【2-8】ルーチェとアドルフィーネ
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
「聞きまして?アドルフィーネ・ノルディア様が昨日拐かされたそうですの」
「黒衣の魔法使い様が捕らえた者達が脱獄してアドルフィーネ様を攫ったのだとか。全く。騎士団は何をやっているのやら」
「この一件で、あのシグムント・ハーゲン様が捕らえられたそうよ」
「これは……権力争いに動きがあるな」
◆ ◆ ◆
あの後ルーチェは急いでセルヴァイアに戻った。
この時間では湯浴みもできないので、体を綺麗にする魔法を使って即寝した。
(……ああ、この魔法、前世でも欲しかったな〜)
翌朝、ふわふわのベッドで安眠できたが、なんだか疲れが取れていない。
「こんな時は、この回復薬に限るよね!」
ルーチェは安眠のために何本か回復薬を持参していた。以前シルヴァンに渡した回復薬とはまた違う種類のものを取り出す。朝飲む用だ。
キュポッとコルクを抜き、腰に手を当てて一気飲みした。味は不味いが、回復力は凄まじい。
制服に着替え、教室へ移動する途中、そこらじゅうからアドルフィーネの話が聞こえてきた。
(一晩でこれだけ噂が回るのか……)
アドルフィーネを心配する声ならまだいいが、これを好機と捉えた意地の悪い令嬢達は、アドルフィーネをシルヴァンの婚約者候補からなんとか引き摺り下ろそうと「純潔を手折られた」だの「シルヴァン殿下を取り込んで戦争を起こそうとしていた」だの、根も葉もない噂を立てていた。
昨夜、一筋の光を見つけたような彼女の顔を思い出す。
(悪意のある噂は気分が悪いな)
彼女もエルネストも怪我をしていたし、さすがに今日は授業には出ないだろうと思いながら教室の扉を開けると己が目を疑った。
「アドルフィーネ様……」
アドルフィーネは一人で座って頬杖をついていた。
思わず声が漏れてしまい、ルーチェは慌てて口を塞いだ。
アドルフィーネはルーチェの声に反応し、チラリとこちらを見たが、また窓の外へ視線を移した。
まるで、空に何かを探しているかのように。
(昨日と雰囲気が違う。これは、エルネスト様に見せていた素の表情だ)
ひとまず無事にセルヴァイアに戻ることができていてよかった。リュカは頑張ってくれたようだ。
だが、こんな時に限ってエルネストの姿が見えないのは少し心配だ。
「アドルフィーネ様、ご機嫌よ……」
「ご機嫌よう、アドルフィーネ様?」
ルーチェがアドルフィーネに声を掛けようとしたところで、ルーチェの声を遮った者がいた。
明らかに力関係の分かる三人組で、真ん中にいる人物は腰より長い巻き髪を大きなリボンで留めている。目の前に立たれたのでルーチェの視界はその巻き髪でいっぱいになった。
「……」
悪役令嬢は巻き髪ロングだと相場は決まっているらしい。
さらに香水の匂いがドギツイ。これで本人が平気なのは嗅覚が麻痺しているからだろう。
「今日はあの失礼極まりない使用人は連れていらっしゃらないのですね。愛想を尽かされたのかしら」
おそらく、いや絶対エルネストのことを言っている。以前何か嫌なことでも言われたのだろう。
普通の令嬢にとってエルネストは失礼極まりない存在らしい。
言い方からして、エルネストがいない時を狙って絡みに来たのだと分かる。
しかし、それでもなお、アドルフィーネは反応せず、ずっと空を見ている。
「あらまぁ、無視ですの?はぁ、仕方ありませんね。ノルディアは武器を大量に密輸していたようですし、考え方がわたくしたちとは少し違うのでしょう。貴女、シルヴァン殿下を誑かしてこの国を乗っ取る気でいたのでしょう?怖いわぁっ!なんて野蛮なのっ!」
ルーチェは思わず眉を顰めた。
(ノルディアはこれから、アドルフィーネの手によって海の幸で有名になるんだから!お前らには絶ッッッ対食べさせんッッ!!)
取り巻き二人を従えているこの令嬢もシルヴァンの婚約者の立場を狙っているのだろうか。
これを機にアドルフィーネを引き摺り下ろそうとしているようだ。
ルーチェが冷たい目でアドルフィーネに絡む三人組を見ていると、ふと、取り巻きの一人がこちらを振り向き目が合うとサッと顔を青くした。
「……退いてくださる?そこに座りたいのだけれど」
ルーチェが笑顔でそう言うと、長い髪を靡かせながら巻き髪女は振り向いた。その時に少し、いやだいぶ、その髪がルーチェの顔面を掠めた。
(ちょわ、痛いよっ!周り見て!)
「まぁ!ルーチェ・ハイアン様ではありませんか。貴女のような方がこのような下劣な者と一緒にいると貴女の評価も下がってしまいますわよ」
巻き髪女の目には嘲笑と敵対が混じっていた。
(そんなにツンケンして、この人は一体何をしたいんだろう)
「まぁっ!ご冗談がお上手ですこと」
ルーチェがクスクスと可愛らしく笑えば巻き髪女も余裕ありげに笑った。
「何かおかしなことを言ったかしら」
ルーチェは渾身の悪役令嬢の笑みを浮かべて三人を見つめた。
三人の背筋はゾクっと凍る。
ルーチェが軽く魔力威圧をしたからだ。
「わたくしが誰と関わりを持とうが、わたくしの評価には全く関係ありませんわ。ふふっ、だって、わたくしを低く評価する者はこれからの時世大変ですもの。よほどの物好きでしょう」
「……」
とっても傲慢な言い分ではあるが、実際ルーチェが聖女と呼ばれている以上、本人の気持ちがどうであれ、その役割を持つのも事実だ。
争いにおいて、教会の承認を得た本物の聖女の存在は必要不可欠。どの時代の歴史を紐解いても聖女が指した側に軍配が上がるのだ。そのため皆、争いが始まる気配がすれば聖女の機嫌を取るために動く。
もっとも、ルーチェは別に聖女になるつもりはないが、こういう時には存分に使わせてもらおう。
「……随分と傲慢な聖女様ですわね」
「このような時ぐらいしか、この身の丈に合わない名前も使えないですからね」
ルーチェがぶっちゃけてしまうと、三人は鳩が豆鉄砲をくらったように目をぱちくりさせた。周りで聞き耳を立てている者達も、アドルフィーネも同じ顔になった。
ルーチェは思った。
(この学園生活で、早めにわたしの聖女のイメージを壊しておくのも悪くないかも。そうしたら教会からも色々言われなくなりそう)
そう決めたルーチェは更に言葉を続ける。
「それに、別に聖女でなくとも、周りにいる者で自身の評価が上下するような人間、これから先の時代に必要なのかしら?評価は本人の努力によって勝ち取るものではなくて?」
「努力?綺麗事をぬかさないでちょうだい!」
「——では、例えば、ふふっ……貴女の容姿はアドルフィーネ様の努力の結晶に敵う代物だとでも?」
アドルフィーネは目を丸くした。
そしてじわりと目頭が熱くなるのを隠すように下を向く。
巻き髪女はカァッと顔を赤くして、眉を吊り上げた。
「ふ、ふん。貴女がここまで失礼な方だとは存じ上げませんでしたわ!貴女が聖女に相応しくないことを言いふらしてあげる!行きましょっ!」
そう捨て台詞を吐いてスタスタと教室を出て行った。
それを心の中であっかんべーしながら見送り、改めてアドルフィーネと向き合った。
彼女の目には隠し切れない涙が目いっぱいに浮かんでいた。一粒、また一粒と彼女の頬を伝っていく。
「ご機嫌よう、アドルフィーネ様」
ルーチェは彼女の涙をそっと拭きながら、改めて挨拶をした。アドルフィーネは下を向き、長いまつ毛を震わせる。
「……わたくし、貴女に意地悪をしたわ。何の準備もさせず無理に歓迎会に連れ出したでしょう?あれは貴女を困らせようとしてわざとやったことよ」
(え、えぇ。そうだったの……)
僅かに動揺し、そして少しだけショックを受けながらも、咳払いをして切り替えた。
そしてルーチェは胸を張ってこう言った。
「関係ありませんわ。寝たら忘れる性格ですから!」
「……貴女、本当に聖女?」
アドルフィーネはやっと、呆れたように笑った。
これが、本来の彼女の素顔だ。ルーチェはこちらの笑顔の方が好きだった。
「いいえ、わたくしはただのルーチェ・ハイアンですよ」
◆ ◆ ◆
「アドルフィーネ様!遅くなり申し訳ございません。……ルーチェ・ハイアン?貴様!アドルフィーネ様に何をしている!」
エルネストは朝から生徒会室で事情聴取を受けていたみたいだ。態度は最悪だが、元気そうでよかった。
「エルネスト様、ご機嫌よう。わたくしは別に何もしておりませんよ」
「エルが不在の間に、彼女に守ってもらったのよ」
アドルフィーネはルーチェと腕を組んでエルネストに見せつけるようにニコリと笑った。
エルネストはヒクッと頬を引き攣らせ声にならない呻き声をあげた。
「〜〜ッッ!!!離れろッッ!ルーチェ・ハイアン!!!」
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