↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢はスヤスヤ眠りたいだけ。  作者: はっぱ
【第二章 入学編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/44

【2-6】愛とやら

《!毎日20時に連載中!》

睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。

 ガタン……ガタン、ガタン

 

 アドルフィーネは気絶したまま馬車に揺られ、倉庫が立ち並ぶ海沿いに向かっていた。

 

 ガタッ

 

「……っ!?」

 

 石を踏んだせいで、馬車が大きく揺れた。

 その衝撃で、アドルフィーネは意識を取り戻す。

 

「あぁ〜。起きちゃったか」

「てめぇ、馬車の操縦もろくにできねぇのか」

「許してくだせぇよ旦那」

 

 御者の男は媚びるような声で煙草をふかす男にそう言った。

 

「だれっ!?……!?」

 

 アドルフィーネは手を縛られていることに気づくと、サァッと血の気が引いた。

 

「これっ、これを外して!!」

 

 半分過呼吸になりながら、アドルフィーネは男達に叫んだ。

 煙草をふかしている男はそんなアドルフィーネを苛立たしそうに見下ろし足蹴にした。

 

「っう!?」

 

 痛みと衝撃がアドルフィーネを襲う。

 何が起こったか全く把握できないまま、アドルフィーネは小さく身体を丸くすることしかできなかった。

 

「ちょ、旦那ぁ。勘弁してくだせぇよ。アドルフィーネ様に何かあったら怒られるのは俺なんですから」

「チッ。なんにも苦労してない金持ちの人間がギャーギャー騒ぎ立てるのは見てられねぇなぁ。つい足が出ちまったぜ」

 

 男はせせら笑いながら倒れ込んでいるアドルフィーネに唾を吐きかけた。一方その様子を見ていた御者の男は正反対な反応で眉尻を下げる。

 

「外してあげたいのは山々なんだけど、そうもいかないんだ、ごめんよ」

 

 魔力封じの紐で縛られているため、自分の魔力の存在を全く感じない。

 今まで当たり前にあったものが急になくなる感覚は恐ろしい。痛みや怒りが入り混じり、巨大な不安がアドルフィーネに襲い掛かる。今にも錯乱しそうだ。

 

(怖いっ怖い……。なんでこんな目に!!誰か……)

 

「だ、大丈夫だよ!君はすぐに助かる!」

 

 御者の男は過呼吸気味のアドルフィーネを落ち着かせようとそう言った。なぜ、先程から自分を攫ったこの男はそんなことを言えるのだろうか。

 

「あっ!見えた見えた!あと少しだから!」

 

 その言葉を聞き、アドルフィーネは窓に目をやる。外に広がる光景は見覚えのあるものだった。

 

「……ノル、ディア?」

 

 夕日の沈む海は赤々と輝いている。

 セラレオールの中でも北にあるため比較的寒く、夕日が沈むのも早いこの地は、間違いなくアドルフィーネの領地だった。

 

(家に帰れる……!)

 

 事態は何も好転せずとも故郷の海を目にすれば無条件にそう思えた。



 

 縄で縛られたまま馬車から降ろされたアドルフィーネは男達に倉庫の中に入るように言われた。

 倉庫が立ち並ぶこの場所に人気はない。大声を出したとしても意味はないだろう。

 薄暗い倉庫の中に恐る恐る入ると、周辺には物が散乱していて錆びた匂いがした。長らく管理されていない倉庫だろう。

 奥に進むと、空き箱を裏返してそこに座っている一人の男がいた。

 

「連れて参りました」

 

 心許ない数本の蝋燭は、男の目を鈍く光らせていた。

 

「アドルフィーネ、調子はどうだ?」

「ハーゲン様……」

 

 アドルフィーネはその男の顔に見覚えがあった。

 この男の名は、シグムント・ハーゲン。

 

 ノルディアがまだ第一王子派だったとき、何度かアドルフィーネ宅に来たことがある。

 生粋の第一王子派といえば聞こえはいいが、第一王子本人も頭を悩ませる過激派だ。

 

「君が誘拐されたことはお父さんに伝わっているから、すぐ解放されるはずだ」

 

 御者の男はアドルフィーネを安心させるかのようにそう言ったが、彼女の心臓はドクンと嫌な音を立てる。

 

「てめぇ、余計なこと言ってんじゃねぇよ」

「す、すんません。ですが、さっきの様子があまりにも不憫で……」

 

 頭が真っ白になった。

 彼女の頭を支配するのは、失望に満ちた父親の顔。

 

(嫌。もう失望なんかされたくない)

 

「その辺にしておけ」

 

 シグムントは二人の不毛な言い争いを止め、アドルフィーネの反応に目を細める。笑っているようにも、値踏みしているようにも見えた。

 

「こちらの要求は、裏切りに対する謝罪。タイムリミットは夜明けだ。ただ頭を下げてくれれば、大事な娘は返すと伝えている。簡(・)単(・)なことだろう?間違いを犯したら謝る。子供でもできることだ」

 

 第一王子派を裏切ったことへの謝罪がシグムントの要求。

 

(そんな屈辱、お父様がするわけがない……!)

 

 たとえ娘の命がかかっていたとしても。いや、天秤にすらかけないだろう。

 誘拐されて約一日。アドルフィーネがまだ解放されていないことが何よりの証拠だ。

 

「お前ら二人は見張りにつけ」

 

 シグムントはアドルフィーネをここまで運んできた二人にそう命令した。

 二人が倉庫の入り口付近に移動するのを見ながらシグムントはフッと鼻で笑う。

 

「…………できないだろうなぁ。アイツは昔っからそういう頭の固いやつだ」

 

 シグムントはまるで最初から要求が呑まれないことを分かっているかのようにそう言った。

 では、なぜアドルフィーネを誘拐したのか。

 答えは一つしかない。

 

「ぬるい同胞への見せしめのため、その命を貰う」

 

 シグムントは最初からアドルフィーネを殺すつもりだった。

 

 ――逃げなきゃ。

 

 そう思うのに、アドルフィーネの足はその場に固定された人形のように一歩も動かない。

 

 ……そうだ、わたくしは、生まれた時からお父様の操り人形なんだわ。


「第二王子に気に入られるために随分と努力していたな?アドルフィーネ。そしてお前は見違えるほど美しくなった。だが結果はどうだ、第二王子はお前を助けにくるか?お前の親はお前のために動いたか?――お前の努力はお前に報いたのか?」

 

 わたくしの努力……。

 何一つ報われてなんかいない。

 

(シルヴァン殿下はわたくしにこれっぽちも興味を持ってくれていないし、お父様にいたってはわたくしの命をも見捨てた。挙げ句の果てには汚い男に唾を吐きかけられ、こんなみっともない姿を晒してしまっている)

 

 アドルフィーネは嘲笑を浮かべ、空も見えない暗い天を仰ぎ見た。それでも涙が溢れ出して頬を伝ってしまう。

 

 ……あぁ。なんだったのかしら。わたくしの人生は。

 

 きっと神は、ルーエン神は存在しないんだわ。


 ◆ ◆ ◆

 

 一行は最速でノルディアに向かい、港町から少し離れた上空を飛行していた。

 ルーチェは『印付き』の位置が示された魔術具を確認し、焦りを滲ませる。

 

「倉庫がいっぱいあるねぇ」

 

 おそらくこの辺に『印付き』がいるだろうが、この倉庫が問題だ。

 ノルディアは海に面しているため、セラレオールの物流を支えている。

 この倉庫の中身は魔術具の部品や貴重な魔法石がある。下手に攻撃ができない。

 

 とりあえず、『印付き』の正確な場所を見つけなければならない。

 ここで魔力探知をしても倉庫にある魔法石や魔術具の雑多な魔力まで探知してしまい効率が悪い。直接目で見る方が早いだろう。

 ルーチェは目に魔力を集め視力を上げた。

 

「……いた。あいつだ」

 

 ルーチェが指で差し示した先をエルネストは目を凝らして見るが、首を傾げた。

 

「何も見えませんが……」

 

 それはそうだ。普通の視力では当然見えない。

 ルーチェはエルネストが目を凝らして頑張って見つけようとしているのを無視して、魔力探知をした。

 ここまで特定できればあとは簡単だ。倉庫周辺を確認する。

 

「『印付き』と平民が一人、倉庫の入り口にいる」

「アドルフィーネ様はそこにいらっしゃいますか!?」

 

 エルネストは慣れない空中で身を乗り出してルーチェに叫んだ。それを一瞥して彼女はエルネストが暴走しないよう、冷静に言葉を選んだ。

 

(生きてはいるけど、自由ではないだろうな)

 

「中に彼女もいるが少し魔力の反応が弱い。もしかしたら魔力封じの手枷をはめられているかもしれないな」

 

 エルネストは痛ましそうに顔を歪め下を睨んだ。

 

「くっそ……」

「聞け。予想外なのは、中に一人貴族がいることだ」

 

 不審者の飼い主はどこかの貴族だとは思っていたが、直々にこの場所にいるとは予測していなかった。

 なんとか戦闘は避けたいと思っていると、視線の先でキラリと何か光った。

 ヒュッと息を呑み、即座に防御結界を張る。

 

 鋭い矢のような攻撃が防御結界に弾かれた瞬間、轟音を響かせて爆発した。もちろん本当の矢にこんな威力はない。攻撃魔法だ。

 間一髪攻撃は防げたが、ルーチェは驚きを隠せなかった。

 

「おや、結構距離あるのに気づかれちゃったね。よほど魔力探知が得意なヤツがいるんだろうなぁ」

 

 人工精霊はルーチェの防御結界に守られながら呑気に空中で足を組んでいた。そんな人工精霊にルーチェは命じる。

 

「エルネストと一緒に降下して倉庫の裏に回れ」

「えー?ご褒美は?」

「貴様が勝手についてきたんだろ、そんなものはない。これは命令だ」

 

 ルーチェの言葉に人工精霊はクスクスと笑いながら承諾した。

 

「しょうがないなぁ、今日は気分がいいから手伝ってあげる。行くよ、エルネストくん」

「え?」

 

 エルネストを纏っていた紫色の薄い膜が消えた。

 その一秒後、経験したことのない浮遊感がエルネストを襲う。

 

「ぎぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁああああ」

 

 エルネストの叫び声は夜の海によく響いた。


 ◆ ◆ ◆

 

 地面に落ちると思った寸前でエルネストの体はふわりと止まった。

 気絶寸前で、いや気絶していたかもしれないが、なんとか地に降り立つことができた。

 

「死ぬかと思った……」

 

 ゼェハァと呼吸を整えているエルネストを見て人工精霊はケラケラと笑った。

 その仕草は人間そのものだが、どこか不自然な……笑うという程式を実行をしているかのような違和感があった。

 

「貴方は一体……。黒衣の魔法使い様とはどのようなご関係で?」

 

 エルネストは疑問に思ったことをそのまま口にした。それを聞いて人工精霊は「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりに満面の笑みを見せた。

 

「あの子はすごく恥ずかしがり屋なんだよ。僕の顔を見ると攻撃をしたくなるんだろうねぇ。すっごく可愛いでしょう?あの子はあの衣で魔力探知されるのを防いでいるようだけど、僕には関係ないんだぁ。愛の力でどこにいるのか分かっちゃうから!」

 

(あの子……?可愛い……?)

 

 精霊は長寿だと聞いたことがある。

 エルネストにとって黒衣の魔法使いは歴戦の魔法使いのようなイメージだがこの精霊にとってはその歴戦の魔法使いでさえ子供扱いなのだろう。

 

 だが、この精霊が言っていることに共感できる部分もあった。 

 エルネストもアドルフィーネを追いかけるとツンツンとした態度を取られるし、それがすごく可愛いと常々思っている。愛の力でどこにいるのか分かるというのも、根拠はないが理解できる。

 

「分かりますっ!私もアドルフィーネ様から冷たい態度を取られますが、そこがすごく好きなんです!アドルフィーネ様がどこにおられるのかも、感覚で分かりますっ!」

 

 エルネストはキラキラした目で人工精霊に全力で同意した。そして人工精霊は嬉しそうに光のない目でエルネストを見つめた。

 

「おおっ!じゃあ僕たちは同志だね。……それよりさ、構えなくていいの?」

 

 人工精霊はふわふわと浮きながら目で倉庫の裏口から出て来る人物を指し示す。

 

「え?」

 

 エルネストは指し示された人物を見て大きく目を見開いた。

 それはエルネストも知っている人物だった。

 

「ハーゲン様……!?」

「誰かと思ったら、アドルフィーネの所のひっつき虫じゃないか。こんな所まで一(・)人(・)で来たのか?」

 

 この倉庫の裏口から出てきたということは、黒衣の魔法使いが言っていた貴族というのはこの人物のことだろう。

 

「まさか……其方がアドルフィーネ様を攫ったのか……!?」

 

 シグムントは肯定の代わりにエルネストを蔑むような目で見て鼻で笑い、シッシと手を振る。

 

「アドルフィーネは君の助けなんか待っていない。早く帰れ。今なら見逃してやろう」

 

 まるで相手にしていないような態度にエルネストは奥歯をギリギリと噛み締める。

 

「誰が……!帰るならアドルフィーネ様も連れて帰る!」

 

 威勢のいい返事にシグムントはハァと肩を竦めた。そして優しげに眉尻を下げる。

 

「君も不憫だなぁ。いずれは他者のものになる我儘で高飛車なお嬢様をずっと追いかけて追いかけて……。君の憧れが成就する日は来ないというのに」

 

 シグムントの言葉は蔦のようにエルネストの脚を絡めた。

 思い出すのは昨夜。

 

 ……エルネストを拒絶する彼女の悲痛な声。

 

「彼女は君のことをこう言っていたぞ」

 

 シグムントは薄ら笑いを浮かべながら攻撃魔法を放とうとエルネストの目の前に手のひらを広げた。

 

「『邪魔な存在だ』と」

 

 相手の本気の殺気を感じ取り、無意識に死を受け入れる準備でもしているかのようにエルネストの頭は空っぽになる。

 ここでどうしたらいいのか、彼は座学でしか知らない。 

 バァンッと派手な音がなり、攻撃をくらったかと思ったエルネストは恐る恐る目を開けた。

 が、体は宙に浮いていて傷はない。

 そしてその体は素早く別の倉庫の物陰に飛行する。人工精霊の仕業だ。

 

「飛行魔法か……」

 

 シグムントは目を細め、エルネストを追った。



 

「もぉ、何してんのさ。死んじゃうよ?」

「……こんな無力な私にアドルフィーネ様を救えるのか?」

 

 エルネストは無力感に苛まれていた。人工精霊はやれやれと首を振る。

 

「あんなに偉そうに息巻いていたくせにポンコツだねぇ。そんなこと言ったってアイツは君の魔力しか探知していないんだから、すぐにここに」

 

 人工精霊の言葉を遮るようにバァンッと先ほどと同じような爆音がした。その音は連発され、段々とエルネストに近づいて来る。

 エルネストは思わず耳を塞いだ。 

 人工精霊の言う通り、シグムントはエルネストの魔力しか探知できていない。すぐにここまで追ってくるだろう。

 

 黒衣の魔法使いはその衣を身に纏っているので探知できないのは分かるが、なぜ魔力が多いとされている精霊まで探知できないのだろうか。

 人工精霊はそんなエルネストの疑問を知ってか知らずか、ふわふわと浮きながら、呑気に笑う。

 

「それにしてもあんなに近付いても僕の魔力を探知できないなんて、貴族にも能無しはいるんだねぇ」

 

 エルネストは信じられない者を見るような目でふわふわと浮いている人工精霊を見上げた。

 自分が命の危機を感じている人物のことをこの人工精霊は「能無し」と評価するのだ。

 その視線を受け取って、人工精霊は「君もそう思わない?」とわざとらしく笑った。

 

「僕は君の護衛は命じられていない。僕には君の命がどうなろうと関係がないんだ。自分の命は自分で守るしかないんだよ?エルネストくん」

「……そんなことを言われても、私には実践経験はないのだ。ここで隠れていて、黒衣の魔法使い様にアドルフィーネ様を救っていただく方が彼女も安心するだろう。……私なんかが行くより、きっとうまくいく」

 

 防御結界をどう発動させるかを知っていても、攻撃魔法をどのように相手に撃ち込むかを知っていても、ここではまるで意味がない。

 

 自分にできることはない。

 

 恐怖で体を震わせるエルネストに段々と興味が薄れていく人工精霊の表情は冷たいものになっていった。

 

「へぇ……。君のアドルフィーネちゃんへの愛ってそんなものだったんだ。同類だと思っていたのに。興醒めだよ。……本当は君、アドルフィーネちゃんのこと、そんなに愛してないんじゃない?」

 

 近付いてくるシグムントの攻撃がいよいよ隠れているエルネストの耳と頬を掠めた。温かい血がドクドクと流れていくのを感じる。

 

「………………それは違うぞ、精霊」


 エルネストはボソリとそう呟くと、ゆっくりと物陰から身を出してシグムントと対峙した。シグムントは血を流すエルネストを見て冷笑する。

 

「血迷ったか、エルネスト」

 

 次の瞬間、エルネストは身体強化も無しに素早くシグムントの間合いに入った。

 

「!?」

 

 反応が遅れたシグムントに、エルネストは今できる彼の全力で攻撃魔法を放った。

 

「私はアドルフィーネ様を世界一愛しているッッッ!!」


 ◆ ◆ ◆

 

 二人が急降下していった直後、ルーチェの予想通りエルネストは攻撃魔法で襲われていた。

 ドォン、ドォンと派手な音が鳴り響き、ルーチェは音の鳴る方を睨む。

 

(ここにある魔法石や魔術具のこと、少しは考えてよ……)

 

 二人のように急降下して浮遊感を楽しむ趣味はないので、ルーチェは適度な速度で地に降り立った。

 倉庫の物陰に隠れ、二人の見張りの様子を確認する。黒衣のおかけでルーチェの魔力が探知されることはない。

 

 先程の攻撃自体は貴族の仕業だが、おそらく魔力探知をしたのは『印付き』だろう。 

 ルーチェは物陰で何かを企むように笑みを深めた。

 魔法を習わない『印付き』がどうやって魔力探知を覚えたのだろうか。ぜひ話をしてみたいものだ。

 

 ルーチェはエルネストを囮として使っていた。もちろん、人工精霊が彼を守ってくれるとは微塵も期待していない。

 非道?いや、ルーチェはエルネストの素質を確信して悪を討ち倒す場を用意したのだ。

 

 ……というのは建前で、実際、黒衣の魔法使いとしてどこの貴族かも分からない貴族と相対するのは分が悪い。 

 直接黒衣の魔法使いに害をもたらす者ならともかく、相手は黒衣の魔法使いに用はないし、害する気もない。

 ルーチェはあくまでも首を突っ込んでしまった一人の魔法使いとして、アドルフィーネを助けたいというエルネストの手助けをするだけだ。

 

「こんばんは、不審者共」

 

 ふわりと二人の前に現れれば、二人とも大きく目を見開く。装飾品をじゃらじゃらと付けた趣味の悪いおじさんはキッと『印付き』を睨んだ。

 

「てめぇ、魔力探知はどうした!?」

 

 『印付き』は得体の知れない者を見るかのように顔を引き攣らせタラリと汗を流す。

 

「旦那……。こいつはやべぇぜ。魔力を全く感じない。こいつは俺たちを地下牢送りにした張本人だ」

 

 魔力の色を覚えていたわけでも、姿を見たわけでもないが『印付き』は完全にそう確信していた。

 

「……その姿、まさかお前は」

 

 趣味の悪いおじさんは瞳孔を揺らしながらルーチェを凝視していた。この人に用はないので、眠っていてもらおう。

 ルーチェはセルヴァイアで不審者を捕らえた時のように、風魔法の密度を高め、首元に一撃入れた。男は一瞬呻き声をあげると、その場に倒れ込んだ。

 次に『印付き』へ視線を移せば、彼はピクリと震えた。

 

「其方にはまだ用がある。『印付き』」

「ああ……。俺も聞きたいことがあるんだ、魔法使い様」

 

 『印付き』はジリジリと後退りしながら、自身の手首を握り締めた。彼の手首には魔術具がついている。

 ルーチェはお先にどうぞと発言を促した。大方、位置情報を付けたのがバレたのだろうと予想する。

 

「……俺の契約を解除したのはお前なのか?」

 

(契約を解除?あぁ、書き換えたやつか)

 

 ルーチェは位置情報を付けた印象が強かったので、彼の魔術具を正常に戻したのをすっかり忘れていた。

 

「あのままでは、その魔術具は正常な機能を果たせず其方は死ぬところだった。おそらくあの貴族が其方を繋ぎ止めるため無理に契約の魔術具として使ったのだろうが……」

「あ、あありがどうございまずぅぅぅぅぅう」

 

 『印付き』は膝から崩れ落ちて咽び泣き、ルーチェの足元に擦り寄ってきた。

 

「おでぇ、もうごんな仕事じだくなぐでぇぇ……!でも魔術具が元に戻っている確信もなぐでぇ……!やっどだだの盗人の生活に戻れるぅぅぅ……!!!」

 

(いや、盗人の生活に戻るのはダメでしょ……)

 

 ルーチェはそう思いながらも、擦り寄ってくる『印付き』が最高にキモくて脱出するためにふわりと宙へ浮いた。

 

「盗人の生活に戻ることは許さない。……其方、その生まれ持った才能を磨こうとは思わないのか!」

 

 ビシッと杖で指すと、『印付き』はシュンと肩を落とした。

 

「……でも俺平民だし、金ないし、家族いないし、恋人いないし……。『印付き』は魔力を持っているのに、その力を使えない、神に見捨てられた存在なんだよ」

 

 ルーチェはピクリと瞼を痙攣させた。

 

「神に見捨てられた存在?それは違うな。なぜ其方達のような者が『印付き』という名前で呼ばれているのか知っているか?」

「……知らない」

「ルーエン神が其方達のような観察しがいのある者を、数多の平民の中から見つけやすくするためだ。『魔力』という印を付けて」

 

 『印付き』は大きな衝撃を受けた顔をしてルーチェを見上げた。

 

「其方は神に見捨てられたのではない。むしろその逆だ。其方等はルーエン神にマーキングされているのだ!」

 

 ルーエン様本人が言っていたから本当だよ!という言葉は飲み込んでルーチェはベールの下で挑戦的に笑う。

 

「平民だろうが金が無かろうが家族がいなかろうが、魔力さえ持っていれば魔法は極められる。実際、魔力探知は独学だろう?其方は完全に才能がある側の人間だ」

「魔法使い様……」

 

 『印付き』は感極まったようにルーチェを見つめた。ルーチェはその隙に、魔力封じの紐で彼をぐるぐる巻きにした。

 

「……というわけで、しっかり獄中でお勤めしてくるように」

 

 ルーチェは趣味の悪いおじさんが延びているところに『印付き』を一纏めに置いて、パンパンと手をはたいた。

 

「…………え?ええぇ!?今の流れ、完全に『弟子にならないか』って流れだったよね!?」

「全くもって違うが。今まで犯した罪を償ってからでないと魔法は使わせない」

 

 『印付き』はメソメソと泣いて非常に情けない格好で転がっている。

 

「……まぁ、名前くらいは聞いておこうか」

「リュカ、です……。ファミリーネームは知らないです……」

 

 『印付き』改リュカはしょぼーんとしたままルーチェに名乗った。

 そんな彼を置いて、ルーチェは暗い倉庫の中に足を踏み入れた。

 

(さて、次はアドルフィーネ様だね)

 

 これだけ入り口で騒いでいても何も反応を示さないアドルフィーネは、床にへたり込んで呆然と地面を見つめていた。完全に心が壊れてしまっている。

 とりあえずは、魔力封じの紐を外さなければ。

 

 アドルフィーネが驚かないように少し距離を置いたところからルーチェは声をかけた。

 

「アドルフィーネ、私は魔法使い。エルネストと一緒に君を助けに来た」

「エル……」

 

 彼女が反応を示したのは黒衣の魔法使いの存在より、エルネストという名前だった。

 

「……もう、ダメなの。エルにもひどいことを言ってしまったわ」

 

 消え入るようなか細い声でアドルフィーネは涙を流す。

 

「それでも、彼がここへ来て貴女を助け出そうとしていることは事実だ」

「ちがう、ちがう、ちがう……」

 

 ルーチェの言葉ではアドルフィーネの虚な目に光は戻らない。

 

(わたしじゃダメだ……)

 

 そう思った瞬間、轟音が鳴り響いた。今までの音とは別の音だ。

 

「私はアドルフィーネ様を世界一愛しているッッッ!!」

 

 暗くて、寒いノルディアの海に、エルネストの声は……。

 

「エルッ!エルどこ……!?」

 

 ――とてもよく響いた。

最後までお読みいただきありがとうございます!

もし作品を気に入っていただけましたら、ページ下部のブクマや評価(★)で応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。