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しばらくして、ディオンの執務室に使者が来た。シルフィは使者からの話をひかりたちに伝えた。ひかりは、その必要はないわと首を横に振る。モビリオとともにクリムゾンに戻る決心がついているからだ。
「では、わたくしは議会に赴き、ヒカリ様のご意向をお伝えしてまいります。いましばらくおまちくださいませ」
シルフィはそう言って使者と共に部屋をでた。残された二人は、なんとなくぎこちない感じになる。けれどモビリオはそっとひかりの手を取り、真剣な顔ですまないと言った。
「我が国の勝手でヒカリに苦労ばかりかけてしまった」
「モビリオが気にすることはないわ。そりゃ、最初はひどいと思ったし今でも王様は憎らしいけど。ディオンとシルフィにはむしろ同情する。これから、国を動かしていくのはきっと大変なんだと思うから。それに反省もしてるの」
「反省?なぜだ?」
「生まれた世界ではいいことなんてなかった。ようやくできた友達も裏切ったし、ディオンの見た目に舞い上がりもしたわ。聖女として各地を回ってる時だって、友達はのうのうと保護されて優雅な生活をしてるなんて思ってた。ワゴニア様から力を授かったのに、自分のためにしか使わなかった。自分がどんなにわがままで傲慢か知ったわ。クリムゾンの人やモビリオを見ていてね。だから、変わらなきゃって思ってる。許してはもらえないと思うけど、紫音にちゃんと謝って……変わりたいんだあたし」
ひかりは、苦笑いを浮かべてそう言った。結局それも単なる自己満足にしか過ぎないと今ならわかる気がした。モビリオは、そうかとやさしく微笑んだ。
「俺も似た様なものだな。厄介なことが嫌いで魔物と戦うことだけに集中してきた。今思えば、母上はすべてをわかっていたのかもしれない。権力など面倒なだけだ。俺は自由が欲しかったんだ。国の体面など本当はどうでもよかったのかもしれん。ただ、どこかでレクサス殿に物乞いをしたようで情けない気持ちがあったのかもしれない。俺の身勝手でヒカリには本当に迷惑をかけてしまった。すまないな」
「別に……迷惑なんて思ってないわ」
ひかりはモビリオの力になれたことがとても嬉しい気がして、照れたようにはにかんだ。
議会室から、諸侯が出て行く姿を見つけたシルフィは、衛兵に王に取り次ぐよう命じた。部屋には王とディオン、バレンシア公爵がいた。
「どうしたシルフィ」
バレンシア公爵が尋ねると、シルフィはモビリオが御礼の品を持ち帰ることを伝えた。それを聞いたディオンは内心でほっとする。王もその話を聞いて、少し考えた。モビリオはこの国を捨てる覚悟をしたのかもしれぬと。
「よかろう。準備ができ次第、儀式の間に来るよう伝えよ」
王は衛兵に命じた。それから侍従に命令して御礼の品の準備をさせた。そして、儀式の間に王たちは移動した。思えばすべての始まりがここだった。コレオスに古い文献を探させて、無理に召喚の儀式を執り行い、二人の少女の召喚を成功させた。ただ、王の判断で一人は森に捨てられ、一人は雨ごいの聖女となった。今にして思えば、二人とも聖女だったのかもしれない。一人を捨ててしまったがために、大切な青の水がめは打ち砕かれ、雨を呼ぶことはできなくなった。そして、ヒカリはワゴニアから強大な魔力をあたえられ、王家に反旗を翻し、危険人物となった。それもこれも、すべては愚かな自分が招いたことなのだろうと王は思った。
いつも、いつも、周りの目に怯えていた。それを隠すために、尊大に振る舞うことを覚えた。そして、今もなお自分の弱さを受け入れることができない。それでも、もう一度ここから、やり直せたなら。何かが変わるだろうか?
ふっと王は皮肉な笑みをこぼした。今更である。己が変わろうが変わるまいが、もう失くしたものは戻っては来ない。今はただ、ほんの少しだけ感謝するのみである。食料を得たおかげで民衆が安心しているだろうことに。雨も時に降り、大地を潤すようになったことに。モビリオが自由を選んだことに……。
王は僅かな感傷を振り払うがごとく、閉じられている扉に目をやると、扉が静かに開いて侍従と二人の衛兵が入ってきた。三人が王のそばに近づいて、返礼の品を恭しく捧げる。王は品物を確認した。
その時だった。「王妃様!」とシルフィが驚いたようにつぶやいのは。
「あら、シルフィどうしたの?そんなに驚いて。わたくし、陛下にお声がけいただいてここに来たのですよ。ねぇ、あなた」
真っ赤なドレスに身を包んだ王妃はすっと王の隣に立った。
「何のことだ?お前には何も伝えてはおらぬ。すぐに、後宮へ戻れ」
王妃は、扇で口元を隠し、氷の瞳を王に向けた。
「では、誰がわたくしに息子が異国への返礼に向かうと伝えたのです?」
「知らぬ」
王は、冷たく突き放した。
「第一、ディオンはどこにもいかぬ」
「ならば、それを見届けさせていただきましょう」
そう言って、王妃は王の隣を動かない。王が忌々しそうな顔で衛兵を呼ぼうとしたとき、モビリオとひかりが衛兵と共に儀式の間に入ってきた。二人は旅装束のままで、王と王妃の前に立った。モビリオはすっと膝をおり、頭をさげる。ひかりは、初めて見る王妃の若さに驚いていた。
「王妃様にはご機嫌うるわしく」
「ええ、とてもいい気分よ」
王妃のその優しい声にモビリオは、奇妙な違和感を覚えたが顔には出さず立ち上がった。王は、仕方がないと思いつつも、返礼品をモビリオに託した。
「返礼は金貨二千枚と『月の雫』を送る。それと、ヒカリには此度の功績をたたえて、『海の女王』を送る」
王がそういうと、クッションを手にした衛兵が王夫妻の前に膝をおり、恭しく宝石を捧げた。王はクッションの上にのった宝石に手を伸ばしたが、それよりも素早い手つきで、王妃がかっさらう。
「何をする!」
「女性への褒章の授与はわたくしの仕事でございます。さあ、聖女殿。わたくしの前においでなさい」
ひかりは、完璧すぎるビスクドールを見て、逆に強烈な生々しさを感じるような、何とも言えない複雑な心境で足が動かない。王妃はためらうことなく、ひかりに近づいて大粒のサファイアのネックレスを彼女の首に飾り付けながら言う。
「そう怖がらなくてもいいのに。わたくしはただあなたにお礼をしたいだけよ」
その瞬間、ひかりは腹部に奇妙な違和感を覚えた。ずぶりという鈍い音がして視線をさげると、服が赤く染まり始めていた。
「何……」
ひかりは強烈な痛みで、ふらりと後方へかしいだ。驚いたようにヒカリ!と叫び声をあげ、彼女の体を支えたのはモビリオだった。王妃の手には真っ赤な血の滴る漆黒の短剣が握られていた。
「それは……まさか!」
モビリオは、ひかりの傷口を抑え込んで王妃を睨んだ。王妃は、艶然と微笑む。
「黒の剣とかいう骨とう品よ」
王妃は剣を構え直し、さも汚いものでも見るかのようにモビリオとひかりを睨み付けた。
ひかりは、このままではモビリオまで刺されてしまうと思い、意識の乱れる中、一瞬の集中力で転移魔方陣を展開する。二人はまばゆい光に包まれて、一瞬にして姿を消した。
「あら、残念」
王妃はそういって漆黒の短剣を投げ捨てた。カランと乾いた音が部屋中に響いた。ディオンは自分が何を見ているのかわからなかった。正確には、誰を見ているのかわからなかった。バレンシア公爵でさえ、b 唖然としで立ちすくんでいる。
「何ということをしたのだ!お前は!」
王は激高した。だが、王妃は涼しい顔をして何がいけないのですと問い返した。
「我が国の大切な水瓶を破壊した劣悪な聖女に鉄槌を下したまで。それの何がいけないというのですか?」
王は歯ぎしりをして、衛兵に王妃を後宮へ閉じ込めるよう命じた。
「コレオスを呼べ。黒の剣を浄化し封印をし直す。それから、後宮にも封印を施せ」
侍従は急いでコレオスのもとに走った。だが、戻ってきたのは侍従だけだった。
「コレオス様は何者かによって毒殺されておりました」
沈痛な面持ちで侍従がそう述べたとき、王はがっくりと膝をついた。
「なんということだ。コレオスまでも……」
得たものも大きいがその代償は小さくはなかった。王は、後悔と慚愧の念に駆られていたが、そんな場合ではないと己を叱咤した。駆け寄る侍従の腕を払い、立ち上がると急いで犯人を探し出すよう命じだ。
「祈りの魔法士たちを呼べ!至急、黒の剣の浄化を始めよ!!」
王は間に合ってくれと祈った。一度は死に値すると言って殺そうとしたひかりに対して、今は死なないでくれと心の底から祈る。自分の愚かさが身に染みて心がギシギシと痛み始めた。ナディアを失ってからどれだけの失敗を繰り返したのだろうか。どれほどの愚かな選択をしてきたのだろか。
王は、駆け付けた魔法士たちに直ちに黒の剣の浄化を始めるよう命じた。浄化すれば、ひかりは命をとりとめるはず。だが、コレオスが欠けている今、浄化はなかなか進まなかった。




