【2-14】暴走
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
時は少し遡り、違法薬物の調査をして欲しいと生徒会からシルヴァンへ内々にお願いされた時のお話し。
「魔力対決だよ。この頃は新入生が腕試しでやるのに盛り上がるのが恒例行事みたいなものだろう?今年はカリキュラム上でも回数が増やされて例年よりさらに盛り上がっているみたいだ」
リュシエルは足を組んで書類をヒラヒラさせながらそう言った。
「それは理解できますが……。なぜ正式な調査員を派遣するのではなく、私達なのですか?本当に魔力対決の場で違法薬物が蔓延しているのならば、どのみち捕らえるために騎士団を派遣しなければならないでしょう?」
セルヴァイアで起きた事件は、要請をすれば中央の騎士団が派遣されることになっている。違法薬物ならば、学生では手に負えない専門的な調査も必要な上、国内にも蔓延している可能性があるため尚更だ。シルヴァン達が調査をしても二度手間だろう。
シルヴァンの言葉にリュシエルは目を逸らして苦い笑みを見せた。
「いやぁ、それがさぁ、ノルディアの一件で騎士団の数が激減したんだ。シグムントの息のかかった者達がそれほど多かったんだねぇ。その上、戦力のシアラ嬢とエリオくんも今はセルヴァイアにいるからね。騎士団は未だかつてないレベルの人手不足。っていうことで、証拠や調査をある程度提出できないと大人は動いてくれないのさ」
それを聞いてシルヴァンは思わずこめかみを押さえた。シアラ達からも人手不足だとは聞いていたが、違法薬物という重要な調査にも人員を派遣できないほどの人手不足だとは知らなかった。
「……ということは形式的には騎士団の一員であるシアラとエリオへの依頼という形ですね」
「まぁ、段階をきちんと踏むとしたらそういうことだね」
シルヴァンは深々と溜め息を吐くと、リュシエルはわざとらしく唇を尖らせた。
「だってその二人を勝手に僕が使ったらシルヴァン怒るだろう?」
「当たり前です。私の側近ですから。これからも二人に何か用があれば必ず私を通して下さい」
シルヴァンが眼光鋭く即答すると、リュシエルは耐えきれないと言わんばかりにゲラゲラ笑った。
「な、なんですか」
「いやいや。側近と仲が良いのはいいことだ」
気に入った者への束縛が無自覚に強い、非常に可愛らしい弟である。リュシエルはふぅふぅと息を切らしながら笑い涙を拭った。
むすくれるシルヴァンは心底嫌そうに話を逸らす。
「それより、騎士団の人手不足は由々しき事態です。早急に解決策を考えなければ……」
「ああ、それなんだけど、今後は魔法省への依頼も視野に入れていこうと思っている」
「魔法省……」
魔法省は魔法使いや魔女、魔術師の職場ともいわれている機関だ。
色々な依頼を魔法省を通じて魔法使い達に紹介され、その依頼をこなすことで彼らは報酬を得ている。
さらに認定試験や昇級試験まで一手に担っている場所でもある。
特に秘密裏にこなして欲しい依頼や、魔法を熟知している者でなければ手に負えない依頼が多いため、単価が高い。
その分依頼する側も仲介料諸々が嵩むため、かなり高額な費用になってしまう。
魔法学が専門のセルヴァイアとも関わりが深い機関なので多少融通は効くだろうが、それでも微々たる差だ。
「有事の際は仕方ないですが、あまり頻繁には使えませんよ」
「ああ。だから今回の件はシルヴァン達に任せる」
「……承知しました」
薬物蔓延疑惑が有事でなくて一体何が有事なのか。
実力のある二人の王子の感覚は普通では測れない。
シルヴァンがシアラに潜入調査を頼もうと頭の中で計画を練っていると、リュシエルはポンと手を打った。
「そういえば、シルヴァンに見て欲しいものがあったんだ。えっと、確かこの辺に……」
ガサゴソと机の上を散らかし、やがて下敷きにされていた資料を引っ張ると、その紙をシルヴァンに手渡した。
リュシエルの口角が僅かに上がっているのでシルヴァンは警戒しながら渡された資料に目を通すと、その目は見開かれた。
「魔力対決の戦績だよ。今年はもうすでに四回開催されているけど、優勝者は全てラオブルート・ダルス。一体誰のためにこんなに頑張ってるんだろうねぇ?……噂によると、次優勝したらもう一度ルーチェ嬢に…………ってあれ?」
リュシエルの言葉を最後まで聞かず、シルヴァンはいつの間にかいなくなっていた。きっと側近二人の所へ向かったに違いない。
「全く。そそっかしい弟だなぁ」
それにしても、シアラやエリオを付けず、シルヴァンだけが生徒会室に来て二人きりで話をしてくれるなんて、少し前では考えられなかったことだ。
リュシエルは伸びをしながら窓の外を眺めた。
外はすっかり日が暮れている。そろそろ生徒会室から出なければいけない時間だ。
この時間帯なら、シアラとエリオの元へ行くためには、シルヴァンは食堂へ行かなければならない。
しかし、あの勢いならば、大丈夫だろう。
「あの子はどんどん苦手を克服していくねぇ」
それが一体誰のおかげなのか。
冷たい氷が順調に溶かされていくことがあまり面白くなかったリュシエルは背もたれに体を預けて天井を見つめた。
◆ ◆ ◆
「シアラ!エリオ!会議室に来い」
「ど、どうされたのですか!?シルヴァン様!?……ああっ!いててっ!ちょっと!?まだ肉食べ終わってないんですけどぉぉぉ!!!」」
シルヴァンは寮の食堂で夕食を取っているエリオと側で突っ伏して寝ているシアラを引き摺るようにして会議室へ向かった。
二人は夕方の訓練が終わった後、人が少ない時間帯に食堂で夕食を取っている。
今日は幸いにも食堂に二人しかいなかったのでシルヴァンが呼びに行っても問題ない。
実はシルヴァンは大勢で食事をするような場所が苦手だ。そのため、普段の食事は自室で自炊することのほうが多い。
寮の食堂なんてエリオの知る限り来たことがない。
そんなシルヴァンが勢いで嫌いな場所に来ることができた理由。エリオは察した。
ああ、ルーチェ様関連だな、と。
「やはり、調査員の派遣は難しいですか」
さっきまで寝ていたのにパッチリと起きて資料を読み上げているシアラと肉を食べ損ねて不機嫌なエリオは、ひと通り違法薬物の件について話を聞いた。
「それで、なぜ殿下が食堂へ?明日でもよかったのでは?」
頬を膨らませるエリオはその理由に大体見当をつけながらもシルヴァンの口から説明を求めた。
しかし彼は分かりやすく目を逸らす。
「調査には俺が正体を隠して潜入する。二人には中毒になっている生徒がいないか探って欲しい」
「なぜシルヴァン様ご自身が潜入するんですか。シアラが適任では?」
詳細な説明はせず、結論だけをスラスラ述べるのは誤魔化したい時の彼の悪癖だ。
得意属性を公にする魔力対決への参加は慎重にならなければならない。特に王族であるシルヴァンは。
正体を隠して参加するだけでシルヴァンだと勘付かれる可能性だってある。
そのようなリスクを冒しても潜入調査をしたいならば、それなりの理由を説明してもらわなければ側近として見過ごせない。
目を逸らすシルヴァンをムムムとエリオが睨んでいると、シアラは「ああ」と何かを思い出したようにこう言った。
「『ラオブルート・ダルス様が、次の魔力対決で優勝すれば、もう一度ルーチェ様に愛の告白をする』という噂でしょうか」
「ええっ!?」
エリオが思わず驚きの声を上げると、シルヴァンは嫌そうに顔を顰めた。
「シアラが知っているということは、やはり兄上の揶揄いではないようだな」
次の魔力対決は明後日の放課後だ。だからシルヴァンは急いで二人を引き摺ってきたのだろう。
つまり、シルヴァンの目的はラオブルートの優勝の阻止。どうやら違法薬物調査は二の次らしい。
「安心しろ、調査の手を抜くことはしない」
「……別にシアラにラオブルート様の優勝を阻止してもらえばいいじゃないですか」
「バカエリオ。それじゃあ、意味がないでしょ」
シアラにチクリとそう言われ、エリオはしょぼーんと肩を落とす。
彼にだって、そんなことぐらいは分かっている。ただ食べ物の恨みは怖いと我が主に知って欲しかったのだ。
「ひとまず、明後日は現状の把握と現物の入手が目標だ。流石に現物があれば騎士団も動いてくれるだろう。今回我々はあくまでも騎士団を動かす証拠を集めるだけだ」
「承知しました」
そう答えたエリオとシアラは同じことを考えた。
もしルーチェがラオブルートに好意があった場合、成就を阻止しようとしている我が主は最低な王子になってしまう。
(どうにかして確認しなければ)
「なんてことを……」
当日、トーナメント表をリュシエルの側近から渡されたエリオとシアラは頭を抱えた。
どうにか早いうちにシルヴァンとラオブルートを対決させて決着をつけさせたかったのだが、二人が対決するのは最後の最後。決勝だ。
おそらく、リュシエルが面白がってこのトーナメントにしたのだろう。
シアラはやってられないと息を吐いて雑にトーナメント表をテーブルに投げた。
「もう殿下は放っておこう。わたし達はわたし達でやることをやりましょ」
「はぁ……そうだな」
そして放課後、今年に入って第五回目の魔力対決が開始した。
二人は運営者の格好をして控室を確認する。シルヴァンの側近として顔が割れているのでシアラお手製の変装メイクを施した。
「今回のテーマは?」
「わたしは世間知らずでバカそうだけど可愛いらしい令嬢風メイク。エリオはガタイはいいけど冴えない田舎貴族風メイク。どう?」
「どうって……。とてつもなく格差を感じる」
格差は感じるが、誰がどう見ても見た目だけでシアラとエリオだと分かる人はいないだろう。
殿下にもこの変装メイクを施せばよかったのだが、却下された。代わりに魔力探知を防ぐ簡易的なマントを羽織ることとなった。
(まぁ、しょうがないよな)
シアラは変装が得意で他人に施すのも上手だが、シルヴァン相手に化粧するのだけは苦手らしい。どうやっても可愛い女性になってしまうようだ。
以前シアラが「顔立ちが整い過ぎてて何をどうしても美人になってしまうから、もういっそのこと女装してください」と真面目に言ったところ、二度と化粧をさせてくれなくなったらしい。
「さぁ、行こう」
視線が鋭くなりすぎないように、運営側の仕事もこなしつつ、なるべく参加者全員が必ず出入りする控室付近を警戒する。
「おかしいな。四人いない」
現在、第一回戦目の全試合が終わったところだ。
準備や確認事項の知らせもあるため、控室には絶対に向かわなければならないのだが、来ていない者がいる。明らかに怪しい。
控室に来た者を参加者リストから除外していき、残った四人の名前をコッソリと手帳に控える。四人全員が一年生だ。
そしてその全員が一回戦目を突破している。
「監視役に動きがないのも不自然だ」
魔力を伸ばすことを目的とされている魔力対決であるため、基本的に学生が考え動けるように審判や監視役以外の大人は介入しない。その代わり、命に関わるような無茶はしないように最初の体調チェックや注意事項の確認は徹底されている。
「……どうにもきな臭いな」
監視役の名前も一応確認していると、第一回戦目を終えた生徒達の楽しげな声が聞こえてきた。彼らが噂しているのは、マントで身を隠す謎の生徒のことだ。
「あれは一体何者だ。誰か名前を知っている者はいないのか?」
「初参加のくせにラオブルート様をさしおいて第一シードなど……。きっと金を払ってまで目立ちたかったのだろうな」
時折、自身の素性と魔力属性を晒したくない人が魔力対決の場で顔が見えないように対策することがある。好奇の目には晒されるが、「珍しいものを見た」という感想が大半で、今の所シルヴァンだと気付いた人はいなさそうだ。
もともと、魔力対決に王族が参加することはない。
「エリオ、次は上に上がってその四人を観察しよう」
「あ、ああ」
歯切れの悪い相方の返事にシアラはエリオを振り返った。
「どうした?」
「大丈夫かな、シルヴァン様。正体がバレたら騒ぎになるよ……」
「過保護ね。あれでもお忍びでバレたことは――」
「ジルベル・マスカルド殿、貴殿は一体何者だ!?」
低く、でも確かに響くような声が、人気のない通路の方から聞こえてきた。先程の噂話のようなものではなく、目の前にいる本人を咎めるような声だ。
周囲は割とザワザワしているので、特段目立つような声ではないがエリオとシアラの耳には確かに届いた。
「なんかすごく嫌な予感がするんだけど気のせいだよね?気のせいだって言ってシアラ」
「……」
シアラは眉を寄せて溜め息を吐いた。ここ数日は溜め息がいつも以上に多い。
「行くしかないでしょ」
二人は仕方なく声のした方へ向かう。
いざとなったら、相手には悪いが武力行使で黙らせるしかない。
懐に入っている短剣をいつでも取り出せるように柄を握ったまま壁を背に様子を窺う。
「まじかぁ……」
相手を確認して、エリオは思わずそう漏らした。
そこには、魔力探知を防ぐフードを目深に被ったシルヴァンと、ラオブルートの姿があった。
「第一シードが私ではなく、初参加の貴殿である理由を説明していただきたい」
確かに、前回までのトーナメントはこれまでの戦績を考慮したトーナメントとなっていた。順当にいけば、第一シードは四回とも優勝しているラオブルートだったはずだ。
それなのに、今回初参加の者が第一シードだなんて……それは怪しまれるに決まってる。
シルヴァンだと正体をバラせば、なんとか納得してくれるかもしれない。ラオブルートだったら違法薬物に手を出すような柄ではないし、事情を話して上手く誤魔化す方が……。
突破口を考えていると、ラオブルートは「ま、まさか……」と表情を変えた。
(まずい、バレた。こうなれば事情を説明するしか……)
「ま、まさか、貴殿もルーチェ嬢に近づくつもりなのか!?」
ズコーーッと転けそうになったエリオはなんとか踏み止まった。
(なんでそうなるの……!?天然だよ……!!あの人……ほんと……!!)
「正解じゃん」
シアラが呆れた半眼でボソリとそう言った。
二人は陰からシルヴァンの反応を恐る恐る窺う。フードで表情は見えないが、握り締めた拳が震えているのが分かる。
(落ち着いて!お願い!シルヴァン様!)
エリオの切実な願いが届いたのかシルヴァンはラオブルートの問いには何も答えず、横を素通りしていく。
ホッとしたエリオとは裏腹にラオブルートは何故かそれを肯定だと捉えて静かに目を瞑った。
「ああ、分かった。……ならば!私と勝負しろッ!貴殿が勝てば私のこの想いは抹消すると誓おう!」
その誓いを聞いたシルヴァンは足を止めた。そして冷気の籠った声で短くこう言った。
「そのつもりだ」
その声は、皆んなが理想を描き重ねる第二王子のものではなかった。
ゾクッと背筋が凍ったエリオとは対照的に、シアラは心底どうでもよさそうな顔で溜め息を吐くと、シルヴァンを追いかけるため、ラオブルートに気づかれないように迂回する。
慌ててエリオもシアラのあとに続く。
「シアラ、これシルヴァン様暴走するんじゃないか?」
いつになく早足でシルヴァンを追いかけるシアラに恐る恐る訊ねると、彼女は真っ直ぐ前を見つめたまま「もうしてる」と答えた。
「ある程度方向を指し示して制御するしかない」
「どうするんだ?」
頭のキレる相棒の冷静な物言いにエリオは期待の眼差しを向けた。そんな期待をシアラは一刀両断する。
「方法は知らん」
シアラは冷静に、でもほとんど投げやりにそう言った。
(だれかっ!うちの主の暴走を止めてくれっ!)
この後、観客席で唯一どうにかできそうなルーチェの姿を見つけたエリオは、本当に神様が降りてきたかのような心地になるのであった。
シルヴァンに振り回されるこの二人は可哀想ですが可愛いです。
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