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 トリビスタンでは、黒の剣を必死で封印しようと試みていた。コレオスを欠いたままの封印は想像以上にうまくはいかず、何度も何度もやり直す。王は遠い昔の一つの逸話を思い出していた。


 王家を立ち上げた英雄ブレイザーは、双子の鍛冶師に黒い魔法石を渡して剣を作らせた。兄は真っ黒な石の性質をより引き出せるように剣を作り、弟は石の性質が真逆になるように剣を作ったと言う。出来上がった剣は、真っ黒な禍々しい剣と真っ白な清浄な剣になり、ブレイザーは白の剣を選んだ。それを恨みに思った鍛冶師の兄はさらに剣を打ち直した。どんな魔力も吸い取り、人の暗い感情を引き寄せ増長させ、狂ったように人を切り刻むようにと呪いながら。そして、その結果、黒の剣は鍛冶師の兄の魔力を吸い取り、命まで奪った。それを知った鍛冶師の弟は白の剣を打ち直した。黒の剣が吸い取った魔力を白の剣が吸収し、使い手の魔力を強くさせるように願って。そうして、魔力と命を削った弟は、剣を完成させて死んだ。ブレイザーは、二つの剣を手元に置き、黒の剣を封印し、白の剣で国を治めて王となった。

 それから、異国との戦争が何度も起こり、その間に黒の剣も戦争で使われることがあった。黒の剣をもったものは、まるで恐れを知らぬように敵陣へと真っ先に切り込み、数多の遺骸を積み上げていった。そうした歴史の中で、黒の剣の危険性に気づいた魔法士たちが、再び剣を封印したのである。そして、対となっていた白の剣も同様に封印しなければならなかった。


 王は白の剣も宝物庫から運び出させた。やはり、封印が解けていた。

(どちらも封印し直さねばならぬということか)

 王は二つの剣を同時に封印するよう魔法士たちに命じた。だが、バレンシア公爵はその必要はございませんと言った。

「どういうことか?」

「初代様は黒の剣のみを封印して国を治められたのですから、白の剣まで封印する必要はないかと存じます」

「何がいいたいのだ?バレンシア。白の剣とて今や使うことはない。ともに封じて二度と誰も扱わぬようにする方が賢明であろう」

「いえ、白の剣は王の剣として大々的に王位継承式にて使用した方がよろしいかと存じます」

「王位継承式などまだ先の話だ」

 王は厳しい顔でバレンシア公爵を睨み付けた。バレンシア公爵は、どこか寂しげな表情を浮かべている。そして、深いため息を吐いた。

「陛下。貴方はもうわかっておいでのはずです。ご自分が王という名の重責に耐えられないほどお疲れになっていることを」

 王は氷の手で心臓をつかまれたかのように、身をこわばらせた。

「ナディア様がお亡くなりになってから、陛下は何を見て生きてこられたのですか?民ですか?諸侯たちの顔色ですか?それとも、他国の王たちのありようでしょうか?」

「それは……」

 背中に冷たい汗が流れ落ちていく。言葉は喉の奥で、悲鳴を上げているのに音になろうとはしない。

「貴方様の憧れたナディア様は、もうどこにもおられません。いつまでも、いつまでもその影を追い求めて貴方様はどこへ向かいたいのですか?」

 静かに語り掛けてくるバレンシア公爵の声は、冷たく、そして深い悲しみに満ちていた。王は、答えることができなかった。

 バレンシア公爵はあきらめたように静かに右手をあげた。すると、王のそばにいた衛兵が王の腕をとり、静かに魔法封じのリングを嵌めた。冷たく、重い感触が両手首から這い上がってくる。

「陛下、無礼をお許しください。そして、しばらくお部屋にてお休みくださいますようお願いいたします。あとのことは新王ディオン様にお任せください」

 バレンシア公爵は深々と頭を下げた。王は抗うこともできず、衛兵に両脇から抱えられる形で召喚の間から連れ出された。


 王の侍従や魔法士たちは茫然とした。何が起こったのか気づくまでに数秒かかった。これはバレンシア公爵のクーデターである。しかし、だからと言って本当にクーデターなのか確信が持てなかった。コレオスがいない以上、一介の魔法士が公爵に逆らえれはずがない。それに、新王はディオンである。正当な後継者だ。それを否定することはできなかった。

 頭を上げたバレンシア公爵は、少し疲れた顔でディオンと自分の娘を見つめた。

「……バレンシア公」

 戸惑いの色を隠すことなく、ディオンは口を開いた。

「これはいったいどういうことだ?父上をどうするつもりだ?」

「しばらくの間、静養していただくだけでございます。いづれ、貴方様の戴冠式を行っていただかなければなりませんから」

 バレンシア公爵は、何も心配はいらないというようにいつもの柔らかな笑みを浮かべた。

「さあ、ディオン様。白の剣をお取りください。新王の証として」

 そう言われたディオンは、父を心配する気持ちよりも、自分が王だという興奮と高揚感を強く感じた。それでも、ひとかけらの情がこのような形で王になることを躊躇わせていた。

「ディオン様」

 シルフィの甘い声が聞こえて、ディオンは、はっとする。

「大丈夫ですか?」

 案ずるようにのぞき込んでくるシルフィのピンクの瞳には、あふれんばかりの期待が輝いていた。ディオンは大丈夫だといいつつも、ためらいがちに白の剣を手に取った。すると、嵐のように強い魔力が体の中に流れ込んでくる。それと同時に、ひかりのいる場所まではっきりとわかった。

「すごい、なんという力だ!」

 ディオンは感嘆し、興奮した。そして、ふっとモビリオの姿が頭をよぎる。剣では一度も勝てなかった相手。かすかな憎しみが炎のように渦巻き始まていた。

(この力があれば、誰もおそれることはない)

 そんな思いがディオンを支配した。そして、モビリオを殺さねばならないと強く思った。

「黒の剣の封印はしない。私は、この剣を持って悪魔を退治したい。かまわぬな。バレンシア公」

「かまいませぬ。ただし、ヒカリ様はこちらへお連れになってください。白の剣の力を維持するために、大切に保護させていただきましょう」

「わかった。シルフィもかまわないな?」

「お心のままに」

 シルフィは満面の笑みを浮かべる。これで王妃の地位も盤石だと思うと笑いが込み上げてくる。父の言う通りにディオンを陥落し、モビリオを丸め込み、王の使者という偽りの使者を立てて王妃を煽った結果、王妃は見事なまでにバレンシア公爵とシルフィの企みに加担してくれたのだ。おかげで早々に王妃となる日がやってくる。これからは、ディオンを陰で操り物事を進めていけばよいのであるとシルフィは考えていた。

「では、早速悪魔を退治してこよう」

「転移先はわかるのですか?」

シルフィは少し不安に思いながら尋ねると、ディオンはにこりと微笑んだ。

「ヒカリの居場所を剣が教えてくれた。そこに行けば、悪魔もいるだろう。心配はいらないよ。シルフィ、私は最強の王になるんだ」

 ディオンはそう言ってシルフィに優しく口づけをした。

「念のため共をお連れになってはいかがか?」

「いや、これは私の仕事だ。悪魔を退治し、新しい女神を迎える。初代がなしたことの再現だ」

 バレンシア公爵は「では、そのように」と言った。微笑みを浮かべる顔の裏で、氷のように冷え切った己の心を見つめ、この国の未来を案じる魂の悲鳴を聞きながら。


 ひかりは夢を見ていた。小さなころからよくいじめられ、なかなか友達もできずに高校生になり、やはりいじめにあった。人生にいいことなどないと思っていたときに、声をかけてくれたのが紫音だった。優しくて、真面目でくだらない話で笑って過ごしたこともあった。ようやくできた友達。ひかりは嬉しくてたまらなかった。けれど、それも長くは続かなかった。自分の身を守るために、紫音がいじめられるのを見ているだけだった。

(どうして止めてといえなかったんだろう)

その勇気があったなら、大事な友達のことを忘れて、くだらないお姫様ごっこに逃げたりしなかっただろう。今思えば、紫音に何と詫びていいかわからない。きっと許してはもらえないだろう。だから、今罰をうけているのだ。誰かの中に魔力が流れていくのを感じる。そして、その誰かからは、モビリオに対する憎悪が感じられた。きっとその誰かは必ずモビリオを殺すだろう。そして、親切にしてくれたレクサスやクリムゾンの人々を苦しめるに違いない。このままでは好きな人を守ることはおろか、また大切なものを失ってしまう。

(めざめなきゃ、どうにかして魔力の流れをとめなくちゃ)

 そう思いながらも、これから起こるだろう悲劇にうなされ続けていた。


「ヒカリ……」

 モビリオはまた寝室にもどってしっかりとひかりの手を握っていた。時折、苦しそうに眉根に皺を寄せる表情を見てはつらくなった。無理を言って王宮に連れて行ったことが悔やまれる。

 レクサスにはしっかりと休むよう言われてはいたが、とてもそんな気にはなれなかった。三人の鬼人たちが、ひかりの治療をしている間に、コレオスに手紙を書いて送ってはみたが、ひかりの意識が戻る気配はない。


『モビリオ、どんな困難に巡り合おうとも決して自分を信じることをあきらめないでね。そして、愛すべき人たちを信じなさい』


 モビリオは母の残したその言葉に、何度も救われた。今もまた、その声は優しく彼を包んでいた。


 貴賓室を出た紫音は、大丈夫!絶対に!と自分に言い聞かせる。

(ひかりは死なない!ひかりは死なない!)

 不安と恐怖を払いのけながら、レクサスに手を引かれて自分たちの部屋に戻った。そしてレクサスは黙ったまま、寝室のベッドに紫音を押し倒した。

(え?)

 いきなりのことで、紫音は声も出ない。オロオロしているうちに、レクサスは容赦なく、唇を奪う。いつもの軽いキスではない。体がカッと燃え上がるような激しい口づけに、紫音は混乱した。

(なんで?何で今こんなことするの!)

 紫音はもがき、抗おうとするが体に力がはいらない。訳が分からないまま、紫音の頭の中は一瞬で真っ白になった。レクサスは、不意に口づけをやめて、茫然とした表情の紫音を見つめる。

「頭はすっきりしたか?」

 そういわれて、はっと我にかえった紫音は、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「何のつもりよ!このドスケベ!」

 レクサスはふっと笑う。

「お前はそうやって怒っているほうがいいな」

「な!」

 更なる抗議の声を上げようとした紫音をレクサスは抱き起して、すっぽりと腕の中に抱え込む。

「自分の感情を殺すな。腹が立つなら怒れ。悲しいなら泣け。楽しいなら笑え。怖いのなら俺にしがみついていろ。俺は絶対にお前を離さないから」

 紫音の目から無意識にこらえていた涙が溢れだしす。そして、うわぁああんと子供のように泣き始めた。レクサスは紫音が泣き止むまで、ただそっと髪を撫で続けた。



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