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公爵令嬢はスヤスヤ眠りたいだけ。  作者: はっぱ
【第一章 希少植物編】

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21/44

【1-18】アリーの思惑

《!毎日20時に連載中!》

睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。

「悪いが、今日君を帰す訳にはいかない」

「え」

 

「部屋は用意する。何か不便があったら遠慮なく言ってくれ」

 

 治癒魔法を使ったことを不問にすると言われて完全に気が抜けていたルーチェは用意してもらった部屋のソファに座り、途方に暮れる。

 医務室でブランの様子を確認してから家に帰る気満々だったのだ。

 

「それから……」

 

 シルヴァンは少し言いにくそうに苦笑しながら言葉を続けた。

 

「明日の夜、陛下がベネディクト卿とバーナード卿を晩餐会に招待するそうだ。そこにルーチェも出席して欲しい。今回のことについて詳細な説明と、話を聞きつけたベネディクト卿がダルスを代表してルーチェに礼が言いたいそうだ」

 

 ベネディクト卿はダルス領の領主だ。つまり、ルーチェに懇親会で公開告白をしたラオブルートの父親だ。

 

(面倒くさいことになる気しかしない……!)

 

 そして娘の行いに胃を痛めたバーナードまで一緒に出席するのだ。

 彼はルーチェの魔法能力について『全属性で普通より魔法が好きで上手』ぐらいにしか認識していない。


 命を狙う人工精霊と対峙しただなんて聞かされた日には……。干渉し過ぎだと怒られるだけでは済まないだろう。


 

「本気で帰れるとお思いになりましたか?政治絡みなこと故、説明がなければ陛下も困ってしまわれます」

 

 我が父について考えていると、医務室にブランの様子を見に行ってもらっていたアリーがいつの間にか背後にいた。

 

「気配消すのやめてよ。びっくりするじゃない。……それで、ブランさんの様子は?」

「まだ目を覚まされないようです。外傷は特にないので、じきに目を覚ますだろうとおっしゃっていました。オルレン様とフロラル様がついてくれています」

「そう、あの二人がついてくれているのなら大丈夫ね」

 

 治癒魔法で傷は消えているのに目を覚まさないというのは恐らく、精神的なものが影響しているのだろう。

 

「お二人ともルーチェ様を心配しておられましたよ」

「心配……」

 

 残念ながら二人に看病されるような傷は作らなかったのでルーチェは医務室に行けなかった。

 

(擦り傷ぐらい、つけとけばよかったか)

 

 ルーチェの心を見透かしたかのようにアリーは「ご冗談はおやめください」と言った。

 

「いや、何も言ってないけ……」

 

 ルーチェが立ち上がろうとすると、くらりと眩暈がした。


 慣れない治癒魔法や何枚も展開する防御結界は魔力量の多いルーチェでもさすがに身体に負担がかかるものだった。

 それと、怒りで出たアドレナリンが切れたせいもあるだろう。

 

「少しお休みになられて下さい」

 

 アリーは即座にルーチェの体を支え、手際よく楽な服に着替えさせてベッドまで運ぶ。彼女はいつの間にかルーチェの部屋着や晩餐会用の衣装を用意してくれていた。

 

「いつの間に……。ありがとう、アリー」

 

 ルーチェは意識が朧げになりながらアリーに礼を言って深い眠りについた。


「……何年ルーチェ様に仕えていると思っているのですか。貴女様が何か事を起こすことは予測済みです」


 

 暮れの鐘が鳴った頃、アリーはルーチェを起こしに部屋へ戻った。

 案の定というか当たり前にルーチェは一回では起きないのでいつも通りの技を使って起こす。

 

「ハァ、すっきりしたー!」

 

 ルーチェは伸びをしながら軽やかにベッドから降りた。

 

(さすが王城。客室なのに中々良い寝具を使っている!これはシルク素材?軽くて肌触りが滑らかぁ〜。髪にも肌にもいいしふわふわとはまた違って最高だね)

 

 ルーチェが寝具に頬擦りをしているうちにアリーは素早くルーチェの髪を整える。いつものように複雑に結った髪ではなく、あくまでも自然に整えただけのように。

 

 アリーにはシルヴァン絡みで思惑があるのだがルーチェは寝具に夢中で気づかない。

 

 ルーチェの全身を確認しているところで扉がノックされた。

 アリーが扉を開けると、爽やか笑顔のシルヴァンがいた。いつも側にいるパトリックはいない。

 

「ルーチェ、せっかくだから今日は一緒に夕食をどうだ?」

 

 ルーチェは一瞬思考が停止する。一生懸命精一杯考えて、(え、なんで?)としか思わなかった。

 

 さすがにそのまま言葉にするのはまずいので、とりあえずニコリと笑っておく。

 

「ご説明は明日の晩餐会でとおっしゃいましたよね?」

 

 そこでようやくシルヴァンはルーチェが部屋着に着替えていることに気づき、気まずそうに顔を逸らした。その顔は少し赤い。そしてアリーに目で何か訴えているように見える。

 

「すまない、休んでいたのか」

「ええ。今起きたところですが問題ありません」

「そうか……」

 

 アリーに意図して出鼻を挫かれたシルヴァンはゴホンと咳払いをして、いつもの取り繕った王子の顔になった。

 

「今日は私と二人で食事をしないか?」

 

 更に数秒、ルーチェの思考は停止したが、やがてポンッと手を打った。

 

(ああ、事前打ち合わせみたいなことか。確かに陛下の前で話すことを決めておく必要がある)

 

「ええ。よろこんで」

 

 ルーチェの思考はまた明後日の方向へ着地した。


 一応戦いの後だったので湯浴みをさせてもらい、王族と食事をするに相応しい格好に着替えた。

 

(まぁ、二人と言ってもアリーがいるしパトリック様も当然給仕係としているだろう)

 

 貴族の食事は面倒だが大体の場合、給仕係や毒味係がつく。王族なら尚更だ。

 日本出身のルーチェはご飯ぐらい自分で食べられるよと思っていたが、こちらにはそれを仕事として生きている者がいるし、実際毒を盛られるケースも無いわけではないので仕方がない。

 

 そんなことを考えながら広めの部屋に案内されたルーチェは頰を引き攣らせた。

 

「あの、パトリック様はいらっしゃらないのですか?」

 

 パトリックが給仕をしないとなると、こちらがアリーを給仕につけるのは王族を信用していないと言っているようなものなので失礼になってしまう。

 

 すなわち、こちらもアリーを外さなければならない。

 それすなわち、シルヴァンと本当に二人きりということになる。

 

 恐る恐る聞いてみると、シルヴァンは「ああ」と何でもないようにこう言った。

 

「抜け出してきたからな」

 

(抜け出し、て?え?なんて?)

 

 反応に困っていると、アリーがゴホンと咳払いをした。さすがにシルヴァンを咎めてくれるだろうと思って期待の眼差しを向けたが彼女はくるりとルーチェに背を向けた。

 

「パトリック様がいらっしゃらないのにわたくしがいては大変失礼になりますね。では」

 

 かつてない棒読みでそう言ってスタスタと帰って行った。その足に迷いはない。

 

(置いてかないでーーー!!!!)

 

 虚しくアリーの背中に手を伸ばしているとその手をシルヴァンは優しく引いた。

 

「さ、中へどうぞ」

 

 ルーチェは誘導されるがまま席にちょこんと座るしかなかった。


 

 目の前には美味しそうな食事が二人分並べてある。最初から拒否権はなかったようだ。

 良い香りがして無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「冷めないうちにどうぞ」

 

 魔力の消耗が激しかったので、お腹はぺこぺこだ。

 すごく美味しそうな食事からなんとか目を離し、シルヴァンを睨んだ。

 

「良いのですか?毒味も給仕もつけずにわたくしなんかとお食事をなさって」

「君は私に毒を盛るつもりなのか?」

「盛るかもしれないでしょう」

 

 思っていた返答ではなかったのか驚いたように目を見開き、その後吹き出した。

 

「大抵の毒は効かないようになってるから大丈夫だ」

「そういう問題では……」

 

 ルーチェの反論を許さないとばかりにシルヴァンは先に料理に手をつけた。彼は丁寧な所作でポタージュをすくい、静かに口にする。

 ルーチェは渋々白旗を挙げカトラリーを手に取った。

 

「……美味しい」

 

 同じようにポタージュを飲んだルーチェは目を見開いた。ルーチェの好みの味だ。思わず漏れた声にシルヴァンは嬉しそうに笑う。

 

「私がさっき厨房に忍び込んで作ったんだ」

「え!?」

 

(王子が厨房に忍び込むとかあり得ないけど、ザ・王子だな!?)

 

「先ほども抜け出してきたとおっしゃられていましたが、何か理由があるのですか?」

 

 心の動揺を抑えながらシルヴァンに訊ねてみた。

 シルヴァンはカチャリとカトラリーを置き、目線を下げた。

 

「……今日は兄上が帰ってきているんだ」

 

 その寂しげな表情を見る限り、なんとなく察しがついたのと同時にものすごく地雷を踏んでしまったことを後悔する。

 

 しかしルーチェはルーエンから第一王子と第二王子の仲を取り持つという無理難題な課題を出されている。それを達成するためには避けられない話題だ。

 

 希少植物への興味で頭がいっぱいだったルーチェは今更ながら思い出し、そしてそのご褒美にあのふわふわお布団と同じ素材を使っているという枕を現物支給して貰えることも思い出した。

 

(わたしとしたことが……!)

 

 ルーエンからの課題をしっかり思い出したルーチェは、第一王子とシルヴァンの状況を確認しようと試みた。

 

「シルヴァン様は……」

「それより、君の魔法について聞かせてくれないか?」

 

 シルヴァンは圧の強い綺麗な笑顔でルーチェの言葉を遮った。もう聞くなということだろう。

 

(これは相当拗れてるなぁ……)

 

 こんな顔で遮られては俄然興味が湧いてくるが、ルーチェはこれ以上追及する立場にいない。

 ぶどう味のジュースが入ったグラスに口をつけ、今日のところは引くことに決めた。

 

「答えられることでしたらお答えいたしますよ」

 

 シルヴァンも同じくジュースを口にして「嬉しいなぁ」と笑い、質問を考える仕草を見せる。

 

「君は魔力量がかなり多いだろう?それに全属性だという噂は本当かい?魔力測定はどうだった?」

 

 興味津々な青い瞳で矢継ぎ早にそう訊かれたルーチェは若干引き気味になった。何がそんなに楽しいのだろうか。

 

 バスケットに入った胡桃入りのパンを見つめながら全ての元凶になった魔力測定のことを思い出す。シルヴァンはそれに気づくと、ルーチェの皿に胡桃入りパンを一つ置いた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 よく気づくなぁと少しだけ感心しながらパンを一口大に割った。白い湯気と共に胡桃の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 

「魔力測定は、まぁ大変でしたね。わたくしも両親もまさか全属性だとは思いませんでしたから。父は腰を抜かしていました」

 

 魔力測定が強制だと聞かされた時には心底絶望したものだ。セルヴァイア行きが確定してしまったのだから。

 あの時は全属性設定に意図して変えたルーエンを真剣に殺そうかと考えたぐらいだ。

 

「魔力量はどのくらいだった?数値が言われただろう?」

「ええっと」

 

(言えない。二百を越えてただなんて言えない)

 

 せっかく治癒魔法を使ったことが不問になったのに、また怪しまれるようなことはしたくない。

 ナプキンで口を押さえながら急いで考える。

 

 魔力測定では自分の得意属性と魔力量が言い渡される。魔力測定を行う十五歳の平均は男子で約五十、女子で約四十。成人すれば男性で約百五十、女性で約百三十だ。

 

 平均の数値からも分かる通り、ルーチェはルーエンからの課題で鍛えられ、人工精霊の言葉を借りるなら化け物級の魔力量になっていた。

 

 ルーチェは頬に手を添えて思い出すフリをする。

 

「確か……五十いくつかでしたわ」

 

 平均を言うのはバレると分かっている。だからその少し上を言ってみたが、シルヴァンは疑わしそうに眉を顰めた。

 

「君ならもう少しあると思うが……。まぁ、また授業でも魔力測定があるから正確な数値が分かると思うよ」

「た、楽しみです」

 

(まぁあるよね魔力測定!あんな数値出したらわたしの人生終わるッッ!本当に聖女どころか化け物に仕立て上げられるッ!何か手を考えなきゃ……)

 

「魔法の勉強は何をしているんだ?」

 

 冷や汗をかいているルーチェをよそにシルヴァンは柔いステーキを一口大に切りながら質問を続けてくる。

 

「地下で申し上げた通り、ほぼ独学です。魔法書や魔術書を読み漁っては実験しての繰り返しです。なかなか楽しいですよ」

 

 ルーチェもステーキをひとくち食べた。

 その美味しさに魔力測定のピンチはスコーンッと頭から抜け落ちた。ソースはサッパリしていてコクが深くて美味しい。おそらく、隠し味にフルーツを使っている。

 

 美味しいお肉を食べながら魔法実験のことを思い出すというルーチェにとっては最高な幸せを感じて口を緩ませるとシルヴァンはクスクス笑った。

 

「バーナード卿はルーチェに関して気苦労が絶えないだろうな。同情するよ」

「……どういう意味ですか」

 

 嫌味を感じジトリとシルヴァンを睨みつけたが全く効いていない。

 

「そういえば地下で魔法を極めているのは『ある目標のため』だと言ってたな。それはなんだ?」

 

 ルーチェは咀嚼しながら考える。もちろん、ルーエンの居場所まで辿り着き、ふわふわお布団の製法を教えてもらうことだ。

 

 そのまま言ってもいいが、理解してもらえないだろう。

 ルーチェは得意な聖女の笑みを浮かべ一言「秘密です」と答えた。

 シルヴァンは面白くなさそうに「ふーん」とだけ相槌を返した。

 

「それより、こちらからも質問させて下さい」

 

 沈黙が長くなりそうだったのでルーチェから切り出してみるとシルヴァンは目を輝かせた。自分のことに興味を持ってくれたことを喜ぶ子供のようだ。

 

「ああいいぞ。何でも質問しろ」

「では。……ブランさんは今回の件で罪に問われるのでしょうか」

 

 シルヴァンはガクッと肩を落としたが、ジュースを一口飲んで気を取り直した。

 

「ダルス領を陥れたという疑いは晴れたので大丈夫だ、と言いたいところだが、花守であり、王族が希少植物を捜索していたことを知りながら王族に花園を隠蔽していたことは罪に問われるだろうな」

「そう、ですよね……」

 

 ルーチェは皿の上に落ちた胡桃のカケラを見つめながら眉を下げた。

 

 シルヴァンもバスケットからパンを取り、ぱかっと割ると、そのまま皿に置いた。僅かに白い湯気が出ている。

 

「実を言うと陛下は断罪することにあまり前向きではない。本当は不問にしたいがそうもいかず落とし所を探している状態だ」

「どういうことですか?」

 

 ブランが行方不明になり同時に花園が見つかった時、陛下は面倒事を避けるため、発見された花園を秘密裏に処分するだろうとシルヴァン達は考えていた。だからこそ急いだのだ。

 

「君がブラン殿を助けるために直接動き、ブラン殿をはじめ、希少植物研究室を庇護下に置いていることを証明したおかげだ」

 

 ルーチェは首を傾げる。それとこれとがどう繋がるのだろうか、と。

 

「ブラン殿を断罪すれば『聖女』であるルーチェ・ハイアンを敵に回すと陛下は考えているようだ。だから何かと理由をつけて不問にしたいのだ」

 

 シルヴァンはクスクス笑いながらそう言った。

 

「まさかとは思いますが、シルヴァン様が進言なさったのですか?」

「ああ。まぁな」

 

 何か企みが成功したと言わんばかりな嬉しそうな様子でそう言われ、目の前にいる人物を凝視した。

 

「陛下は花園自体の取り壊しも考え直している。明日ルーチェからも直接アピールすれば、強力なひと押しになるはずさ。王族が希少植物に魔力を込める昔の習慣を倣うかどうかはブラン殿と要相談だがな」

 

(一体どんな脅し方をしたの!?)

 

 ルーチェは訊くのが怖くて訊けなかった。明日どんな顔で陛下に会えばいいのだろうか、と心の中で頭を抱える。

 

「逆に、王族の探し物を長い間護ってくれていたとすれば功績を讃えられてもおかしくない。ブラン殿の立場は向上するはずさ」

「ものは言いようですね」

「そうだな」

 

 シルヴァンは面白そうに笑っている。

 花園を守ろうとしてくれるのはありがたいが、新たな問題が発生している気がしてならない。

 

「恐らく、ブランさんは王族が昔の習慣に倣うのを勧めないと思います。あと功績を讃えられて自分の立場が向上することも別に喜ばないと思います」

 

(『今更讃えられても気色悪い』とか悪態を吐きそう)

 

 ブランが讃えられればルーチェは気分が良いが、彼はそうではないだろう。だが、そんな悪態を吐いているブランの姿をルーチェは見たい。そしてオルレンとフロラルと一緒に揶揄いたい。

 

 ルーチェが妄想をして頬を緩ませているとシルヴァンはあまり面白くなさそうにルーチェを見つめた。

 

「やはり、あの三人には気を許しているのだな」

「そうでしょうか」

「私と話す時とは随分違うが?」

 

 顔は笑っているのに目が全く笑っていない。なぜかゾワゾワッと鳥肌が立った。

 

「王城では聖女の庇護下にいる研究室組は羨ましがられているぞ。そろそろ研究室に押しかけてくる者も出てくるかもしれないな」

「それはブランさんが厳しく審査するでしょうね」

 

 ルーチェは一緒に忌憚なく研究できる仲間なら大歓迎だが、ブランは一筋縄ではいかないだろう。

 

 フルーツのジャムが乗せてあるヨーグルトを一口食べる。酸味は少なくほんのり甘い。多分ヨーグルトに少し生クリームが混ぜてある。美味しい。

 

「ところでシルヴァン様、もう一つ質問してもよろしいですか?」

「何だ?」

 

 シルヴァンはまた期待して目を輝かせる。

 

「わたくしがお借りしているお部屋の寝具のことですけれど……」

「何か不手際があったか?」

「いえ、違うのです!その逆です!」

 

 ルーチェは拳を握り、翡翠の目にキラキラとした星を宿し鼻息荒く熱弁を振い始めた。

 

 シルヴァンは夜空の星を詰め込んだかのような翡翠の眼に魅入られる。

 

「あの素材は『シルク』素材でしょうか!?となれば『蚕』がいるのでしょうか!?あの糸を吐く生物のことです!『織物』の技術をシルヴァン様はご存知ですか!?」

 

 側から見れば王子と二人で食事をしたことで秘めた想いが溢れ出し顔を赤らめながら迫る令嬢とその熱に惹かれてしまった王子、の絵面に見えなくもない。

 シルヴァンは圧倒されながらもルーチェが言っていることを理解しようと頭をフル回転させていた。

 

「く、詳しい者に訊いておく」

 

 この答えがシルヴァンの精一杯であった。

 

「ありがとうございますっ!」

 

 満面の笑みで頷き座り直し、その後もシルク素材のどこが優れているのかを一方的に語ったあと、二人は食事を終えた。

 

 

 

「とても美味しかったです」

「それはよかった。また誘うよ」

 

 料理は美味しかったし、意外と素直に寝具のことについて聞いてくれるのでそれは嬉しかったが、もうシルヴァンと二人きりで喋るのはこれきりでいい。ルーチェはにっこりとだけ笑っておく。

 

「シルヴァン様、最後に一つお訊きしてもよろしいですか」

「ああ、もうなんでも訊いてくれ」

 

 さすがのシルヴァンももう期待しない。自分の心を守るために。

 

「シルヴァン様、最近眠れていますか?」

 

 投げやりに言った後に待ち望んでいた自分自身の質問をされてシルヴァンは大きく目を見開いた。

 

 ルーチェはシルヴァンの顔を覗き込み、頬に手を伸ばした。

 肌には触れるか触れないかぐらいだ。シルヴァンは思いがけないルーチェの行動に思わず固まってしまった。


 彼の頬は朱に染まっていることにルーチェは気づかない。

 

「ここ数日は色々動き回って下さっていたのでしょう?シルヴァン様も早くお休みになられた方がいいですよ。睡眠は大切です。よく眠れる回復薬を後でお届けします」

 

 ルーチェはそう言いながら席を立ち、食べ終わった食器類を片付け始めた。

 

「食器類はどちらに運べば良いですか?」

「……」

「シルヴァン様?」

「そのままで大丈夫だ。パトリックがいない時間を見計らって厨房へ返しに行くから」

「そうですか。ではお願いします」

 

 シルヴァンは、頭をなんとか回転させて、ルーチェの手から食器類を受け取った。

 

「では、回復薬の準備を致しますのでそろそろ失礼します」

 

 そう理由をつけてルーチェはそそくさと退出しようとする。

 

「ありがとう。部屋まで送ろう」

 

 シルヴァンは落ち着かない鼓動が知られないようにいつも通りの笑顔をキープしつつルーチェを部屋まで送った。

 

「あ」

 

 と、ルーチェは部屋の前で何かを思い出した。

 くるりと振り返りシルヴァンを牽制するかのようにビシッと指を指した。

 

「わたくしのアリーをたぶらかすのはおやめ下さい。あの子はわたくしのものです」

 

「……気付いていたのだな」

「それは気付きますとも。わたくしの好みのお料理ばかりでしたから。アリーに聞いたのでしょう?」

「彼女にはすごく助けられた」

 

 ルーチェが寝ている間、シルヴァンはアリーにルーチェの好きな料理を聞き、二人で今日の食事を作った。彼女は色んな意味でシルヴァンに協力的だった。

 

 ルーチェは吊り上げていた目を緩め、思わず笑ってしまった。アリーとシルヴァンが協力して料理をしている光景を思い浮かべたらちょっと面白かったからだ。

 

「美味しかったから、今回ばかりは許します」

 

 ルーチェが時折見せる、素の笑顔がシルヴァンはとても気に入っている。それがいざ自分に向けられるとなると、心の奥をさわさわと撫でられたような心地になってどんな顔をしていいのか分からなくなる。

 

「では、回復薬の調合に移らせていただきます!お休みになられる前までには必ず届けさせます」

 

 シルヴァンが呆けていると、ルーチェは素早いスピードで部屋に入った。後半の言葉は多分、部屋の中から聞こえた。

 

「……」


 

 シルヴァンはいつもより倍以上の早足で部屋に戻り、扉をしっかり閉めた。

 途端、顔が熱を持ったように熱くなる。

 窓に映った自分は情けないぐらい耳まで真っ赤だ。

 

 シルヴァンは扉を背に寄りかかると窓に映った自分が視界に入らないように、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。

 先程の笑顔が脳裏から離れない。

 

「なんだ、これ……」

 

 顔を覆ったまま暫くそうしていたが、段々ルーチェの天然さにムカついてきて勢いよく立ち上がると、今日作ったメニューと作り方を紙に書き始めた。

 

 彼もまた、相当な天然だということにはまだ気付いていない。


 ◆ ◆ ◆

 

 勢いよく部屋に入ってきたアリーの主は、戻ってきて早々、回復薬の製作を始めた。

 

 主は第二王子と二人きりで食事をしたというのにアリーの予想より何倍も早く部屋に戻ってきた。色々手を回したアリーは静かに落胆していた。

 

(シルヴァン殿下は何をなさっているのかしら。せっかくルーチェ様の好きな料理を伝授して、部屋着姿までお見せしたというのに、本当に食事をしただけでルーチェ様をお返しになるなんて)

 

 返さなかったら返さなかったでこのメイドはきっと部屋に武装して乗り込むだろう。

 だが、今の彼女はただただ面白そう、という理由だけで動いていた。

 

 それはそうと、なぜ急にルーチェは回復薬を作り始めたのだろうか。

 

「ルーチェ様、その回復薬はどうされるのです?」

「あぁ、これは……。じゃない!アリー!あなたシルヴァン様に何を吹き込んだの?」

 

 ルーチェはアリーの顔を見て思い出したかのようにそう言った。

 

「吹き込んだなんて人聞きの悪いことを。シルヴァン殿下に訊ねられたことにお答えしたまでです」

「厨房に入ったって聞いたけど」

「ええ。殿下は時折厨房に忍び込んでお料理をなされているそうです。すごく手際が良かったですよ。料理人達も慣れているようで、快く食材を分けてくださいました。特に問題はございませんでしたよ」

 

 第二王子が料理人とは言え平民が出入りするような所にホイホイ行く事が問題ない訳がないが、そこはシルヴァン持ち前の愛嬌とコミュ力で目を瞑られている。

 

 ルーチェは「どこの世界の王子も平民の中に潜り込むのが好きみたいね」と苦笑いしていた。

 

 アリーは首を傾げていたがルーチェは知らん顔で回復薬の製作に意識を戻してしまった。


 

「……今、なんと?」

「……?シルヴァン様に回復薬を今日中に届けたいから、これをシルヴァン様の側近に届けて欲しいのだけれど……」

 

 数本の回復薬を受け取ったアリーはまじまじとそれらを見つめた。

 

「……何か問題があるかしら?」

「本当に回復薬ですか?」

「それ以外に何があるのよ」

 

 もちろんルーチェが毒を盛るだなんて浅はかなことはしないとアリーは分かっているし、どう見てもルーチェが普段愛用している回復薬と同じ物であるということも分かっている。

 

「このことはシルヴァン殿下とお約束したのですか?」

 

 アリーの表情があまりにも真剣なのでルーチェは何か問題があるのかと不安そうな顔になった。

 

「さっきの夕食で、今日中に届けるとお約束したのだけれど……」

 

(なるほど。それはそれは……)

 

 夕食の後、夜寝る前に、異性の部屋に届けられる薬なんて、普通は媚薬以外考えられないだろう。

 それをルーチェは無意識にシルヴァンと約束した、と。

 

(シルヴァン殿下は回復薬だと分かっていても戦慄なさったでしょうね)

 

 何も面白いことなく終わってしまったと思っていたが、特大級に面白いことがあったではないか。

 

「問題ありません。渡して参ります」

 

 アリーは表情にそのワクワクした内心を映し出すことなく、ルーチェから受け取った回復薬をシルヴァンの部屋へ届けに行った。

 

 案の定、シルヴァンの側近は驚いた後、回復薬だと分かるとシルヴァンを揶揄うように渡していた。

シルヴァン殿下はお料理が得意です。

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