【1-3】物語に出てくる王子様は性格が終わっている。
「今の話は本当か?ルーチェ・ハイアン」
王族に名指しで問われれば、その者は何があろうと答えなくてはならない。卒倒しそうな頭をルーチェは必死にフル回転させていた。この場を切り抜けられるのならば、もうなんでもいい。
ルーチェは淑女の微笑みで「滅相もございませんわ」と返した。
「わたくしの不注意で起きたことが、奇跡的に良い方向へ転んだだけでございます。ラオブルート様にも誤解させてしまって……。今その誤解を解かねばと右往左往してる最中でしたの。お恥ずかしい」
そう頬を染めて言えば、ラオブルートに一気に同情の目が向けられたがルーチェは気にしない。気にしないどころか、「いや、私の想いに誤解など!」と言い掛けたラオブルートの口を痺れの魔法を掛けて黙らせた。
「ほぉ、そうだったのか。ではあの希少植物のことは知らずに、たまたま運良く保護できた、と」
シルヴァンは変わらず笑顔のままだがその言葉からはどこか訝しげな様子が伝わってくる。
「ええ。大変格好悪くお恥ずかしい限りですが、殿下の前で嘘を申す訳にも参りませんもの。結果、希少植物の保護に繋がり喜ばしく思っております」
ルーチェ・ハイアンはまだ十五歳とはいえ、これでも公爵令嬢。ここで失態を晒せば領地の名も汚してしまう。
ついでに野次馬にも聞こえる様に朗々とした声で述べれば、反応は分かりやすく分かれた。「なんだ、そういうことか」という鵜呑みにしてくれる反応もあれば「それだけで殿下と口を聞けるなど運の良い奴め」という嫉妬の混じった反応もある。
「……そうか。運が良いなルーチェ・ハイアン」
なにか含みのある言い方に聞こえなくもないが、殿下がそう言えばそうなのだ。
「それからラオブルート・ダルス、何事も焦りは禁物だ。彼女に振り向いて欲しくば、それなりの準備をする必要があるな」
「肝に銘じます!殿下!」
(ちょっと!余計なこと言わないで?!)
痺れの魔法を喰らわせた筈だが、ラオブルートの口はすでに回っていた。ビシッと敬礼をすれば、周りから微笑ましいものを見る様な生温かい目が向けられる。
クスクスと一通りラオブルートを揶揄う笑いが起こった後はこれ以上はなにも進展はない、と、野次馬も散っていく。
代わりに、シルヴァンに人が群がっていき、彼は愛想の良い笑顔で対応していた。王族も大変である。
ルーチェはその場からそーっと脱出し、ラオブルートにも気づかれない様に会場を一旦出た。
(……っ。死ぬ。空気。ちょっと空気吸いたい)
長い廊下には等間隔に窓が並んでいる。
周囲には人の気配がない。ちょうど良い。
ルーチェは少しだけ窓を開けて空気を目一杯吸って吐いた。それでやっと胸を撫で下ろす。
(なんとか切り抜けたぁぁぁ)
あとは、会が終わるまでラオブルートと距離をとりながらやり過ごそう。
窓の外は心地の良い風が吹いていた。
その風がルーチェの前髪を揺らす。心が凪いでいくのを感じながら、そっと窓を閉じた。
あまり外にいるのも良くない。懇親会なんだからルーチェも平穏な学園生活を送る為、今から人脈を作らなければならない。そのための交流は大切だ。
億劫な身体を引き摺って会場へ戻ろうとした時、漸くルーチェはある違和感を覚えた。
この廊下、あまりにも人が居ない。居なさ過ぎる。中に衛兵が複数いるとは言え、会場前の廊下に衛兵が一人も居ないだなんてことがあるだろうか。
ルーチェは軽く目を閉じ魔力探知をする。彼女の閉じた目はみるみる大きく見開かれ固まった。
なぜなら、一つはこの長い廊下に結界が発動されていたから。
そしてもう一つは……。
「ルーチェ・ハイアン、少しいいか」
ここへ向かってくるシルヴァン・セラレオールの魔力を探知したから。
(わたし、誘い込まれた……?)
この廊下には、人払いの結界が張られていた。それも、通れるのはわたし一人だけに設定されたものだ。
——最初から、誘い込まれていたのだ。
(いくら気が動転していたとは言え、このわたしが結界の存在に気付かないなんて……)
ルーチェは自責した。
この考えは決して彼女の傲慢さではない。
ルーチェはこの十五年間、ルーエンの所に行くためにがむしゃらに魔法の研究をし続けた。魔法の知識を得るために試験を乗り越え、正式な魔法使いとして資格を得ている。
さらに秘密裏にではあるがこの国を守る大結界にまで手を加えているのだ。そんな彼女がこんなありふれた結界に気付けなかったのは失態と言っていい。
(なんで気付けなかったかも気になるけど、それは後。問題はこの人)
ルーチェはまんまと誘い込まれてしまったのだ。ならば結界のことには触れず、罠にかかったように演じなければ。
「ええ。少し風に当たっていましたの」
「そうか。そんなところ悪いが別室に来てくれないか。大事な要件がある」
王族にそう言われて断れる人はいない。だがルーチェは無駄な悪あがきを考えていた。
(別室!?!?なにそれ超面倒くさい予感しかしない!何!?さっきの公開告白のお咎め!?わたし悪くないのに!)
「……恐れながら殿下、わたくしまだ生徒の皆さんと交流ができておりません。今日は懇親会ですから」
今日の優先順位はまず懇親会でしょ!?という目を向けて精一杯の反抗をすれば、シルヴァンは何ともないように片眉を上げた。
「それなら問題ないではないか」
「え?」
「私と親睦を深めれば問題ないだろう?私もセルヴァイア魔法学園の生徒だからな」
いや大問題である。
他の生徒と親睦を深めず第二王子とだけ親睦を深める令嬢だなんて入学と同時に虐められるフラグではないか。
「それは……」
「話題はそうだな……あの希少植物『タンポポ』をなぜ君が知っているのかについて、とかな」
反論も許されずニコリと感じの良い笑顔でそう言い放たれ、ルーチェは絶句した。
(……え。あの花の名前、タンポポなの?)
この国の第二王子、シルヴァン・セラレオールはとてもイイ性格をしている王子様だった。
抵抗も虚しく、敗北したルーチェはトボトボとシルヴァンの後ろをついていく。人払いの結界のお陰で周囲には誰もいないのが不幸中の幸いだ。
なぜシルヴァンの中で日本語のタンポポと、あの希少植物がイコールで繋がってるのか。答えは一つしかない。
あのタンポポも『タンポポ』という名前だからだ。
きっとルーエンが日本から由来させたのだろう。そしてシルヴァンはルーチェが言った皮肉を聞いていた。
つまり、さっきの会場でのわたしのしらばっくれ演技はシルヴァンにとって茶番だった訳だ。
ルーチェが誰も分からないだろうと思って無駄にラオブルートを皮肉らなければ、こうはなってなかっただろうが、それは棚にそっと置いた。
(さぞかし面白かったでしょーね?)
心の中で悪態を吐きながらも、正直内心すごく焦っていた。タンポポをなぜ知っているのかと問われても説明しようがないのだ。
(うーん、夢で見た?いやめっちゃ聖女っぽい。ルーエン様から聞いた?いやいやもっと聖女っぽい)
あーでもないこーでもないと頭の中で考えて碌に考えが思いつかないまま別室に到着してしまう。
「さぁ、入ってくれ」
部屋の中の家具は一つ一つ立派な物だが、会場の様な煌びやかさはない。本当に話し合いの場に相応しい部屋だった。
それに防音結界が張ってある。
だが、さっきの結界とは雰囲気が違う。おそらく作り手が違うのだ。
ここで質問してみてもいいが、ルーチェはまだ入学もしていない新入生。魔法についての踏み込んだ質問をしては正体がバレる危険性が高まる。
それより、もっと建設的なことに時間を使った方が良いだろう。こうなったら、ピンチはチャンスに変えてやると思ったルーチェは自身の課題に取り組むことにした。
これは第二王子、シルヴァン・セラレオールの人柄を知るチャンスだ。
「急に呼び出して悪かったな」
「いいえ。わたくしに分かることがあれば協力させて頂きますわ」
できる範囲でね。と心の中で付け加えれば、その心の声が聞こえたようにシルヴァンはクスリと笑う。
「では、あの希少植物について、まずはこちらから話をさせてもらおう」
一方的に質問責めにされるのかと思っていたが情報は開示してくれるらしい。
「あの希少植物、タンポポは知っての通り王族が回収した。……神から与えられた植物だとされているからな」
「神……?」
「創造主、ルーエン神だ」
(ルーエン様……あぁ。やっぱり)
ルーエンは地球のモノに興味がある。『タンポポ』と日本語の名前を付けたのも彼の悪ふざけ、もとい遊び心であった。
シルヴァンの話によると、ルーエンが王族に与えたその希少植物はタンポポだけでなく、他にもあと二種類あるらしい。
代々図鑑と共に受け継がれている話ではあるが、実物を見たのはシルヴァンも今の国王陛下も初めてだそうだ。図鑑を暗記しているシルヴァンがタンポポだと気付いたらしい。
「そんな植物を馬車で踏まずに済んだダルスにとって、君はまさしく命の恩人ってわけだな」
揶揄うようにそう言われてルーチェはそっと目を逸らす。だからと言って婚約する道理はない。
ルーチェはシルヴァンの言葉を曖昧に受け流し、話を逸らす。
「その希少植物にはどの様な効果があるのですか?」
代々受け継がれているのだとしたら、眉唾な効果があるからだろう。
(希少植物を見つけた者が王様になる、とか?全種類集めたらなんでも願いが叶う、とか?)
ルーチェが残念な脳みそで、あるあるを考えているとシルヴァンが首を横に振った。
「それが何も分からないんだ。効力どころかなぜ王族が代々受け継いでいっているのかも」
それでよく今の今まで受け継がれてきたなぁと思いながらルーチェは「そうですか」と適当に相槌を打つ。
「そこで、だ」
シルヴァンはギラリと鋭い眼光でルーチェを見据えた。
「君、王城で『タンポポ』の研究をしないか?」
「……え?」
ルーチェは大きく目を見開く。思ってもみない提案だ。
そもそもルーチェは希少植物どうこうの前に、あのタンポポを研究したくてふらふらと近づいたのだ。
(でもでも待て待て。そんなこと聞いたらお父様が卒倒なさる)
王家の管理下にある植物の研究などしてしまえば、ハイアンの立場は大きく変化する。
だがしかし、王家の研究設備で研究すれば、タンポポの魔力量の多さとふわふわ綿毛が共存できる秘密を知れる……!
それに、もしかしたら王立図書館にはブラウンの本もあるかもしれない!
なけなしの自重で父親の卒倒か、綿毛の研究か天秤に掛け、返答を決めかねているとシルヴァンの青い瞳は細められる。
「君なら、さっきの婚約話のようにハイアンの立場を考え『わたくしの一存ではどうにも』と答えると思っていたがな」
ギクリとルーチェの肩が震える。
確かにその通りである。
ルーチェが天秤に掛けている時点でシルヴァンはルーチェ自身が、何かしらの理由でタンポポに興味があると確信してしまった。
小さく震えるルーチェを知ってか知らずか、彼は自分より下位の動物を虐めるのを愉しむように口を歪ませる。
「希少植物は王族が管理しているとは言え、隠している訳ではない。だから博識な者ならば知っている者も少なからずいる。公爵令嬢で聖女と名高い君なら神が王家に授けた希少植物を知っていてもなんら不思議はないはずなんだ。だが君は頑なにそれを否定する。タンポポの名を知っていたのに」
(えっ!?機密情報じゃないの!?)
ルーチェは勝手に王族が秘密裏に希少植物を探しているのだと思い込んでいた。
もっと情報を開示して皆んなに探してもらえるようにすれば、王族の為に必死に探す者達もいるだろうにそれをしないということは、なにかしらの理由があるのだ。
外堀をじわじわと埋める様にシルヴァンはルーチェに迫る。
「理由は分からないが、君個人がタンポポに興味を持っているのに間違いはないだろう?少なくとも馬車に突っ込むぐらいには」
ルーチェは第二王子の性格を理解した。
(この王子、性格が悪過ぎる……)
王子様というのはどうしてこう、どの世界線でも性格が終わっているのか。可愛い主人公に公の場で婚約破棄を言い渡した性悪王子が出てくる小説を思い出してルーチェは腹立たしくなった。
なんだか、だんだん馬鹿らしくなってきた彼女は震えていた肩の力を抜いた。
(もう隠しても無駄だ。ならこの人の手のひらで踊るより、こっちの条件で話したほうがまし)
「一つ訂正を。殿下」
「なんだ?」
「わたくしは聖女ではございません」
ルーチェは顎を上げ聖女らしからぬ冷たい目でシルヴァンを見下ろした。
いつもシルヴァンは令嬢に嫌気がさすほど上目遣いをされるのでとても新鮮な気持ちになった。
そのため彼は一瞬目を丸くしたが心底楽しそうに「あぁ、そうみたいだね」と微笑んだ。
「ですから、私情で研究をさせて頂きます」
タンポポの研究をすることになったルーチェは、その日の夕食、両親にその旨を伝えた。
案の定、ハイアン領主である父は口に運んでいたお肉をポトリと落として固まった。給仕係の者もいつもなら迷いなくスムーズに動く手が今日ばかりはぎこちない。いつもの調子なのは「あらあら」と穏やかに笑う母と、側で給仕をするアリーだけだ。
ハイアン領は女性が強かな領地なのかもしれない。
ルーチェも決まったものは仕方がないと今はもうすっかり割り切っていた。それどころかさっきまで部屋でタンポポについて調べ物をしていたぐらいだ。
シルヴァンの言っていた通り『神が与えた希少植物』は別に秘匿されている情報ではなかった。その気になれば誰もが調べられる。
ただ、代々受け継がれてきたとは言え、今の今まで存命している王家の者は誰も見たことがない植物で伝説のようなモノだったのだ。
誰も調べようとしないわけである。
今は情勢上、あるかないか分からない謎の植物について調べてる時間も魔力もないという理由もあるだろう。
だがルーチェにとってはそうではない。
やる気に目を爛々と輝かせていると、父が低い声で「ルーチェ」と名前を呼ぶ。
「何でしょう、お父様」
「け、研究は成功できるんだろうな?」
今にでも卒倒しそうな血の気の引いた顔で縋る様にそう言われて、ルーチェは挑戦的に笑った。
「無論です」
令嬢とは思えない娘の威勢のいい返答を聞き、領主は気が遠くなっていく。こういう所は妻とよく似ているなぁと、真っ白な頭で考えていた。




