【2-3】存在証明
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
エルネストは何か眩しいものでも見るかのようにシルヴァンと会話をしているアドルフィーネを見つめていた。
――が。
「……やはり許せぬ」
「…………え?」
「……やはり許せぬ、あの王子。さっきからアドルフィーネ様のあの可愛らしい眼差しを少しも見ようとしないではないかッ!なんと贅沢で無礼な奴ッッ!」
「ちょっ……」
「なぁ!?其方もそう思わぬかッ!?」
エルネストの口調は段々と荒くなり、声も大きくなる。先程までの彼はアレでもきちんと取り繕っていたのだ。
ルーチェの肩をバチバチと叩きながらまるで猫が威嚇するようにシルヴァンを睨んでいた。
「その面、ボコボコにして……」
今にもシルヴァンに突進する勢いだ。さすがにマズイと思ったルーチェはエルネストの首根っこを捕まえて会場から出た。
「何をする!離せっ!」
ルーチェが力づくでエルネストを外に出すと、余計に彼は叫んで暴れたので、ルーチェは防音結界を張らざるを得なかった。
彼はルーチェが結界を張ったことに気付かないほど、我を忘れていた。
「エルネスト様!さっきのあの尊いものを見る目はなんだったのです!台無しですよッ!」
「其方には何も関係なかろう!」
「大アリですよ!あの場で貴方がシルヴァン様のことを殴ったら、横にいたこのわたくしまで共犯だと思われるではありませんか!?巻き込まないで下さいっ!」
ルーチェがエルネストを押さえていると曲がり角からこちらへ駆けてくる足音が聞こえた。サーッと血の気が引く。
……こんな時に一番来て欲しくない人が来てしまった。
「ルーチェ!来ていたのなら俺にも一言……」
「シルヴァン様!来てはダメですッ!」
ルーチェが鬼気迫った様子でそう叫んだので、シルヴァンは急ブレーキをかけたが、間に合わなかった。
「貴様は……」
我を忘れているエルネストがシルヴァンを視界に移した途端、彼はシルヴァンめがけて飛びかかる。その様は本当に獲物を見つけた猫のようだった。
ルーチェは軽く舌打ちすると、エルネストに向けて痺れの魔法を放った。
「うぐっ!?」
あまり魔法を使いたくないのだが仕方ない。これで少しは頭も冷えるだろう。
……と思ったのだが、痛みに呻いたのはその一瞬だけ。ギリッと歯を食いしばると、彼は勢いよくシルヴァンに拳を振りかぶった。
(はっ!?まじ!?)
痺れの魔法はこれでもまぁまぁ痛い。戦いの場でも使われるような魔法の一つだ。
そんな魔法をいきなりくらってすぐさま立ち上がるなんて……。
まさに執念といっていい。
シルヴァンは状況を把握しきれておらず本人が防御結界を発動するのは間に合わないだろう。
ルーチェはシルヴァンに防御結界を張る。
あまりにも予想外だったので、エルネストの拳を守る緩和魔法発動が間に合うか分からない。
(処刑されるよりはマシでしょ)
全てを考慮し最悪の事態を免れるための準備を整えたところで、希望の光が差し込んだ。
「エルッ!何やってんの!」
「え、アドルフィーネ様……?」
声だけは確かにアドルフィーネだ。だが、さっきまでのザ・貴族令嬢の面影はない。
鬼だ。鬼の形相だ。
エルネストはキリッと何事もなかったかのような面構えになり大人しくなったので、二人が会話できるように防音結界を解除した。
「任務を遂行しておりました。アドルフィーネ様」
「いいからこちらに来なさい」
低い声でそう言われるとなぜかエルネストは嬉しそうにアドルフィーネの元へ駆け寄った。
そこでアドルフィーネは何かに気付いたようにハッとして、持っていた扇子で口元を隠し「ほほほほほ」と笑った。もう遅い。
「今日のところはここで失礼させて頂きますわ。お詫びはまた後日させてくださいませ」
アドルフィーネ自身も動揺を隠しきれない様子でコツコツとヒールの音を響かせながらこの場を後にした。
嵐のように去って行った二人を見つめながら、ルーチェとシルヴァンはポカンと口を開けていた。
「……シルヴァン様、なぜあのような絶妙な間で登場できるのです?」
「す、すまない」
ルーチェはふぅっと息を吐いて消し忘れていた防御結界を消した。
「とりあえず、お怪我がなくてよかったです」
シルヴァンは消えていく防御結界を見つめてフッと笑った。
「防御結界を張ってくれたのだな。ありがとう」
あまりにも悲壮感を漂わせて消えゆく結界の残滓を見つめていたので、ルーチェはシルヴァンのプライドを傷つけてしまったのではと斜めな解釈をしてシルヴァンに頭を下げた。
「シルヴァン様ならご自分で防御結界ぐらい張れましたよね。つい差し出がましい真似をしました。申し訳ございません」
「なぜそうなるッ!?」
シルヴァンは恨めしそうにルーチェを睨むと、ルーチェは不可解な物を見るように眉を顰めた。何か間違ったことを言っただろうか。
「君は俺の言ったことをグネグネと曲げて受け取る癖があるぞ。そのままで捉えてくれ。……二人でいるときは」
「は、はあ」
ルーチェは分かったような分からないような曖昧な返事で流した。
その表情を見てシルヴァンがムムムと頭を悩ませていると、大広間の方から「シルヴァン〜?」とリュシエルの声が聞こえてきた。
シルヴァンはその声のする方を一瞥すると、スンッと表情を消した。
「呼ばれております、よぉっ!?!?」
シルヴァンは突然ルーチェの手を引っ張り、大広間とは反対方向に走り出した。突然のことだったのでルーチェの体は重たく腕についていった。
「ちょ、ちょっとシルヴァン様!?」
「ルーチェがセルヴァイアに来たら案内したい場所があったんだ!きっと気に入る!」
走りながらそう言うシルヴァンの目は子供のようにキラキラと輝いていた。
この光景をアドルフィーネは柱の影から見つめていた。
◆ ◆ ◆
「終わったわ……。わたくしの学園生活……」
枕に顔を沈めながらアドルフィーネは自室で落ち込んでいた。
「まぁまぁ。元気を出して下さい、アドルフィーネ様。あのような男でなくとも他に良い男がおりますよ。例えば私とか」
「シルヴァン殿下に絶対嫌われたわ……。あんな失態……。人生終わりよ」
「……」
今のアドルフィーネにはエルネストのボケ(?)にツッコミを入れる余裕さえなかった。
言わずもがな女子寮に男子が入ることは御法度なのだが、アドルフィーネは幼少期から家の自室にエルネストを入れて世話をしてもらっていたので、エルネスト=男という感覚が薄い。エルネストが先程ルーチェに言っていた言葉はあながち間違いではなかった。
アドルフィーネはエルネストを睨みつけて舌打ちする。
「元はと言えばエルが悪いんでしょう!?あんな場所であの女と何してたのよ!全部吐きなさい!」
エルネストは悪びれる様子もなくキリッとした顔で事の顛末を述べる。
「あの第二王子の顔面を殴ろうと計画をしていたらルーチェ・ハイアンに止められ、外へ連れ出されました。抵抗していたら丁度良いところに第二王子が来ましたので、今度こそは殴ろうと試みた所でアドルフィーネ様がいらっしゃいました」
それを聞き、アドルフィーネは口をあんぐり開けて何も言えなくなった。
少しでもルーチェが悪ければいいと思っていたが、むしろ彼女はエルネストを全力で止めてくれたらしい。彼女がいなければ今頃アドルフィーネもエルネストも投獄されている。
アドルフィーネは物陰から見ていた先程の光景を思い出す。ルーチェを見るシルヴァンのあの目を。アドルフィーネと話している時とは全く持って違っていた。
やはり特別な関係じゃないなんて嘘だった。いや、ルーチェ自身は嘘を吐いたつもりはないのだろう。
「腹立たしいわ、あの女……」
なんの説明もせず歓迎会に誘い連れ出して「シルヴァン殿下がいらっしゃる」と大広間で急に言っても、ルーチェはアドルフィーネを咎めるどころか焦りもしなかった。
アドルフィーネがルーチェの立場だったなら、なぜ事前に教えてくれないのかと憤慨し、騙された気分になるだろう。
「普通、殿下がいらっしゃるなんて急に言われたら、女なら誰でも身なりを整えるために焦ったりするでしょう!?事前に説明しなかったわたくしを意地悪な女だと認識するでしょう!?それすら分からないなんて、あの女何!?」
もちろんルーチェはそんな些細な意地悪に気付けるほど繊細な人間ではない。常識を求めてはいけない。
「化粧直しして、香水も変えて張り切ってた自分がバカみたいじゃない。なによ、全属性だからって。ちょっと美人だからってなによ……!」
気付けばアドルフィーネはボロボロと泣き崩れていた。今でこそ、誰もが認める美少女であるアドルフィーネだが、ここに至るまで彼女は血の滲むような努力を重ねてきた。
勉学はもちろん、所作や立ち居振る舞い、中でも容姿を磨く努力は並大抵のものではなかった。
幼い頃から体重が増えやすく、気をつけないとすぐに太ってしまう体質だった彼女は自身の容姿がコンプレックスだった。
きっかけは七歳の誕生日のこと。自分が第二王子の婚約者候補だと、領主である父と引退してもなお力を持つ祖父に告げられ、アドルフィーネは舞い上がった。
だが、父から言われた言葉はまだ幼かった彼女の矜持をズタズタにした。
――『醜いお前を殿下の目には映せない』
殿下の目に入る可能性があるからと家族写真すら撮ってもらえたことはなかった。
つい最近、セルヴァイアに入学するために撮った証明写真が初めて撮った写真だった。
それですら、自分を写真で見るのが怖くて堪らなくてまだ見ることができていない。
婚約者候補にアドルフィーネの名が上がったのは、彼女の才や容姿が優れていたからではない。父や祖父、領地の力が大きかったからだ。
彼女が彼女でなくとも、ノルディア領主の娘の名はその紙切れに刻まれる。
そう理解した途端、アドルフィーネの心にポッカリと穴が空いた。
自分がアドルフィーネとして生まれてきた意味は一体何なのか、アドルフィーネがこの世に存在する意味はあるのか、と。
……認めて欲しい。わたくしをもっと見て欲しい。
悲しさを埋めるための存在証明が彼女の原動力となった。
「わたくしがアドルフィーネとしてお父様に認められるには、シルヴァン殿下の婚約者になることしかないのに……」
「……それは違うと思います。貴女は」
エルネストが否定の言葉を口にした瞬間、彼女の中で何かがプツリと音を立てた。
「良い加減してよ!エルまでわたくしのことを否定するのッ!?何も知らないくせに!」
「アドルフィーネ様、聞いて下さい」
「出てって!」
本当は彼が自分を否定するつもりはないことぐらいアドルフィーネも分かっていた。だが今日はそれを受け入れる余裕は彼女にはなかった。
「……申し訳ございません」
扉越しに謝る声が聞こえてアドルフィーネの心はギュッと鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
「今日はもう戻りなさい。命令よ」
声を震わせながらそう言えば、「承知しました」と言う返事だけが返ってきた。足音はだんだんと遠くなっていく。
……置いていかないで。
そんなことを言えるはずもなく、アドルフィーネは扉にもたれかかった。
数年ぶりの独りきりの夜を迎えようとしていた。
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