【1-19】貴族って鈍感が多いよね
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
「……はぁ。なんでこんなことになってしまったのだ」
馬車に揺られながら王城に向かうバーナードは招待状をもう一度読み返す。そこに書いてある文字は一字だって変わってはくれない。
当然昨日は一睡もできなかったので彼の目の下には薄く隈ができていて顔色は青白い。
外からは賑やかな声が聞こえてくる。招待状から窓の外へ視線を移すと、馬車はすでに王都に入っていた。
到着してくれるなという気持ちと早く終わらせたいという気持ちが入り混じり胃が今すぐにでも爆発してしまいそうだ。
「陛下と殿下に平謝りして、ルーチェをすぐに連れて帰宅しよう」
そう心に誓ったバーナードだった。
……が、彼を待ち受けている試練は生半可なものではなかった。
「バーナード、久しいな」
会場に案内されたバーナードはまず最初に学生の頃の学友、ベネディクト・ダルスがいたことに驚いた。
詳細を何も聞かされていないバーナードは首を傾げる。
そんな彼をよそにベネディクトは当時と変わらない親しげな笑顔を向けた。
ベネディクトは学園でも彼の腹違いの兄に迫害され続けていた。しかし、気丈な性格で暗い部分は一切感じさせない、努力家だった。そのため、今は領主の座に就けてよかったとバーナードは思っている。
……のだが、今回ばかりはその親しげな笑顔に応えることができなかった。
「先日はうちのバカ息子が失礼したな」
そう、ベネディクトの次男、ラオブルートがルーチェに求婚したのだとか。
「今回ばかりは許し難いな」
領地的には二人の婚約は悪くない。交易も盛んでベネディクトの人となりも知っているしラオブルートとも幼い頃に何度か会った事がある。武術に長けている男だ。ルーチェを守ってくれるだろう。
だが、ラオブルートがルーチェ自身ではなく『聖女』としてルーチェを見ている可能性を捨てきれない。なにより父親としてここは抵抗したかった。
「確かにこっ酷くフラれたが我が息子は諦めていないぞ」
ベネディクトが片眉を上げ面白そうに言ったところで使用人が二人を席へ案内した。もうすぐ陛下がいらっしゃるのだろう。
ベネディクトが案内された席は陛下の左。ベネディクトの隣がバーナードだ。
ダルス領とハイアン領は一応ハイアン領の方が上位であるため本来なら逆であるが、今回の騒動にはダルス領が大きく関わっているためこの配置だ。
詳細を知らないバーナードでも、陛下がダルスの反応や今後の対応を見たいと思っていることは察した。
(残りの席を考えるとルーチェは来ないか……。来てくれたら話ができたのだが……)
いや、むしろ来ない方がいいかと思い直した。
暫くして、陛下とシルヴァンが入室した。
ルーチェはやはり来ないかとホッとしていると、シルヴァンに続けて見覚えのある金髪の少女が入室してきた。
(……ルーチェ!?なぜ陛下とシルヴァン殿下と一緒に入ってきたのだ!?)
ルーチェは澄ました顔で入室し、案内された席に座る。
「!?」
長卓の中心に座るのはもちろん国王陛下——テオドシウス・セラレオールである。
だがルーチェが案内された席は陛下から見て右、上座だ。
その隣にシルヴァンが座る。
あまりの衝撃が、顔に出ていたのだろう。
ベネディクトがバーナードに聞こえるように「陛下のご意向だろうな」と呟いた。真顔だが、明らかに揶揄を含んでいる。
寝不足気味のバーナードは卒倒寸前だった。いや、三秒は気を失っていた。
◆ ◆ ◆
(あああああお父様がガン見してるぅぅぅううう)
ルーチェは澄ました顔をしていたが内心バクバクだった。背中にはびっしょりと汗をかいている。上座を案内された時は断らないと処刑ドッキリか何かだと思った。
一瞬だけ陛下を見たが「座れ」の圧が強くて強くて……その圧で椅子に腰が下りたと言っていい。
ルーチェはバーナードを見るのが怖くて目を逸らしていたが、もう怒りを通り越しているのが見なくても伝わった。
(うううう、面倒な娘でごめんなさいぃぃぃ)
ルーチェは心の中で必死に土下座した。
「皆、よく集まってくれた。感謝する。各々言いたいことはあるだろうが、まぁまずは食事をしよう」
テオドシウスがグラスを持ち上げて軽く微笑むと、皆一斉にグラスを持ち上げた。
「乾杯」
朗々とした声で晩餐会は始まった。
「恐れながら、陛下の体調が優れないのではと最近耳にしました。お身体の方は?」
「問題ないぞ」
テオドシウス陛下は体調が悪いのでは、という噂が一時期流れていたが、本人を見る限りアレはただの噂に過ぎなかったようだ。
シルヴァンよりも濃い青の瞳は間違いなく、ルーチェを見極めようとギラギラしていた。体調が悪い人のものではない。
食事はとても華やかで味よりも装飾的な面で豪華さを出していた。野菜一つ、盛り付けにこだわっているのが一目で分かる。
しかし、テオドシウスと距離が近いせいで美味しいのか美味しくないのかも分からない。
(昨日は美味しかったな……)
ルーチェはふと、昨日の食事を思い出していた。
「そういえば、昨日二人は一緒に食事をしたらしいな」
びくぅっとルーチェとシルヴァンの心臓が跳ねる。まさかこの王様は心が読めるのだろうか。
「ええ。お誘いいただきまして……」
ほほほ、と笑って誤魔化しながらきちんとシルヴァンからの誘いだったことを強調しておく。王子を狙う身の程知らずな女だと思われたくないからだ。
ルーチェの目論見はしっかりシルヴァンに伝わり、彼は複雑な気持ちになりながらも事実ではあるので肯定した。
「ルーチェ殿には協力してもらったので個人的に労いの気持ちを込めて食事を振る舞いました」
(殿……)
シルヴァンはいつもルーチェを呼び捨てにする。だが今日は公式の場だからか敬称をつけて話している。話し方や顔つきもいつもより大人に見えた。
「また料理などして……。ルーチェ嬢に下手なものを振る舞ったのではあるまいな?」
陛下がシルヴァンをジロリと睨みながらそう言った。シルヴァンが厨房に忍び込んだことはバレているようだ。
シルヴァンは慣れているのか「精進します」とだけ言って流そうとしたが、ルーチェは納得いかなかった。
(今の食事より百倍は美味しかったけど)
とは言えないので聖女スマイルを貼り付けてクスリと笑う。
「陛下、お言葉ですが、シルヴァン殿下のお料理は格別でしたわ。『料理など』という言葉ではとても片付けられません。まだお召し上がりになっていないのでしたら勿体無いと思います」
「そ、そうか……?」
「ええ。そうです」
シルヴァンは目を丸くした。ルーチェが自分の料理をそこまで褒めてくれるとは思ってもみなかったのだ。じわっと目頭が熱くなり、慌てて涙を止めた。
またルーチェの喜ぶものをたくさん作ろうと心に誓う。
「ル、ルーチェ。なんという口の利き方を……」
バーナードは震えながらルーチェを咎めたが陛下は軽く手を挙げてバーナードを制止した。
「良いのだ、ルーチェ嬢には相応の礼をするのが筋であるからな」
「……恐れながら、お礼とは?希少植物保護とはまた別件ですか?我が愚女は何をしたのでしょう……?」
「其方、やはり何も知らなかったのだな。ルーチェ嬢はダルスの英雄だぞ」
「それはタンポポを保護したからであろう?」
何も知らされていないバーナードに何故かベネディクトが得意気に胸を張り、余計に困惑する。
「……今日私がここへ呼ばれたのはお咎め、ではないのですか?」
「まさか。ルーチェ殿にはとても感謝している」
シルヴァンにまでそう言われたバーナードはやっと胸を撫で下ろした。さっきまで青白かった顔色が元に戻っていく。
「詳細は食事の後にしよう」
話は使用人を排して行うようだ。内密な話も多いので仕方ない。
バーナードもそれを察して静かに「承知しました」と言った。
「……それにしてもラオブルートは少々、頑張らなければならないようですな」
ルーチェの目の前に座っているベネディクトがシルヴァンとルーチェを見比べて顎を撫でた。
ルーチェが目をぱちくりさせているとテオドシウスは面白そうにその話題に食いついた。
「ルーチェ嬢に求婚したと噂になっておるな。まだ諦めておらぬのか?」
「ええ。振り向いて頂けるよう準備に励んでおります。シルヴァン殿下が助言を下さったとか」
バーナードはそれを聞きバッとシルヴァンを見た。
爵位持ち領地の一族が他領に嫁ぐ場合、王族の許しがいる。
王族であるシルヴァンがラオブルートを支持するとなるとその婚約話は冗談では済まされない。急に現実味を帯びてくるのだ。
「本当にシルヴァン殿下が……?」
シルヴァンはバツが悪そうに視線を逸らした。
「ああ……、確かにもっと準備をする必要があると言ったが助言のつもりではなかったな。ルーチェ殿が嫌がってるように見えたので話を終わらせようとしたのだ」
なぜか気まずそうにルーチェの方を見ながらそう言った。確かにあの時はいらないことを言うなよと思った記憶がある。
「なるほど、そういうことでしたか。ルーチェに気を遣って頂いたようで、感謝致します」
バーナードが明らかにホッとしたように胸を抑えた。彼はさっきからドキドキしてはホッとしての繰り返しだ。今日はずっとそれが続くのだが。
対照的に、ルーチェはあの時のシルヴァンを思い出し、遅れて沸々と怒りが湧いていた。
「あら、そうでしたの。てっきりわたくしはシルヴァン殿下に嫌われているのかと思いましたわ」
シルヴァンは一瞬うっと詰まったが、いつも以上にキラキラの笑顔でルーチェに答える。
「ではこれからは好いてもらえるように努力をしよう」
「あらまぁ、それは相当な努力が必要になりますわね」
ルーチェは、ここぞとばかりにあの時の仕返しを楽しんでいたが、大人達はこのやりとりを奇怪なものを見る目で見ていた。
食事を終え、給仕係が手際良く食器類を片付けていく。片付けが終われば使用人を排し、テオドシウスは立方体の箱をテーブルの上に置いた。
中から取り出したのはゴテゴテとした細工が取り囲んでいる魔法石だ。
その魔法石に魔力を込めると部屋全体が結界に覆われる。少量の魔力を送るだけで防音結界を発動してくれる魔術具だ。
さすがは王族が使うものである。これ程の大きさの魔法石は非常に高価だ。その上、機能に影響しない装飾にまでこだわっている。
「では、くだんの件について詳細に説明願おう。まずは当事者に話してもらおうか」
「ええ。最初は希少植物絡みの説明を。ルーチェ殿からどうぞ」
(丸投げっ!?)
一斉にルーチェに視線が集まった。
さっきの仕返しだろうか。シルヴァンはふふんっと面白がるようにルーチェを横目で見ていた。
動揺するのは癪なのでルーチェはコホンと咳払いし、順を追って説明する。
「希少植物『タンポポ』の研究を進めるうちに、タンポポは繁殖が事実上不可能であることを突き止めました。では何故セルヴァイア校内のダルス領地が使う馬車止めに自生していたのか。答えはひとつしかありません。誰かが意図してそこに植えたのです。ダルス領に汚名を着せるために」
ルーチェはそれから、ブランの誘拐から救出までのことや、人工精霊とロドリク・モーデンのことを説明した。当然、治癒魔法を使ったことを除いて。
(ていうか本当に内緒にしてくれてるんだ……)
陛下はブランの容態について疑うことなく相槌を打ちながら話を聞いている。
シルヴァンは治癒魔法のことを何故内緒にしてくれているのだろうか。彼に一体何のメリットがあるのか単純に疑問だ。内緒にしてくれるのは助かるので言わないけれど。
「自分の命を狙っている奴の所にわざわざ行くなんて……。お前はなんて危険なことを」
バーナードはルーチェの話を聞きながらやっと戻っていた顔色を再び青くした。
「大丈夫ですわ、お父様。シルヴァン殿下や騎士団の方がついて下さいましたの。そのおかげで怪我はありませんでした。ね?シルヴァン殿下」
怪我がないどころか、ルーチェは花園の頑丈な扉を木っ端微塵にして人工精霊をボコボコにしてしまったのだが、わざわざそれは言わない。人工精霊を捕らえたという事実さえ伝えれば嘘をついたことにはならないと思ったからだ。何より、後からバーナードに説教される時間を少しでも短くするためである。
ルーチェは話を合わせろとシルヴァンに圧をかけた。シルヴァンはそれを受け取り「ああ。ルーチェ殿には指一本触れさせていない」とバーナードに爽やかな笑顔で答えた。シルヴァンにそう言われればバーナードもこれ以上は何も言えない。
ルーチェはシルヴァンの口角が意地悪に上がっていたのを見逃さなかった。貸しを作ったつもりのようだ。
(この王子、やっぱ性格悪いよね?)
料理をご馳走してくれたり、ブランの救出に骨を折ってくれたり、治癒魔法の行使を不問にしてくれたりと、色々お世話になったのでシルヴァンへの好感度は徐々に回復していたのだが、それはそれだと思い直すことにした。
ベネディクトは静かに手を挙げた。
「私からも報告を。その前に一つだけお時間を頂きたい」
先ほどまでの豪快な笑みは、どこにもなかった。
テオドシウスが無言で頷くと、ベネディクトは席を立ち、ルーチェの正面へ回る。そして迷いなく、片膝をついた。
(…………え)
領主が。国王陛下の御前で。十五歳の小娘の前で。
バーナードが息を呑む気配がした。かつて学園で、兄に迫害されながらも決して人に頭を下げなかった男が、今、娘の前に深く首を垂れている。その光景に、バーナードは一瞬だけ胃の痛みを忘れた。
「ルーチェ・ハイアン嬢。まずは、謝罪をさせて頂きたい」
低く、落ち着いた声だった。
「我が領の出身者が、王族の宝である希少植物を悪用し、あまつさえ貴女の命まで危険に晒した。ロドリク・モーデンは粛清の網から零れた者。それを見落としたのは、領主である私の不手際だ。ダルスを代表して、深くお詫び申し上げる」
ルーチェが口を開く前に、ベネディクトは続ける。
「そして礼を言わせてほしい。あの日、貴女が馬車からタンポポを守ってくださらなければ、ダルスは今ごろ、王族の宝を踏み潰した家として汚名を着ていたはずだ。ようやく立て直しの途中にある領と、ようやく取り戻した領民の信頼を、すべて失っていたかもしれない。そして貴女は、その企みの黒幕を暴き、ダルスの疑いを晴らしてくださった。ダルスは、貴女に二度救われた」
ルーチェの背中を、冷や汗が伝う。
(わたしは、ただタンポポを採集しようとして、道に飛び出しただけなんです!!なんなら摘み取って持ち帰ろうとしていたんです!!しかも暴いたのはわたしじゃない!!)
「ベネディクト卿」
ルーチェは覚悟を決めて、いつもの聖女の笑みを消した。
「どうかお顔をお上げください。謝罪は謹んでお受けいたします。ですが、わたくしはあの日、貴領を守ろうとしたのではありません。目の前の花に、ただ夢中になっていただけなのです。それにわたくしは皆様にご協力いただいた身です。お礼を頂くわけには参りません」
一瞬、静寂が落ちた。
ベネディクトは目を丸くし、やがて、肩を揺らして低く笑う。
「だからこそだ。ダルスの者は、結果を飾らない人間を信用する。手柄を誇れる場面で、誇らない。貴女のその姿勢に、私は礼がしたいのだ。……ダルスは武の地、受けた恩は必ず返す。礼の言葉が信用ならないのなら物を送ろう。望むものがあれば、何なりと言ってくれ。愚息に持たせてすぐ届けさせ……」
「いえ、結構です!!わ、分かりました!お礼をお受けいたします!」
食い気味に叫ぶルーチェに、ベネディクトは口の端を持ち上げる。
「愚息は、家の門をくぐらせては貰えぬか」
「そういう問題では!」
「ベネディクト!陛下と殿下の御前でこれ以上冗談を言うんじゃない!」
バーナードとルーチェが叫ぶとベネディクトはまた豪快に笑った。
面白くなさそうに不機嫌な笑顔を浮かべていたシルヴァンは咳払いして、ベネディクトに席に戻るよう促した。
「……もう良いか?ベネディクト卿。話を」
「失礼。では、ロドリクについて話させていただきましょう」
ベネディクトはロドリクの素性をダルスで調べたようだ。
「ロドリク・モーデンは政変で彼の父親が処刑され、自身もセルヴァイア魔法学園の教師を解雇されています。父親は、ロドリクが製作していた魔術具や魔導具を本人には内緒で密売していたようです」
ロドリクは知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担がされていたようだ。腐ってもブランの師匠であるため、彼は魔法の面においては優秀だ。
(もったいないな……)
「ダルスの政変で行われた粛清は余程大規模だったのですね」
話を聞いている限りロドリクまで甘い汁を啜っていたとは思えない。随分と末端まで影響があったようだ。
ベネディクトに訊ねると当時を思い出すかのように眉間に皺をつくった。
「ええ。私の義兄であり前領主であるグラーヴェンが招いた闇は根深いものが多かった……。一からダルスを再建するためには必要であった規模の粛清だと思っています」
ダルスの政変は六年前、前領主の夫人、ロザリア・グラントールの病死から始まった。
当時グラントール家は武力に長けた名家であり、国の武力と名高いダルスで幅を利かせている貴族であった。
ベネディクトは、グラーヴェンの腹違いの弟である。
ベネディクトは勉学や剣術においてグラーヴェンより秀でていたので領主の後継者ではあったが、ベネディクトは第二夫人の子。決定打には欠けていた。
そんな中、グラーヴェンにロザリア・グラントールとの縁談が持ち上がり、その結婚がグラーヴェンを領主の座に引き上げたのだ。
グラントール家は優秀なベネディクトよりも傀儡にしやすいグラーヴェンを選んだ。
グラントール家が大きな後ろ盾となり、やりたい放題だったグラーヴェンは領民に嫌われる悪徳領主となった。
グラーヴェンは自分より能力の高い義弟に幼い頃から劣等感を抱いていて、ベネディクトとその母、ヴェレナを長年に渡り迫害し続けた。
しかし、ロザリアはグラーヴェンとの間に子もできぬまま病死した。愛娘の死に心を痛め、その半年後、後を追うようにロザリアの父が急死したのである。
グラーヴェンは唐突に後ろ盾を失った。
ヴェレナとベネディクトは領民にグラーヴェンがやってきた今までの非道を暴露し、グラーヴェンに迫害されてきた者達を取り込んだ。
グラーヴェンはそのまま失脚。領民の支持を得てベネディクトが新領主に就任し、現在に至る。
まさにダルス領はいま、立て直し中の大事な時期なのだ。
そんな中、粛清対象になった者が王族絡みで事件を起こしてしまった。
若き領主は今、密かに頭を痛めている。正直、この状況で領主の次男が聖女に求婚など、咎めて然るべき案件であるのだが、ベネディクトも領民も温厚な性格故かその点についてはあまり深く考えていない。
「ロドリクは大人しく事情聴取に応じているようで安心しました。動機は何だったのでしょうか」
ベネディクトがシルヴァンに訊ねると、シルヴァンはチラリとルーチェを見た。
「……ロドリクはブラン殿の恩師でもあったようだ。ブラン殿がどこまで詳細に伝えたのかは不明だが、ブラン殿が花守だということはすでに知っていた。タンポポを植えたのは、ベネディクト卿や今年入学するラオブルート殿に汚名を着せることと、ブラン殿をその犯人に仕立て上げることが目的だったようだ。ロドリクの意思でやったことに間違いはないが、人工精霊の仕業により、一種の洗脳状態になっていたようで正しい判断ができなかったのだろう」
シルヴァンはあえて抑揚のない声で喋っている。ブラン絡みの話になるとルーチェは途端に怒りスイッチオンになるからだ。
そのおかげもあってか、あのルーチェがこんな話を聞いても目に影を落とすだけで済んでいる。シルヴァンは地雷を踏まないよう早々に話を変えることにした。
「問題は人工精霊の方だ。自身では希少植物のひとつ『アサガオ』の下級精霊だったと言っているがそれを確認する術がない。作り手についても仄めかしている。だが花園の詠唱や鍵を知っていた点、精霊は嘘が吐けない種族という点から考えて間違いないと思われる。問題は……」
シルヴァンは一瞬だけバーナードを同情するような目で見た。嫌な予感がバーナードを襲い、ゴクリと唾を飲む。
「人工精霊はルーチェ殿になら、全てを話すと言っている。精霊は痛覚がないため拷問も意味がないのだ。現状、誰が取り調べしても黙秘が続いている」
「なぜそこまでルーチェ嬢に執心しているのだ?何か心当たりがあるか?」
「いいえ。心当たりはございません」
陛下の質問にルーチェはコテリと首を傾げて平然と嘘をついた。シルヴァンだけが苦い笑いを浮かべている。
「ですが、わたくしが取り調べをしましょう」
「ルーチェ!?」
バーナードは当然ながら目を剥いた。だがルーチェは冷静に父を見つめる。
「お父様、それが一番手っ取り早いではありませんか。処分されたはずの人工精霊に、生き残りがいたのです。原因究明を急がなければなりません」
「さすがルーチェ嬢!得体の知れない精霊にも物怖じしないとは!」
ベネディクトが手放しで褒めるように、側から見れば責任感の強い令嬢に見えるだろう。だがルーチェの胸の奥は隠し切れない好奇心でいっぱいだった。
(実験するチャーーーンス!)
シルヴァンはなんとなくルーチェの考えていることを感じ取りルーチェに任せていいものか考えたが、このままでは進展も見込めないため、一旦了承することにした。
「では、私もルーチェ殿に同行しよう。そうすれば彼女に危険は及ばない」
ルーチェは明らかに嫌そうな笑顔になった。実に器用である。
バーナードは何か言いたげだったが娘の強い意志と第二王子の申し出により、心はぽっきりと折れてしまった。
「では人工精霊の事情聴取はルーチェ嬢とシルヴァンに任せよう。進展があれば報告してくれ」
「かしこまりました」
国王陛下にそう言われれば、何としてでも人工精霊の口を割らなければならない。
口実を手に入れたルーチェが密かにやる気に満ち溢れていると、陛下は次の話を持ち出した。
「あとは、花園と花守であるブラン・フィールドについて私から報告をしよう」
きた!とルーチェは身構える。
昨日の夕食時、陛下は現状、花園を残すことと、ブランを不問にすることを考えているとシルヴァンは言っていた。ルーチェのひと押しがあれば尚良いと。
昨夜ルーチェは寝る前にその『ひと押し』をたくさん考えてきたのだ。
ただ、寝る前のルーチェの思考なので碌なものは無いが。
「ブラン・フィールドはその家名に恥じないよう我々が探し求めていた希少植物を護ってくれた。何も罪に問うことはないだろう。よって花園は取り壊さぬ」
ルーチェがプレゼンする前に陛下はあっさりと断言してしまった。拍子抜けだ。
(……なんで?)
シルヴァンも同じように思ったのか陛下の真意を見抜こうと碧眼を鋭く光らせた。
「ブラン殿は今朝方意識を取り戻したばかりです。彼とはすでにお話を?」
ルーチェはシルヴァンの言葉に目を見開いた。ブランが意識を取り戻したことを彼女は知らされていなかったのだ。
(なんで言ってくれないの!?)
今すぐにでもシルヴァンに問い詰めたかったが、なんとか自制する。
シルヴァンが悪いのではない。ブランがシルヴァンに口止めしていたのだ。
その真相を知らないルーチェはシルヴァンをバレない程度で睨みつけていた。またシルヴァンへの好感度が音を立てて下がっていく。
「彼には希少植物のことを訊ねた。このまま魔力を注がねばタンポポの寿命は数年であると申しておった。そして彼は我々が魔力を注ぐことも、花守の地位の復興も、功績を讃えられることすらも望んでおらんかった。それ故だ」
シルヴァンはボソリと「ルーチェの言っていた通りだ」と呟いた。
なるほど。とルーチェは理解した。
落とし所を探していた陛下があっさり決断したのは、タンポポはこのまま魔力を注がなければ数年で枯れると分かったからだ。
下手に取り壊したりしてブランやルーチェから余計な恨みを買うよりは枯れて無くなってしまうのを待った方がいいと判断したのだ。これがもし、数十年の寿命だったらまた違う決断だったかもしれない。
『花守』と『王族』昔々は深い仲だった。それ故に、今の王族とブランは微妙な関係性だ。
是非王族にはブラン個人を見て欲しい。どうか、腫れ物を扱うようにはしないで欲しい。ブランはただただタンポポを、希少植物を美しいと思い、今まで一人きりで護ってきたのだ。
タンポポの最期を見届けようと。ただそれだけの為に。
「……ブラン殿は花守だからとか、王族のためだとかそういう理由で花園を護ってきた訳ではないと思うのです」
「ルーチェ殿?」
「だから陛下、シルヴァン殿下、どうかこれからは花守のブラン・フィールドではなく、個人のブラン・フィールドとして彼と接して頂きたいのです」
テオドシウスとシルヴァンは意表を突かれたように目を丸くした。
シルヴァンには心当たりがあった。
ブランと自分を、花守と王族として位置付けなければならないと思っていたからだ。
だが少し困った。
個人のブランを見るならば……シルヴァンにとっては、男どもの前でルーチェに着替えをさせ、ルーチェからの寵愛を一身に受ける最低最悪おじさんなのだ。
「ああ。分かった。ではこれからはそう接しよう」
ルーチェがそう言うのなら仕方ない、とシルヴァンはブランを最低最悪おじさんとして扱うことに決めた。
「……つかぬことを聞くがルーチェ嬢其方、ブラン・フィールドに懸想しておるのか?」
「ゴホッ」
シルヴァンは飲んでいた紅茶を吹き出し、バーナードは絶句した。
「な、な、何をおっしゃるのですか陛下!?ルーチェとブラン殿は歳が離れ過ぎています!」
シルヴァンは動揺し過ぎてルーチェに敬称を付けるのも忘れていた。バーナードはそれには反応せずシルヴァンに同意するようにブンブンと頭を縦に振っている。
「シルヴァン殿下のおっしゃる通りです、陛下!」
「それ程の差、愛があれば全く問題なかろう?」
確かに貴族の間では大きく歳の差が開いている夫婦も少なくない。
根っからの貴族であるシルヴァンは、反論できず「確かに……」と納得してしまった。
「い、いやいや。例えその者が優秀な研究者であり、大貴族の末裔だとしても、簡単に娘はやれません」
そんなやりとりを聞きながらベネディクトは豪快に笑っていた。
「で、実際はどうなのですか?ルーチェ嬢」
ベネディクトは完全に揶揄いモードだ。
シルヴァンとバーナードは目を血走らせてルーチェの答えを待っていた。
当の本人はというと、照れる素振りも見せず、顎に手を当て真剣に考え始めた。
前世も含め、恋愛経験が全くないルーチェはこれが懸想なのかどうかも分からなかったからだ。前世で初恋の経験はあるが、それは小学生とかそこらだ。確かあの時は担任の先生を好きになった。
それを思い出した瞬間、ルーチェにピコーンッと衝撃が走った。
(もしかして、わたしって年上おじさん好き?いやいやまさか)
自分の好みを否定するようにルーチェは横に首を振った。
「ブラン殿のことはただ研究者として尊敬しているだけです。ご存知ですか?彼の最新の論文、すごくすごく興味深いのです。一見植物と魔法学は何の関係もないと思うでしょう?ですが植物がもつ微少の魔力はバカにできないのですよ。簡単に言えば植物の体の中でも人間と同じような魔力の巡りがあるのです。それならば植物が人間と同じように魔力を使うことも……。という論文なのですけど彼の着眼点はわたくしが望む研究にピッタリなのです!あと、彼の字と絵は絶望的に下手なのですけど、論文や本にするための清書作業はとてもとても丁寧に文字を書くんです。それがとっても遅くて彼自身も苛々しているのか眉間に皺を寄せるんですよ。それをファーン兄弟と突いたり伸ばしたりして怒らせるのが楽しいのです。あと……」
ブランへの気持ちが恋慕なわけが無いと、ルーチェはブランの事をペラペラと語る。
行き場のなくなった『ブランのここがすごい!』のプレゼンをここで消費していた。
最初の一言で止めとけば良いものを……とバーナードは眉間を押さえていた。陛下は興味深そうにブランのことを聞き、ベネディクトはカラカラと笑っている。
一方シルヴァンは考える。なぜこんなにもモヤモヤしてしまうのか、と。
彼の小さな(?)恋心は、なんと無自覚だった。
ベネディクト・ダルス(38)
ルーチェに公開告白をしたラオブルートのお父様。豪快で快活ですが苦労人。
ルーチェの父、バーナードとは学友です。
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