【1−1】神様からの課題は『戦争を止めること』でした
セラレオール王国は、千年以上の歴史を持つ王国である。
その北東部に位置するハイアン公爵領。そこに住まうルーチェ・ハイアンこそ、この物語の主人公である。
金色の髪に翡翠の目を持つ彼女は、まさにこの国の民が信仰する創造主〈ルーエン〉の生き写しの如き姿。
周囲の貴族達は神の代弁者だの聖女様だのと、幼い頃から少女をこぞって持て囃した。
——しかし、本人の望みは、ただ一つ。ふわふわのお布団で健康的な八時間睡眠をとること。
(金髪に緑の目なんて、転生先の世界にはいっぱいいるのかと思ってたのに……)
ルーチェ・ハイアンはこの十五年間、自身と同じ色彩の組み合わせの人間を見たことはなかった。彼女の母親や父親ですら目の色も異なれば、髪の色も若干違う。
(お父様はわたしより色の薄い金髪だし、お母様は赤に近い茶髪だもん。目の色だって二人と違う)
見た目が親と違えば不貞を疑われたり両親の仲が悪くなったりするのではないかと幼い頃は心配していた。確かにわたしが産まれたばかりはそんな噂も耳にしたが、今はその疑いは払拭されている。
なぜならば、両親が筋金入りのバカップルだったからだ。
さて、ルーチェは例のふわふわお布団を作るために魔法を極めることに決めてこの世界にやってきたのだが、十五年経った今、その目標は達成されたのだろうか。
否。
ルーチェは未だ、ルーエンの元に辿り着けずにいた。
この国の創造主ルーエンは約束通り、ルーチェの前にたまに姿を現す。まさに、今日がその約束の日だ。
無論、皆の前にルーエンが姿を現してルーチェと会話をしてしまえば本当の本当に御使様にされてしまう。そうなれば、ただでさえ目をつけられている教会が出張ってきて、面倒事が起きると目に見えている。それだけは避けなければならない。
なぜならば、
(これ以上忙しくなったら、睡眠時間が減る……)
そう思ったからである。
ルーエンには、消灯して側仕え達も部屋を出た後に来るように言い聞かせてある。本人は渋々といった感じだ。
だが、彼は何かしらいつも課題を持ってくるのでその交換条件ということで飲んでもらってる。
「ルーチェ様、今日は一段と星が綺麗です」
湯浴みを済ませた後、側仕えのアリーが窓を開けた。心地よい風が湯浴みで熱った頬をひんやりと冷やしてくれる。
「ええ、そうね。気持ちがいいわ。そのまま窓を開けておいてくれる?寝る前には自分で閉めるから」
ルーチェがそうアリーにお願いすれば彼女の目は疑わしい者を見るかのように半眼になった。
「そう言ってルーチェ様はこの前窓を全開にしたまま朝まで爆睡しておられました」
「う……」
アリーは切れ長の目でじとりとルーチェを見つめる。そのクールな顔立ちで威圧されれば誰もが言葉に詰まってしまうだろう。
「き、今日はきっと、絶対に閉めると約束するから……星を見たいのよ」
そう言えばアリーは目を閉じてひとつ息を吐いた後「かしこまりました」と許可をくれた。
やがて、アリーも部屋を出ていくと部屋は静寂に包まれた。
ベッドの横に置いてある魔法石の淡い光と星明かりだけが夜を照らす。
この世界は本当に星が綺麗だ。
この星々を眺めていると心が凪いでゆく。空を見ながら眠りにつくなんて、前世では考えられないことだった。
あの時は睡眠というより気絶だったし、こんな開けた空はなかった。こうやってうとうとと微睡みながら寝ることと言ったら、なんて至福な……。
今夜、この国の創造主、ルーエンがこの部屋にやってくることなんてルーチェはすっかり忘れていた。
「……い」
「……おーい」
(誰、こんな夜中に。寝かせて)
「……」
(そうそう。静かに目を閉じましょう)
突然、右頬をぐににににににと強く引っ張り上げられた。
「デジャヴ!」
痛みで飛び起きたルーチェは咄嗟に頬を押さえる。
「なんだい?その愉快な言葉は。あちらの世界の言葉かい?」
「ぁれ、るーえん様。なぜここに」
ルーチェは目をしぱしぱさせながら自分とよく似た見た目をした人物を見上げる。
ふあーっと欠伸しようとすれば眉間をグリグリと長い指で押された。そのせいで中途半端な気持ち悪い欠伸で終わってしまう。
「今日は様子を見に行くと天啓を送ったはずだよね?」
眉間と右頬の痛みにより徐々に意識が覚醒していき、ルーチェはダラダラと汗をかいた。
「い、いや。忘れていた訳じゃありませんよ?ちょーとルーエン様を待ってる間に眠くなってしまって。うたた寝をしていたんです」
ルーチェがベッドの上で正座をして弁明すれば、この国の神は、冷ややかな目で彼女を見下ろした。
「ベッドでうたた寝は矛盾してる」
正論を言われれば、ルーチェに返す言葉はない。
その分、目の前の神様に食ってかかるように捲し立てた。逆ギレである。
「わたしまだ十五歳ですよ!?こんな時間まで起きていたら成長期に悪い影響が出て良い女性になれません!」
こんな夜中に、こう叫んでも問題ない理由は、ルーチェがこの部屋に防音結界を張っているからだ。いくら神様に楯突いたって周囲には聞こえない。
「何を言っているんだい?君が良い女性になるのは決まっているじゃないか。僕とお揃いのその容姿だよ?中身を隠す努力さえすればこの国、いや世界一良い女性になれるさ」
ルーエンは片眉を少し上げ嫌味をたっぷりと含ませてそう言い放った。
ルーチェも自分の中身とこの容姿がチグハグなことに自覚がある。だからこそ、最低限の所作や言葉遣いはしっかり学んできたつもりだ。
なのになんでそんな意地悪を言うのか。
(やっぱり思った通り、幼い頃からの令嬢教育は厳しかったよ……)
両親共に優しくて平和主義者ではあるが、教育に関しては厳しかった。
それに加え、ルーチェはルーエンから出される課題を両親にも内緒でこなしていた。ふわふわお布団の製法をゲットする為に。
ルーエンの課題の例を挙げるとキリがないが、五歳の時にはこの国を守る大結界の補助を命じられた。七歳の時にはその大結界を強化するための論文を書き中央に提出。そして二年前の十三歳の時には竜討伐の援護。すべてルーエンからの課題である。
これは、課題というより本来ならば正当な報酬を得られるはずの任務や仕事であることにルーチェは気付いていなかった。
そして数々のルーエンの課題は、全て匿名で遂行されており公爵令嬢ルーチェ・ハイアンの名はその点においては広がっていない。
「そんな君が来月からセルヴァイア魔法学園に入学するなんてね」
「……誰のせいだと思ってるんですか」
ルーチェは当初、セルヴァイア魔法学園に入学する予定はなかった。いや、最初は人生設計にあった。魔法を極める上では魔法学校は必要不可欠だろうと思ったから。
だが計算が狂った。
ルーチェが十五年間でこなしてきた課題の数々は簡単に言えば目立ち過ぎていたのだ。セルヴァイア魔法学園にはその関係者がゴロゴロといて、正体を突き止めようと奮闘している者達もいると聞く。
彼らはその謎の魔法使いを『黒衣の魔法使い』と勝手に名付けた。
(もしバレればわたしはどうなる?王族のいいように使われて、魔力を消費。体力も消費。待っているのはそう、過労死)
だからルーチェはセルヴァイア魔法学園への入学だけは回避しようとした。幸い、貴族の学校は他にも選択肢があり両親は自由に学校を選んでいいと言ってくれたのでルーチェは他の学校に決め、試験にも合格し、のほほんと入学の時を待っていた。
それが今年の冬にひっくり返ったのだ。十五歳になった貴族の子全員が行う魔力測定によって。
ルーチェは火・水・風・土、の全属性持ちだったことが両親にバレたのだ。さらに魔力量が多かった。具体的に言うと今の時点で成人男性より多い。
全属性の持ち主は魔法の素質があるとされセルヴァイア魔法学園へ強制入学となってしまう。因みに前例は数件しかない。
ルーチェは「あ、終わった」と悟った。
(……イイじゃんって思うじゃない?異世界ぽいじゃんって思うじゃない?違うのよこれが)
全属性持ちはいいことばかりじゃない。むしろ、悪いことの方が多い。
女子の全属性は、本人の意思関係なく聖女候補として祭り上げられる。名誉と言われるがこの国の聖女は悲惨な結末を迎えることが多い。そんなものに好き好んでなりたいという物好きは果たしているだろうか。
そして、なによりも問題だったのは微力な魔法や繊細な魔法を扱うのに向いていない体質だということだ。緻密な操作には相当な訓練が必要になる。
これがどういうことか分かるだろうか。
そう、あの繊細なふわふわお布団を作るのが難しい体質ということが判明したのだ。
そしてこれは、ルーチェの目の前に仁王立ちしているこの神のせいである。
順当にいけばルーチェは遺伝子上、水か風、もしくは両方の属性を持つ子になっていた。この二つの属性は繊細な魔法を扱う上で長けている属性と言える。だがルーエンはルーチェの自分への態度にちょっとだけ苛立ち、お布団作りに不向きな体質に書き換えたのである。
つまり、セルヴァイア魔法学園に入学しなければならなくなったのは、ルーエンのせいである。
ルーチェはルーエンを恨みがましく睨むが当の本人は涼しい顔をしている。さすが神様だ。何も悪いと思っていない。
「正体を隠し続けることは面倒だよ。『ルーチェ・ハイアンは黒衣の魔法使いだ』ってことを公表すればいいんじゃない?」
資格を得た魔法使いや魔女、魔術師は原則、魔法省の依頼をこなさなければならない。
しかし、ルーチェは働きたくないばかりに未成年であることを全面に押し出して魔法省と交渉し、現在依頼を引き受けていない。
魔法省からは定期的に仕事をしろという圧をかけられているのでルーチェはあまり近付きたくない。
黒衣の魔法使いの正体がバレれば面倒事になり、魔法を極める時間も減るし、睡眠時間も減る。
まぁ、直近で派手に動いたのが竜討伐の手伝いをした二年前。ここ最近、目立つような事はしてないはずだから大丈夫。入学まではルーエン様の課題は先送りにしてなるべく目立たず過ごしていれば大丈夫。
そんな考えを見透かしたようにルーエンは口角を歪ませる。
「そんな君に今回も課題を持ってきた」
「わたしの考えを見透かしているのなら分かりますよね?もうしばらくは目立たないように……」
「今回合格すればあの布団と同じ品質の枕をプレゼントするのに?」
ルーチェは大きく目を見開いた。
その目はまるで夜空に浮かぶ星々が宿り、光り輝いているかのように美しかった。
そんな光を見て、ルーエンは恍惚とした表情を浮かべた。その表情はまさしく国すら傾く妖艶な顔。
だが、ルーチェはそんなこと歯牙にも掛けていなかった。
(……まくらッッ!?!?あのふわふわの枕!?)
しかも作り方ではなく、現物。現物支給……!
ルーチェの頭からポーンッと自重が吹き飛んだ。
「できるね?」
「はいっ!」
そう、もうお分かりだろう。ルーチェは毎度こうして快眠グッズに釣られて、割に合わない鬼畜課題を押し付けられて十五年間生きてきたのだ。
天蓋から窓際のテーブルに移動したルーエンは向かいの席をルーチェに勧める。
この部屋は言うまでもなく淑女ルーチェ・ハイアンの部屋なのだが、そんな些細な事は神には関係ない。いつもの態度なのでルーチェも諦めていた。
一応客人、ましてや神様に粗茶のひとつ出さないのはどうかと思ったルーチェは椅子に座る前に棚の中から茶袋を取り出した。
アリーに置いてもらっていた水差しから簡易ポットに水を入れ、小さなコンロにセットする。
コンロの中に入ってる魔法石に火をつければポットは温まり始めた。
「ほぉ、これはなんだい?」
一連の動作を興味深く見ていたルーエンはちょんちょんと茶袋を突いた。
「お茶っ葉を乾燥させたものですよ。簡単にお茶を淹れられるんです。前いた世界では『ティーバッグ』という名前でした。……わたしはこれでも美味しいのですがアリーが言うにはきちんと茶葉を蒸らして淹れる方が美味しいと正直な感想を貰いまして。それ以来は一人でコッソリと使っています」
そんな話をしながらお茶を淹れルーエンの前にティーカップをカチャリと置いた。ルーエンは好奇心に目を輝かせながらお茶を口にし、ペロリと唇を湿らせた。
「中々美味しいじゃないか。確かに従来のお茶より香りは立たないが、何より早く出来上がるのが良いね。気に入った。次からもこれを出しておくれ」
まさかの気に入ってくれた。
神様なのにお味よりスピードを重視するとは思っていなかったルーチェは「相変わらずこの人神様っぽくないな」と思ったが、口には出さなかった。
「今回の課題はどのようなものですか?」
そう問えば優雅な動作でカチャリとティーカップを置いたルーエンはニコリと美しい笑顔を向けてこう言い放った。
「戦争を阻止して欲しいんだ」
「……へ?」
(……戦争を、阻止?何を言っているんだこの神様は)
二年前、竜討伐の手伝いをして欲しいと言われた時も目が眩んだが、今はそれ以上の目眩を覚え思わず軽く目を抑えた。
「……あの、具体的にわたしは何をすれば課題を達成したことになるんでしょうか」
「ふむ、具体的に……。そうだね……」
ルーエンは顎に手を当てて少し考えた末に細い人差し指を立て、再び美しいお顔で微笑んだ。
「第一王子と第二王子の仲を取り持つことができれば、とりあえず課題は合格とする。そうなれば枕は君のものだ」
(で、できるわけないだろーーーーーーっ!!)
第一王子と第二王子は次期国王の後継者候補であり、異母兄弟である。歳も一つしか違わず、二人ともセルヴァイア魔法学園の生徒だ。
現在勢力は五分五分でバッチバチである。後ろにいる大人達だけでなく当の本人達も大層仲が悪いと聞く。
(そんな王子達の仲を取り持て?それはどんな竜の討伐よりも難しいんじゃない?)
無謀すぎる課題にルーチェの意識が遠のいていく。
ルーチェがハァと溜め息を吐き長い睫毛で瞳に影を作れば、それは誰がどう見たってこの国の行く末を案じている聖女そのものだ。
だがその実、ルーチェが案じていたものはただ一つ。
(ああ……。わたしのふわふわ枕……。今回ばかりは会えそうにないよ。ごめんね……)
聖女は自身の寝具について憂い、心の底からため息を吐いていた。
そんな様子を何やら思案顔で見つめていたルーエンは、閃いたようにポンと手を打った。
「じゃあ、君にやる気になって貰うために例の枕を今夜だけ貸し出そう」
「へ!?」
「そうすればやる気も出てくるだろう?」
確かにそのふわふわ枕を試せるのは嬉しい。欲しい。今すぐ寝たい。だが無理難題を突き付けられたルーチェは少しだけ自重する心を取り戻しつつあったのだ。
(現実的に考えて、第一王子と第二王子の仲を取り持つことは相当難しい。しかも公爵令嬢のわたしが表立って二人に接触すればどんな誤解が生じるか分からない)
そんな現実的な考えを中断させるかのようにルーエンはパチンと指を鳴らした。そうすれば、ルーエンの手には大きくて白くて見るからに柔らかなそうな物体が現れた。ルーチェは大きく目を見開く。
「こ、こ、これが……」
震える手でその枕に手を伸ばせば、ルーエンはひょいっと高い位置に枕を上げる。
「やってくれるね?」
神様とは思えない悪魔な顔で微笑みを向けられたルーチェは今すぐにでも飛びつこうとする手を固く握りしめて垂れそうな涎をゴクリと飲み込んだ。
今回ばかりは、それほど簡単に安請け合いしてはならない課題なのだ。
「で、でも、わたしが表立って動けば、どんな影響が出て、お父様にどんな迷惑がかかるか……」
「表立って動かなければいいんじゃない?得意じゃないか」
「で、でででも、本人達も相当仲が悪いと噂で……」
「本当に仲が悪いかは確かめないと分からないだろう?」
「で、ででででも」
そう言い訳の言葉を紡ぐがルーチェの目は枕に釘付けである。
なんとか言い訳を続ける彼女に焦れたルーエンは笑みを深め、人差し指と中指を揃えて上へヒュッと動かす。するとルーチェの身体は浮き上がり、ベッドの方へと移動しポトリと落とされる。
「ふぎゃ」
令嬢らしからぬ声を出してもルーエンは気にしない。防音結界を張っている本人も気にしていない。
「まぁまぁ。この枕を試してみれば心変わりするはずさ」
そう言って再び指を鳴らせば普段使っている枕がスッとふわふわ枕へ変わってしまった。
ドギンドギンとルーチェの心臓が音を立てて呼吸が早くなる。これに頭を落とせば、ルーチェはもう帰って来られない。落ち着け、落ち着け、落ち着くんだルーチェ・ハイ……。
まふんッとルーチェの顔が吸い込まれるかのようにふわふわ枕へ落ちた。正確にはルーエンに落とされた。
その瞬間、ルーチェの頭は真っ白になる。
全てがふわふわで満たされたのだ。
第一王子も第二王子も学園も戦争ですら、全てがどうでもいい。ただただ、このまま寝たい。いや寝る。
そのままルーチェはいそいそと呼吸がしやすいように身体を横に向け、布団を被り直すとルーエンを放ったらかしにして瞼を閉じた。
ああ……。ふあふあ。
何かが優しく、でもしっかりとルーチェの頭を包み込む。ルーチェは心地の良い夢を見ていた。
花畑の中にいて優しい香りが呼吸をする度に鼻から抜けていく。
すると花畑の中に一人の影を見た。
(ん、なぜルーエン様が……)
すると影は一つから二つ、三つと増えていく。
と思えば突然、ルーエン様ではない二つの影がもの凄いスピードでこちらに近づいてくる。
あれは、第一王子と第二王子……!?
(なんで!?なんで追いかけてくるの!?ちょっと見てないで助けてよ!ルーエン様!!)
ルーエンに手を伸ばすと、彼はニヤリとまるで楽しむかのように微笑んだ。手は掴んでくれない。
「ルーエン様!!」
叫んで飛び起きたルーチェは、ハァハァと苦しい呼吸を落ち着かせようとおでこに手を当てる。
じっとりと嫌な汗をかいていた。外はまだ薄暗い。
胸をギュッと抑えて今まで見ていた悪夢を振り払うかのように頭を振った。
そうだ、枕。あの枕を抱きしめて気持ちを落ち着かせよう。そう思って枕を触ると、ルーチェはこれでもかと目を見開いた。
戻ってる……。わたしのふわふわ枕がない……!
「僕の名前を叫んで起きるとは、君はなんて信心深いんだ」
いつの間にか椅子をベッドの側に移動させてルーチェが起きるのを待っていたルーエンがそこにいた。
『ちょっと、なんで助けてくれなかったんですか!』と胸ぐらを掴みかけたルーチェは昨日の事を思い出す。
(確かわたしは……)
枕を強制的に試されたルーチェはあまりの気持ち良さに即寝。茶器を片付けるのも、窓を閉めるのも、防音結界を解くのも、ルーエンのことも、すっかりさっぱり忘れて寝た。
胸ぐらを掴む為に伸ばした手は行き場を失い、そっと元に戻そうとしたがバシッと掴まれ戻す事を許してくれなかった。
「ん〜?この手は何かなぁ?」
(怒ってる……。今までたくさん怒らせてきた自覚はあるけど、これは過去最高レベルで怒っていらっしゃるぅぅぅ)
「うぅ、すみませんでした……」
「聞こえないなぁ」
「すびまぜんでじだぁぁ!!」
さすがに美しすぎるこのお顔で怒られるのは怖すぎて半泣きになりながら謝る事しかできなかった。
ルーチェの泣き顔を満足そうに見つめたルーエンはハァッと溜息を吐いて手を離し解放する。
「それで、もちろんやる気にはなってくれたよね?」
圧の強い笑顔でそう言われればルーチェは「はぃ」と言うしかなかった。
「ふわふわ枕の為だもんね?」
ルーエンがそう言葉を重ねれば、ルーチェはあの心地よさを思い出し蕩けた笑顔で先程より力強く「はい!」と返事をした。してしまった。




