【2-2】どのようなお菓子がお好きですか
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
式が終われば各自寮に案内される。明日からは授業が始まるのでそれまでに荷解きをしなければならない。
「寮なのに良い部屋……」
一人部屋で家具は備え付け。どれもシンプルだが立派なものだ。簡易的なキッチンまである。
「ふふふ。まずはベッドメイキングッ!」
持参したシーツや枕、布団を入れていき、ルーチェだけの楽園を作る。仕上げに香り付きのミストをかければ完璧だ。
「あ、これもこれも」
アリーお手製の目覚まし時計を枕元のテーブルに置いた。
本当は目覚まし時計なんて置きたくはないが、せっかくアリーが作ってくれたので仕方ない。
ひと満足してしばらく恍惚とベッドを眺めた後で、一つの木箱を丁寧に取り出した。先日ブランからもらったタンポポが入っている木箱だ。
魔力を飽和していた状態が一体何日続くのか、いつ増殖するのか、……何色なのか。
経過観察を頼まれているので持ってきたのだ。
(うーん。失言しちゃったなぁ。ルーエン様のことだから絶対綿毛前の花は黄色だよねぇ。嘘の報告するわけにもいかないし)
そっと木箱を開ける。今のところ、まだ魔力を飽和した状態でキラキラと光っている。
他の花でも実験して比較してみたいなぁと思っていると部屋のベルが鳴った。来訪者を知らせるベルだ。急いで木箱を鍵付きの引き出しに入れた。
ドアにある覗き穴から覗いてみると、そこにはアドルフィーネが立っていた。
「アドルフィーネ様、どうされました?」
扉を開けて応対すると、アドルフィーネはニコリと微笑んだ。
入学式の時よりやや派手めな色の口紅を塗っていて香水の香りもさっきより濃い。
「この後、新入生歓迎会が大広間であるみたいですの。よろしければご一緒しませんか?」
懇親会で碌に生徒と交流できなかったルーチェにとっては新入生と交流を深める、またとないチャンスだ。アドルフィーネが誘ってくれるのならぜひ行きたいが、どうしても彼女と一緒にいたエルネストが気がかりだ。また睨まれてしまう気がする。
「わたくしはアドルフィーネ様とご一緒したいのですが、エルネスト様はよろしいのですか?」
遠慮がちにそう聞いてみると、思いもよらないことを言われたとばかりにアドルフィーネはローズブラウンの目を丸くした。
「エルネストに気を遣う必要はございませんわ。さっ!行きましょう!」
そう言うと、アドルフィーネはルーチェの腕を引っ張って連れ出した。
(ぜったい睨まれる気がするよぉ!!)
「なぜ貴女がアドルフィーネ様と一緒にいるのですか?」
予想と全く同じような反応をされ、ルーチェは、ほほほと苦笑いした。当たり前のようにルーチェ達より前に大広間に着いていたエルネストは、アドルフィーネが来るのを待ち構えていたらしい。
「あぁ。なぜ男子寮と女子寮の場所があんなにもかけ離れているのでしょう」
「……渡り廊下一本ですよ?」
「何を言っているのですか、ハイアン様。私とアドルフィーネ様は生まれてこの方、これ程距離を置いたことはございません。私にとっては無限の道のように思えます」
「誤解を招くような発言はおよしなさい」
アドルフィーネはエルネストを笑顔で睨んだ。この二人はこれが通常営業なのだろう。
「それにしても人が多いですね。新入生のほとんどは来ているのではないでしょうか」
辺りの雰囲気は先程の入学式より浮き足立っている。それは女性ほど顕著だ。
アドルフィーネは、辺りを見回しているルーチェに意地悪く笑みを深めてこう言った。
「今日はシルヴァン殿下や生徒会の皆様も歓迎会にいらっしゃるみたいですの」
「そうなのですね」
その名前を聞いてルーチェは今すぐにでも逃げ出したくなった。
課題達成には二人の王子を知らなければならないのだが、あの人達は絶対に混ぜるな危険だと思う。二人が同時にこういう場に出席するのはどうなんだろうか。
ルーチェの反応が思っていたより薄かったせいでアドルフィーネは少し面食らう。そして少しだけ眉を顰めた。
「……そういえば、ルーチェ様はシルヴァン殿下のご指名のもと、城で植物の研究をしていらっしゃると噂になっておりますのよ。……本当ですの?」
アドルフィーネは優しげな目に影を落とし、ルーチェに静かに問いかけた。
「ええ。ご縁がありまして。優秀な植物学者と共同研究を行っております」
「植物学者と……」
念のため、研究自体にシルヴァンはあまり関係がないことを強調しておく。
ルーチェは知らないが、幼少期、シルヴァンの婚約者候補のリストの中に、以前はルーチェも名を連ねていた。だが十五歳の魔力測定で全属性が判明し、リストから外れた。全属性かつ女性の場合、成人すれば聖女として教会に祭り上げられる可能性があるからだ。
アドルフィーネは元婚約者候補であるルーチェを警戒している。
「では、シルヴァン殿下と特別な仲ではありませんのね?」
釘を刺されるようにそう言われて、ルーチェは頬を引き攣らせる。
(なんか、懐かしい。中学生の時にこういうのあったね)
「研究関係でやり取りをさせて頂くことはありますが、アドルフィーネ様が思っているような関係ではございませんよ」
精神年齢はこれでも成人しているルーチェはアドルフィーネが少し可愛く思えて、つい揶揄うように言ってしまった。ルーチェ本人は恋だの愛だの全く経験がないくせに。
「そ、そうですか……」
アドルフィーネは少し顔を赤くして年相応な表情になった。美人なせいで妙に色っぽい。
それをニコニコと見つめていると、入り口の方からザワザワとした声が聞こえた。
人と人との間から目立つ朱色の髪がチラチラと見える。あれは第一王子のリュシエルだ。続いてシルヴァンが入ってきたのが分かった。その次も生徒会のメンバーが続々と入室してきた。
リュシエルが前に立ち、拡声器をどこからか出した。あれは魔術具だ。
「ええ〜。皆さん、入学おめでとう。早速集まってくれて嬉しいよ」
そんな緩い言葉から始まり、会場はクスクスと和やかな雰囲気に変わった。
挨拶も程々に、早速少しでも生徒会メンバーと近づこうと、皆が前へ押しかける。
対応しているシルヴァンは完全に王子モードだ。その完璧な振る舞いのどこかに負のオーラを感じた。いつものように取り繕ってはいるが、完全に不満が滲み出てしまっている。
色々と面倒くさそうだなぁと後ろで密かに思っていると、アドルフィーネは生徒会に、正確にはシルヴァンに群がる女子達をひと睨みして、ゆっくりとシルヴァンに近づいた。
その恐ろしく毒を含んだような笑顔にルーチェは頬を引き攣らせた。
「ア、アドルフィーネ様?」
ルーチェの声はアドルフィーネには届いていない。
「お初にお目に掛かります、シルヴァン殿下。わたくしアドルフィーネ・ノルディアと申します」
そう言っただけで、シルヴァンの周りに群がっていた女子達は一歩引き、彼女に場を渡した。
「ああ、はじめまして。入学おめでとう、アドルフィーネ嬢」
ルーチェは目をぱちくりさせた。そして隣で苦虫を噛み潰したような表情をしているエルネストにコソッと訊ねた。
「あの、エルネスト様、アドルフィーネ様は一体何者なのでしょう」
「ハイアン様……。貴女まさか何も知らないのですか?アドルフィーネ様は、あの憎き……ゴホン。シルヴァン殿下の一番有力な婚約者候補でいらっしゃいます」
なんと、アドルフィーネはシルヴァンの婚約者候補だった。
「まさかシルヴァン殿下に婚約者がいらっしゃるとは存じ上げませんでした」
「婚約者ではなく、婚約者候補です。そこは間違えないでいただきたい」
エルネストはすかさず訂正を入れた。彼にとっては大きく違うことらしい。
「憎きという割には、止めに入ったりしないのですね?」
「止めに入りたくないわけがないでしょう。今にでもあの貼り付けたような気味の悪い笑顔をぶん殴りたくて拳が震えております。私はアドルフィーネ様を婚約者候補から婚約者にさせないようにセルヴァイアに入ったのですから」
ボソボソと言っているので大丈夫だろうが、どれも一発で不敬罪だ。ルーチェが言えたことではないが。
「…………それでも私があの顔面を殴らないのはアドルフィーネ様が一生懸命に頑張っているお姿を見ていたいからというのもあるのです」
エルネストは何か眩しいものでも見るかのようにシルヴァンと会話をしているアドルフィーネを見つめていた。
◆ ◆ ◆
「シルヴァン殿下、貴方からのお手紙は全て保管しておりますの。寮へも持って参りました」
「そうか、それは嬉しい。大切にしてくれているのだな」
「もちろんですわ。今日やっとお会いできて嬉しいです。この日をずっと心待ちにしておりましたの」
「今日はめでたい日だからな。存分に楽しんで欲しい」
アドルフィーネ・ノルディア。
ノルディア領主がシルヴァンの婚約者にと、推しに推している娘だ。
中身のない会話を繰り広げながら、シルヴァンに言い寄る周りの女子を牽制している。現に今、アドルフィーネの独壇場だ。
「この後、よろしければ学園を案内して下さいな」
「すまない。この後は生徒会の仕事があるんだ」
そう言っているが、シルヴァンは生徒会メンバーではない。そしてこの歓迎会に来る予定も全くなかったのだ。
ルーチェを誘って歓迎会が開かれているうちに静かな学園を案内する予定だった。
それなのにリュシエルがシルヴァンをノリで誘い、断りきれず現在に至る。
だいたいの催し事はリュシエルが参加していればシルヴァンは欠席し、シルヴァンが参加していればリュシエルが欠席するという暗黙の了解がある。特に公務ではない学園のイベントはそれが当たり前だ。
この二人がこのように学園で顔を並べることは貴重だと言っていい。
「そうですか……。残念ですわ。では今度二人きりでお茶会をしてくださる?それならばいいでしょう?」
「ええ。もちろん」
シルヴァンは笑みを深める。内心煩わしく思っていることはおくびにも出さなかった。
シルヴァンの碧眼はふと色を取り戻す。ずっと後ろの方にルーチェがいるのを見つけたのだ。
(ルーチェ!絶対部屋で寝ていると思ったのに……!)
当たり前のようにシルヴァンを取り囲む女子達の中には居ないが、彼女がこの場にいるだけでもシルヴァンは感動していた。
のも束の間……。
(……隣の男はだれだ?)
黒髪に金色の目をした猫のような男がルーチェと親しげに話している。
「嬉しいですわ。シルヴァン殿下はどのようなお菓子がお好きですか?」
「菓子ならなんでも食べられる」
(……ルーチェ達は何を話しているのだろうか)
「まぁ、可愛らしいこと。では当日は最高級の物を実家から取り寄せましょう」
「それはありがたい。楽しみにしているよ」
(……俺がこんなに取り囲まれていてもやはり君は何も思っていないのだろうな)
「いつにいたしましょう。シルヴァン殿下のご予定に合わせますわ」
(……!?会場から出て行ったぞ。二人でどこへ行くつもりだ?)
「まずはアドルフィーネ嬢が学園生活に慣れてからにしよう。急に張り切ると体調を崩しかねない」
シルヴァンは出て行った二人の後を追うべく、アドルフィーネとの会話を終わらせる方向へ舵を切った。
アドルフィーネ・ノルディア(15)
女子力高めのお嬢様です。シルヴァンの有力な婚約者候補。
エルネスト・アーヴェル(15)
アドルフィーネの婚約阻止のためだけに難関のセルヴァイアを受験して見事受かりました。
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