【1-4】このお嬢様、変。
セルヴァイア魔法学園の懇親会の二日後、ルーチェはタンポポの研究をするため、早速王城へ向かった。
ルーチェは馬車の中でお気に入りの本を読みながら鼻歌を歌っていた。
今読んでいる本は、天才植物学者ブラウン著書の『魔力と植物』シリーズ。ルーチェがこの世界にやってきて初めて読んだ魔法関連の本である。以降、新刊が出るたびに買い揃えている愛読書だ。
ルーエンの元に辿り着くために極めていた魔法だったが、この本を読んで初めて魔法が面白いと思えるようになった。
今では、より多くの魔法を知りたいと思っている。
そのため、自由に魔法が使える黒衣の魔法使いの地位は手放し難い。
王城まではハイアン領から北へ真っ直ぐ進むだけなのでそう時間は掛からない。ルーチェは周囲の心労とは裏腹に物凄くワクワクしていた。
(わたしのふわふわ布団の研究にも近づく……!)
長年細々と希少植物の研究をしていた者と今日は面会があるのだ。普段は王城で薬剤師をしている人や植物研究で有名な学者さんもいるらしい。
平民が出入りしている研究室ならあの性格が終わってる第二王子も気軽に近付けないだろうし、気兼ねなく研究に没頭できる。
「やぁ、ルーチェ。今日は足を運んでくれてありがとう」
第二王子が出迎えても今日は心穏やかに笑顔を向けることができた。
「今日をとても楽しみにしておりましたの」
応接室に通されたルーチェはこれから一緒に研究をしてくれる人達の紹介をしてもらった。
一人はビシッと立ち上がり、いかにも緊張した面持ちだ。十代後半ぐらいだろうか。少し癖のあるクリーム色の髪がピョコンと動いた。
「お、王城薬剤師のオルレン・ファーンと申します。お目に掛かれたこと大変嬉しく存じます!」
緊張からか全然目を合わせてくれないが、ニコリと微笑みを返せば、オルレンは安心した様に胸を抑えて座り直した。
今度は横に座っていた十代前半ぐらいの少年がオルレンに倣うように立ち上がった。モジモジと指を捏ねながら口を開け閉めしている。オルレンと同じ色の前髪は目を隠すほど伸びていて表情は見えないが内向的な性格だと見て取れる。
「お、おお王城薬剤師、のフロラル・ファーンと申しま、す」
(なんと、この子も王城薬剤師……!)
「ファーン、ということはお二人は兄弟なのかしら?」
ルーチェの問いかけにビクッと肩を震わせたフロラルと違って、オルレンは目を輝かせて「はい!」と答えてくれた。対照的な反応である。
「兄弟揃って優秀なのですね。とても頼もしいです」
二人とも若くして王城勤めとは大変なことも多かっただろう。
「改めまして、ルーチェ・ハイアンと申します。ご縁があって皆さまの研究に参加させて頂くことになりました。どうぞよろしくお願いします」
ルーチェは二人が緊張しない様になるべく控えめに挨拶をしたが、二人は本物の貴族の挨拶だ、と呆けているだけだった。
「あと一人紹介したい者がいたが、今日は都合が悪いみたいだ。また後日紹介する」
シルヴァンが頬を掻く様子とファーン兄弟二人がビクリと震えていることからなんとなく残りの一人がどんな人物か察しがつく。
王族主体の研究の顔合わせに都合が悪くて出席できないとは随分と神経が図太いのだが、ルーチェは気にしなかった。「ザ・研究者だな〜」と寧ろ感心した。
「研究者は研究第一ですからいいのです。それより早くタンポポを拝見させて下さいませ」
研究者が顔合わせに揃わないとは何事か、と咎められると思っていたのだろう。ファーン兄弟は呆気に取られたような顔をしている。シルヴァンですら目をぱちくりさせていた。
やがてシルヴァンは吹き出し、「ああ、分かった」と研究室に案内してくれた。
研究室に入ったルーチェは息を呑んだ。
(あっあれは……!ミネヴァー先生の最新作の魔力測定器!あ、あっちはローラル先生の新型の顕微鏡!あぁっ!あれは……!)
――間違いない。ここでならタンポポの研究ができる……!ふわふわお布団に近づく!
目をキラキラさせて唾をゴクリと飲み込むと、オルレンは「こちらに」と硝子ケースに入ったタンポポを指し示す。
綺麗に保管されていて、水もないのに瑞々しく咲いているタンポポはやはりこの世界特有の花だ。ルーチェは翡翠の目を眇めた。
(やっぱり花にしては魔力量がかなり多い。子ども一人分、いやそれ以上ある……)
この小さな体の何処にそれ程の魔力量を蓄えているのか。そしてなぜそれ程の魔力量を持ってふわふわで繊細な綿毛を作り出せているのか。
(ふふっ。調べてやる)
そしてわたしの魔力量でも繊細な魔法を使えるように……。
ふふ、ふふと不気味な笑いがルーチェの口から漏れているが本人は気付いていない。ただ周りの者達だけがその不気味な笑いにドン引いていた。
タンポポから目を離し、ルーチェはクルリと振り返ってファーン兄弟を見る。
「さぁ!早速始めましょう!」
二人はポカーンとしているが、シルヴァンはニコニコ笑っている。そんな彼をルーチェはジトリと睨みつけた。
「シルヴァン様はお仕事に戻られてはいかがでしょう?」
彼は思いがけない事を言われたみたいに数回瞬きする。「いや、私も今日はここで一緒に……」と言いかけた所で扉の前にいたお付きの人がスタスタやってきてシルヴァンに耳打ちする。やがて至極面倒くさそうにハァっと息を吐いた。
「では、今日のところは失礼するよ。ルーチェが帰る時にはまた顔を見せるから」
「ええ。ありがとうございます」
いや、見せなくて大丈夫です、と言いかけたルーチェは流石に心の中で留めておいた。あまりにも失礼を重ね過ぎると、本当に不敬罪で処刑されると思ったからだ。
(一日一失礼、と)
うんうんと自重できた自分を褒めて、ファーン兄弟に改めて向き直った。
「さぁ、研究を始めましょう!まずはお二人の今までの研究とご意見を聞かせてくださいな」
この時、王城薬剤師オルレン・ファーンとフロラル・ファーンは心の中で同じことを叫んでいた。
(本当にこのお嬢様も一緒に研究するのーーーーーっっっっ!?!?!?)
こう思ったのにも理由があった。
◆ ◆ ◆
二日前、薬室で通常業務を行なっていると、オルレンとフロラルは二人揃って偉い人に呼び出された。
(俺らが揃って呼び出されたということは、あの研究室はそろそろ解散させろというお達しだろう)
もともと三人のメンバーがいるとはいえ、まとまりがあるとはとても言えないし、希少植物について碌な実験も行えていない。
三年前、オルレンとフロラルは父の遺言でこの研究室に入った。王城薬剤師になったのもその為だと言える。
神が王族に与えた希少植物の研究だなんて最初は心躍ったが調べれば調べるほど、その存在は疑わしくなる。もう何十年も王族に見つかっていない植物なのだ。とても実在するとは思えなかった。
神学は専門外だと諦めかけたが、植物大好きな父が遺言に残すほど取り憑かれていたこの研究に単純に興味が湧き、惰性半分で研究を続けていた。
だが、その研究室も今日で終わりだ。少し寂しくもあるが折り合いがついた、と思っていたオルレンは研究室の解散を命じられても受け入れるつもりでいた。
しかし、次に偉い人から言われた言葉は耳を疑うものだった。
「希少植物『タンポポ』がハイアン公爵令嬢により発見された。ひいては今後、ルーチェ・ハイアン様と共同で研究を進めろとのお達しである」
オルレンとフロラルは目を見合わせ、数回瞬きをした。
「え、実在してた……」
研究をしていた者が言うべき事ではないのは百も承知だが完全に信じていなかったオルレンは、公爵令嬢と共同研究という大事な所より、希少植物が発見されたことに心底驚いた。
すぐに研究室に向かったオルレンは、フロラルと手分けして急いで資料をまとめ始めた。
すると、遠くの方からドタドタと足音が近づいて来る。やがてバーンッと乱暴にドアが開け放たれた。
そのせいで溜まっていた研究室中の埃が舞い散る。
「どういうことだ、どういうことだ、どういうことだぁぁあ!!!」
「お、落ち着いてください、ブランおじさん」
今すぐにでもオルレンを殴りそうな勢いで胸ぐらを掴む彼の名はブラン・フィールド。
この研究室の一人で、オルレンの父とも一緒に研究していた植物学者だ。
彼もまた、希少植物が見つかったと連絡を聞きつけてやってきたのだろう。無精髭な上に伸びた茶色の髪を雑に後ろで結んでいる。きっと今の今まで引きこもって本を読み耽っていたに違いない。
ブランはオルレンを掴んでいた手を離すと力無く項垂れる。
彼は熱心に希少植物について研究し続けてきた人だ。そして漸く発見されたのだ。何をそこまで落ち込んでいるのかオルレンには分からなかった。
呑気なオルレンと資料をせっせと整理しているフロラルをまるで亡霊の様にゆっくりと睨みつける。その目には隈がくっきりと浮かんでいた。
「……取られるぞ。その貴族に。俺たちの研究が」
「取られる?でもさっき偉い人から『共同研究』って……」
「馬鹿かお前は。公爵家のお嬢様がこんな薄暗い研究室で俺らなんかと一緒に顕微鏡片手に植物と向き合うわけがねぇだろ」
ゆっくりとした口調で髪を掻き上げながらそう言われれば、オルレンとフロラルは「確かに」と揃って手をポンと打った。
「でもどうするんです?顔合わせは二日後ですし、俺らに拒否権なんてないですよ」
「……資料を隠して時間を稼ぐ。お前らはそのお嬢様がどんな人間かきちんと見とけ」
「ええ!?ブランおじさんは顔合わせ来ないんですか!?それこそ処刑されますって!」
「それでいい!研究結果を貴族に取られるくらいなら俺はもう死ぬ!」
そう言って一心不乱に研究室中の資料を箱に詰め込んでバタバタと嵐の様に去っていった。
顔合わせ当日。オルレンは初めて見る貴族のお嬢様に感動していた。一挙手一投足全てが上品で、オルレンが目を見られずに挨拶をしても優しく微笑んでくれた。
(本物のお嬢様、可愛いぃ……)
確かにブランが言った通り、このお嬢様があの薄暗い研究室で顕微鏡片手に植物と向き合っている姿は想像できない。いや、したくない。そんな残念な姿、見たくない。
オルレンとフロラルはおじさんが顔合わせに来なかったことをなんとお詫びすればいいのか終始ビクビクしていた。だが「研究者は研究第一ですからいいのです」と真顔で言ってのけた時点で、なんだか普通のお嬢様ではないのでは?とオルレンは勘づき始めていた。
(いや、まさかな……。流石にご自身で研究するつもりはないだろう)
研究室に行けば大きな翡翠色の目はより一層大きく見開かれキラキラと光を宿した。きっとお嬢様には物珍しいのだろうと微笑ましく思っていると、タンポポを見つめていたお嬢様から、お嬢様らしからぬ不気味な笑い声が漏れ出ていた。
(いやいや、まさか。このお嬢様がタンポポに執着していて、こんな不気味な笑い声を出しているわけない。これはきっと彼女の癖なんだ、たぶん)
挙げ句の果てには第二王子シルヴァン殿下を「早く出ていけ」と言わんばかりな顔で見始めたではないか。
ここでオルレンは「いや、ルーチェ様も出ていかれますよね?」と言いそうになったが急いで口を噤んだ。
このお嬢様なら、研究結果を奪わないで欲しいと打診できるのではないかと思ったのだ。
だがオルレンが口を開くより早く、ルーチェは彼らを爛々とした目で捉えた。そしてこう言った。
「さぁ、研究を始めましょう!」
と。
(……ブランおじさん、ちょっとこのお嬢様、変かもしれないです)




