音は血だらけの手を見て自分の無力さに打ちひしがれていた。
「モビリオは呪われた剣に刺されたといっていた。剣に呪いがかかっているか、あるいは材質の問題かだ」
「どういうこと?」
紫音は震えながらも、レクサスの言葉に反応する。
「魔法を無効化する何らかの呪いがかかっている、もしくは剣の材質が極めて珍しい魔法石だ。例えば、デスパロス」
「あんな恐ろしいもので剣なんて作れるの?」
「わからない。デスパロスは加工できないと聞いていたが……。事情はモビリオに聞こう」
紫音の震えは一向に止まらなかった。溢れるひかりの生暖かい血。それを止められない自分。怖くて苦しくて仕方なかった。
「シオン、ヒカリなら大丈夫だ。絶対に」
レクサスは、紫音を強く抱きしめる。紫音の目からは涙がこぼれ落ちていった。
風呂に入って着替えをした紫音は、すぐに貴賓室に行こうとしたが、レクサスに抱き止められた。
「そんなに焦っていては、ちゃんと話も聞けないぞ」
レクサスは優しく背中を撫でながら諭した。
「もう少し落ち着くんだ。シオン」
そういわれて、紫音はレクサスにしがみついて何度も深呼吸をした。
(ひかりは罰が当たったといっていたけど、刺されるような悪いことなんてしていない!)
紫音は必死で落ち着こうとした。これから、何があってどうしてひかりが刺されたのかしっかり話を聞かなければならないのだ。感情的になっていては物事の本質を見誤る。紫音はゆっくりと顔を上げてレクサスを見つめた。レクサスは小さく頷き、体を離して手を握った。
「行こう」
「うん」
二人は、モビリオから話を聞くために貴賓室へと向かった。
部屋に入ると先ほどの三人の男女がしきりに意見を交わしていた。レクサスがどうしたのかと尋ねると、女性が答えた。
「処置も正確に終えましたし、脈も問題ありません。ただ意識が戻らないのです」
「それで何が原因なのか話していたというわけか?」
はいと女は頷いた。
「もう目覚めてもよいころなのですが……」
二人の男が首をひねって困惑していた。紫音は不安になった。レクサスはそれに気づいたのか彼女の手を引いて寝室に入る。モビリオは二人が入ってきたことにも気がつかない様子で、しっかりとひかりの手を握って苦悩の表情を浮かべていた。その姿は見ているだけでも痛々しい。紫音は、無意識にレクサスの手を強く握った。
(何だろう?あの光……)
紫音は、ひかりの体から陽炎のように揺らめく金色の輝きが立ち上っては消えていくのに気がついた。だが、レクサスやモビリオには見えていないようだった。
レクサスは、モビリオに声をかけた。
はっとしたように顔を上げた彼の肌は青ざめている。
「顔色が悪いな。事情を聴きたいがもう少しあとにするか?」
レクサスにそう言われて、モビリオは覚悟を決めた様な固い声でいいえと応える。ひかりから手を離すのを躊躇いながらも、モビリオは立ち上がった。
三人はいったん寝室を出た。
レクサスは紫音とモビリオをソファーに座らせると、前例のない事態に戸惑いながらも、治療の方法を模索していた三人の男女に席を外すよう命じた。それから、ゆっくりとした動作で、紫音の隣に座った。
「彼らは石工なの?」
紫音は気になっていた疑問をレクサスに尋ねると「医者と薬師だ」と言われた。
「魔法師団は傷は魔法で治せるが手足を切断するような大きな傷や病は治せない。だから、専門の医者と薬師がいる」
「じゃあ、ひかりはなぜ眠ったままなの?」
レクサスはモビリオを見た。それに答えられるのは彼だというように。モビリオはその視線に促されるように話を始めた。
「ヒカリが目覚めないのは黒の剣といって我が王家に伝わる魔法剣のせいです。この剣は、刺した相手の魔力を吸収する力を持っています」
モビリオはひかりが刺されたときの状況を話した。
返礼品を受け取るために二人で召喚の間に入ったとき、王の隣に王妃がいた。近くにはディオンとシルフィ、バレンシア公爵の姿もあった。
モビリオは王妃の存在に違和感を覚えながらも、挨拶をし、王から返礼品をを受け取った。
そして、ひかりはその功績を称えられ、王から『海の女王』というネックレスを授かるはずだったが、なぜか、王妃がそのネックレスをかっさらうように手にして、ひかりの首に飾り付けた。
そのとき、ひかりは王妃が隠し持っていた黒の剣によって刺されてしまったのだ。
紫音は、唇を震わせてどうしてと呟く。
モビリオは、自分にもはっきりしたことはわからないと言った。
「王妃は公式の行事場以外には出られないように、後宮で監視されていました。あの場にいた理由はわからない。ただ、返礼に向かう使者として、一度は王太子夫妻の名が挙がっていたようです。もしかしたら、兄をクリムゾンにいかせまいとあの場にいたのかもしれない。誰が何をあの女に吹き込んだのかまではわかりません。どうして黒の剣を持っていたのかも……」
モビリオの声からは悔しさがにじみ出ていた。紫音は、そんなモビリオに何を聞けばいいのかわからなかった。だが、レクサスは冷静だった。
「大体の経緯はわかった。問題はその黒の剣だな。刺した相手の魔力を吸い取るということは、今現在もひかりの魔力を吸収しているということになる。そうだな?」
モビリオははいと頷く。
「では、それを遮断するにはどうすればいいか、お前は知っているのか?」
「いいえ……ただ、剣を破壊するか、封印するかのどちらかではないかと思います。少なくとも、あの黒の剣は長年王宮の地下に厳重に保管されていたもので……」
「封印すれば、ヒカリが目覚める可能性が高いということか?」
「おそらく……」
レクサスは、少し考えてから、違う質問をした。
「吸収された魔力はどうなるんだ?黒の剣に宿るのか?」
「いいえ、もう一対の白の剣に流れ込みます」
「それは、誰かが持っているのか?」
「いいえ、王宮の地下に封印されているはずです……」
そう言って、モビリオははっとした。まさか、王妃は白の剣を持っているのか?それとも、何者かがすでに白の剣を手にしていて、王妃を操ってひかりを刺させたのか?
沸き上がる疑問に答えを見いだせないモビリオは、動揺する。だが、レクサスはさらに尋ねた。
「その白の剣が誰かの手に渡るとどうなるんだ?」
「それは……白の剣を手にしたものにすべての魔力が流れ込みます」
なるほどとレクサスはつぶやいた。
紫音は、説明してほしいと思いつつ、レクサスを見た。レクサスはそれに答えるように説明する。
「つまり、黒の剣と白の剣が存在し、黒の剣が魔力を吸収すると白の剣へ流れ込み、さらに白の剣を使う者の力となる。簡単に言えばそういうことなのだろう?」
モビリオは強く頷いた。
「なら、トリビスタンの動きを探らせよう。モビリオ、お前は、しっかり休んでいろ。これから、何が起こるかわからないからな」
そう言って、レクサスは立ち上がる。
「シオン、お前もだ。来い」
差し出された手に捕まり、紫音は立ち上がった。そして、後ろ髪をひかれるように貴賓室を後にした。




