【2-18】救護棟にて
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
「重いだろう。俺が担ぐ」
救護棟へ向かう最中、シアラは隣を歩くエリオをチラリと見た。
「エリオは風魔法使えないじゃない」
「う、うるさいな。肩で担げばいいだろ」
「肩は二つしかない」
「なんで全員なんだよ!?半分こしようぜ!?」
シアラは言われた通り二人をエリオに渡した。
「うわ、本当に起きないな。どうなってんだ……。よいしょ」
軽々と両肩に二人を担いで歩き出すエリオをじっと見つめる。いつものように軽口を叩いているが、シアラには分かる。
エリオの様子がおかしい、と。
会話もないまま暫く歩き、シアラはタイミングを見て切り出した。
「エリオ、わたしがいない間、何かあった?」
隣で意表を突かれた顔をしたのが、見なくても分かった。
少し黙った後、観念したようにエリオはアースディアにしたことを話し始めた。
「頭に血が上ってシルヴァン様の前で冷静さを欠いてしまった」
どうやら、シルヴァンの前で暴走してしまったことを後悔しているらしい。確かに、王族の護衛騎士たるもの、相手に何を言われても感情に任せて行動するのは得策ではない。
エリオらしい反省にシアラはいつもの溜め息を吐いてみせた。
「エリオが、短絡的で、軽率で、考えなしなのは、今に始まったことじゃないでしょ」
「ちょっとぉ!?何もそこまで言ってないんだけ……」
「冷静さはわたしに任せて、エリオはわたしにできないことをすればいいだけ。何のためにエリオと組んでると思ってるの」
思いもよらないシアラの言葉にエリオはじわりと眼頭を熱くしてポロポロと涙を流す。
「シアラぁ……」
立ち止まって情けなく感極まっているエリオを無視してシアラはスタスタと先を越す。
「ま、エリオにできてわたしにできないことなんてないけど」
「だからなんでそんなこと言うんだよぉッ!」
「事実だから。わたしは嘘は言わない」
二人は人を担ぎながら競うようにして救護棟へ向かうのであった。
「着いたぁ……」
救護棟に着く頃には、ゼェハァと息を切らしていたエリオは、非常に鬱陶しく勝ち誇った顔をシアラに向けた。
「少なくとも、ハァ……ここには、ハァ……俺が先に着いたぜ……」
息も絶え絶えなエリオを無視してシアラは部屋をノックした。
中から出てきたのは褐色の胸元をぱっくりと開けてヨレヨレの白衣を羽織っているダリア・ハインツだった。彼女は救護棟の管理人も兼任している。
ダリアは顔色一つ変えずに、顎を動かすだけで中に入るように示した。スムーズに中に入れてくれるのは、事前に根回しをしたからだ。
そのまま案内されたのは、ベッドが並ぶ施錠付きの特別室だ。ぐっすり眠っている四人を寝かせるとエリオは、「はぁぁぁ」と脱力した。
「ありがとうございます。ダリア教授」
「いいや、構わない。それよりも面白い状況になっているな」
ダリアは長い三つ編みを靡かせながら、眠っている四人を興味深そうに見回した。
「エリオは扉を見張っていて」
「ああ」
近くのテーブルには拘束具や薬品など物騒な物が準備されている。
事前に連絡していた時は、どのような状況で魔力中毒になっている生徒を運んでくるか分からなかった。救護棟管理人のダリアには、力任せに暴れる生徒を連れてくる可能性が高いと伝えていたのだ。
それがどうだ、四人とも純粋な赤子に戻ったように気持ちよさそうに眠っている。
ダリアは一人ずつ容態を確認し始めた。
「本当にただ眠っているようだ。これはどういうことだ?説明しなさい」
眼光鋭く記録を取る体制になっているダリアに、シアラは生徒の名前からこの状況に至るまで順番に必要事項を述べていった。
「ふむ。違法な製法の回復薬か……。もちろん製法は手に入れているのだろう?見せなさい」
「それはできません。然るべき所に確認をしなければなりませんから」
ダリア・ハインツは教育者というより、研究者に近い性質だ。下手に製法を渡して実験や研究に使われるのも困る。
ダリアはその説明を聞き、仕方なさそうに一つ息を吐いた。ものの数分でビッシリと書いた四人分の観察記録をパラパラと捲る。
「ならば、皆が眠っている原因——中和薬について話してもらおうか」
外は日も落ちていて、この特別室でなくても救護棟は静まり返っていた。
シアラは唾を飲む音を出さないようにしながら、ダリアと向かい合う。
「我々は違法薬物蔓延疑惑の真偽が、違法な製法で作られた回復薬による中毒症状ではないかと検討をつけました。それを確かめるために中毒症状の出ていた学生に中和薬を飲ませました」
ここで、ルーチェ・ハイアンの名は出さないことを彼女と約束している。もちろん協力してくれた報酬は必ず渡すが、彼女は面倒事を嫌っているようだ。
ルーチェに中和薬を流し込まれた三人は彼女のことを絶対に覚えているだろうが、魔力中毒の症状の代表例でもある錯乱状態や幻聴幻覚を言い訳にすれば丸め込めるだろう。
ただ、今の相手は『紫眼の賢女』と呼ばれている研究意欲の高いダリア・ハインツだ。まず嘘は吐けないと考えた方がいいだろう。
「君達が中和薬を作製したのか?」
「いいえ。手持ちの物では彼らには効かないと判断し、急遽手配致しました」
「それは英断だな。通常の物では無駄になっていただろう」
書き込んでいたペンを止めると、紫色の瞳はシアラではなく扉の護衛をしていたエリオを写した。
「エリオ・ベグナーラ、この中和薬は通常の何倍の濃さだ?持続時間は?睡眠状態は副作用か?」
急に話を振られたエリオは驚きながらも曖昧に笑った。エリオにもルーチェの名を出すことを禁じている。
「私はあまり詳しくないので上手く説明できません。シアラに是非……」
「ベグナーラは今、知らないから動揺したのではない。何かを隠さなくてはならないと思ったら動揺したのだ」
「……」
ダリアはエリオからシアラへ視線を止め、意地の悪い笑みを浮かべた。敢えて単純なエリオの反応を伺ったのだと言外に示している表情だ。
(ああ。バカエリオ。分かりやす過ぎるのよ)
「少し意地悪ですよ、ダリア教授」
「フン、まぁいい。いずれ分かることだ」
これ以上の追及はないと分かり、シアラとエリオは少しだけ肩の力を抜いた。
「これから彼らが起きたらじっくり話を聞けるしな」
「それは難しいでしょう。証拠は十分に揃っているので、これでやっと騎士団を動かせます。今日中に彼らを護送しますから」
ルーチェによると、今日はもう起きない可能性が高いらしい。色々面倒なので、寝ている間に駐在所へ送ってしまいたい。
ダリアは顎に手を置いて少し考えた後、テーブルにあった物騒な武器を手に取った。
「ふむ、ならば今叩き起こそう」
「ダリア教授!それはやめてください!」
武器を構えるダリアと必死に止めるエリオを冷静に眺めながら一刻も早く護送した方が良いと判断したシアラは連絡用魔術具を取り出した。
魔石に魔力を込めて起動する。
「こちらシアラ・グレイモア。セルヴァイア魔法学園生徒計四名を駐在所まで護送する。受け入れ体制を整え……」
「グレイモア!早く戻ってきてくれ!団長が暴れてるんだ!」
「……」
最近は人手不足なので連絡を取っても誰も返事を返してくれないが、今日は通信を最後まで聞かずに団員の声が返ってきた。
騎士団長がシアラのいない期間暴走するのはいつものことなので、他の者達でどうにかして欲しいのだが、様子を察するに難しいようだ。
「了解」
短くそう答えて通信を切ったところで、扉がノックされた。
「シルヴァン様」
エリオが扉を開けると、そこには決勝戦を終えたシルヴァンの姿があった。予定より早い到着だ。
「おや、今頃はジルベル・マスカルドの正体を突き止めるため外は騒がしいでしょう」
ジルベルの正体を知っているダリアは、揶揄うように片眉を上げた。
「だから取り囲まれる前に逃げてきた」
王族は、属性を不特定多数に示す魔力対決に参加しない。ジルベルの正体がシルヴァンだとバレた暁には、確実にシアラとエリオは側近から解任される。
我ながら危ない橋を渡ったなぁと思っていると、シルヴァンはダリアに四人の容態を訊ねた。
「グレイモアとベグナーラの適切な処置のおかげで、彼らの命に別状はありません」
ダリアは書き連ねた紙束をシアラに渡す。
ダリア・ハインツの名前が入った記録書は腰の重たい騎士団を動かす材料になるのでありがたい。
「彼らが起きる前に駐在所へ送ります。転移陣を使う許可を」
「ああ。許可を出す」
スムーズに護送について話が進んでいくのをつまらなさそうに聞いていたダリアは、頬杖をつきながら、シルヴァンに一つ質問をした。
「これからどうされるのですか?このまま正体が分からなければ、ジルベル・マスカルドの正体は魔力対決に参加しない王族だったのでは、と噂する者も出てくるでしょう」
「問題ない」
シルヴァンは肩を竦めた後、エリオを見た。シアラとダリアもエリオを見つめる。
「え?」
アースディアが競技場で暴走しかけ、エリオがシルヴァンを守ろうと動いた時、シアラがエリオを止めたのには理由があった。
それは——。
「え?…………まさか、さっきシアラが言ってた隠れ蓑作戦って俺ですかーーーーッ!?」
エリオは変装していたものの、彼が咄嗟に使おうとしていた剣は騎士団員のみが所持している剣だった。
変装していたとしても、あの場で目立ってしまえばエリオだと皆にバレてしまう。
それでは、後日ジルベル・マスカルドの正体の落とし所がなくなる。
だからシアラはあの時、主を守ろうと動いたエリオを止めたのだ。
そう、これが、シアラがシルヴァンにだけコッソリ発案した『隠れ蓑作戦』だった。
後日、謎の生徒ジルベル・マスカルドの正体は、第二王子の側近エリオ・ベグナーラだったという噂があっという間に広がり、皆が納得したところで徐々に魔力対決の熱狂は収束していった。
なお、エリオ・ベグナーラは一時期婚約の申し入れが殺到したとか。




