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公爵令嬢はスヤスヤ眠りたいだけ。  作者: はっぱ
【第一章 希少植物編】

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【1-7】神が与えた希少植物

 次の日、ルーチェにしては珍しく早起きし王城へ向かった。あまり表情を崩さないアリーが「今朝は朝のグズグズタイムが十五分で済みました」と目を丸くして母に報告していた。

 

「大災害の前触れかしら……それともルーエン神がお怒りなのかしら……それとも……」

「お、お母様」

 

 ルーチェの母がおっとりとした口調で物騒なことを言い始めたので慌てて止める。ただただ研究室へ行くのが楽しみでいつもより寝起きが良かっただけなのに。



 

 馬車へ乗り込んだルーチェは一度自分の服を見下ろし口を尖らせた。

 

「ねぇアリー、最初から装飾を取った服装で出掛けるのはだめかしら」

 また今日もどうせ白衣を着るのだ。わざわざ早着替えするのも面倒だし、荷物も増える。アリーなら効率重視な性格故に許可をくれると思ったのだ。

「ダメです」

 

 即却下されたルーチェは一瞬驚いたが、すぐにジトリと睨む。

 

「アリー、貴女なら効率重視で考えてくれると思ったのだけれど、何故即座に却下?」

 アリーは伏せていた切れ長の目を王城の方へ動かした。

「もう少々誤解させておくのも一興かと」

「はい?」

 

 ルーチェにはアリーの言っていることがサッパリ分からなかったが、つまりは昨日の早着替えの件についてシルヴァンの誤解をまだ解きたくなかっただけである。

 

 王城では一日中扉に張り付くしか仕事がないアリーは娯楽に飢えていた。



 

 王城に着いたルーチェは早速首を傾げた。ルーチェ専用の別室が準備されていたからだ。着替える時に使えとの事。

 

(着替えに関しては早着替えできるから問題ないって言ったよね?まぁ、荷物置き場にできるからいいか)

 

「ついでにここで白衣を着ましょう」

 

 アリーがそう言うのでルーチェはスカートの装飾やら長い袖やらを外して白衣を羽織った。

 

(アリーもきっと手元に一日中荷物があるのは大変だね。部屋を用意してもらって良かったかも)

 

 持ち込んだ実験セットやいつかブランに採点してもらおうと思っていた資料など荷物がたくさんあるのだ。その大量の荷物はここでアリーに管理してもらうこととなり、シルヴァンのご好意で用意された一室はルーチェ専用の荷物置き場となった。


 

 

 研究室に入るとオルレンとフロラルとブラン、そして今日も何故かシルヴァンが居た。シルヴァンはルーチェの格好を見て何故か満足気だ。

 

「皆様おはようございます。今日もよろしくお願いいたします」

「おはようございますルーチェ様。こちらこそよろしくお願いします」

「お願い、しますっ」

 

 オルレンとフロラルは昨日より緊張感が和らいでいた。それは『お嬢様』の期待を捨てたからなのだが、ルーチェは信頼関係を着々と築き上げている気分でいた。

 

 一方ブランの態度は昨日と変わらない。ルーチェを一瞥すると自身が書き込んでいる資料にすぐ目を落としてしまった。

 彼がこの場に来ているだけでもルーチェは感動したのだがオルレンは胃を抑えながらブランからペンを抜き取りフロラルは小さい体で精一杯ブランが書き込んでいた資料や本を取り上げる。

 

「何をする、返せ」

「ブランおじさん、挨拶をしてください」

 

 オルレンの表情は切実そのものだ。ブランも顔を顰めながら仕方ないと言わんばかりにルーチェに挨拶をする。

 

「今日もお暇な様で何よりです」

「……お、じ、さん」

 

 このままではオルレンの胃に穴が空いてしまう。彼の負担を少しでも減らそうとルーチェはニコリと微笑む。

 

「いいのですよ、オルレンさん。わたくしはブランさんがこの場に来てくれて今とても感動してるのです。それより……」

 

 すすっとフロラルに近寄り彼がブランから精一杯取り上げた本や資料を覗き込むと、そこには希少植物の絵らしき物と説明が書かれてあった。どうやら希少植物がタンポポだけじゃないのは本当の様だ。

 

「これが例の王家に代々伝わっている図鑑なのでしょうか」

「はい。今日はルーチェ様にこれを見て頂きたくてシルヴァン殿下に特別に持ち出しの許可を頂きました」

「なるほど。だからここにシルヴァン様がいるのですね」

 

 ルーチェは普通に言ったつもりだったが「出てけばいいのに」という本音が少し声色に滲んだらしい。

 シルヴァンはルーチェの態度に傷つきつつなんとか笑顔をキープする。これでも第二王子だから。

 

「悪かったな。私がここに居て」

「いいえ。とんでもございません。閲覧許可を出していただきありがとうございます」

 

 ギリギリ笑顔のシルヴァンに対し、ルーチェは余裕で聖女と謳われる笑顔を向けるが頭はすでに希少植物への興味でいっぱいだ。

 

「準備ができてんならすぐその資料を見てくれ。……今日も王子殿が迎えに来てくださるみたいだからな。さっさと取り掛かろう」

 

 シルヴァンが研究室を出ていく前提の物言いからして、どうやらブランもこの場にシルヴァンがいると都合が悪いみたいだ。さっきまでなんとか笑顔だったシルヴァンの口角がヒクヒクと動く。もともと早着替えの誤解の件でブランに対する好感度は地まで下がってしまったがそれがまた地下へメリメリと音を立てて下がっていく。

 

 それを知らないルーチェと、興味がないブランは早速王族から閲覧許可をもらった図鑑を取り囲み、ああだこうだと話し合いを始めてしまった。オルレンとフロラルですら、この図鑑はやはり興味深い様だ。シルヴァンの機嫌が急降下していっていることに気付いていない。

 

 シルヴァンはいよいよ貼り付けた笑顔を捨て、剣呑な眼差しを一同に向けるとドカッと椅子に座った。

 

「……俺(・)も今日はここに居るぞ」

「……はい?」

 

 この様子を俯瞰で見て楽しんでいるのはシルヴァンの側近のパトリックとアリーだけであった。



 

「……今から七百年以上も前の話だ」

 

 そんな言葉からシルヴァンの話が始まる。第二王子直々に『神が与えた希少植物』の伝承を教えてもらうことになったルーチェは彼の沸々とした怒りを感じ取り、首を傾げながらも話に耳を傾けた。

 


 

 ——昔々、さらに昔。今より神と王族の距離が近かった時代のこと。

 王族は皆ルーエン神のお声が聞こえ、そのお姿も見えていた。ルーエン神にお目に掛かれて初めて、本物の王族だと認められるのだ。

 ある日、当時の王に天啓が降りた。

 

 『王家に祝福を与える』と。

 

 教会に赴き、王が直接ルーエン神から授かったのは三種類の植物。

 

 普通の植物なら時が経てば枯れてしまうが、ルーエン神が王家に与えた植物は魔力を注ぎ続ける限り、永遠に枯れない花々であった。

 その花々を枯らさないよう、代々その花に魔力を込めることが王族の務めとされた。

 

 そして豊富に魔力を蓄えた花々は大量に増殖。一輪も枯らしてはならぬと王族が総力を上げて魔力を込め続けた結果、国は傾いた。

 その国力低下の隙に仲の悪かった隣国から侵攻され、すぐに戦争が始まってしまった。

 

 結果、戦禍で王族は数が激減。段々と希少植物の存在を知る者も減少していき、実物が存在するのかどうかも眉唾な物になった。

 ただ、伝承だけが昔の王族の妄執と共に現在まで語り継がれている。

 

 図鑑と共に何度も何度も記述されているのは『ルーエン神から授かった三種類の植物をいかに枯らさず護り切るか』ということだ。

 

 シルヴァンから『希少植物』の伝承の全容を聞き、ルーチェはルーエンの顔を浮かべて頬を引き攣らせた。

 

(え、これって……。ルーエン様のせいじゃない?いやまぁ、王族もかなりの阿保だけど……)

 

 シルヴァンは図鑑を目線で示した。

 

「そしてこれが戦禍で残った数少ない資料というわけだ」

 

 なるほど。そんな貴重な資料なら確かに王族であるシルヴァンが近くで見張るのは当然である。

 シルヴァンがピリピリとした雰囲気を纏っていた理由に見当違いな納得をしてしまったルーチェはブランの手元に目を移した。

 この図鑑、王家から閲覧許可が出たのはこれで三回目らしい。ブランはその度に自身でまとめて考察までしていた。

 

 ブランがまとめた資料をチラリと見てルーチェは眉を寄せる。

 

「ブランさん、絵が下手ですね」

「うるせぇ。……なら嬢ちゃんが描いてみろよ」

「えぇ」

 

「ほら」とペンを渡されたルーチェは後に引けなくなった。オルレンもフロラルも、そしてシルヴァンも興味深そうに紙を覗き込む。

 

(面倒だし、選択範囲の魔法を使って……)

 

 所謂、コピペである。だがこれを魔法として考案したのはルーチェだ。つまりまだ世間には存在しない魔法である。

 

 懇親会で馬車に轢かれそうになった時、咄嗟に防御結界と緩和魔法を使ったので、ルーチェが入学前にも関わらず魔法に詳しいことはシルヴァンも分かっているだろう。

 だがそれはまだ常識の範囲内。

 身分の高い者は幼い頃から高い教養を身に付けていてもおかしくないからだ。公爵令嬢のルーチェも然り。

 

 しかし、存在していない魔法を入学もしていない子供が使うのは話が違う。今ここで使ったらルーチェは物凄く目を付けられてしまう。

 

(せめてシルヴァン様が居なかったらなぁ)

 

 心の中で舌打ちしながら、コピペ魔法を使う事を諦め、大人しく図鑑に記された絵を模写していく。

 

「おぉ。さすがですね、ルーチェ様」

「すごい、です」

「上手じゃないか」

 

 何度も強調するがルーチェは腐っても公爵令嬢。絵を描くことも教養のうちの一つだ。

 ブランは一度目を眇めて「さすがはご令嬢ですね」と面白くなさそうに言い放った。

 皆に褒めてもらったことに気を良くしたルーチェはブランに「じゃあ、これも描けるよな?」と乗せられ三種類の絵すべてを完璧に仕上げてしまった。

 

「……って、何でわたしが全部描いてるんですかっ!」

 

 乗せられて悔しがるルーチェをよそにブランは希少植物の絵をまじまじと見つめて溜め息を吐く。

 

「王子殿、この三種類の希少植物の共通点が書かれた記述は本当にないのか?」

「ああ。私も探してみたが特になかったな」

 

 不機嫌ながらもシルヴァンは正直に答えた。

 

 一同が色々な可能性を口々に言っていくがどれも見当違いである。

 この希少植物達、ルーチェにしか分からない共通点が一つだけあった。

 

 『タンポポ』『チューリップ』『アサガオ』

 

 これは全てルーチェが前世で生きた世界に存在していた植物である。ルーエンは何故か地球の物に興味があるのだ。彼がパクっ、……参考にした可能性が高い。

 

 ルーエンの性格を知っているルーチェは一つの仮説を立てた。

 

 自分のお気に入りの花を昔の王族に自慢してプレゼントしただけだったのではないだろうか。そしておそらくそこに深い意味はなかったのでは、と。

 

(あり得る。ルーエン様ならあり得る)

 

 これが真実ならば、あまりにも王族が不憫だ。さすがのこの国でも、真実を知ればルーエン神信仰を揺るがすかもしれない。

 

「ルーチェは何か分かるか?」

 

 目敏いシルヴァンはルーチェが顔を強張らせたのを見逃さなかった。だがこの仮説をなんと説明するべきか分からなかったルーチェはすぐに頭を横に振る。

 

「いえ、わたくしも特に思い付きません」

「そうか」

「……」

 

 ブランはルーチェを見据え静かに顔を顰めた。

 

 ルーチェはシルヴァンがこの場にいることもあり、発言や行動を無意識にセーブしている。昨日のような直接的な意見交換を望んでいるブランはそれが面白くない。

 

 彼は常に仏頂面なので少し顔を顰めたとしてもその変化に誰も気付かなかった。否、シルヴァン以外は。

 

「……さて、私は今一度資料を探しに行こう」

 

 突然シルヴァンは席を立ち上がりそう言った。

 

「パトリック、お前も手伝ってくれ」

 

 扉の前に立っていたパトリックは「はい」と短く返事をする。

 

(あれ。なんかわたしやらかした?)

 

 突然の発言に皆がシルヴァンを見るが、彼はにこやかな顔と足取りで部屋を出て行った。ただ研究の足しになるように王族関連の資料を探しに行ってくれるのだ、と皆が信じている。

 だがルーチェはあの笑顔が感情を隠すための完璧な作り笑顔なのだと知っている。自分がそうやって貴族用の笑顔を作ってきたから。

 

「王子殿にゃ退屈だったんだろ」

 

 ブランは肩を竦めてそう言ったが、ルーチェはシルヴァンの出ていった扉を見つめる。


(第二王子の人柄を知ることはルーエン様の課題にも繋がるはず。シルヴァン様の真意を確かめないと)

 

 ルーチェが後を追おうと立ち上がると、ブランが自分の考察をまとめた資料をルーチェの目の前にズイッと差し出す。

 

「王族の図鑑を見て俺がまとめた考察だ。赤で書いてあるのが今回の考察。嬢ちゃんの意見を聞かせろ」

 

 そう言われてしまえば、ルーチェはシルヴァンの後を追う選択肢はスコーンッと頭から抜け落ち、ブランが書いた考察を食い入るように読み始めた。

 シルヴァンに同情の目を向ける者はこの場には誰もいなかった。



 

 ブランの考察を読み終わると、そっと紙をテーブルに置く。

 

(なるほど……。でもこのままじゃ何もかも勿体無い)

 

 三つの希少植物の共通点について、神学も学んでいたブランの考察は実に的を射ていたし、ルーチェの確信に近い仮説に似通っていた。

 

「『神々の世界から選んだ植物』という意見は私の考えに一番近いですね。……ですが、このテーマ自体、変えた方が良いと思います。この世界のどこにもない植物と名前。そして未だタンポポしか見つかっていない。なら、こちらの世界の解釈でこの三つの希少植物の共通点を見つけるのは徒労です。他二つが見つかれば研究する、でいいと思います」

 

 ハッキリと徒労と言ってしまわないと埒が開かない。もっと調べるべきことが沢山あるし、

 何よりブラウンという存在の無駄遣いだ。

 『神々の世界から選んだ植物』を結論にした方がいい。というかほぼ正解だから。

 

 ブランは納得してなさそうに口をへの字に曲げるが反論はしてこない。薄々本人も気付いていた事だったからだ。

 

 一緒に読んでいたフロラルはおずおずとブランに訊ねた。

 

「神々の世界って、本当にあるの?」

「……さぁな。だが神が存在しねぇんなら、何のためにこの国は一度滅びかけてんだ」

 

 昨日と同じ自嘲するように吐き捨てた言葉は重く響きブランの纏う空気が一瞬だけ変わった。

 

(何か拘る理由があるんだろうか……)

 


 

「ルーチェ様、今のうちに研究のゴールを決めておいた方が良い気がします。俺たち同じ研究員でも調べたいことはバラバラでして。……多分それはルーチェ様もではないでしょうか」

 

 オルレンの正論にルーチェは昨日のブランとの衝突を思い出す。それぞれ方向性を決めておかねば最悪、王家主導の研究は失敗に終わる。それはルーチェ、ひいてはハイアンの名に傷が付くことを意味している。

 

「ええ。そうですね。オルレンさんとフロラルさんはどんな研究をしたいですか?」

 

 そう問われたオルレンは楽しそうに、やりたい研究を思い浮かべる。

 

「俺はこれでも王城薬剤師ですからタンポポの薬効なんかを調べたいですね」

「ぼ、ぼくも植物として調べたい」

 

 フロラルは手を握り締めて彼の精一杯で力強くそう言った。ルーチェも後に続き、迷いなく研究したい事を述べる。

 

「わたしはやはり綿毛と魔力の関係性について調べたいです!」

 

 ファーン兄弟は植物学の視点で、ルーチェは魔法学の視点で。一同がブランに目を向ける。

 予想なら「俺を見るな!何を研究したって俺の勝手だろ!」と嫌な顔をするかと思ったがブランはルーチェ達の視線を受けても空虚を見つめて思案していた。

 

 そしてボソリと呟く。

 

「俺は……。歴史を研究したい」

 

 ルーチェは少し驚いたがあまりにも真剣なので何か考えがあるのだろうと思いコクリと頷いた。

 それに、そのテーマは丁度良い。

 この研究は王家主導の研究なので王族にも当然研究結果を提出しなければならない。もちろん研究した結果はなんであれすべて提出を命じられているが、王族が真に望んでいるのは戦禍で失われた歴史の部分だろう。

 タンポポが見つかった以上、昔の王族に倣って注ぎ続けなければならないのか否か。ルーエン神を信仰するこの国にとっては重要な問題だ。ブランの研究は王族が望んでいるものと繋がる。

 

「問題は、肝心のタンポポが四輪しかないことですね」

「少ない、です……」

 

 そう。あまりにも少ないのだ。これでは対照実験も碌にできない。うーんと頭を悩ませているとブランが手をヒラヒラと振った。

 

「俺は直接的に実験はしないからお前らが使え。どちらかというとお前らの実験結果から考察していきたい」

 

 昨日はあんなに解剖に反対だったのに今日は意見を一転させたブランに三人とも目をパチクリ瞬かせる。

 

「……ブランさん今日はどうしたんですか。体調が悪いんですか?」

「生憎絶好調だ」

 

 ルーチェが真剣にブランを気遣ったが、それには昨日と変わらない嫌な顔で悪態を吐いた。

 

「いやいや昨日解剖にあんなに反対だったじゃないですか!わたしにタンポポを渡しちゃったら遠慮なく実験しちゃいますよ!?」

「あんたは賛成して欲しいのか欲しくないのかどっちだよ!?」

「ストップストップー!とりあえずは一人一輪ずつ持っておきましょう。ブランおじさんも何か実験に使うかもしれませんし」

 

 また言い合いになりそうになった所でファーン兄弟が止めに入ったが、それも「フン」と鼻息一つで素直に聞き入れ頬杖をついただけだった。

 それをオルレンは奇妙な物を見るような顔で見つめた。フロラルに至っては恐怖でプルプルと震えている。

 

「ブランおじさんどうしちゃったんですか。今日はやけに素直ですね」

 

 ブランは頬杖をついたままシルヴァンが出て行った扉の方へと目を遣る。

 

「王子殿に借りを作っちまったからな」

「借り?」

「……それより」

 

 扉からルーチェへ目を移したブランは獲物を見つけたようにニヤリと笑う。

 

「さっき何の魔法を使おうとしたんだ?」

「え!?」

「王子殿の目を気にして使わなかっただろう」

 

 シルヴァンの目を気にして使わなかった魔法なんてさっきのコピペ魔法しか心当たりがない。

 

「ルーチェ様魔法が使えるんですかっ!?」

「見たい、ですっ!」

 

 二人にキラキラとした目で見つめられ、ルーチェはダラダラと冷や汗を流す。

 ファーン兄弟になら見せても喜んで貰えるだけで終わるだろう。

 

 だが、ブランはその気になれば魔法が自分でも使えてしまうのだ。

 学者にコピペの魔法を教えるのはどうなんだろうか、と思い悩む。

 

 ルーチェの困り果てた姿を見て多少溜飲を下げたブランが更に溜飲を下げるべく頬杖をついたまま今までにない良い笑顔でルーチェを捕らえる。

 控えめな黄土色の目は光を受けた月のように輝いていた。非常に楽しそうだ。

 

「王子殿には内緒にしてやるから。先(・)輩(・)にちょっと見してみろよ」

「せん、ぱい?」

 

 ヒクッと頬が痙攣し、色んな可能性が頭を巡る。

 が、辿り着いた答えは一つしかない。

 まさか、ブランさんって……。

 

「セルヴァイアご出身なんですか!?」

 

 ブランは肯定の代わりにニヤリと笑う。心底スカッとした顔で。ファーン兄弟も苦笑いしているので知っていたようだ。

 

「ブランさんって、何者……」

 

 セルヴァイア魔法学園は国内の数ある教育機関の中でトップ3に入る名門校である。

 魔法が学びたいからと言って誰でも入れる訳ではない。本人の素養も勿論、家柄も重視されるのだ。ブランは没落貴族の末裔だとルーチェに言っていたが、没落貴族の身分ではセルヴァイアには入れない。

 

(本人の素養はともかく、ブランさんって、実は大貴族?とてもそうは見えないけど……)

 

「おい。今失礼なこと考えてるな?」

 

 ルーチェが上から下までブランを見て指摘通り失礼極まりないことを考えていると、ぐにーッとほっぺをつねられた。

 よく伸びて触り心地の良いほっぺにブランは険しかった目を一瞬丸くした。

 

「いらいれすっ!!」

 

 どうして皆私の頬を抓るのかとルーチェは憤慨するが彼女のほっぺはよく伸びて触り心地が抜群なのだ。どこかの神がそうなるように設定したから。

 

 ブランは楽しそうにみょんみょんとルーチェのほっぺを捏ねる。ファーン兄弟は止めてくれるかと思いきや、二人揃ってルーチェのよく伸びるほっぺを興味深そうに観察するだけだった。まるで実験中のリスの頬袋を見る様な目で。

 

「離して欲しけりゃ早く魔法を見せろ」

「わありましだぁぁ!!」

 

 ルーチェは渋々白旗を上げた。

 解放された頬をさすさすしながら、翡翠色の目をキリリと釣り上げ釘を刺す。

 

「皆さん、今日ここで見た魔法は今日忘れてください。他言厳禁です。特にブランさん」

「何で俺だけ名指しだ」

「貴方がブランさんだからです」

「はぁ?」

 

 まさか、あのブラウンに最初に披露するのがコピペの魔法だなんて。


 もっと他に見てもらおうと持ってきたものがたくさんあるのに!

 

 むぅっと膨れっ面を隠そうともせずルーチェは図鑑を手に取って希少植物の図解のページを開く。

 それでもブラウンに自分の魔法を見てもらうのだから、ちゃんと披露してすごいって言ってもらいたい。

 

 少しだけ汗ばんだ指先に魔力を込めタンポポの絵の上で自分の魔力を薄く塗るように指を滑らせた。これで選択範囲を決めるのだ。

 そうしてコピーとペーストの効果が組み込まれた魔術式を選択範囲だけに発動。あとは何も書かれてない紙に指を移動し、トンッと指を置けば、図鑑の絵がそのまま紙に記された。

 イメージや魔術式自体は結界魔法を応用したものである。

 

「すごい……!すごいですよルーチェ様!僕もこの魔法欲しいです!」

「これ、すごい、全くいっしょ」

 

 図鑑と紙を見比べてファーン兄弟は目を輝かせ、ブランは目をかっぴらいたまま固まった。

 

「こんな魔法が使えるなんて、ルーチェ様はやっぱりすごい人なんですね」

「すごい、本当にこれ、全くいっしょ!ルーチェ様すごいっ」

 

 ファーン兄弟が想像より何倍もベタ褒めしてくれる。しかも喜び方が純粋で可愛い。

 

 ルーチェは周りの貴族に「優秀だ」「さすが聖女様だ」と言われてもどこか打算を感じて素直に喜べたことがない。だから基本、ルーチェは自分を優秀だと思っていないし、ましてや聖女だとも思っていない。

 

 しかし今、こんな風に自分の魔法を見て、目をキラキラさせて「すごいすごい」と褒めてくれたことがルーチェにとっては堪らなく嬉しかった。胸の奥がむずむずとして魔法を研究してきてよかったと心底思った。

 

 だからつい、ついうっかり、要らないことまで口走ってしまった。

 

「これは私が考えた魔法なんです!」

 

 と。

 

 その発言を聞き逃さなかったブランはスタスタとルーチェに近づき今度は肩をガシッと掴んだ。

 

「おい嬢ちゃん、俺にその魔法を教えろ」

 

 ブランの目は完全に血走っていた。その圧でルーチェは自分が要らないことを言ってしまったことに遅れて気づく。

 

(しまった……。ファーン兄弟があまりにも可愛く褒めてくれるから調子に乗りすぎた)

 

「ブランさんは悪用する気しかしないので絶対に教えません!」

 

 ルーチェは頭をぶんぶんと横に振ったがそれを掻き消すように肩を力強く揺らされる。

 

「お、し、え、ろ〜ッ!!」

 

 頭がぐわんぐわんと揺れるがルーチェは負けない。ブランのこの様子からして、この魔法がブランとの交渉の手札になると確信したから。あと純粋にブランがどう使うか不安だったから。

 

「なんとしてでも吐かせてやる……」

 

 側から見ればこの光景、目を血走らせた悪人に虐められているお嬢様の図そのもので、誰かに見つかればブランの首は即飛んでしまう絵面であった。

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