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公爵令嬢はスヤスヤ眠りたいだけ。  作者: はっぱ
【第一章 希少植物編】

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【1-6】くるりと早着替え

 希少植物研究室を後にしたこの国の第二王子シルヴァン・セラレオールは深く溜め息を吐いていた。

 

「俺も研究してる所見たかったなぁ」

 

 子供じみた独り言を漏らせば彼の従者パトリックは「殿下、言葉遣いが乱れてます」と間髪入れずに注意した。彼の真面目さはいつも通りなのでシルヴァンは「はいはい」と適当に流す。

 

「まぁ今日の今日から研究に取り掛かるのは難しいかと思いますよ」

 

 パトリックはシルヴァンの後ろで呆れた様にそう言った。その理由がシルヴァンにも分かるので思わず苦笑する。

 

「ああ、彼だろう?説得には骨が折れそうだ」

 

 今日の顔合わせに姿を見せなかったブラン・フィールドは優秀な学者だが貴族嫌いで有名だ。彼の身の上を考えれば無理もないが王城にいる貴族は彼を毛嫌いしている者も多い。だがシルヴァンはブランのハッキリとした性格に好感を持っていたし、能力も申し分ないと思っている。

 

「ルーチェはブラン殿にどんな態度を取るだろうか」

 

 一種の化学反応を楽しむようにシルヴァンが頬を緩ませればパトリックはそれをジトリと睨み、咳払いをした。

 

「ところで殿下、例の件ですが」

「ああ。俺の実(・)験(・)中(・)に水を差したんだ。何か進捗があったんだろうな?」

 

 主人のこの態度にも臆さずパトリックは「まぁそれなりに」と答える。

 

 二日前、セルヴァイア魔法学園の懇親会にて、謎の結界が発動された。

 その結界は個人を、ルーチェ・ハイアンを誘い込むかのような人払いの結界だった。

 シルヴァンはルーチェの動向を目で追っていたので魔力探知でその不審な結界に気付き即座にルーチェを避難させることができた。

 

 人払いの結界は結界自体に気付けば中に入ることは容易い。ただこの結界、非常に高度で気付かれにくい結界だったのだ。

 

(本当は懇親会の終わった後で研究のお誘いをしようと思っていたんだが……)

 

 嫌な予感がして彼女の保護を優先させたシルヴァンはルーチェにすごく嫌な顔をされた。

 

(いや俺だって彼女に懇親会を楽しんでもらいたかったさ!でもあのまま会場に返すのは危険すぎるだろう?!)

 

 そう、彼の勘は当たっていた。

 

 ルーチェを狙い結界を張った者はシルヴァンが助けに入ったことで、ある作戦が実行できなかったのだ。

 

 

 ルーチェの嫌がる顔を思い出して心を傷付けていると会議室に到着した。中にはシルヴァンの側近二人が集まっていた。

 歳が近く、昔馴染みの者達が集まっているのでシルヴァンも肩の力を抜いて喋ることができる。ここで一番最年長なのは二十三歳のパトリックだ。

 

「シルヴァン様遅いですよぉ!ていうかズルイです!一人だけ聖女様に会えて!」

「一人じゃない。パトリックも一緒だった。あとその聖女って呼ぶの本人の前では絶対にやめろよ」

「え、なんでですか?」

 

 扉を開けてすぐにバカでかい声でシルヴァンに絡むこの男の名はエリオ・ベグナーラ。これでも騎士団の一人である。

 

「うるさいエリオ。ちょっと黙って」

 

 エリオの声に顔を顰めているのは寝起きであろうシアラ・グレイモア。彼女も騎士団の一員で非常に剣の腕が立つ女性騎士である。

 

「ひどいッ!パトリックさん〜。シアラがヒドイですぅ〜」

 

 エリオが泣きつくようにパトリックにフラフラと近寄るが最年長の彼は諌めるでもなく「事実です」とだけ言い放った。

 

(……はぁ。やっぱり防音結界張らなきゃだめだなぁ)

 

 この三人(主にエリオ)が一緒にいる限り普通に内密な話は無理だと判断したシルヴァンは防音結界を張った。本当は盗聴防止結界も張りたいが、結界を重ねて出すのは高難易度で綻びやすいのだ。

 

「……私がなんの為にここに来たか分かっているか?」

 

 シルヴァンが素敵な笑顔で凄んでそう言えば、三人は黙って話し合いの配置についた。



 

「一番の進展はあの結界を張った人物が分かったことです」

「誰だ?」

「精霊です」

 

 この国には精霊と呼ばれる、神とも人間とも違った高次元の存在がいる。そのほとんどが知能は低く気まぐれで、滅多に人間の前に姿を現さない。

 もし精霊があの結界を張ったとしたらその精密性や気付かれにくさにも合点がいく。だがあの結界は他を排除してルーチェを誘い込もうとする知性を感じた。上位精霊か、もしくは……。

 

「可能性は三つです」

 

 パトリックは三本の指を立てる。

 

「一つは知性を持った上位精霊が気まぐれにルーチェ様を狙った」

「二つ目は、上位精霊を使役した魔法使いがルーチェ様を狙った」

「そして三つ目は精霊は精霊でも、人工精霊を使役した者がルーチェ様を狙った。私は個人的にこれが一番怪しいと思っています」

 

 精霊を使役することを目的として造られる人工精霊は先々代の政権時に禁止された。

 人工精霊は知能の低い下位精霊から造られる。

 例え人工精霊でも、元は精霊。人間の手に余る存在だった。

 人工精霊に手を出した人間に予想外の事故が多発した為、造ること自体が全面禁止となったのだ。

 一斉処分も行ったが生き残りがいたのかもしれない。

 

 エリオが「はいはーい」と手を挙げる。

 

「その人工精霊を使役した人がなんでルーチェ様を狙うんですかー?」

「それは知りません」

 

 パトリックが即答すればガクッとエリオの肩が落ちた。


「知らないんすかーー!?」

「知ってたら何も苦労はないですから」

「う、まぁ、そうですけど……」

 

 パトリックが三つ目を推すのはきっと消去法だ。

 

「じゃ、じゃあ、なんで二つ目は違うんですか?一つ目はなんとなく可能性が低いのは分かるんですけど……」

「上位精霊を使役している魔法使いは国内でも数人しか居ない。すぐバレる様なことをするなんて彼らにとってなんのメリットもないから」

 

 代わりに答えたのはシアラだった。彼女は身体能力だけではなく潜入捜査なども得意としている。シルヴァンも敵に回したくない一人である。

 

 因みに、上位精霊を使役することは合法である。口では簡単には言えるが人工精霊とは比べ物にならない程、超高難易度だからだ。できるものならすれば良い、という考え故だ。

 シアラの言った通り、上位精霊を使役している魔法使いは把握されている。

 

「彼女が王城で研究している内に尻尾を出してくれればいいが」

 

 ルーチェを急いで王城へ呼んだのも、彼女を保護する面が大きい。

 

「シルヴァン様はそのご令嬢にご執心なのですね」

「っ!?」

 

 シアラがとんでもないことを抑揚のない声で言い、シルヴァンは吹き出した。これがこのメンバー以外なら、空気は凍りつきシアラを咎めただろう。

 だがパトリックは主人の恋愛については割とどうでも良いと考えているし、エリオに至っては目を輝かせて「えぇー!?恋ですかーー!?」とシルヴァンに嬉々として迫っている。

 シルヴァンは鬱陶しいエリオを押さえ付けながらシアラを睨んだ。

 

「シアラ……。そういう発言はこの場だけにしておけよ」

 

 シアラは特に悪びれる様子もなく「はい」とだけ返事した。

 

「それより……」

「それより!?」

 

 自分で振った話題なのに飽きてしまったシアラは自身の剣を腰に装備した。

 王家の紋章が入ったその剣を装備することは、中央騎士団の中でもトップクラスの者にしか許されていない。

 

「気になる場所があるので調査して来ます。許可を」

「……」

 

 やはりこの国の男性は女性に振り回される運命らしい。



 

 シアラに許可を出したあと、シルヴァンは書類仕事を片付け、あっという間にルーチェを迎えに行く時間となった。

 研究室に近づくにつれて、言い争う様な声とそれを諌めるような声が聞こえてくる。

 

 扉の側にはアリーというルーチェの側仕えが付いていた。彼女はシルヴァンの姿を視界に入れるとドアを開けてシルヴァンを中に入れた。

 

「だから!それだと嬢ちゃんの魔力がタンポポに影響しちまうだろ!あんたと違ってタンポポは繊細なんだ!元に戻らなくなったらどうする!」

「なっ!でも!一度解剖してみないと綿毛の魔力を調べられないじゃないですか!」

「あんたは王家の物をなんだと思ってるんだ!」

「ブランさんがそれを言いますか!?」

「まぁまぁ、お二人とも今日はそのく……」

 

 シルヴァンが中に入ってきたことに気付いたオルレンは途中で言葉を止めザーッと青ざめる。フロラルもオロオロと二人の争いを止めようとしている。

 

「随分と盛り上がっているようでなによりだ。今日は都合が悪かったのでは?ブラン殿?」

 

 ブランも漸くシルヴァンに気付き、彼を見るやいなやケッと悪態を吐いた。

 

「ご機嫌よう、王子殿。今日は予定を変更して嬢ちゃんに付き合ってやっただけだ。なんの用で?」

 

 相変わらず他の貴族の前では見せられない態度だがシルヴァンはもう慣れているので気にしない。加えてブランのこの態度は、ルーチェとの話し合いを中断されて不機嫌になっているだけだ、ということもシルヴァンは理解していた。

 外から時を知らせる鐘が鳴り響いた。ルーチェとブランは漸く外の色が変わり始めていることに気付いたらしい。

 

「……これ、何の鐘ですか?」

「……間違いじゃねぇか?」

「暮れの鐘だよ」

 

 王城は鐘の灯台と距離が近く室内にいてもよく聞こえるのだが、二人には全く聞こえていなかったらしい。

 

(この様子だとブラン殿、ルーチェをえらく気に入っているな?)

 

 予想外の化学反応にシルヴァンは僅かに目に影を落とす。自分が二人を取り持ってルーチェの好感度を回復させようと思っていた彼はこの状況が少々面白くない。

 

「ルーチェ、もう帰る時間だ」

「うぅ、シルヴァン様、あともう少し……」

 

 ルーチェが食い下がる姿は懇親会の立ち居振る舞いより幾らか幼く見えた。シルヴァンは胸の奥をくすぐられるような心地がしたが、約束の時間に彼女を返さねばバーナードから何と言われるか分からない。彼はこの研究にルーチェが参加することに胃を痛めていたから。

 

「今日のところはこれでおしまいにしてくれ。君を返すのが遅くなると父君のバーナード卿に怒られてしまう」

「……分かりました」

 

 不満顔でルーチェが諦めると、三人に向き直る。

 その表情はもう、公爵令嬢のルーチェ・ハイアンに戻っていた。

 

 ……シルヴァンはそれが少しだけ、寂しいと思ってしまった。

 

「今日はとても有意義な時間を過ごさせて頂きました。明日もまた参りますので、どうぞよろしくお願いします」

「明日も来るのかよッ!?」

「はい。学園が始まるまでは毎日参ります」

 

 入学式まで約一ヶ月。ルーチェは日参するつもりでいた。

 

 ブランは雑に髪を掻き上げると「暇そうで何よりだな」と悪態を吐く。王家主体の研究を暇つぶしのように言って許される(?)のはこの男だけだが周りにいる者の心労は計り知れない。

 その証拠に、シルヴァン達が研究室を出ると、オルレンが泣きそうな声で説教するのが扉越しに聞こえてきた。



 

 馬車までの道、シルヴァンは気になったことをルーチェに質問した。

 

「その服、来た時とは違うじゃないか。着替えの部屋を用意した覚えはないが……」

 

 ルーチェが王城に来た時は令嬢らしいヒラヒラとした装飾がついた服だったはずだ。だが今のルーチェはサッパリとした動き易そうな服を着ている。

 ルーチェは自身の服を見下ろして「ああ」と何でもないようにこう言った。

 

「ブランさんが『その服でどうやって実験をするのか』と仰ったので早着替えしました」

「……あの三人の前で、か?」

「まぁ、はい。そうですね」

 

 シルヴァンは絶句した。それと同時にブランへの怒りが沸々と湧いてくる。

 

(目の前でルーチェに着替えさせたというのか!?)

 

 ルーチェの言い方と、誤解を解かずに面白いからという理由で見守っているアリーが完全に悪いのだが、この誤解が解けるのは、まだ少し先の話である。

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