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公爵令嬢はスヤスヤ眠りたいだけ。  作者: はっぱ
【第二章 入学編】

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28/44

【2-4】逃げちゃった⭐︎

《!毎日20時に連載中!》

睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。

「一体どうなってやがる」

「三人とも連絡が途絶えました……。衛兵にでも見つかったのでしょうか」

 

 巻きタバコを咥えながら偉そうに腰掛ける男は部下からの報告を聞きギリギリと奥歯を噛み締めていた。

 

「セルヴァイアの連中は高くついたんだぞ!!」

 

 ノルディアの娘、アドルフィーネを誘拐するためにセルヴァイアの衛兵や教員を数人買収し、衛兵の配置を変えた。しかし、そいつらの手引きでセルヴァイアに侵入したポンコツ不審者三人組は、現在消息不明。

 

「ここまで手を回したのになんで捕まってやがる!使えねぇなぁ!」

「どうしますか?すぐにあの三人を……」

 

 買収した者に命令すればこの三人はすぐ牢から出ることができる。

 しかし、この男が下した判断は合理的なものだった。

 

「『印付き』以外は殺せ」

「……良いのですか?こちらも随分人手不足ですが……」

 

 口答えする部下に魔術具を構えると、部下は黙って手を上げた。

 

「いいんだよ。俺が行く。これ以上時間がかかったら飛ぶのは俺の首だぞ」

 

 男はジリジリとした焦りを感じていた。

 

「あの方がどこまで待ってくれるか分からんからな」


 ◆ ◆ ◆

 

 セルヴァイア魔法学園女子寮、ルーチェ・ハイアンの部屋にて。

 初日だとは思えないほど緊張感なく気持ちよさそうに寝ているルーチェに襲い掛かるのは――。

 

「う、うううううアリー!起きた!起きたからやめてー!!」

 

 そう言っても強風は止まらない。なぜならば、そこにいるのはアリーではなく目覚まし時計だからだ。

 

「はっ!アリーじゃなかったっ!」

 

 漸く意識が覚醒してそれに気づいたルーチェは、プカプカと頭上に浮かぶ目覚まし時計をなんとか捕えようと腕を伸ばした。が、なかなか捕まらない。

 仕方なくベッドの上に立ちピョンピョンと飛んで捕えようとすれば、意思を持ったように天蓋の外へ逃げた。二度寝防止のためだ。

 

「まってよぉ」

 

 眠気まなこを擦りながら泣く泣くベッドから出てようやく目覚まし時計を捕まえることができた。

 

「うっうっ、こんなこと毎朝やるの?」

 

 半泣きになりながら目覚まし時計を元の位置に戻す。

 ルーチェはこの世界に生まれて初めて、一人で起きることに成功した。



 

 一人で起きられたことで、ルーチェは日本での生活を思い出していた。

 

「前はなんであんな音が鳴るだけの目覚まし時計で起きられてたんだろ……」

 

 制服を取り出し、袖を通す。制服のデザインはセーラー服と似たようなデザインで、茶色に白いリボンがデフォルトだ。これから好きにアレンジできるので、デザイン性で個性を表現するにはもってこいの制服である。

 新入生も最初はデフォルトだが、長期休みを終えたら、大体の人が改良し、自分の好みのデザインに変わっているという。

 

 鏡の前でチェックしているとぐぅ〜っと腹の虫が鳴った。

 朝食は学食で食べるか、自分で用意するしかない。学食に行くにはもう時間がなかったので、ルーチェは持ってきていたナッツと保存が効くお菓子をパクパクと食べて朝食を済ます。さっそく、アリーと両親に怒られることをしている自覚はあった。

 

(……そういえば、和食ってもう随分食べてないなぁ)

 

 そう気づいた瞬間、ルーチェは涎が出るほど、和食で頭がいっぱいになる。

 

(まずは味噌汁食べたいけど、味噌は作るの難しそうだよなぁ。豆腐もいいなぁ……。醤油も欲しいなぁ……。いや全部難しいやつじゃん!)

 

 日本にいた時は和食=シンプルだと思っていたが、材料から作るとなると高難易度の料理である。

 

 頭の中に次々と浮かぶ和食の中に、一つ実現可能そうなものを思い浮かべた。

 

「海鮮!お寿司!」

 

 魚介類ならこちらの世界にも存在するし、珍しくもない。ただ、お肉が多いだけで。

 

(あれ、なんでお肉が多いんだろう……)

 

 確かに魚は存在するが、以前、魚は肉より高級だと料理人に教えてもらったことがある。ルーチェはお肉も好きなので、ふーんぐらいにしか思っていなかったが、今はすっかり魚料理の口になってしまった。

 

 この国は、ノルディア領地にしか海がない。

 海産物を独占できるはずなのに、ノルディアにそのイメージがない。

 

 真剣に海産物を手に入れる方法に頭を悩ませていたら、遅刻ギリギリになっていた。

 


 

 急いで準備をして教室へ向かうと、教室の前に人集りができていた。どうやら掲示板に人が集まっているらしい。

 

「まさか本当に実在しているなんて……」

「お会いしたかったわ……。きっととても素敵な殿方なんでしょう……」

「いや、二百歳を超える老婆だという噂も……」

 

 ルーチェも掲示板を見たくて後ろから爪先立ちして覗き込む。掲示板に貼られている内容を見た瞬間、己が目を疑った。

 

『お手柄!黒衣の魔法使い 我がセルヴァイアに現る!』

 

 そんな見出しと共に黒い衣を羽織った魔法使いがバッチリと写っていた。顔や制服は見えていないが、これは確実に昨日、不審者を捕まえた時の写真だ。周りをよく見れば廊下の掲示板あちこちに同じ記事が貼り出されていて人集りができている。

 

 あまりの衝撃にルーチェは爪先立ちしたまま後ろに倒れそうになった。

 

「おっと……」

 

 それを支えたのはシルヴァンだった。ルーチェは目をピクピクとさせたままシルヴァンを凝視する。ここは一年生の階。二年生の彼がなぜここにいるのだろうか。

 

「大丈夫か?ルーチェ嬢(・)」

「ええ。大丈夫ですわ、シルヴァン殿(・)下(・)」

 

 ルーチェはすぐに離れて距離を取る。こんな大勢人がいれば嫉妬の対象になりかねない。

 

「シルヴァン殿下っ!」

 

 案の定、すぐに女子達の黄色い歓声が湧き、ルーチェを押し退けてシルヴァンを囲んだ。

 

「今日は最初の授業日だ。記事が気になるのも分かるが早く席に着いた方がいいぞ」

「は、はいっ!」

 

 シルヴァンはキラキラした笑顔で廊下にたむろしていた一年生を叱り、教室へ入れた。

 ルーチェもそそくさと教室へ入ろうとしたらシルヴァンにガッシリと肩を掴まれた。

 

「授業が終わったら生徒会室に来てくれ」

 

 他の誰にも聞こえないよう、それだけを耳打ちされルーチェの背筋は凍った。

 

(バレ、た……?)



 

 授業中、ルーチェは悶々とシルヴァンの呼び出しの意味を考えていた。

 

(ああ……。もう王城の研究室にこもりたい。ファーン兄弟の癒やしが欲しい。ブランさんを無駄に揶揄いたい……。そして夜の図書館で月光浴しながら寝たい……)

 

 初日は午前中で授業が終わってしまうため、約束の時間は刻一刻と迫っている。

 そのせいで授業の内容はあまりよく覚えていなかったが大体がオリエンテーションだった。一年生でどんな科目を習うのかとか、実技はどんなことをするのかとかそんな感じだ。

 

(ちょっと楽しみにしてたのに、全然頭に入ってこなかったよ)

 

 元はと言えばルーエンのせいである。あの人が衣を羽織れなんて天啓を下さなければこんな記事が貼り出されることはなかった。

 

 ルーエンを心底恨みながら時刻はあっという間に約束の時間になっていた。

 

「見つけたぞ」

「ひぃ!?」

 

 突如背後から低く唸るような声が聞こえルーチェの肩は飛び跳ねた。

 振り返ればそこにはエルネストが息を切らして立っていた。

 勢いよくズンズンと近付いてきてルーチェの肩を掴む。目の下には濃い隈ができていた。

 

「アドルフィーネ様を見ておらぬか!?」

「い、いえ。今日は見かけておりません」

 

 首をブンブン振って否定するとエルネストは「そうか」と言って眉を顰めた。様子からして緊急事態なのだろう。どうしたのかと訊ねるより先にエルネストは踵を返して走っていった。

 

 確かに、今日はアドルフィーネを見ていない。

 

 何かあったのだろうかと思い、ルーチェは魔力探知を校舎全体に発動した。アドルフィーネの魔力の色は昨日覚えたので探せるだろう。少し広いので目を閉じて集中する。

 

(……寮にはいない。一階、二階にもいない。三階もいない。実技棟にも……)

 

「どこにもいない!?」

「何をしている?」

 

 目を開いたら目の前にいたシルヴァンとバッチリ目が合った。思わず反射的に後ろへ飛び退き攻撃体制をとってしまったルーチェは全ての失礼を遂行したあとにハッとした。

 

「申し訳ございません。あまりにも近かったので敵襲かと思いました」

「敵襲……」

 

 ルーチェは真面目にそう言うのでシルヴァンは少し心に傷を負いながらも表情には出さなかった。

 

「あれ」

 

 シルヴァンに気を取られて気付くのが遅れたが、彼の背後には制服姿のシアラ・グレイモアが立っていた。ルーチェは目をキラキラと輝かせる。

 

「シアラ様!シアラ様もセルヴァイアの生徒なんですねっ!?」

「ルーチェ様。お元気そうで何よりです。今年三年になります」

 

 シアラはルーチェに柔らかく笑いかけた。ブランの救出作戦にも協力してくれたし、ルーチェが治癒魔法を使ったことも黙ってもらっている。王城の晩餐会などで何度か見かけたものの、きちんとお礼を言うことができていなかった。

 

「その節は、ご協力頂きありがとうございました」

 

 しっかりと頭を下げるルーチェを見てシアラは首を傾げた。

 

「協力……?あれはルーチェ様が成し遂げたことだと思っております。それに例の精霊の事情聴取にもご協力頂けるとか。頭を下げるのは我々騎士団でございます」

 

 そういえば、精霊の事情聴取の日取りを決めなければならない。いつにしようか相談しようとすると、むすくれたシルヴァンが割って入ってきた。

 

「で、さっきは何をしていたんだ?生徒会室が分からないと思って迎えに来たのだが」

 

(迎えに来た?第二王子が?)

 

 一緒に歩くこっちの身にもなってくれと正直思ったが口には出さなかった。めんどくさそうだから。

 

 アドルフィーネがセルヴァイアにいないことを言うべきだろうか。もしかしたら婚約者候補であるアドルフィーネのことをシルヴァンだったら何か知っているかもしれない。

 

「あの、シルヴァン殿下、アドルフィーネ様が……」

「しっ」

 

 ルーチェがアドルフィーネの名前を出した途端、シルヴァンは顔色を変えて口に人差し指を当てた。

 

「……とりあえず生徒会室に行こう」

 

 呼び出しの理由にアドルフィーネが何か関係していることを察して、ルーチェはコクリと頷いた。



 

 三階の突き当たりにある生徒会室は普段、生徒会役員に所属していない生徒が許可なく出入りすることを禁じられている。まさに敷居の高い場所だ。

 それを表すように、生徒会室の扉は他より重たそうな素材でできていた。

 

 シルヴァンがノックすると、中から「入っていいよー」というなんとも緩い声が聞こえてきた。

 

(この声……それにシルヴァン様のこの表情……ってことは……)

 

「やあ、初めまして。僕はリュシエル・セラレオール。よろしくね」

 

(だから混ぜるな危険にわたしを混ぜないでーーッッ!!!!)

 

 これこそ、神の采配である。



 

「それで、わたくしはなぜここに呼ばれたのでしょうか」

 

 意を決してルーチェがシルヴァンに訊ねると、彼は目を泳がせた。代わりに答えたのはリュシエルの方だった。

 

「僕が君を呼んだんだ。少々協力して頂きたいことがあってね……シルヴァンは呼んでないんだから帰っていいよ?僕と一緒にいるの嫌だろう?シアラ嬢まで連れて来ちゃって、ほんと過保護だなぁ」

「シアラの指名も兄上でしょう」

 

 シアラも何か理由があってここに連れてこられたらしい。通りで彼女もずっと冷めた目をしていたわけだ。

 

「というか、なぜこちらがシアラを連れて来ると分かっていて、兄上は護衛騎士を連れて来ていないのですか」

 

 シルヴァンはリュシエルの真意を見抜こうと眼光を鋭くした。

 

 ルーチェは王城でリュシエルから隠れていた時を思い出す。シルヴァンがリュシエルに声を掛けただけで、リュシエルの護衛は顔色を変えてシルヴァンを警戒していたのだ。

 シルヴァンやシアラにその気はなくても、形式上、リュシエルはこの場にも護衛騎士をつけなければならない。

 

「そんなに僕のこと意識しなくっても大丈夫だよ」

 

 リュシエルはそれには答えず、明らかに揶揄うようにニマニマとした笑みを浮かべるだけだった。シルヴァンのこめかみには血管が浮き上がっている。

 

 話が見えないルーチェとシアラは半眼で成り行きを見守る。

 しかし二人の仲を取り持たなければならないことを思い出したルーチェは、とりあえず言い合いを止めるべく、優しい微笑みを浮かべながら手を挙げた。

 

「わたくしとシアラ様は何をすれば良いのでしょうか。恐れ入りますがご説明願えますか?」

 

 リュシエルは数回瞬きした後、咳払いをして座り直した。

 


 

「……黒衣の魔法使い。この名を聞いたことはあるかい?」

「ええ。噂程度ですが」

 

 僅かにルーチェの体が震えた。平常心を保ちつつ声のトーンに気をつかう。

 

「昨日の入学式の最中、その黒衣の魔法使いが校内にいた不審者を捕らえたんだ」

「そのようですね。わたくしも校内記事を拝見しました」

 

 リュシエルは軽く頷くと「ここから先は内密な話なんだけど」と前置きした。

 

「セルヴァイアには地下に簡易牢があってね。校内で事件を起こした者は騎士団が身柄を引き取りに来るまでの間、そこに入れられるんだけど……。今朝不審者三人の内、二人が何者かに殺害されていて一人は脱獄していたのを発見したんだ」

 

 ルーチェは目を見開いた。

 情報を漏らさないため二人は外から来た何者か、もしくは買収された者に殺害されたのだろう。

 脱獄した一人はおそらく『印付き』。希少価値が高いのでいくらポンコツでも簡単には殺せない。

 

「騎士団の到着が随分と遅い気がいたします。それに、不審者の護送ならばまずセルヴァイアにいるわたくしか、エリオに連絡が来るはず。我々はそのような連絡受けておりません」

 

 シアラは考え込みながらそう言った。

 

(エリオ様もセルヴァイアなのか……。みんな優秀だなぁ)

 

 確かに騎士団であるシアラやエリオに情報が伝えられていないのは不自然だ。

 

「……これは周到に情報を揉み消されているね」

 

 犯人にとって黒衣の魔法使いの記事は想定外。予定より早く周知されてしまっているだろう。

 

「そして、同時刻、アドルフィーネ嬢が女子寮から姿を消している。その逃亡した不審者達に誘拐された可能性が高い」

 

 不審者の目的はアドルフィーネの誘拐だった。

 

 ルーチェは『印付き』の魔術具を書き直したとき、位置情報が分かる魔術式も組み込んでいた。セルヴァイアに買収された者がいるなら、どうせすぐ脱獄すると踏んでいたからだ。

 だがまさかこんなに早いとは思いもよらなかったし、殺すなんて想定外だ。位置情報の確認には魔術具がいるため、魔力探知のように今すぐとはいかない。

 

(寮に戻ったらすぐに確認しよう。アドルフィーネ様の居場所が分かるかもしれない)

 

「犯人の要求はどのようなものなのでしょう」

 

 シアラはまるで仕事をしているようにリュシエルに質問した。

 

「要求はただ一つ。『謝罪だ』」

「謝罪?それだけですか?」

 

 面食らったように目をパチパチさせるシアラと対照的にシルヴァンは考え込んだ。

 

 ノルディアは元々中立よりの第一王子派だった。だがある政略をきっかけに第二王子派に寝返ったのだ。それに対する謝罪をしろというのが要求らしい。

 

「金を要求された訳でも地位を要求された訳でもないんだけどね。ノルディアはピクリともしない。それどころか、セルヴァイアに過失があるからさっさと探し出せと圧力をかけられてるんだよ。困った困った」

 

 リュシエルは大して困ってなさそうに肩を竦めた。

 自分の派閥から抜けたノルディアの者だからどうでもいいのだろうか。

 

「まぁこれだけ情報が揉み消されているなら、一体何人が買収されているか分からない。向こうの言い分も一理あるってことで、とりあえず、情報収集だけでもしなければならないというわけだ」

 

 めんどうくさそうに自身の朱色の髪をいじりながらルーチェに目を留めた。

 

「そういうわけで、ルーチェ嬢。貴女は昨日アドルフィーネ嬢と一緒にいただろう?何か気付いたことはあるかい?」

「……いえ、特には。わたくしは昨日が初対面でしたから。そういう事情聴取でしたらわたくしではなく、もっと適任が……」

 

 エルネスト様に……と言いかけたところで、ノックもなく生徒会室の扉が開け放たれた。

 

「生徒会長!早く私に外出の許可を下さい!!……って、なぜ貴様もここにいる!!」

 

 嵐のようにやって来たのは、ずっと走り回って息を切らしているエルネストだった。シルヴァンを視界に映した途端、彼はまた威嚇態勢に入った。

 それを見てシアラは真顔のまま一応シルヴァンの護衛につく。

 ここにはリュシエルもいるのだ。隠そうともしないあからさまな態度にルーチェの心臓は縮んだ。

 

「ああ……。適任?適任ってこの子のことだろう?さっき君たちが来る前にもここに突撃してきたんだ」

 

 しかし、リュシエルは嫌な顔というより、遠い目をして「ははは」と乾いた笑みを見せた。飄々としているリュシエルにこんな顔をさせるのはエルネスト、彼だけかもしれない。

 

 エルネストは事情を知っているらしく、自分でアドルフィーネを救い出そうとしている。

 

「ノルディア領主は絶対に要求を呑みません!そういう非道なお方です。……誰も動いて下さらないのなら、黒衣の魔法使いを探し出します。あの方なら犯人の顔を見ていますし、何か情報を知っているかもしれません」

 

(はい!?!?)

 

 彼の口から黒衣の魔法使いという名が出て来たことにルーチェの心拍数が上がるが、なんとか動揺を抑えつける。

 

 リュシエルは呆れたように目を半眼にした。

 

「それはいくらなんでも遠回りじゃない?黒衣の魔法使いはここの研究者や教員がもってしても見つかっていないんだ。今回あんな至近距離で撮影できただけでも奇跡なんだよ」

 

(いやほんとうに!!!油断した!!!もうセルヴァイアでは絶対に着ない!!!)

 

「心配には及びません。黒衣の魔法使い研究会の方からこんなものを頂きましたから」

 

(黒衣の魔法使い研究会?なにそれ?)


 と思考停止していると、エルネストは紙束を取り出し、リュシエルに自慢げに見せつけた。

 ルーチェはそれに釘付けになる。

 

「『黒衣の魔法使いを召喚する方法⭐︎10選⭐︎』」

 

(なにそれ――――ッッッッ!!!)

 

「私はこれを早速試して、黒衣の魔法使いと共にアドルフィーネ様をお救いします!」

 

(本当に救う気あるんかッッ!?こいつ!?)

 

 思わずそうツッコミを入れたくなるほど、エルネストの計画性は皆無だった。

 リュシエルは疲れたように「分かったよ」と適当に手を振った。

 

「外出許可は出すけど、君がもし死んでもセルヴァイアにはなーんにも責任ないからね。あるとしたら君を見放した黒衣の魔法使いだと、僕は進言するよ」

 

 至極どうでも良さそうにリュシエルはそう言った。

 

(いやなんでッッ!?)

 

 自分が第一王子だという自覚はあるのだろうか。第一王子がそう言えばそうなってしまうということはお分かりなんだろうか。

 

 ルーチェはダラダラと冷や汗をかく。エルネストの実家は知らないが、これでも領主の娘の側近だ。家柄は良いはず。

 そんなお坊ちゃんが何かあったら責任究明は必至。

 

 この第一王子なら責任逃れのために、本当に黒衣の魔法使いに責任を押し付けるだろう。

 

(エルネスト様に何かあれば、わたしに……)

 

「承知しました。では早速黒衣の魔法使いを呼び出して参ります」

 

(ちょ――――っと待ってぇぇぇぇぇ)

 

 元気よく去っていったエルネストを追いかけることはできず、ルーチェは顔を引き攣らせる。

 

「行ってしまったな……」

 

 シルヴァンはチラリとルーチェを見る。勢いだけ見ればブランを助けに行ったルーチェとそっくりだと思ったからだ。

 

「なんですか?シルヴァン殿下、その目は」

「いや、なんでもない」

 

 ルーチェは無自覚なのでシルヴァンはあえて口にしなかった。

 

(早くエルネスト様を止めないと)

 

 黒衣の魔法使いの姿だったら彼を説得できるだろうか。さっきセルヴァイアでは着ないと決意したばかりだが、今回ばかりは仕方ないかもしれない。

 

 こうなれば、一刻も早くリュシエルから本(・)題(・)を引き出して彼の暴走を止めなければ。

 

「リュシエル殿下、わたくしをお呼びになったのはアドルフィーネ様のことだけではありませんよね?」

 

 このためだけにわざわざルーチェを呼ぶ必要はないし、内密な情報を騎士団であるシアラならともかく、ただの一年生であるルーチェに言う必要はない。何かあるはずだ。

 

 リュシエルは少しびっくりしたように目を丸くしたあとニコッと笑った。

 

「気付いていたのか。察しが良い女の子はカッコよくて好きだなぁ」

 

 シルヴァンはピクッと肩を震わせた。しかしルーチェはそこには触れず早く言えと言わんばかりな顔で先を促す。

 

 そして、リュシエルは笑顔のまま、こう言った。

 

「……逃げちゃった」

 

「え?」

 

「この間君達が捕まえてくれた人工精霊、逃げちゃった⭐︎」

 

「は???」

 

「今朝、父上から連絡があったんだ。アドルフィーネ嬢の件と関わりがある可能性は低いけど、間が悪すぎたね。誘拐の前科もあるし、念のため顔を知っている君達に情報を開示した。ルーチェ嬢を呼び出したのはそれが一番大きいね」

 

 シルヴァンも初耳だったようで口元が痙攣している。

 

「そんな重要なことを話す前に、先ほど私のこと追い出そうとしましたよね?」

 

 確かにあの場でシルヴァンが本当に出て行っていたら、人工精霊が逃げたと言う情報は彼にだけ伝わっていなかったことになる。

 

 シルヴァンの言葉は完全無視して、リュシエルはにこやかにこう言った。

 

「ルーチェ嬢、君また命狙われているかもしれないから気を付けてね」

リュシエルのこういうところがシルヴァンは本当に嫌いです。

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