【2-12】協力依頼
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
魔力対決とは、教育カリキュラムの一環で定期的に行われる実践形式の授業だ。
トーナメント戦の一対一で個人の基礎魔力を競う競技で、勝敗がハッキリとつくので、生徒にとってはちょっとした催し事のようになっている。
実践を通して己の限界を知ることで、基礎魔力の向上を目的としているようだ。もちろん、無茶なことをしでかす生徒もいるため、担当教授が常に生徒の側についている。
ルーチェはアドルフィーネに半ば引き摺られる形で競技場へ入った。
「うっ」
想像していたよりギャラリーが多く、思わず息を呑んだ。観客席がぐるりと囲む競技場は、まるで日本のドーム球場のようだ。
(ん?……なんだろう?)
何だか、言い表しようのない嫌な空気を肌で感じる。
まるで熱気から悪意が満ちているような――。
「思ったより観戦してる人多いね」
「これでも少ない方らしいわよ。期末試験で行われる魔力対決はもっと多いと聞いたわ」
「詳しいね、アドルフィーネ」
「エルが最近よく魔力対決の話をしているから」
アドルフィーネはエルネストを探すために一番高い観客席からキョロキョロと辺りを見渡す。
壁にはトーナメント表が貼られて、勝った人の名前から赤い印が伸びていた。現在行われている対決は一回戦目の最後のブロックのようだ。
トーナメント表を眺めていると、観客席から「うぉぉぉお!!」と大きな歓声が上がった。どうやら、今対決している人たちの勝敗がついたみたいだ。
その熱気に思わず頬を引き攣らせる。
「ねぇ、アドルフィーネ。流石に今から参加は無理よ」
アドルフィーネは口を尖らせ分かりやすく不機嫌になった。
「次期聖女の力を確認するチャンスだったというのに」
「いやいや、そこまで期待される様な……」
「アドルフィーネさまぁぁぁああ!!!」
遠くの方からこちらへ勢いよく走ってくる人物がいた。もちろんエルネストだ。
「来て下さったのですねぇ!私の勇姿をその愛らしい眼に映して下さるとは……私はなんという幸福者でしょう!」
エルネストは全速力で走って来たせいか、アドルフィーネを見つけたせいか、その顔を赤く染め、金色の目を輝かせた。
だが、アドルフィーネは一切靡かず、意外そうに瞬きして一言。
「あら、まだ終わっていなかったの?」
ルーチェは顔を引き攣らせた。
それは「勝っているなんて予想外だわ、早く終わらせてちょうだい」という意味で発された言葉だったのだが、エルネストはこう捉えたらしい。
「あら、エルが優勝すると決まっているのに、まだ試合が続いているなんて滑稽だわ」
と。
「アドルフィーネ様のために必ずや優勝してみせます!是非見ていて下さい!」
「まぁ、無茶はしないでちょうだいね」
「ありがたきお言葉……」
エルネストはアドルフィーネの言葉を噛み締めるようにプルプルと震えた。その間にルーチェは壁のトーナメント表でエルネストの次の対戦相手を辿る。
計十六名の生徒が参加しているようだ。エルネストは次が二回戦目。準々決勝だ。
(次の人は……、ジルベル・マスカルドさん。聞いたことない名前だなぁ)
「次の方はどのような方なのですか?」
ルーチェが質問してみると、彼には今の今までルーチェのことが見えていなかったのだろう「ああ、居たのか」と失礼に呟いたあと、顔を顰めた。
「次の相手は、我が宿敵の……」
エルネストがそう言いかけたところで、彼は突然後ろを振り向き、一人の生徒をビシッと指差した。その生徒は紺色のマントを目深に被っていて顔がよく見えない。
「ヤツだ」
(あれは……)
エルネストが目の敵にしている様子からアドルフィーネはハッとした。先程の不機嫌な顔から一転。パァッと顔を輝かせる。
アドルフィーネが今、この顔をするのは一人しかいない。
エルネストを押し除けてそちらへ駆けていく。
「シルヴァン殿下っ!」
名前を呼ばれたシルヴァンは柔らかな笑顔でこちらを向き、ルーチェの姿を見つけると一瞬目を丸くした。
「シルヴァン殿下も参加なされて……」
アドルフィーネが華やいだ声でシルヴァンに駆け寄ると、シルヴァンはフードを取ることなく、アドルフィーネの口に人差し指を近づけた。
「今日は名前を伏せて参加している。私のことは内緒にしてくれるか?」
その優しげな笑みはフードで隠れていても恐ろしいほどに綺麗だと分かる。アドルフィーネはうっとりと頬を染め、コクコクと頷いた。
「ありがとう。…………ところで、ルーチェ嬢も参加しているのか?」
シルヴァンはフードの隙間からチラリとこちらを覗く。その眼光は鋭く光った。
「……いいえ。わたくしは観戦だけを」
「そうか」
(今、明らかにホッとしなかった?)
聞くべきか迷っていると、その横ではアドルフィーネに押し除けられたエルネストがギリギリと奥歯を噛み締めて、シルヴァンを睨みつけていた。
「楽しみにしておけマスカルド。次の相手は私だ。今日参加したことを後悔させてやる」
「ああ、楽しみにしている」
エルネストの挑発には乗らず、シルヴァンは爽やかにヒラヒラと手を振りその場を去っていった。
相手にもされないことが悔しかったのか、エルネストはこめかみに血管を浮かべて、シルヴァンがいなくなるまで猫の様に威嚇し続けていた。
そんなエルネストにルーチェは訊ねる。
「なぜエルネスト様は次の相手がシルヴァン殿下だと分かったのですか?あの様子では一回戦目の対戦中も顔を隠していたのでしょう?」
トーナメント表の名前も確かに偽名を使っているし、顔も隠している。
それなのに、エルネストは次の相手をシルヴァンだと分かっていた。実は個人の魔力の色を覚えるのが得意なのだろうか。
ルーチェの疑問にエルネストは何でもなさそうに片眉を上げた。
「私は鼻が効くからな。一回戦目を観た時にすぐに分かったぞ。奴のきな臭い企みの匂いがプンプンしたのだ」
エルネストは、ムフフンと偉そうに胸を張った。
(企み……)
「何言ってるのよ。さっさと行ってシルヴァン殿下にボコボコにされるといいわ」
表情を元に戻したアドルフィーネはエルネストを小突いたが、ルーチェはエルネストの勘を馬鹿にできなかった。
エルネストを見送ったあと、アドルフィーネとルーチェは観客席についた。
アドルフィーネは小さく声を弾ませる。
「シルヴァン殿下の活躍、楽しみだわ」
あまりにも楽しそうに言うのでルーチェはエルネストに少し同情して苦笑する。
「エルネスト様のことも少しは見てあげて」
「ええ。分かってるわよ。だからわたくしはここにいるのよ。怪我をしたエルの手当てをしてあげられるのはわたくしだけだから」
アドルフィーネは仕方がなさそうにツンと上を向いたが、その横顔は柔らかく笑っていた。
(なんやかんや言って仲良しだね)
微笑ましく思っていると、ルーチェは背後に視線を感じた。
振り返ると、そこにいた人物達――シルヴァンの側近であるエリオとシアラとばっちり目が合った。
気付かれると思っていなかった二人は揃って目を丸くする。
「……ごめん、アドルフィーネ。お手洗いに行ってくる」
「ええ、わかったわ。まだ始まるまで時間があるから大丈夫よ」
ルーチェはエリオとシアラに話を聞くため、席を立った。
「エリオ様とシアラ様……ですよね?」
疑問系になったのは、二人まで変装していたからだ。だがシルヴァンのようにフードを被るような簡易的なものではなく、髪型を変え、化粧までしている完璧な変装だ。
魔力の色を判断できなければ見た目だけではエリオとシアラだとは分からない。
(変装上手いなぁ……)
密かに感心していると、エリオは救世主を見つけたように泣きながらルーチェに駆け寄って来た。
「ル、ルーチェさまぁぁぁ」
すかさずエリオの首根っこをシアラが雑に引っ捕まえる。
「申し訳ありません、ルーチェ様。ルーチェ様は視線に敏感でいらっしゃるのに、エリオが不躾な視線を送ってしまい」
「ひ、ひどぃ……」
項垂れるエリオにルーチェは慌てて手を振った。
「い、いいえ。わたくしもお二人にお聞きしたいことがありましたので、ちょうどよかったです」
二人とも瞬きをして、「まさか」と顔を見合わせた。
「シルヴァン殿下ともうすでにお会いになりましたか?」
「は、はい。お名前もお姿も伏せて魔力対決に参加していらっしゃるようだったので、何かあるのかと」
それを聞いたエリオは気まずそうに隣のシアラを見る。シアラはふっと息を吐いたあと、「話が早くて助かります」と真顔で言った。
「わたし共はここの調査をしています」
「調査?」
「違法薬物の調査です」
この競技場に足を踏み入れた時、空気が気持ち悪く感じたのはそのせいだろうか。
「対象の薬物は一時的に魔力量が増える効果があり、依存性が高いのが特徴のようです。今は特に新入生の参加が多いので新入生がターゲットにされているようですね」
「なぜそこまでして……。これは授業の一環ですよね?参加も自由ですし」
そこまでして参加するメリットが分からない。見つかった時のデメリットの方が確実に大きい。
その言葉にエリオは眉根を寄せた。
「はい、確かに授業の一環とされています。ですが、今年はこの魔力対決の回数が多くカリキュラムされている上に、従来、この授業の魔力対決の結果によって次の期末試験を有利に進められたり、上位の生徒が生徒会の目に留まったりすることは事実です。結果を急いだ生徒ほど、そういう甘い誘惑に乗せられてしまいます」
「なるほど……」
現状、この国は冷戦状態だ。そして間が悪いことに、第一王子も第二王子もこの学園にいる。
少しでも多く交流を、と、自身の領地や親に重圧をかけられている生徒も少なくない。
そんな真面目で純粋な子供につけ入るようなヤツがどの時代にもどこの世界にもいるのだ。
「その潜入調査をされているということですね。ですが、なぜわざわざシルヴァン殿下が潜入しているのですか?このような調査はシアラ様の得意とするところでは?」
ルーチェが首を傾げると二人とも目を丸くした。
「なぜシアラが潜入調査が得意だと分かるのですか?」
「広域魔力探知がお上手ですし、花園を見つけ出したシアラ様が潜入調査が不得意であるはずありません」
エリオはなるほどと手を打った。普段側近仲間として身近にいるのでシアラの異質さに慣れてしまっている反応だ。
「おっしゃる通り、このような仕事はわたしの担当ですので当初はその予定でしたが……我が主はとても我儘でして」
「まぁ、それは知っていますが」
悪意なしに肯定すると、エリオは「否定しないんですね……」と苦笑した。
「我儘な主の代わりにお聞きしたいのですが……ルーチェ様はラオブルート・ダルス様のことをどうお考えですか」
ラオブルート・ダルスは、入学前の懇親会でルーチェに公開婚約打診した男だ。
「どうと言われましても……。あのような公の場で婚約の打診は正直困りましたが、その後ラオブルート様ご自身と特に交流があったわけでもありませんから……。返答としては『別にもう何とも思ってない』ですかね」
シアラは真顔のまま「そうでしたか」と一つ頷き、エリオは心を痛めるように胸を押さえた。
ラオブルートに非常に同情している。感受性の強い男だ。
「あの、それとこれにどのような関係が……?」
「それから先は、是非我が主に直接お尋ねください」
「は、はぁ」
「ところで、ルーチェ様に協力頂きたいことがございます」
「協力、ですか……?」
「はい。今からこの四人の試合の様子をわたし達と一緒に観察し、何か気付いたことがあれば教えて頂きたいのです」
まだ困惑が残るルーチェを置いて、話を逸らすシアラは小さな紙を差し出した。
そこには四人の名前と、少し空間を開けてもう一つ名前が書いてある。
「この方達を観察するだけで良いのですか?」
「……ご協力頂けるのですか?」
当たり前のように協力しようとするルーチェに二人は目を見開いた。
そんな二人にルーチェは一つ頷く。
「シアラ様とエリオ様にはブランさんの件でご恩がありますし、お困りのご様子でしたから。恩を仇で返すわけにはいきません」
かくしてルーチェは違法薬物調査に協力することとなった。
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