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公爵令嬢はスヤスヤ眠りたいだけ。  作者: はっぱ
【第二章 入学編】

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【2-11】魔力対決

《!毎日20時に連載中!》

睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。

 ダルス領領主の次男、ラオブルート・ダルスは入学早々頭を悩ませていた。

 入学式後に行われた新入生歓迎会に参加していたラオブルートは、浮き足立っている会場の雰囲気に若干気圧されつつも、お目当ての人物を見つけ出した。


(今行くか!?いや、まだ心の準備が……!)

  

 その恵まれた図体を小さく丸め、角でうずくまっては突然立ち上がり、うずくまっては突然立ち上がりを繰り返すこと約三十分。

 想い人はいつの間にか会場から姿を消していた。

 

(私は一体どうすれば……)

 

 入学前の懇親会で隣の領地の娘、ルーチェ・ハイアンにハートを撃ち抜かれ、勢いのまま婚約の申し出をしてしまったラオブルートは、自領に帰った後、兄にこっ酷く叱られた。

 

 ダルス領は数年前政変があり、今は立て直しの重要な時期だ。

 領主である父ではなく、兄に叱られたのには理由があった。

 

 兄は婚姻を結ぶことが内々に決定している。ダルス領の次期領主として安定した地盤を築いていくのだ。

 当然、ラオブルートは兄が次期領主となることに異論はなく心の底から祝福している。

 

 ……だが、よりにもよってあのルーチェ・ハイアンに婚約の申し出をしたと聞かされた兄は心底怒気の籠った声でこう言った。

 

 『私と後継者争いをする気か』

 

 と。

 

 ラオブルートはなぜ自分がルーチェに婚約の打診をすることが後継者争いに繋がってしまうのか本気で分からなかった。

 しかし、兄に呆れられながら説明されたことで漸く理解し、そして青ざめた。

 

 このような大切な時期に、聖女と名高いルーチェ・ハイアンに婚約の申し出をするのは、『ラオブルート様は後継に不服がある』と周囲に言っているも同然なのだ。

 それというのも、もし次男であるラオブルートが次期聖女と呼ばれているルーチェと婚約すれば、それだけで強力な後ろ盾になり、長男の婚約者は立場を失いかねない。

 

 ダルス領主や領民は温厚な性格故か、あまり深く考えていないが、兄の婚約者側の領地はそうはいかない。話が違うと婚約破棄されればいい方。最悪、ハイアン公爵領も巻き込む形で争いになりかねない。

 さらに、ルーチェを聖女と祭り上げている教会の一部の連中にも文句を言われるだろう。婚姻した途端、その者は聖女になる資格が消えてしまうからだ。

 

 ただでさえ、自領より上位の領地の娘と婚約するのは複雑な領地間の問題が生じるのに、ルーチェ・ハイアンだったら尚のことだ。

 それほどまでに、次期聖女と言われる彼女は特殊な立場の人間である。


 

 兄が幼少期に見てきた環境はラオブルートと少々異なる。

 ラオブルートにとっても、前領主やグラントール家は物心ついた時から意地悪な人間達だったが、兄が生まれた時期の母や兄への迫害は、その比にならないほど厳しいものだった。

 散々迫害していた義弟とその妻の方が先に子を授かったのは、グラーヴェン家にとって許し難い汚点であったのだ。

 流産する薬を盛られたり、生まれてからはより直接的に攻撃されたりと兄は命の危険を常々感じて過ごす幼少期時代を生きてきた。

 兄はその環境のせいで争い事を極端に忌避するようになった。

 

 弟に同じ思いをさせまいと、兄は全力でラオブルートを守った。

 さらにラオブルートが産まれてから同時期にロザリアの具合が悪くなったこともあり、ラオブルートへの迫害は兄の時より随分マシになった。

 ラオブルートは兄と違い、命の危機を感じるほどの虐めを経験していない。

 

 兄に迷惑をかけた上に辛いことを思い出させてしまった。

 色々と考えが及ばなかったラオブルートは猛省した。

 

 ……猛省した上で、ルーチェを諦めきれなかった。

 

 『兄上、ですが、私はあの娘を諦めることができません。どうすればいいでしょうか』

 

 馬鹿正直に兄に相談した結果……。

 

 『ならば、こっ酷くフラれてこい、バカ弟』

 

 そう言われたのである。

 

 その時は『なるほど!さすが兄上!』と感心したラオブルートだったが、いざルーチェに声をかけようとすると、兄のせっかくのアドバイスに反したくなってしまう。

 

(そうだ。とりあえず、王城で起こった事件について礼を述べなければ。下手人はダルスの人間だったと聞いているからな)

 

 詳細はラオブルートにも伏せられているが、ルーチェが犯人確保に貢献したことはラオブルートにも知らされていた。

 お礼を言う、という口実が決まれば、あとは行動に移すだけだ。

 

 入学式の次の日、周囲は黒衣の魔法使いが現れた、と掲示板に人が群がっていて騒がしい中、ラオブルートだけはルーチェの姿を探していた。

 

(!あの金色の髪は……!)

 

「ルーチェ嬢!」

 

 肩を掴まれ、振り向いた彼女は……。

 

「なにかしらん?」

 

 全くの別人だった。声もしゃがれている。

 

「し、失敬」

 

 肩を落とすラオブルートは諦めずに探し回るが、やけに今日は金髪の女性が多い。

 

(いや、多いどころか……)

 

 彼の周囲には同じような金髪の人間しかいなかった。

 

 ――まるで、何か幻影でも見せられているような……。

 

(……くっ。神はルーチェ嬢に会いに行くための試練をお与えになるというのか……!諦めないぞ。こうなれば片っ端から声をかけていくのみ!)

 

 声を掛けては顔を顰められること五十回……。

 

 いよいよ訳がわからなくなったラオブルートは目を回した。

 

「ルーチェ嬢……。どこ、に……」


 ◆ ◆ ◆

 

 力尽きたラオブルートを影から見ている者達がいた。

 神、ではない。

 

「シルヴァン様ぁ、いくらなんでもやりすぎじゃあ……」

 

 ラオブルートのおかしくなっていく様子に頬を引き攣らせながら、シルヴァンの側近、エリオはラオブルートに心底同情した。

 シルヴァンは結界を張ることでラオブルートの行動範囲を設定し、女装した金髪の女子生徒の幻影を何体も魔法で発動するという、なんとも高難易度で鬼畜な魔法を行使していた。彼をルーチェに近づけさせないためだけに。

 

「こうでもしないと、またルーチェに婚約の打診とかしそうだからな」

 

 我が主ながら、なんと面倒なお方だろうと、エリオは心の中で思った。

 

「だからって何もここまでしなくても……」

「じゃあ、ルーチェに何かあったらエリオは責任取れるのか」

 

(いや、ルーチェ様ならご自分の身はご自分で守れるはずです)

 

 反論するのも面倒で、ははは、と乾いた笑みを浮かべているとドスッと鈍い音がした。

 

「あ、倒れちゃった」

「エリオ、あとは頼む」

 

「え……もしかして俺が呼ばれた理由、これですかーー!?」

 

 シルヴァンは鼻歌を歌いながら掲示板を見ている本物のルーチェの元へ向かった。

 

「おっと……、大丈夫か?ルーチェ嬢?」

 

 これが授業初日に彼が一年生の廊下にいた真相だ。


 ◆ ◆ ◆

 

 授業が本格的に始まって数週間が経過した。今のところ、特に問題なく平穏な毎日を過ごせている。

 そんなある日の放課後、ルーチェはアドルフィーネとお茶会をしていた。入学式にした約束の実行だ。

 お茶会と言っても、自分の好きなお菓子やお茶を持ち寄って、小さなテーブルを囲む簡易的なものだ。暗黙の了解が多く、特に厳しい決まりがあるわけではない。

 場所は美しい中庭。今日は天気も良いので何人もの生徒がお茶をしている。辺りは薔薇のような香りが広がっていて、慣れるのに少々時間がかかりそうだ。

 

(というかここって……)

 

 なんだか、既視感があると思ったらブランが改造していた花園だ。しかし匂いはまるで違うので、ブランもこの匂いは嫌いなのかもしれない。

 もしかしたら彼はここの中庭を参考にしたのではないだろうか。

 そんな想像をしていたルーチェは自然と頬を緩ませていた。

 

「どうかした?ルーチェ」

「いや、なんでもないよ」

「ニヤニヤしていたら薄気味悪いわよ」

 

 アドルフィーネは呆れながら紅茶を飲んだ。

 今日はアドルフィーネがお茶を準備し、ルーチェがお菓子を準備している。

 ルーチェも一口、紅茶を口にする。

 

「美味しい……」

「ふふん〜、そうでしょう?ノルディアで作られているお茶なの。他にも美味しいお茶がたくさんあるのよ」

 

 アドルフィーネは鼻高々に胸を張った。

 

「たくさんあるの!?」

「ええ。今日はあ(・)え(・)て(・)紅いお茶を選んだのだけれど」

 

 ルーチェは紅茶の入ったティーカップを少し傾けた。底が透き通る美しい色だ。

 ものすごく美味しい上に、紅茶というのが珍しい。というか、この世界に来てから初めて見たのではないだろうか。

 お茶会に出せるような特産品は十分に領地の武器になる。

 こんな良い武器を持っているのに、ノルディアはなぜこのお茶を広めないのだろうか。

 

(ああ、そうか)

 

 恐らく、ノルディア領主の『机上で解決する気がない』という、強気な意思表示だろう。

 そのことを理解した上で、アドルフィーネは今日、ルーチェにこのお茶を提供していた。

 父親への二つ目の反抗。いや、本気の『乗っ取り』の第一歩であった。

 

 アドルフィーネは揺れる紅茶を見つめるルーチェを見据える。

 

「……さすがね、未来の聖女様」

「え?」

「なぜノルディアがこんなにも美味しくて珍しいお茶を広めないのか、不思議なんでしょ?」

「まぁ、それは……。貴族のお茶会で使われるものはその領地の特産品になりやすいでしょう?」


 わざわざ聖女と言ったアドルフィーネの真意を探りつつ、ルーチェは一般論としてそう述べた。

 

「実はこのお茶、ノルディアでは自身の要求を貫き通そうとするお茶会で使われるお茶なの。言うなれば脅し、ね」

 

 ただの紅茶ではなく、それはそれは物騒な意味を持つお茶であった。

 

「脅し……」

 

 ルーチェがゴクリと唾を飲み身構えると、アドルフィーネはにっこりと笑った。

 

「これからわたくしが築き上げるノルディアに、ついてもらうわ。未来の聖女様?」

 

 その獲物を捕らえたような目は、確かにルーチェの地位を見据えていた。これは完全にルーチェを、いや聖女を巻き込んで後ろ盾にしようとしている。

 そんな強気な彼女を見て、ルーチェは頬を引き攣らせた。

 

「アドルフィーネの応援はするけれど、わたしは聖女になるつもりはないよ」

 

 個人のお茶会といえど、現在周りには当然他の学生もいる。

 シルヴァンの最も有力な婚約者候補であるアドルフィーネと、次期聖女と噂のルーチェが二人きりでテーブルを囲んでいるのは誰が見ても興味深く、皆二人の会話を聞いていないようでしっかりと聞いている。

 アドルフィーネのルーチェを引き込むような発言と、ルーチェの聖女になるつもりがない宣言は周囲に静かな衝撃を与えていた。

 当然、二人はお互いにそのことを理解している上で、周囲に周知する意味合いも含め発言していた。

 

「そう。貴女は聖女様になるつもりはないのね。でもそれは関係あるかしら」

 

 アドルフィーネは淡々とルーチェに現実を突きつける。

 

「貴女のその立場、次期聖女という地位は実際聖女になるかならないかは関係ないもの。その地位に現在貴女がいるという事実で十分なのだから」

 

 ぐうの音も出ない正論である。いくらルーチェが聖女にならないと言い張った所で、ルーチェが現在いる地位は変えられない。それに付随するいざこざを回避できる理由にもならない。

 

 平和に睡眠のために生きたいルーチェは八方塞がりのような気分になった。

 

 長いまつ毛で陰るルーチェの翡翠を見て、アドルフィーネはプイッと顔を逸らし、頬を染めた。

 

「……で、でも、次期聖女が貴女じゃなかったら、こんな頼み事はしていないわ」

 

 ルーチェは顔を上げて目を丸くし、思わず笑った。

 

「誰も『つかない』とは言ってないでしょ?わたしはアドルフィーネが築いていくノルディアが楽しみだよ」

 

 思いもよらない言葉に今度はアドルフィーネが虚を突かれたような顔をした。

 数秒後、唇を震わせる。

 

「…………本当に?……わたくしが今からしようとしていることを分かって言っているの?」

 

 声を震わせるアドルフィーネをルーチェは真剣に見つめる。

 

「それは悪いことなの?」

「悪いことも何も……。わたくしはお父様の座を……」

 

 アドルフィーネはルーチェにしか聞こえないか細い声で不安を漏らし、じっとりと汗のかいた手で制服の裾を握る。

 強気な態度を見せているが、あの夜の彼女を知っているルーチェは、彼女がどれだけの覚悟と恐怖で、次期聖女の後援というカードを手に入れようとしているのか知っている。

 そしてルーチェは、ノルディアを絶対に海の幸で有名にすると黒衣の魔法使いの名の下に誓っているのだ。

 

 翡翠の目がアドルフィーネをまっすぐに見つめる。

 

「自分の領地をより良くしようと思うことの何がいけないの?」


「………………へ?」

 

 その言葉がストッとアドルフィーネの胸に落ちた。

 

 復讐心だけじゃない。アドルフィーネは確かに自分の領地を愛しているのだ。領主の娘として、ノルディアの価値を多くの人間に示したい。心の底からそう思っている。

 

 黒衣の魔法使いが示してくれたような、不確実で、でも、皆が幸せになる未来を――。

 

「ましてや貴女は領主の娘。そ(・)の(・)権利は十二分にあるわ」

 

 ルーチェがニヤリと笑って頭の中で計画を練っていると、アドルフィーネは吹き出した。

 

「ルーチェ、貴女やっぱり聖女に向いてないわ」

「だからそう言ってるじゃない」

「その見た目じゃあ、説得力に欠けるのよ」

 

 アドルフィーネはケラケラ笑いながら静かに涙を拭った。

 それから恥ずかしくなったのか、ひとつ咳払いをすると、誤魔化すようにルーチェが持って来たクッキーを摘んだ。

 

「これはなんていうお菓子なの?少し地味だけれど」

「『クッキー』っていうの。わたしが……わたしの家の料理人が考えたお菓子よ。見た目は地味だけど美味しいよ」

 

 確かに黄色いような茶色いような塊は、見た目の華やかさに欠ける。

 

(貴族向けに出すなら、もっと着色とかアイシングとかすればよかったかなぁ)

 

 自室に簡易的なキッチンがあるので、今朝作ってみたのだが、手持ちの材料が心許ない。そろそろ買い物に行きたいものだ。

 サクリとクッキーを口にしたアドルフィーネは目を見開いた。

 

「……美味しいじゃない!」

 

 サクサクと手が進み、やがて何かを計算するような目になった。

 

「先程の言葉、そっくりそのままお返しするけれど、なぜこの様な美味しくて特徴的なお菓子を広めないでいるのかしら。ルーチェはわたくしのような目的がある訳ではないでしょう?」

 

 凄みのある笑顔でそう詰められ、ルーチェはうっと息を呑んだ。広めるような機会がなかっただけで、特に深い意味はなかった。

 アドルフィーネからは、このクッキーのレシピが欲しい、ついでにノルディアでも販売したいという意思が透けて見える。

 

(まぁ、後援という意味ではレシピの提供はいいかも。監修にわたしの名前をつければハイアンの名も立てることができるし)

 

「……レシピを用意しておくよ」

「ありがとうっ!さすがルーチェだわ」

 

 ローズブラウンの目が優しげに細められる。可愛らしい見た目からは想像もつかない強かさをひしひしと感じた。

 

「そういえば、今日はエルネスト様はいらっしゃらないの?」

 

 二人で茶会をするとなったら絶対についてきて睨み上げられると思っていたのだが、エルネストの姿が見えない。

 アドルフィーネは「ああ」と、何でもないように紅茶をひとくち飲む。

 

「用があると言っていたわ。心配だから、一応後で迎えに行くつもりよ。ルーチェも一緒に行きましょ」

「用?心配?」

 

 ノルディアの一件に関する事情聴取は終わったはずだ。おそらくその事ではないだろう。

 

 あのエルネストがアドルフィーネより優先させるような用事とは一体……。

 

「一体どんな大事件?」

 

 単純に興味があったルーチェは思わず聞いてしまった。

 アドルフィーネの目線が競技場の方へ流れたのでルーチェも釣られて競技場を見る。目を凝らすと、何かがピカピカと光っている。あれは魔力の残滓だ。

 

 ルーチェが首を傾げていると、アドルフィーネはなぜかルーチェを見て瞬きをした後、ニヤリと笑う。

 

「そうだわ。ルーチェも参加しましょう」

「な、何に?」

 

 ヒクリと口角を痙攣させるルーチェに対してアドルフィーネは非常に可愛らしくこう言った。

 

「ま、りょ、く、た、い、け、つ」

最後までお読みいただきありがとうございます!

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