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『……仕事、仕事って紫音を放っておいたのはお前だろう』
『あんただって、あの子にかまってあげたことないじゃない』
『母親なんだから、お前が面倒みるのは当たり前じゃないか』
『父親は関わらなくっていいっていうの?』
『本当に俺の子か怪しいしな!』
『何よ、それ!そんなわけないでしょう!』
『俺と付き合う前の男の子かもしれないって言ってるんだよ。お前は男関係派手だったからな』
『あんただって似たようなもんじゃない!とにかく、あたしはあの子を引き取らないわ』
『俺だって無理だ』
ああ、またやってると紫音は思った。いらない子なら最初から殺してくれればよかったのに。そしたら、くだらないいじめにもあわなかったのに……。
『あんたさぁ、目障りなんだよね』
『人の男に色目つかちゃってさ』
『死ねよ。マジで』
なんてくだらないんだろう。色目なんて使ってない。向こうが勝手に親切にしてくれただけ。あたしは何とも思ってない!くだらない嫉妬でからまないで!
『うるさい!ブスのくせに。口ごたえとか生意気!』
ああ、ひかり。どうしてそんなおろおろした顔で見てるの?助けてくれないの?友達になれたと思ってたのに……。
紫音はふっと目を覚ました。何か嫌な夢を見ていた気がしたが覚えていない。
「起きたのか?」
不意に優しい声が降ってきて紫音は、現実に引き戻された。がばっと起き上がって赤面する。
「ごめんなさい。あたし……」
「何を謝る?疲れていたんだから仕方がないだろう。それに俺はお前の寝顔が見れて満足だ」
レクサスは至極当然と言う風であった。
「どれくらい眠ってた?」
「一時間くらいだ」
「足痺れてない?」
「問題ない。もっと寝ていてもよかったんだぞ。眠いならもう少し休むか?」
紫音は首を横に振った。レクサスの仕事机に大量の書類が乗っているのが目に入ったからだ。
「仕事しないといけないんじゃない?」
「ああ、あれか。急ぎのものではないから、シオンが心配することはない。それより、顔色が悪いぞ。どこか具合でも悪いのか?」
「なんか嫌な夢みたようなきがして……でも、大丈夫だよ」
紫音は笑って見せた。心の中で何か不安なものが広がっていく。レクサスのことは好き。本当に大好き。でも、怖い。自分が人間だからだろうかと紫音は思った。自分からキスをしておいて今更な気もするけれど。恋や愛はどうして歪んでしまうのだろうと思わずにはいられなかった。
レクサスは片恋でもいいと言ってくれた。無理はいわないとも言った。
(信じよう。あたしはこの人が好きなんだ。お父さんたちみたいになったりしない)
紫音は不安を退けるように、願うように自分に言い聞かせた。
「あたしはここにいるから、仕事して」
「……わかった」
レクサスは少し残念そうに書類の片づけを始めた。しばらくして、手を止めると約束は覚えているかと聞いてきた。紫音はうんと頷く。
「海に連れて行ってくれるんだよね」
「そうだ。今からでもいいぞ」
「駄目よ。仕事して。それにあたし、ひかりに会いたい。海はそのあと」
レクサスはそうかと少し残念そうに、また書類に目を通し始めた。紫音はごめんねと言った。
「あたし、わがままばっかりだね」
「かまわん。シオンのわがままなどわがままのうちには、入らない。俺はお前のしたいことを側にいてみているだけで十分だ」
紫音は瞳が熱くなるのを感じて、無理に笑ってありがとうといった。本当は泣きそうだった。
「そうだ。紅茶入れるね」
紫音はソファーから立ち上がり、ティーセットの置いてあるサイドテーブルに近づいた。レクサスはそれお眺めながら、しばらく手を休めた。そこへ、扉を蹴破るほどの勢いで飛び込んできたのは、アプローズだった。
「無事だったのね!」
紅茶をいれようとしていた紫音をぎゅっと抱きしめる。
「どこも怪我はしてない?ああ、なんかやつれてるわ。一か月も帰ってこないから心配してたのよ」
矢継ぎ早にそういうアプローズに紫音は思わずポロリと涙を流した。すごくあったかくて懐かしい。
「やだ、力入りすぎちゃった?痛かった?」
「違うの。なんだかほっとしちゃって……」
紫音は涙を拭いながら、笑う。一か月、そんなに長くナイトメイアにいたのだと実感したのと、さっき我慢した涙がついに流れたのだった。
「アプローズ、仕事は終わったのか?」
レクサスは不機嫌そうに尋ねると当然とアプローズは胸をはった。
「あとで報告書だすけど、今回も大量よ」
「え?大量って?また魔物狩り?」
紫音が尋ねると、違う違うとアプローズが苦笑交じりに否定した。
「魔法石を回収してきたの。森で退治した魔物は森に埋めると魔法石になるから」
そういわれて、討伐にいくアプローズたちの中に大きなスコップをもった一団のことを思い出す。
「魔物って埋めると魔法石になるの?」
「そうなの。偶然の産物なんだけどね。たまたま、遺体を放っておくのはかわいそうだっていう人がいてね。じゃあ、埋めとこうって埋めたら一か月の間に魔法石になってたの。かなり前の話だけど。おかげで今では、色々な魔道具ができて生活も便利になったのよ」
アプローズは喜々として話してくれた。紫音はいつもポットの中にお湯が入っていたのは、魔道具だったからなのかと今更ながらに気がついた。
「これも魔道具だったんだ。でも、魔力がなくても魔道具って使えるの?」
「ええ、今ではどの家庭でもこのポットや食料を保存する貯蔵箱があるわ。レクサス様の仕事の一つで魔法石の鑑定というのがあるの。それを元にしていろいろ便利なものができたってわけ」
紫音はレクサスの方を目を輝かせてみつめるとすごいねと笑った。
「鑑定はたいしたことじゃない。問題は加工方法だ。幸い、ナイトメイアからこの国に居ついた魔道具師がいてな。いろいろな加工方法を俺たちに教えてくれたんだ。今は、工房だけが稼働しているが本人はなくなっている」
「その人は病気にでもなったの?」
「寿命だ。魔人の寿命は長くても九十年くらいだからな」
その言葉に、自分とレクサスの寿命の差をふっと思い浮かべた紫音は表情を硬くした。鬼人が長寿なのをすっかり忘れていたのだ。
(あたしにとっての三年後はレクサスにとっては数日のようなものなんだ。もし、結婚してもすぐにおばあちゃんになっちゃう……)
「どうしたシオン?顔色が悪いぞ。やっぱり具合が悪いんじゃないのか」
レクサスが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫、そうじゃなくて……なんていうか、その……あたしの寿命も長くないなって思ったら……」
その先はうまく言葉にできなかったが、レクサスはそっと紫音を抱き寄せて心配ないと優しくつぶやく。
「もし、シオンが俺と結婚してくれる気になったら、血の契約を交わせばいい。結婚したくなくても長生きしたいのなら、アプローズたちのように俺と契約をすればいいだけだ。何も不安になることはない」
紫音は思い出した。アプローズとティーノはレクサスとの契約して結婚できたことを。ただ、それは契約を解くか、レクサスが死ぬかで解除される契約だった。
「血の契約って何?」
「片方が死ねばもう一方も死ぬ契約だ。滅多なことではしてはならないことになっているがな。年の差が大きいときには、普通の鬼人でも契約をすることがある。契約すれば寿命の長い方と同じ時間を生きることができるからな」
「じゃあ、もしあたしがそれを望んだら、レクサスの寿命と同じだけ生きられるの?」
「そういうことだ。シオンが望むならいつでも俺は血の契約をしたい」
「え?何?まだ、契約してなかったの?シオンちゃんはレクサス様じゃ嫌なの?」
アプローズにそう言われて、紫音は首を振る。
「あのね……あたし、もう少し大人になってから考えたいの。まだ、この国のことも世界のことも知らないし……」
紫音はしどろもどろに答えた。アプローズは、女神のように慈愛深い笑みを浮かべた。
「そうだったの。シオンちゃんは異世界から無理矢理この世界につれてこられたのに、あたしたちみんなのことも好きになろうとしてくれてるのね」
「だって、みんながあたしを助けてくれたんだもの。それに戻れないし、戻っても居場所なんてないし……だったら、この世界でちゃんと生きていかなきゃって思ったの。うまく言えないんだけど」
「ちゃんと伝わってるわ。シオンちゃんの気持ちは。ね、レクサス様」
レクサスは紫音の頭をなでながら、急がなくていいんだと優しく囁いた。
「うん、ありがとう」
紫音はぎゅっとレクサスに抱き着いた。レクサスもそっと抱き返した。
アプローズはとても嬉しそうに微笑んで、二人をしばらく見つめていたが、はいそこまでといって二人を引きはがした。レクサスは不服そうな顔をし、紫音は赤面している。
「レクサス様は魔法石の鑑定をしてちょうだい。それからシオンちゃんは休まなきゃだめよ」
「大丈夫。さっきソファーで眠ったから。それより魔法石の鑑定、見ちゃダメかな?」
「駄目ってことはないけれど、本当に休まなくて大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
紫音が笑って答えるとアプローズは念を押すように本当ねといった。
「大した時間はかからん。俺が鑑定するのは魔法師団や鑑定士が判断に困った物だけだからな。シオンにはしたいようにさせる」
レクサスがそういうとアプローズはわかったわと言った。
三人は謁見の間の方へ歩き出した。鑑定は謁見の間の隣の空き部屋で行われると説明してくれた。謁見の間にはすでに加工業者の代表と運び手が待機していて、レクサスの鑑定を待っているのだそうだ。
「いくつぐらい鑑定できなかったんだ?」
「五つよ。見た目は他の魔法石と大差ないんだけど、鑑定結果がいくつかにわかれちゃって判然としないの」
「混ざり合っている可能性もあるからな」
「その可能性もあるけれど、新種かもしれないわ」
紫音は二人の会話を聞きながら、魔法石がどんなものか想像してみた。加工前ということは、地理で習った地層から発見された化石のようなものなのだろうか。それとも、宝石の原石のようにごつごつとした岩の間から部分的に結晶が見えているものなのだろうかと。そんな風に考えていると、いつの間にか謁見の間の隣部屋にたどり着いていた。扉の前には二人の兵士が話しながら立っていて、レクサスたちを見つけるなりお待ちしておりましたと声をそろえて背筋をぴっと伸ばして一礼し、ドアを開けた。
三人が部屋に入ると石を囲んで五人の男女が首を傾げては、話をしていた。どうやら、鑑定を任されている魔法師団員のようだ。レクサスたちに気がつくと、扉の前の二人と同じようにぴっと背筋を伸ばして一礼した。机の上には、ごつごつとした岩石が五つ並んでいる。レクサスは机の上の岩石をおもむろに手に取った。大きいものはバスケットボールほどの塊で重そうだったが、レクサスは平然と五つの岩石を持ち上げては、軽石でも扱うかのようにくるくると表面を眺めている。紫音も、机に置かれた岩石をじっと見つめてみた。すると不思議な光景が頭をよぎった。まばゆい光を放つ月光や滝に虹のかかった光景、街の大火事、手術を終えてほっとしている人の姿、殺戮を繰り返す通り魔……。紫音は思わず頭がクラクラした。
「どうしたシオン?」
「えっと……急に頭の中でいろんな風景がみえてちょっとびっくりしたの」
「どんな光景だったか言えるか?」
レクサスにそう言われて、五つの光景を思い出しながら答えた。
「なるほど。シオンは俺よりも鑑定力が強いようだな。俺は触れないとわからないからな」
そう言いながら、レクサスが左から一つ一つ岩石について説明してくれた。
「これは、ルルーナという災いを退ける守りの石だ。次がウォルトレインで水を大量に生み出す。それからこれはファナル。強い火の力を宿している。こっちはライフリット。どんな傷や病気も治す希少な魔法石だ。最後のこれは、デスパロス。人心を病ませる暗黒の石だ」
紫音はデスパロスを見て身震いをした。見た目は小さく、どこにでもあるような灰色で優し気な色をしているのに、とても触れる気にはならなかった。
「心配しなくていい。デスパロスは俺が森に埋めて封印する」
紫音はほっとしたが、そんな危険な石に触れてレクサスは大丈夫なのだろうかと不安になる。
「触っても大丈夫なの?」
「原石だからな。加工しない限り、力を発揮しない。アプローズ、ファナルとライフリットは、魔法師団で加工してくれ。力が強すぎる」
「わかったわ。じゃあ、ルルーナとウォルトレインは業者に渡しておくわね」
アプローズは鑑定に悩んでいた団員に二つの岩石を隣に運ぶよう命じた。




