【2-16】悪人が多くて困りますわ
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
シアラとエリオはお姫様抱っこで退場していくシルヴァン達を目で追っていた。特にエリオはソワソワとしている。
ルーチェは何故この二人はシルヴァンの元へ行かないのだろうと首を傾げた。彼らがアースディアの元へ行かなければ、確認ができない。
(ああ、『ルーチェを守れ』ってさっきの命令か……)
これでは調査も何もないだろう。
シルヴァンはもっと自分の側近の都合を考えた方がいい。
だが、この二人が感情で主の命令に背くとも思えない。
「エリオ様はシルヴァン殿下と一緒に救護棟へ向かって下さい」
「ですが……」
エリオはチラリと柱の影を見た。おそらく、先程からずっとこちらを見ている人物達を警戒しているのだろう。あれは違法薬物関与を疑われている三人だ。
視線からしてどうやらルーチェに用があるようだ。おそらく、男であるエリオがルーチェの側を離れた途端、こちらに接触してくる。シアラとエリオは変装しているので、二人が第二王子の側近達だとは考えてもいないだろう。
そんな三人を一瞥して、ルーチェはエリオとシアラに向き直るとニコリと微笑んだ。
「わたくしを守れ、というシルヴァン殿下のご命令を実行していただきたいのです」
目をぱちくりさせる二人にルーチェはコッソリと小瓶を一つ見せた。瓶の中の透明の液体が揺れる。
「これは……中和薬、ですか?」
ルーチェがコクリと頷くと、エリオは目を凝らして中身を確認した。
中和薬は回復薬を誤って多用し過ぎた時、魔力中毒にならないように飲む物だ。回復薬を作れる者なら誰もが作れる。
これは通常の何倍も濃いモノである。
「蔓延しているのは薬物ではなく、回復薬かもしれません」
「回復薬?」
二人は眉根を寄せる。騎士である二人にとって回復薬はあまりにも身近だ。今でも携帯している。それがあんな風に依存性を持っているようには思えないのだろう。
「もちろん、皆さんが使っている物とは別物です。ですが安全に見える回復薬も、製法を一歩間違えれば劇薬です」
回復薬の基本的な製法は、まず薬用のハーブなど効能がある植物から抽出したエキスを精製水と混ぜるところから始まる。
ここまでであれば魔法の使えない平民でも薬として下町で販売していたり、貴族用に卸したりしているので拘らない貴族はわざわざ素材の採集に行かなくても容易に手に入る。
そこから、魔力を帯びた植物や魔石、魔獣の一部などの素材と調合して完成だ。
エリオとシアラも一応自分の分は自分で回復薬を作っている。しかし、薬の知識がない彼らには、大体が決められた素材との調合なのに、どう間違えたらあんなに作用の強い物になってしまうのか全く想像がつかない。
「そういえばルーチェ様は回復薬の製作もお上手でしたね。以前シルヴァン殿下が絶賛しておりましたよ」
「それはよかったです」
ルーチェはシルヴァンにお手製の回復薬をプレゼントしたことがある。
ルーチェにとってアレはお礼に過ぎなかったのだが、周囲にとっては色々な意味で衝撃的な出来事だ。
「研究室でのご経験もありますし……。俄かに信じがたいですが、ここはルーチェ様を信じましょう」
おそらく、王城薬剤師や植物学者との交流を通して、彼らから薬や植物の知識を得ているだろう。
底知れぬ知識量にゾッとしながらもエリオとシアラは納得した。
「それで、この中和薬をどうすれば良いのでしょう」
そう訊かれてルーチェはキラキラの笑顔で可愛らしくこう言った。
「アースディアさんに無理にでも飲ませて下さい。こちらはあの三人に飲ませます。もし回復薬による魔力中毒ならば……」
「ならば?」
「すぐに爆睡するはずです」
ルーチェにこの知識があるのは、研究室組の影響というより、彼女の睡眠欲からできた副産物だった。
「ルーチェ・ハイアン様でお間違いないですか?」
エリオがシルヴァンを追いかけて行った後、怖いぐらい予想通りに陰から見ていた三人がルーチェに声を掛けた。シアラもルーチェの隣に控えているが、三人はルーチェしか見ていなかった。
「ええ。何かご用ですか?」
ニコリとそう言えば、三人は不気味な笑みを浮かべた。目は完全に魔力中毒になっている人のソレである。
「このような場所で観戦とは……。聖女様でも魔力を増やすことにご興味がおありなのですね」
(これは……。わたしを取り込む気ね)
売人のような真似までしているのだろう。そうやって仲間を増やし、得をする人間が彼らの背後にいる。
ルーチェが中毒になれば出資も増えるし、権力を笠に着て、調査の目を掻い潜ることができるとでも思ってるのだろう。
(買い被りすぎだ。もしわたしが誘惑に乗せられて中毒になったとしても、犯罪者として捕らえられるだけ)
ルーチェはニコリと笑ってパンと手を合わせた。
「それは貴族ならば誰でも興味があることですわ。試合を拝見したところ、貴方方は魔力がとても多いとお見受けいたしました。何か秘訣があるのですか?」
ホイホイ甘い誘惑に乗せられる世間知らずの聖女様の言葉に三人は愉快そうに笑った。
「既に多大な魔力をお持ちでしょうに、それ以上を望まれるとは。案外強欲なお方なのですね」
ルーチェを嘲笑いながら、真ん中の男が懐から何かを取り出す。大方、商品をチラつかせるのだろうと思っていたが、予想は外れた。
彼は丸めた紙を取り出してルーチェに手渡す。
そこには、例の回復薬の製法が事細かに書かれてあった。
ルーチェは心の中でニヤリと笑う。
「私共はこの回復薬で魔力を伸ばしております。実際、前回の魔力対決で私はあるお方から称賛の言葉をいただきました」
「あるお方?」
「第二王子シルヴァン殿下の側近でありながら、騎士団の一人でもある、あのシアラ・グレイモア様です。私の魔力量に目を留め、声を掛けてくださいました」
男は胸を張り、鼻高々にその回復薬の効果を宣伝する。まさか目の前にそのシアラ・グレイモアがいるとは夢にも思っていないだろう。
(うわ、やばい)
「へぇ。どのように声を掛けられたのですか?」
シアラが面白がるように男に訊ねると、少し目線を彷徨わせた後、こう言った。
「もちろん、中央騎士団への勧誘です。『貴方なら聖騎士も夢ではない』と言われました」
(大きく出過ぎだよっ!!)
思わず声が出そうになったのをグッと我慢して表情を取り繕う。
「……へぇ。それはご立派ですね」
シアラを纏う何かの温度が若干下がった気がした。
この後の行く末が決定しているこの人に、これ以上失言させるのも可哀想だったので、ルーチェは軽く咳払いした後、受け取った紙に視線を戻す。
「こちらの製法、おいくらでしょう」
男は口元を緩め、三本の指を立てた。
「通常、金貨三枚ですが次期聖女様であるルーチェ・ハイアン様ですから。特別に二枚でどうでしょう」
「なるほど」
流石にふっかけ過ぎだ。確かに製法は何にしても現物より高値がつくが、内容を見た限り金貨を払う価値はない。
「売人さん。生憎この場には持ち合わせがないので、代わりに担保をどうぞ」
「た、担保?」
次の瞬間、ルーチェはきょとんとしている男の後頭部を押さえ、素早く口に中和薬の入った瓶を突っ込み、そのまま瓶を上に傾けた。
「むぐ!?」
「さあ、我慢することはございません。遠慮なくどうぞ」
急に口に入ってきた液剤は、魔力中毒になっている身体が欲している物だ。乾いた身体が水を求めるように、男の意思とは関係なく中和薬は飲み干された。
目を白黒させている残りの二人も同様に、シアラの手によって抵抗する隙もなく中和薬が与えられ、バタバタとその場に倒れた。
顔面を打った者もいるが、鼻血を出しながら寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている。
「……寝ましたね」
急に人が倒れたので、周囲に野次馬が寄ってきた。
(目立ち過ぎた……)
なんと言い訳をしようか考えているとシアラが「わたしに任せて下さい」と呟いた。
どうするのかと固唾を飲んでいると、シアラは「もー!」となんとも可愛らしい声を出した。今の変装にぴったりな声だ。
ルーチェがギョッとしているうちにシアラの芝居が始まる。
「いくら魔力対決で疲れたからって!ルーチェ様の前で寝てしまうなんて!恥ずかしいわ!」
まるで周りに言って聞かせるようにそう言って、シアラは風魔法で三人まとめて雑に浮かせる。飛行魔法ほど自由にはいかないが、短時間短距離かつ雑に扱っていい荷物の場合には向いている連行方法だ。
「なんだ、寝ているのか?」
「それにしてもあの女子生徒、力持ちだな」
野次馬は呆れたように肩を竦めてその場を去って行った。
「ルーチェ様、こちらへ」
シアラはポカンとしてしまったルーチェに静かに声を掛けて、救護棟へ向かった。
◆ ◆ ◆
一方、お姫様だっこのままシルヴァンに救護棟へ連行されていたアースディアは、周囲に人がいなくなったのを確認した後、キッとシルヴァンを睨み暴れた。
「お、おおおおろせぇぇ!!!」
そう叫んで暴れるのでシルヴァンは下が硬い床なのにも構わず手をパッと離した。
「いでッ!なにをする!」
アースディアは床に尻もちをついたが、お構いなしにシルヴァンはパンパンと手を払った。
「お前が降ろせと言ったんだ」
「〜〜ッ!こんのぉっ!恥をかけさせやがってぇっ!なぜ!なぜ王族である貴様がぁっ!」
威勢のいいことを言っているが、もう立つ力も残っていないらしい。尻もちをついたままジリジリと後退するアースディアをシルヴァンは冷ややかな目で見下ろした。
まだ負けを認めていないのか、震えた手で己の懐にある薬を探している。
「へへっ。コレがあれば、魔力量が増えるのだ。そして先生は私を養子にしてくださる……」
(先生……?養子?)
上擦った声でそう言ったアースディアは自分の懐に薬がないことに気づくと、慌てたように全身の服のポケットを探す。
「これのことか?」
シルヴァンは煽るように笑みを見せ、アースディアの目前に例の薬をぶら下げた。彼はみるみる血走った目を見開く。
一見して、ただの回復薬に見える薬だ。これほどまでに魔力が増幅する劇薬には見えない。
飛びつくかと期待したがアースディアは「フン」と顔を背けた。
「別にいい。一つなくなった所で、また作れば良いからな!」
(また作る……。現物を売っているのではなく、製法を売っているのか……。ふーん)
拷問もしていないのにポロポロと情報を漏らしてくれるアースディアをシルヴァンは嘲笑した。
そろそろ捕縛の魔法を使って救護棟へ連れて行こうと思っていた時、アースディアは性懲りも無くシルヴァンの顔目掛けて風魔法を放った。
攻撃魔法とも言えぬ粗末な物で防御結界を張るまでもなく、首を傾けて避けた。
だが、薬の効果が切れてないせいか、なまじ魔力量だけは無駄に多いというなんとも変な魔法だ。
そのせいで風がフードをめくり、シルヴァンの顔を暴いた。絹糸のような銀髪がサラリと揺れる。
「……その髪。やはり呪われた色じゃないか!!」
アースディアはシルヴァンの髪を指差して汚く笑った。
この年頃の貴族はその風習をほとんど知らない。知っていたとしても、それは歴史の一部で今と重ねる人は少ない。
シルヴァンもそれを言われていちいち落ち込んだりしない。久しぶりに言われたなぁぐらいの感覚だ。
おそらく、昔の老害貴族達に何か吹き込まれたのだろう。
「やはり、王座には貴様のような呪われた子ではなく——」
一瞬で何か大きな影がシルヴァンの視界を遮った。
そして何も見えないまま、アースディアの情けない悲鳴だけが聞こえた。
「エリオ」
「殿下の前で二度とその汚い声を出すなッ!」
「ヒィッ」
エリオは剣をアースディアの喉にピタリと当てた。アースディアが震えているせいで剣は動かさずとも喉からツーッと血が滴る。
アースディアは鼻水を垂らしながら手を挙げ、降参のポーズをとった。
「エリオ、少し落ち着け」
エリオにしては珍しく激しい怒りで纏う魔力が不安定になっている。シルヴァンへの暴言が聞こえたのだろう。
「なんでこっちに来ている。守れと言っただろう」
ルーチェの関与をアースディアに知られないように名前を伏せて指摘すると、エリオは深呼吸をした後「はい、守りに来ました」と言いながらアースディアを捕縛した。
そして何やら小さい瓶を取り出し、栓を抜いた。
「飲め」
瓶を近づけられたアースディアはその中身を悟ると、ブンブンと首を振った。
エリオはその首を鷲掴みにして無理やり口に突っ込むと鼻を摘んで飲めざるを得ない状況を作った。
(……本当珍しいな)
普段は力加減を知らない大型犬のようなエリオだが、この時ばかりは本能を剥き出しにしたゴリラだった。やはり、手綱を握るシアラの存在は彼の隣に必要不可欠だ。
シルヴァンが改めてそんなことを思っていると、アースディアは縛られたまま、パタリと倒れた。
「エ、エリオッ!?気持ちは分かるが、こいつは情報を……」
シルヴァンの動揺とは反対にエリオは「ルーチェ様の言った通りだ……」と空き瓶とアースディアを交互に見る。
「ルーチェ?一体何をしたんだ?」
話が見えなくて首を傾げるシルヴァンの元にシアラとルーチェが姿を現した。シアラの風魔法で三人の生徒が浮いている。全員アースディアのように気絶しているようだ。
ルーチェは頬に手を当てて憂いを帯びた目で溜め息を吐いた。
「はぁ……、全く。悪人が多くて困りますわ」
ルーチェがこんなわざとらしい顔をする時は、誤魔化したい時か、後処理が面倒で全て押し付けたい時だ。おそらく今回は後者だろう。
シルヴァンはルーチェの表情管理について、コッソリ王城薬剤師のオルレンとフロラルに教えてもらっていた。
「とりあえず、この四人はこちらで救護棟の方に運びます。ルーチェ様、お手数ですが、殿下をお願いします」
シアラはそう言い残すとエリオと一緒に四人を引き連れて救護棟へ向かった。
「さぁ。シルヴァン殿下も、ここはあのお二人に任せて決勝の準備に向かいましょう」
「話が見えないんだが……。中毒になっている生徒を捕らえられたということでいいんだな?」
ルーチェが「はい」と肯定すると、シルヴァンは肩の力を抜いた。
「ルーチェ、協力感謝する。後で褒美をあげないとな」
「はい!布団職人のご紹介お待ちしておりますね!」
無邪気な笑顔のルーチェに若干複雑な気持ちになっていると、三回戦目の第二試合の結果が競技場中に響き渡った。
『勝者、ラオブルート・ダルス』
「ラオブルート様、勝ちましたね」
「みたいだな」
ということは、次の決勝はラオブルートとシルヴァンの対決だ。
「シルヴァン様、ラオブルート様に勝てる魔力は残っているのですか?」
普通の人なら、今の試合の時点で魔力は底をついているはずだ。本人を見る限り元気そうだが、実際どのくらい魔力が残っているのだろうか。
さすがに本人を目の前に魔力探知は怒られそうだったので試しに聞いてみただけだったのだが、シルヴァンは不機嫌そうな笑顔でルーチェを見た。
「君は俺が負けると思っているのか」
「そうは言ってないですけど……」
(余程自信があるのだろうなぁ)
そういえば、先程シルヴァンはラオブルートに勝つためにこの試合に参加したと言ってたが、あれは一体どういう意味だったのだろうか。
聞こうか迷っていると、シルヴァンは何故か目線を彷徨わせて若干顔を赤くした。
「どうされました?」
「……俺にも何か褒美があれば、頑張れるんだが」
(褒美!?)
「今、余裕そうに勝てるとおっしゃったではありませんか」
ルーチェがそう言うとシルヴァンは子どものように頬を膨らませた。
「余裕ではない」
(嘘だよね!?)
「な、何か欲しい物があるのですか?」
第二王子が喜ぶようなご褒美なんて全く思いつかない。欲しい物があるならば、それをあげた方がいい。
(というか、なんでわたしが?)
「別に欲しい物はないが……。考えておいてくれないか?」
「はぁ。わかりました……」
ルーチェの了承を聞くと、シルヴァンは目をキラキラさせた。ルーチェはその期待に満ちた目を見てうっと言葉に詰まる。
(一番面倒くさいよ!義理であげるプレゼントがこの世で一番面倒くさいんだよ!)
しかし第二王子からのお願いならば断れるはずもない。
ルーチェは悶々と考えながらご機嫌なシルヴァンを見送った。
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