【1-17】秘密の共有と召喚状
《!毎日20時に連載中!》
睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。
人工精霊を倒した後、すぐに地下に降りて来たシルヴァンは臨戦体勢で花園に飛び込んできた。シアラは諸々の報告とブランを監禁していた男の対処をしているようだ。
(シアラ様に全部丸投げしてきたのか……)
やる気に溢れるシルヴァンには悪いが、人工精霊はルーチェがボコボコにしてすでに気を失っている。
「シルヴァン様、わたくし達も上へ上がりましょう」
シルヴァンは人工精霊のザマと息一つ上がっていないルーチェを見比べポカンとしていたが、やがて剣を収めた。その顔には薄く笑みが浮かんでいる。
「君は本当に強いのだな」
そう言いながら人工精霊をヒョイっと雑に肩に担いだ。
「……その精霊が弱かっただけです」
ルーチェもシルヴァンのあとに続き、無惨にも木っ端微塵になってしまった入り口へ向かった。そこらじゅうに破片が散らばっている。
(ちょっとやり過ぎたなぁ。あとでブランさんに謝らないと)
破片を避けながら歩いていると、シルヴァンはルーチェに手を差し出した。意味が分からなくて一瞬固まる。
「手を」
短くそう言われたことでシルヴァンがエスコートしようとしてくれていることに気づいた。
(よかった……。『なんですか?その手は』とか言わなくて……)
ルーチェは躊躇いながらも、触れるか触れないかぐらいでシルヴァンの手に手を重ねた。
破片をうまく避けながら花園の外の広い空間へ出た。あとは目の前の長い階段を上るだけだ。
「ありがとうございます。シルヴァン様」
ルーチェはエスコートに一瞬気づかなかったことをおくびにも出さず、令嬢らしい笑顔で礼を言った。
そしてシルヴァンの手から手を引こうとしたが、彼はそれを逃さなかった。ルーチェの手は強く握られる。
「シルヴァン様?」
シルヴァンはルーチェに言いたいことが山ほどあった。だが、二人きりの時にどうしても訊いておかなくてはならないことが一つだけある。
「なぜ治癒魔法が使える?」
ルーチェは目を伏せた。
……やはり、見逃してはくれない。
「独学です。わたくしはある目標の為に魔法を極めているのです。治癒魔法がなんたるかは、理解しているつもりです。それをあの場で……シルヴァン様の目の前で使うことの意味も」
だが後悔はない。この先、王族やシルヴァンの権力争いに自分が使われてしまっても、あの場でブランに治癒魔法を使わない選択肢はルーチェにはなかったのだから。
シルヴァンはルーチェの心意を探るように青の目を細めたが、やがてハァッと深い溜息を吐いた。
「……自分をもう少し大事にしろ」
ボソリと顔を背けて呟いた言葉はルーチェには届かなかった。
ルーチェは聞き返そうとしたがシルヴァンは人工精霊を担ぎ直すと、ルーチェの手を引っ張って階段を上り始めた。
「ちょ、シルヴァン様!危ないです!転びますっ!」
シルヴァンの背中から冷気が漂っているように見えるのは幻覚ではないだろう。
(怒ってる!?)
一階分ぐらいを上りきった所で急に足を止め、そっとルーチェの手を離した。
「安心しろ、陛下にも他の者にも治癒魔法のことを言うつもりはない。シアラにも口止めしておく。君は今まで通りに暮らせる」
ルーチェは目を見開いた。
(え、まじ?)
「それは……わたくしはありがたいですが、今の情勢を考えれば……」
珍しく動揺を隠し切れていないルーチェにシルヴァンはクスッと笑った。
「『ありがたい』か。ルーチェはたまに本音が漏れるな」
ギクリと肩を揺らし、ほほほっと目を逸らす。そんなルーチェをシルヴァンは面白そうに見据えていた。
「君は、自由でいる方が観察し甲斐がありそうだからな」
とても爽やかな笑顔でそう言われ、何とも言えない気持ちになる。
(不問にしてくれるのはありがたいけど、ちょいちょい引っかかるんだよなぁこの王子)
「それより、あの場で一人残るのはどうかと思うが。君は強いがもっと周りを頼ることを……」
この先階段を上りながら、シルヴァンはルーチェにずっとお小言を漏らしていた。
とてもとても長い階段だった。
◆ ◆ ◆
ハイアン公爵領領主、バーナード・ハイアンは執務の休憩中に妻のエレノアとお茶を共にしていた。
話題は当然、我が愛娘ルーチェのことだ。
「ハァ、あの子はまた王城に行っているのか」
ルーチェはとても素直で可愛らしく誰よりも聡明な子に育ってくれた。だが一方で興味のあることになると途端に周りが見えなくなるという困った一面もある。
バーナードは胃の辺りを押さえる。
セルヴァイア魔法学園の懇親会にて、希少植物の保護に大きく貢献したルーチェはその植物の研究を王族から直々に命じられた。
「まぁ、あなたったら。ルーチェだって精一杯頑張っているのよ?」
「それは分かっているが……」
エレノアはコテリと首を傾げておっとりとバーナードを咎めた。
実家が豪商であるエレノアのその優しげな目にはしっかりと王族への打算が透けている。
確かに、領主からしてみれば王族との縁を繋ぐまたとないチャンスだろう。
しかし、ルーチェが王族に近付き過ぎるのは要らぬ諍いを招く可能性がある。
ルーチェはその見た目から次期聖女だと目されている。
王族に近づき過ぎれば、他の令嬢とは違い、野心家の一言では片付けられない事態になる可能性もあるのだ。
ルーチェの父である現領主バーナードは、爵位持ちの領主にしては温厚で平和主義なことなどから、他の領地から今まで無理な口出しはなかった。
だが今回の件を聞きつけた他の領地から「私の息子も研究に参加させろ」だの「希少植物の情報を流せ」だの今の時点でも色々と圧力をかけられているのだ。彼は今その対応に追われている。
ルーチェは入学式を数日後に控えている。
バーナードは少しだけだがホッとしていた。学園生活が始まれば、今のように王城へ日参することは難しくなるからだ。王子が二人とも学園にいるのは気掛かりだが、学年も違う。今より王族と少しずつ距離を取ることができるだろう。
バーナードはキリキリとした痛みを押さえようと、温かいお茶を胃に流し込んだ。そんな様子を見てエレノアはクスクスと呆れたように笑う。
「全く過保護だこと」
「いやいや……」
反論しようとしたところで扉がノックされる。もう仕事に戻れとの催促かと思ったが、どうやら違うようだ。
連絡係の者は肩で息をしながら、バーナードに一通の手紙を差し出した。
バーナードは差出人名と紋章を見た瞬間、これでもかと目を見開いて硬直した。そんなバーナードを見てエレノアもその招待状を興味深そうに覗き込む。
「王族から……だと?」
『御息女ルーチェ殿を明日夜まで王城にてお預かり申し上げる。あわせて、明晩の晩餐会へ貴殿の出席を求める』
「あらまぁ……。あの子ったら一体何をしたのかしら」
バーナードは繰り返し繰り返し読み上げるが、何度読んでも、解釈は変わらない。変わってくれない。
これは紛れもない王族からの召喚状である。
我が娘は、なにやらやらかしたらしい。
バーナード・ハイアン(37)
好きなもの:甘いお菓子、妻と娘
最近はルーチェのせいで胃薬が手放せません。
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