【1−2】現実逃避はほどほどに。
セラレオール王国は現在、二人の王子が王位継承権を持っている。
少し前までは第一王子を推す派閥が若干優勢であったが、とある策略で数少なかった中立派が第二王子派閥へと流れ、国内派閥は現状、真っ二つに割れている。
このまま戦争になれば、どちらが勝とうがセラレオール王国の国力は一気に低下してしまうだろう。
そのため、ここ数年は膠着状態が続いていた。お互いに今の状態で戦争は悪手である、と考えていたからだ。最悪、隣国に弱った所を攻め落とされかねない。
だが今年の夏、国王陛下の容態が優れないのではないかという憶測が貴族の中で飛び交った。王家は現在でもこの憶測を肯定も否定もしていない。
憶測が憶測を呼び、何が真実かは神のみぞ知る。
二人の王子を担ぎ上げている貴族達は、以前はお互いに睨みを利かせる小競り合い程度の争いだった。
しかし、最近は魔術具や新型兵器の開発、優秀な魔法使いや魔術師が自陣営に居るだの居ないだのと匂わせ、本格的に敵陣を牽制し出したのだ。
セラレオール王国は今、かつてない混沌の入口に立っていた。
そんな分岐点の中、この世界を作り出した創造主、ルーエンはこの現状に眉を顰めていた。
(今戦争をしている場合ではないんだけど……)
ルーエンはこの世界の文明をもう少し発展させたいと考えていた。
(かの常識人で有名な神が作ったあの『地球』ほど発展しなくてもいいから、僕が箱の中で暮らしても退屈しないくらいは進めさせたいなぁ)
と、この神様はどこまでも自己本位で考えていた。
◆ ◆ ◆
「確かに戦争が必要な場合はあるさ。それで滞っていた文明が一気に加速する可能性もあるからね。戦争の上に成り立つ歴史は箱を充実させるんだ。ただ、近い将来起こるであろう第一王子と第二王子の争いは文明を衰退させる不利益の方が大きい。今はもう少し文明を発展させる方が優先だね」
朝、日が昇ることを知らせる始まりの鐘が鳴るより前に起きたルーチェは、出しっぱなしにしていた茶器を洗浄の魔法を使って綺麗に拭いて棚に直しながらルーエンの話を聞いていた。
そしてこの人が神様であることを再確認していた。
この世界の創造主、ルーエンにとってこの世界は自分が創ったモノで、わたし達は箱の中に住まう人形も同然なのだ。
神様っぽくないと思ったことを心の中でそっと訂正しておいた。
ルーエンが「じゃあよろしく〜」と言って呑気に帰った後、防音結界を消したルーチェは、また寝台に戻りアリーが起こしに来るのを待っていた。防音結界を張ったまま寝ていたので、魔力があまり回復しておらず寝た気がしない。まぁこの疲労感の原因はそれだけではないのだが。
(どうしたものか……)
ベッドで横になりながら、ルーチェは第一王子と第二王子の仲良し大作戦を頭の中で考えていた。
その1、二人の共通の敵を作って絆を深める。
仲良くなるってなったら世界共通、やっぱりコレだよね。わたしが二人の敵になって二人が協力してわたしに対抗すれば、絆が深まるはず。あれ、でも二人の敵ってなったら王族の敵ってことに……。
その2、どちらかに王位継承権を譲ってもらう。
どっちかが実は王様になりたくないなーって思ってる可能性もゼロではない。だって面倒くさそうだし、今戦争に勝って王座に就いても半分は自分の敵なのだ。国家統治はかなり難しい。それを当事者二人なら分かっているはず。気の弱そうな方を説得してみるのもありか……?でも本人は良くても背後にいる貴族達が面倒だよなぁ。それにルーエンからの課題はあくまで仲を取り持つだけ。王位継承権云々はさすがに踏み込み過ぎか……?
その3、二人に話し合いの場を設ける。
二人とも王族とはいえまだ若い。後ろの貴族達に良いように情報を隠されたり、相手を貶めるような印象操作をされていたりするかもしれない。だとしたら本当の意味でお互いを理解しておらず、知らないが故に不仲な可能性だってある。だからこそ、二人が誰も交えず語り合うような機会があれば和解に繋がるのではないだろうか。でもこれはセッティングが難関だなぁ。派閥の誰かを交えた時点で情報は歪む。
(うーん、これと言ってピンと来るものがない。そもそも二人の人柄を知る事から始めないと……)
いずれにしても、他人の仲を取り持つ時の鉄則は『中立でいること』だ。
ルーチェの父、即ちハイアン領の領主は現状、第一王子派なのだ。その娘であるルーチェも然り。
したがって、ルーチェ・ハイアンとして二人の仲を取り持つような行動には出られない。下手すればハイアンの在り方を問われるのだ。
そうなればまず領主である父に迷惑をかけてしまう。
うーむと唸りながら考えていると、ルーチェはすっかり二度寝してしまった。
◆ ◆ ◆
ルーチェの側仕えであるアリーは主人を起こす為、部屋へ向かった。
アリーのご主人様は、それはもう寝起きが悪い。どれだけ声を掛けても起きないのだ。だがアリーは長年の経験で他の使用人よりルーチェを起こすことに長けていた。
「ルーチェ様、起きる時間でございますよ」
一度目は天蓋の外から声を掛ける。
だがこれだけでアリーの主人が起きるはずがないのは承知の上だ。
ご令嬢を起こす上でのただの作法、いや作業に過ぎない。
アリーは切れ長の瞳だけを動かし、全開になっている窓を一瞥した。
昨夜、主人とした約束は果たされなかったようだ。無表情のまま瞳だけに影を落とす。
次は天蓋の中へ入り、同じように声を掛ける。
「ルーチェ様、朝にございます」
ルーチェの使用人の選別が始まるのはこの瞬間だ。
「んぁー、もうすこしぃ」
このルーチェ・ハイアン。それはそれはお綺麗で、天使のようなお顔で心底気持ちよさそうに眠っていらっしゃるのだ。
大抵の使用人はこのお顔に負け、ルーチェを起こせない。だがしかしアリーは顔色一つ変えずに布団を引っ剥がす。
「ダメです。今日は入学前の懇親会がありますでしょう。遅刻するわけには参りません」
「しらない、わかあないいい」
布団を完全に引っ剥がせば、ルーチェは芋虫のように丸くなってぶるぶる震え出した。
「ううううううアリーのおにぃぃぃぃい」
涙目でそう言われてもアリーは動じない。それどころか更に鬼畜の所業に出る。風を送る小型魔術具を持ち出してルーチェに向けると、嵌め込まれた魔法石に魔力を込め始めたのだ。
すると三つ等間隔に付けられた羽が回り出し、冷たい風がルーチェを襲う。魔力を込め続けると風はどんどん強風へ変わっていき、彼女の長くて綺麗な金髪が吹き荒れた。
「わわわわかったわかったーー!起きるからやめてよアリー!」
「はい、承知しました。おはようございます、ルーチェ様」
「お、おはよぅ」
『ルーチェを容赦なく起こせる』という理由でアリーはルーチェの側仕えに選出されたのだった。
「ところでルーチェ様」
「なぁに?」
「またわたしとの約束をお破りになりましたね」
まだ眠気眼を擦っている主人を見て、アリーは先程浴びせた風より更に冷たい声を浴びせた。
ルーチェは思い出したように目を見開いてどんどん青ざめていく。
「星はもう出ていませんよ」
「ごご、ごめんなさいぃ」
ルーチェは飛び起きて窓を勢いよく閉めた。
誤魔化すように彼女は苦笑いで「ところで今日の予定は?」とアリーに訊ねる。
「今日は新入生懇親会の日ですよ。朝食を取られたらすぐに支度をしましょう」
「……」
ルーチェは大きな目をぱちくりさせて、何度も「懇親会……」と呟いている。と思えば、先程より更にサーっと血の気が引いた顔色で頬を引き攣らせた。
「懇親会……。今日だっ、け」
ルーチェの頭は完全に覚醒した。
セラレオール王国にはいくつかの教育機関があるが、その中でもセルヴァイア魔法学園は魔法学に特化した教育を行っており、王家の血を継ぐ者達も通う由緒正しい学校である。
その高貴な者達が学園生活を送る中で将来の側近や婚約者を決めることも少なくないので大人達もまた生徒同様、いや生徒以上に学園の最新情報には常に耳を傾けている。
そんな紳士淑女が通う学舎、セルヴァイア魔法学園で行われる懇親会に参加しているルーチェ・ハイアンは今、人生最大のピンチに陥っていた。そして、猛烈に帰りたかった。
「ルーチェ・ハイアン様、私と婚約して頂けませんか」
なぜならばルーチェは今、公開告白を受けているからである。
周囲の目も顧みず、片膝を着き、手を優しく取られ、真っ直ぐに見つめられ、婚姻を申し込まれたルーチェは……今にでも昇天しそうだった。
もちろん嬉しさからではない。
(あ、でも今昇天したらルーエン様の所に行けるんじゃ……。目標達成なんじゃ……)
卒倒しそうなぐらい真っ白な頭で考えたとしてもルーチェはふわふわお布団のことしか考えていない残念な娘だった。
(なんで、こんな目に……)
それを知るには時を少し遡らなければならない。
ルーチェが馬車で会場に到着した時のこと。
この時点で現実逃避していたルーチェは馬車から降りるとずっと俯いて「帰りたい」と連呼していた。
不意に、ルーチェは死んでいた目に光を宿す。下を向いていた為、道端に咲いていたタンポポのような花に目を奪われてしまったのだ。この世界の花は植物でも多少の魔力を帯びている。だがこのタンポポ、魔力量がそこそこ多い。
(ふわふわと、過剰な魔力は共存できるのか。なら、わたしだって……)
確か植物学者ブラウンが半年前に魔力と植物について本を出してた。だが本人が納得いかなかったとかなんとかですぐに絶版になったと聞く。
なんとかその本を手に入れられれば……。
このタンポポの生態を調べれば、ふわふわお布団の研究に一歩近づくのでは……と考えたルーチェは、完全に現実逃避した頭でふらふらとタンポポを採集しようと道端に出てしまった。
「あぶないッ!」
御者の叫ぶ声が聞こえ、ハッとしたルーチェは自分が馬車に轢かれそうになっていることに気づく。
咄嗟に自分を守る防御結界を張り、防御結界の衝撃から馬車を守る緩和魔法を発動させた。
間一髪事故は防いだが、たった今新しい事故に繋がってしまった。その轢かれそうになった馬車に乗っていた人物こそ、今ルーチェに公開告白をしているラオブルート・ダルスである。
そしてなんとこのタンポポみたいなお花、希少植物とか言って、国が長年探していた植物らしい。
「あの時繰り出した結界と馬や御者をも衝撃から守る魔法!そしてその希少植物を身を挺してお守りになられたその優しく強い心根!私は強く貴女に心惹かれたのです」
(ちがいますぅぅぅ!!!タンポポの研究しようとしてただけなんですぅぅぅ!!なんなら摘み取って持ち帰ろうとしていましたぁぁぁ!)
「王族が探していたあの希少植物を我がダルス領の紋章が刻まれた馬車で踏んでいたらと考えると……。貴女にはダルス領全土を救って頂いたのです」
(大袈裟だよぉぉぉ!!自生してんだから踏んだら踏んだでしょうがないでしょうがぁぁぁぁ!!)
ラオブルートが言葉を重ねる度に周りで見ている野次馬も「おぉ」と感心した声を上げる。
……このままじゃ場に飲まれてしまう。
(これでもわたしは公爵令嬢。心の声をそのまま顔に出すことは決して許されない)
そう切り替えてしまえば、ルーチェは冷静にこの状況を切り抜ける方法を模索し始める。
ラオブルートはダルス領、領主の次男である。
ダルス領は武力至上主義の領地だ。騎士を多く輩出している領地でもある。ハイアン領とも隣同士で交易も盛ん。更にルーチェの父親とラオブルートの父親は学友だったと聞く。
ダルス領は上位よりの中位領地であるが第三者目線で見れば、婚約するのは悪くない。ルーチェが普通の令嬢の立場にいればの話だが。
それよりなにより、ルーチェ自身が断固拒否だった。こ
んな公の場で婚約の申し込みだなんて非常識にも程があると思ったからだ。
しかし、ダルス領とは今後とも仲良くしなければならない。ここでルーチェが「無理に決まってんだろ!?」と言って挙げ句の果てにビンタなんて食らわせてしまえばルーチェは今すぐにでも帰りたいお家に帰れなくなってしまう。
ルーチェは気づかれないよう一つ息を吐くと翡翠の眼を細め曖昧に笑う。そしてラオブルートに握られたままの手をそっと抜き取り一歩下がった。
今度は少し困ったように眉を八の字にし、コテリと首を傾げる。
「わたくしはハイアンの者です。その様なお話は、わたくしの一存ではどうにも……」
(困った時には全部お父様に丸投げしちゃお!)
これは令嬢として無難で現実的な模範解答だ。野次馬にも「まぁそうだろうなぁ」という空気が流れる。さっきまではまるで小説にでも出てくる話でも聞いているかの様に興奮している令嬢が沢山いたが、その空気が少し落ち着く。
(他人事だから面白おかしく見えるだろうけど普通に考えて非常識だよ)
その場を離れようとしたルーチェの腕をラオブルートは咄嗟に掴んだ。ルーチェは思わず眉を顰める。嫌悪、というより反射的に攻撃魔法を放ってしまいそうになったのをぐっと我慢したからだ。
「家のことより、今貴女の気持ちを聞きたいのです!ルーチェ嬢!」
そうラオブルートが熱く食い下がれば、野次馬の熱も再燃する。
確かに側から見れば家に縛られたくない男女の恋模様を描いた劇のワンシーンに見えるだろう。『ルーチェ・ハイアン』ではなく、『ルーチェ嬢』と呼んだことからも。
だが、当の本人は心の中で舌打ちした。
(とりあえず、その手を離して欲しいんだけど)
ラオブルートは恵まれた体格をしている。
腕の筋肉は鍛えている人の腕だとすぐに分かるものだ。本人は軽く掴んでいるつもりでも細身のルーチェにとってはかなり痛い。
このまま雷の魔法をぶっ放ってやってもいいが……。
「わたくしは『タンポポ』が好きなだけでしたの」
「『たん、ぽぽ』?」
ラオブルートが困惑したように聞いたことのない言葉を復唱すればルーチェはニコリと微笑みを返した。
タンポポは日本語だ。あの植物はタンポポと似ているだけであって魔力を含んだ別のお花。当然別の名前があるはず。
(わたしが好きなのは、可愛くてふわふわのタンポポ。人の話を聞かない筋肉質なあなたとは、似ても似つかないんだよ)
……実質お断りしたようなものだが、日本語であるタンポポが通じるのは、この世界でルーチェ一人。誰にも気づかれはしないだろう。
ルーチェはそう思い、――自身の鬱憤を晴らすためにそう皮肉った。
ラオブルートが目をパチパチとさせているうちにここから退散しよう。
そう思った矢先、一人の人物の登場に周囲がざわつき始めた。
その人物はコツコツと足音を響かせこちらに近づいてくる。
「ほぉ?今の話は本当か?」
会場中によく響き渡るその声は十六歳のものとはとても思えなかった。人の上に立つことに慣れているとよく分かる声。
野次馬がその人物を通す為に、ササッとはけていく。
やがてサラサラな銀の髪を持つ男がルーチェの前に現れた。
「私にも詳しく聞かせてくれないか?ルーチェ・ハイアン」
笑顔なのに笑っていない青い瞳と目が合い、冷や汗が頬を伝う。
この男はこの国の第二王子、シルヴァン・セラレオール。
「シルヴァン殿下が……」
「今、ハイアン様だけを名指しで呼ばれましたわよ……」
「ダルス様ではなく……?」
ルーチェは、人生最大のピンチを数分の間で更新し、意識を保つ事で精一杯であった。
(王族に……懇親会で……名指し……)
……繰り返すがルーチェ・ハイアンは現実逃避をしたが為にふらふらと花に吸い込まれ、馬車に轢かれかけただけである。




