↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢はスヤスヤ眠りたいだけ。  作者: はっぱ
【第一章 希少植物編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/44

【1-16】悪魔

《!毎日20時に連載中!》

睡眠のお供にどうぞごゆるりとお読みくださいませ。

 一行はブランを救け出すために早速王立図書館の地下へ向かった。

 おじいちゃん司書は急にゾロゾロと高貴なお方達が姿を現したことに驚愕していたが、パトリックが事情を説明してくれていたようで、すんなりと中へ通してくれた。

 

 おじいちゃん司書はよぼよぼと杖を付きながら長くて白い髭を撫でる。

 

「あやつ、全く姿を見せないから心配しているのです……。ここには居ないと思うがねぇ……。ですがどうかあの子を探し出してやって下さいな」

「ええ。必ず。ですが司書様。ここは危険ですから避難して下さい」

 

 今からルーチェは力ずくでブランを取り返すつもりなのだ。ここにある本達に傷は付けないようにしたいが相手もそうかは分からないし、ルーチェも手加減できる自信がない。是非おじいちゃん司書には避難していて欲しい。

 

「私が彼を外へ。皆さんは進んで下さい」

 

 パトリックが素早くおじいちゃん司書を外へ誘導し、中に誰も残っていないかを確認する。

 

 そして一行はシアラの先導の元、地下へ降りていく。

 幾つか部屋が並ぶ通路を真っ直ぐに進んで行き、やがて行き止まりに辿り着いた。

 

 シアラは壁にそっと手を触れ魔法を発動する。

 すると行き止まりの壁は溶けるようになくなり、その先に階段が現れた。

 

 オルレンとフロラルはシアラが何食わぬ顔で発動した魔法に絶句する。ルーチェもほぅと感嘆の息を吐いた。

 なんと言ってもシアラは魔法の発動スピードが速い。騎士だからこその瞬発力だろう。

 

 口を開けて言葉を失っている二人にルーチェは次の指示を出す。

 

「オルレンさんとフロラルさんはエリオ様とここで待機を。相手をすぐに制圧できなかった場合、ブランさんを貴方達に引き渡します。怪我をしているかもしれないのですぐに医務室に行って下さい」

 

 ブランは貴族嫌いだ。

 エリオだけだったら言うことを聞いてくれるか分からない上に、医務室は薬室の管轄だ。

 医務室にも事情は話しているが、引き継ぎにはオルレンとフロラルの存在は必須。彼らがルーチェの庇護下にあることが知れ渡っている今、この二人がいることで、すんなりと引き継ぎができる。

 

 オルレンとフロラルはルーチェの声にハッとしてしっかりと頷いた。

 

「任せて下さい!ルーチェ様も、もし怪我をしたら絶対に俺達が治しますから安心して戦って下さいね!」

「怪我しても、治しますっ!」

「ええ!?ルーチェ様が怪我してもいいんすか!?」

 

 エリオが二人の少しズレた部分を指摘するが、ルーチェはクスッと笑う。

 

「ええ。二人に看病してもらうのも悪くないです」

「案ずるな。ルーチェは私が守ると誓おう」

 

 シルヴァンがキラキラした王子の笑顔で二人にそう言えば二人はポッと顔を赤くしたが、ルーチェには何も響いていなかった。


 無論、ルーチェは怪我なんてするつもりはさらさらなく、相手をぶちのめすつもりでいたからだ。

 

 三人にこの場を任せて、ルーチェとシルヴァン、シアラはさらに地下へ続く階段を降りていく。五階分くらい降りたところで少し開けた空間と一つの大きな扉が見えた。

 

「ここです」

 

 この扉が例の解除不可能な扉らしい。

 つまり、この先に花園がある。

 

 ルーチェは静かに扉に触れた。扉自体はルーチェの攻撃魔法で壊せそうだと判断する。

 が、実際に花園に入るには詠唱が必要だ。所謂パスワードのようなものである。

 

 シアラは調査の段階でここまで辿り着けたが、詠唱が分からず中に入ることを断念したらしい。シアラの調査後、入れ違う形でブランが誘拐されたのも大変間が悪かったといえる。


 ルーチェは魔力探知で中の様子を探る。

 

「中に人間が二人。……それから人間とは言い難い不自然な魔力を持つ者が一体いますね。それに、タンポポと同じ魔力量を持つ希少植物と思われるものが四十七あります。確かにこれを探知すれば誰もが花園だと判断するでしょう。さすがシアラ様です」

 

 ルーチェがうんうんと頷いていると、シアラとシルヴァンは微妙な顔になった。ルーチェの不気味さに少し、いやだいぶ引いていた。

 

 ルーエン仕込みの魔法能力故か、常識が欠如している上に犯人への怒りで自制を失っているルーチェは、周りの反応を一切考えていない。

 

「……いえ。わたしはルーチェ様と違い、正確な本数までは分かりませんでした」

 

 まだ十五歳のルーチェが学園の教育課程である魔力探知ができる上に、その精度が高過ぎることにシルヴァンとシアラは驚いたが、この後もっと目を剥くことになる。

 

 シアラはコホンと咳払いをして気持ちを改め、扉に視線を戻す。

 

「詠唱が必要である以上、ブラン殿の協力が必要不可欠です。扉を壊したあと、中にいるブラン殿に詠唱してもらい、我々を入れてもらいます。……ですがこれはブラン殿が自由に口を利ける状態の場合のみ有効です。……ブラン殿の無事に賭けるしかありません」

 

 ルーチェは少し考える。もしブランの意識がない状態だったり、口を塞がれていたりした場合、あっという間に人質に取られてしまう。

 

(そうなれば、ブランさんが一番危険だ)

 

 魔力探知の可能性は無限大だが、ルーチェの魔力探知で分かることには限りがある。

 

 ブランの魔力は随分と弱まっている。おそらく、魔力封じの手枷か紐で縛られているからだろう。

 

 だがそれは予測でしかない。意識の有無や怪我の程度、発声は可能なのか……。

 実際どんな状態かは目で見てみなければ分からないのだ。

 

 健康状態までもっと詳細に分かればよかったのに、とルーチェは歯噛みする。魔法に関することで自分の技術が思う所まで追いついていないことがルーチェにとっては悔しくて仕方なかった。

 

(ブランさんがどんな状態でも、救い出せる方法……あ)

 

「シアラ様、シルヴァン様、ここはわたくしの作戦に乗ってみませんか?」

「どうするんだ?」

 

 ルーチェは挑戦的に笑った。

 

「詠唱を無効化して扉を木っ端微塵にします」

 

「……は?」

 

 詠唱によって開かれる空間というのは、言わばずっと魔法を発動している状態といえる。

 ならば、その魔法は魔法を使って破壊できる。

 魔法を壊してしまえばパスワードである詠唱がなんだって関係がない。

 

 ルーチェは手を伸ばし、扉に触れるか触れないかぐらいの距離でピタリと止めた。その先にある空間を意識するのだ。

 

(……さすがは何百年も経過している魔法。まるで魔法が錆び付いているみたい)

 

 ルーチェは中にいる者に影響がないように結界を張る。犯人も一緒に守ることになるが、中にいるブランを守る為には仕方ない。

 

(ここだ……!)

 

 錆び付いた魔法の小さな小さな綻びを見つけ、その隙間から一気に魔力量でゴリ押しし、花園に発動されている古びた魔法を壊す。

 

 キンッと耳鳴りのような音が一瞬響き渡った。


 壊れたような派手な音は何も聞こえなかったが、確かに扉の向こう側の空間を支配していた魔法は解除されていた。

 つまり、詠唱はもう必要ない。

 

 ルーチェは口角を上げ「扉を壊します」と宣言すると、今度は扉にピタリと手を当てて――、

 

 単純に威力が桁外れの攻撃魔法をぶっ放した。

 

 扉は宣言通り、跡形もなく木っ端微塵になり、中が露わになる。

 

「やっと見つけました。ブランさん」

 

 シルヴァンは一連のルーチェの魔法と言動、全てに青い目をかっぴらいて絶句し、シアラは思考停止状態でポカンと口を開けていた。


「誰だお前らはぁ!」

 

 中にいる半狂乱の男の声でシルヴァンとシアラは我に返った。頭を軽く振って切り替え、剣を構える。

 

「ブランさんっ!無事で……」

 

 土煙が落ち着いたところでブランが椅子に縛られた状態で倒れているのがハッキリと見え、ルーチェの頭は真っ白になった。

 

(……こいつら、殺す)

 

 頭の中に冷たい氷の塊を入れられたような感覚になり、殺意でいっぱいになる。

 

 ルーチェの纏う空気が、正確には魔力の色が変わったことに気付いたシルヴァンは、目の前の敵より彼女を冷静にさせなければ大変なことになると本能で感じ取った。

 

「ルーチェ。まずはブラン殿の保護を優先させるんだぞ」

「……分かっております」

 

 肩を掴み軽くゆすってそう言えば、ルーチェは少しだけ冷静さを取り戻した。殺意はそのままに。

 

(そう、まずはブランさんの保護)

 

「ルーチェ、あの男は私とシアラに任せて、君はブラン殿の状態を確かめろ」

「分かりました」

 

 男は落ち着かない眼で剣を構えるシアラとシルヴァンを交互に見ていたがブランの元に駆け寄るルーチェに気づくと、顔を歪めた。

 

「俺のブランに近づくなぁ!」

 

 ルーチェ目掛けて自暴自棄に放ったのは火属性の攻撃魔法だ。

 すぐさまシルヴァンがルーチェの前に防御結界を張り攻撃を防いだが、結界に跳ね飛ばされた男の魔法を見て、シルヴァンは眉を寄せる。

 

「攻撃魔法か……」

 

 拙くても攻撃魔法が使えるということは、男もまた教育を受けた貴族の可能性が高い。

 

 だが男は大した力もなく、シアラの風属性魔法が付与された剣の一太刀で吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

 シアラは容赦なく距離を詰め、喉元に剣を突き付ける。

 が、壁に頭を強くぶつけた男はすでに意識を飛ばしていた。

 

「呆気なかったな」

 

 シアラは手際良く男の武装解除をし、魔力封じの手枷を付けた。

 

 それから辺りを見回すが、ルーチェが魔力探知した不自然な魔力を持つ者がどこにも居ない。

 

「……消えた?」


 ◆ ◆ ◆

 

 ルーチェは男の制圧をシルヴァンとシアラに任せブランの容態を確かめていた。

 

 鼻や口からは血と嘔吐の痕が確認でき、腹には蹴られたような汚れがついていた。魔力封じの紐で椅子に括り付けられた腕は脱臼している可能性が高い。下手に動かすのは得策じゃない。

 瞼はピクリとも動かないし顔色は青白い。

 嫌な想像ばかりして震える手で首元の脈を確認した。

 

 動い、てる……。

 

 とても弱いが確かに脈はあった。口元に手を当て呼吸も確認するがこちらも小さく息をしている。だが非常に危険な状態に変わりはない。


 救ける。絶対に。

 

 予想していたよりブランの容態が悪い。このまま下手に動かしてオルレン達に引き渡すのは危険だ。彼らをここに呼ぶにしても彼らが危険に晒される。

 

(……使うしかない)

 

 ルーチェは迷いなく治癒魔法を使うことを決心した。

 

 他者に施す治癒魔法はまだ確立されてから日が浅く、王族の許可なく使用することは禁術とされていた。そもそも扱える魔法使いは国内で数えるほどしか居ない。

 

 そんな魔法をシルヴァンの前で使うのだ。咎められるだけでは済まない。


 ルーチェは治癒魔法が使える魔法使いとして、第二王子のシルヴァンに囲われ、権力争いに利用されるだろう。ルーチェの正体にも気づかれる可能性が高い。

 

 ……それでもいい。ブランさんを救えるなら。


 ◆ ◆ ◆

 

「ルーチェ?」

 

 ルーチェはブランの脈を確認してから動かなくなった。ゴクリと乾いた喉で唾を飲み込む。

 

(まさか、間に合わなかったのか?)

 

 シルヴァンとシアラがルーチェに近寄ろうとした所で二人は同時に足を止めた。

 

 突然、ルーチェを煌びやかな膜が纏ったからだ。

 

「これは……」

 

 これは魔力だ。

 

 魔法を使う時、使い手の体は魔力で纏われる。それは普通、目視できない。大抵は使い手の体に合った魔力量で魔法を使うからだ。

 今、ルーチェはその華奢な身体に見合わない魔力量で魔法を行使していた。つまり身体に対して、魔力が飽和しているのだ。

 

 何が起こっているのか分からないまま、シルヴァンはルーチェを凝視する。

 ルーチェを纏った魔力の膜はふわふわとブランの身体へ吸い込まれていった。

 

「!?」

 

 すると、ブランの鼻と口から出ていた血はすぅっと消え、顔の腫れは引き、青白かった肌の色は徐々に血の通った色になった。

 

 意識は戻らないが、やがて安定した呼吸に戻る。

 

 その奇跡とも言える光景にシルヴァンとシアラは立ち尽くすしかなかった。

 

 やがてルーチェを纏う魔力が全てブランに吸い込まれていくと、キラキラとした光の残滓も全て消え去った。

 ルーチェは少し苦しそうに呼吸をした後ブランの顔色が戻ったことを安堵したように息を吐いた。

 

「これで手の紐を外しても問題なさそうですね」

 

 ぼそりと呟いたあと手際よくブランの手の紐を解く。ルーチェはシルヴァン達の方を見なかった。いや、見ることができなかった。

 

「ルーチェ、これはまさか……」

「うん、治癒魔法だね、王子様」

 

 突然上から声が聞こえシルヴァンとシアラは反射的に剣を向けた。その矛先にいた者を見て目を丸くする。

 

(子ども?いや、こいつは)

 

 ルーチェの治癒魔法に目を奪われていたとはいえ、こんなに近くにいた人間に全く気づかない訳がない。

 

 となればこいつはルーチェが言ってた、人間とは言い難い不自然な魔力を持つ存在。

 

(こいつセルヴァイアでルーチェを狙った人工精霊か……!)

 

「おおっ!そっちの騎士様は女の子じゃん!かぁいい!かっこいぃ!」

 

 目を付けられたシアラは不愉快そうに眉を寄せる。

 

「ねぇねぇ、騎士様ぁ、僕のことも守って欲しいなぁ」

「黙れ」

 

 シルヴァンは人工精霊の目線からシアラを隠しながら距離を詰めるが人工精霊は浮遊してふわふわくるくる自由に浮きながらシルヴァン達を見下ろした。

 見た目は少年だ。だが、それは剣を下ろす理由にはならなかった。

 

 ルーチェは冷たい瞳で人工精霊を見上げチッと舌打ちした。

 

「シルヴァン様、シアラ様、ブランさんと男を上に運んで下さい。わたくしはこの人工精霊を殺します」

 

 冷静な口調で冷静じゃないことを口走るルーチェにシルヴァンは思わず「ちょっと待て!」と叫んだ。

 

「一人で残る気かっ!俺も残るぞ!」

 

 ルーチェは眉を顰めて嫌そうな顔をした。

 なんだかブランの癖が移ってしまっているような気がするのはシルヴァンの気のせいではない。

 

「それではシアラ様が往復しなければならなくなります。時間の無駄です」

 

 さすがのシアラでも意識のない男二人を同時に担ぐのは無理だとルーチェは言うが、シアラなら風魔法で男の二人や三人持ち上げられる。これは事実だ。

 

 目の前にいるのはルーチェを殺すと明言している得体の知れない人工精霊。何が起こるか分からない。

 

「まぁ、僕は別になんでもいいよ。そこのお弟子さんはもう用済みだし、僕にとっては生きようが死のうがどっちでもいい。あ、ロドリクも連れてっていいよ」

「仲間じゃないのか?」

「うーん。仲間っていうか協力関係だったんだ。ルーチェ・ハイアンを殺すのを手伝ってくれる代わりにロドリクのしたいことを手伝ってあげたよ。ダルス領への復讐とお弟子さんへの意地悪とかね。ダルス領への復讐の方は失敗しちゃったから悪かったなぁ。……ロドリクのことは好きだけど、彼はもうダメだね。僕の影響を受け過ぎて心が完全に壊れてる。使い物にならないよ」

 

 彼を調べてみたら分かるよ、と人工精霊はヒラヒラ手を振った。

 

「セルヴァイアの懇親会でわたくしを招き入れる人払いの結界を張ったのは貴方ですか?」

 

 シルヴァンはルーチェがその件について気付いていたことに驚いた。そして少し落ち込んだ。

 

(俺が張った結界じゃないって気付いていた上であの態度か……。まぁいいんだが)

 

 人工精霊は肯定の代わりにニコリと微笑み、ルーチェは一層眉間に皺を寄せた。そこに聖女たる面影は全く存在しない。

 

「なぜルーチェを狙う」

 

 そう問えば、人工精霊のちょこまかした動きはピタリと止まった。紫色の瞳がギラリと底光する。

 

「なぜ?こいつが化け物だからに決まってんだろ?」


(化け物?)

 

「治癒魔法を使えば多少は弱ると思ってロドリクの暴力を止めなかったのにさぁ。こいつピンピンしてるじゃん!こわっ!」

 

 人工精霊はゆらりと降下して床を滑るようにじわじわとシルヴァンに近づく。

 

(……なんだ?)

 

「あーあ。君も騙されてるんだね、この化け物に。可哀想」

 

 彼は何故か人工精霊から目が離せなくなった。

 遠くでシルヴァンの名前を呼ぶ声がするが、彼には届かない。

 

 伸ばされた手にシルヴァンの頬が触れそうになったその時――。

 

 その手はボトッと鈍い音を立てて床に落ちた。

 

「わたくしを殺すのではなかったの?人工精霊」

 

 薄気味悪く笑っていた人工精霊はピクリと目を痙攣させた。手首からは赤い血の代わりに水色の粒子がサラサラと流れていた。床に落ちた手もサラサラと崩れるように消えていく。

 手を切り落とされたにも関わらず悲鳴の一つもあげないのは精霊には痛覚がないからだ。

 

 人工精霊はルーチェを視界に映した。その目にはもう、他のものは何一つ入っていない。

 

「シルヴァン様、シアラ様。早く上へ」

「だが……」

「大丈夫です。策はありますから」

 

 魔力探知といい、攻撃魔法といい、治癒魔法といい、今の攻撃といい、ルーチェ・ハイアンはただの令嬢ではない。それはシルヴァンにも分かっていた。彼女に策があるというのだからそうなのだろう。

 

 ——今の自分が足手纏いになってしまうことも……。

 

「すぐに戻る。無理だけはするな」

 

 だが、心配なものは心配だ。

 ルーチェは少し驚いた顔をして、そのままゆっくりと頷いた。


 ◆ ◆ ◆

 

 二人がブランとロドリクを連れて上へ上がっていくのを邪魔させないようにルーチェは人工精霊と対峙する。

 

「随分と気に入られているみたいだね、ルーチェ・ハイアン。君は誰よりも化け物じみた強さを持っているのに、まるでお姫様のように大事に大事に心配されてる。おっかしぃ」

 

 手首から流れていた水色の粒子は手の形を成すように徐々に再生していた。

 あの粒子はおそらく血液ではなく魔力だろう。水色ということは水が得意属性。そして色からして魔力濃度はそこまで高くはない。


 だがこれは人間に対しての常識だ。精霊にも適応されるのかは分からない。


(属性が分からなければ、アレは使えない。試す必要があるな……)

 

 未知の存在である精霊。

 それは生命ではなくただの魔力の塊だともいわれている。

 

 だがどうだ。目の前にいる精霊はしっかりとした自我を持っているではないか。

 それが人工精霊故なのか、上位精霊も同様なのか、はたまたこれは自我ではないのか。

 

 ルーチェがくすりと笑うと、人工精霊は少し苛立たしげに目を細める。その人間じみた仕草すらもルーチェにとっては興味深い。

 

「……何がおかしいのかなぁ?」

「貴方のことを調べたくて調べたくて堪りません」

「はぁ?」

 

 ……なんと研究意欲の高まる存在か!

 

 人工精霊は先の王の政権時に一斉処分された。そう何匹も存在するものではない。殺したいが殺すのは勿体無い!と心の天使と悪魔が戦っている。

 どちらが天使でどちらが悪魔かはルーチェにしか分からない。

 

「ごちゃごちゃうるせぇ!僕と戦え!ルーチェ・ハイアン!」

 

 あれこれ考えているルーチェに痺れを切らした人工精霊は、人間も使うような攻撃魔法を放った。

 防御は容易いが威力が桁外れな上に、絶え間なく連発してくるせいで属性が分からない。まるで圧縮された銃弾だ。

 

 まともに食らえば簡単に死ぬだろう。

 魔力に限りがある人間はこのような戦い方はしない。

 

「人間が使う攻撃魔法とは別物みたいでしょ?」

 

 精霊は無尽蔵の魔力を持つというのは本当なのかもしれない。このままいけば、人間であるルーチェの方が確実に追い込まれるだろう。

 

 ルーチェは防御結界を張りながら考える。自分がどう勝利するか。……ではない。

 

(調べたいっっ!!)

 

 血液のように流れるあの魔力を採取したい!純粋な魔力なのか、または人間の血液のような働きも兼ね備えている魔力なのか!?あの再生した手は一体どういう仕組みなのか!?歩いたり走ったりできるのなら筋肉はあるのか!?痛覚はないが他の感覚は?もしかしたら人間にはない感覚が備わっているのでは?自我が芽生えた原因は?誰が造った精霊なのか?関係性は?何故一斉処分を免れたのか?

 

 ルーチェの知りたい欲に殺意が呑まれそうだった。いや、呑まれていた。

 

(この精霊を腑分けして研究してやる)

 

 ……そのためには。

 

「防戦一方で面白くないなぁ。君には王子様の助けなんていらないでしょ?」

 

 絶え間なく攻撃魔法を使う人工精霊に疲れた様子はない。それどころかどんどん愉快そうに調子が上がっていく。

 

 ドォンドォンと爆音がなり、ルーチェ達のいる地下はかなり揺れていた。これでは上にある本達も落下してしまう。地震大国の日本にいたルーチェは、その大変さをよく理解していた。

 

(上の本棚が倒れたら片付けが大変だし、本に傷がつくかもしれない)

 

 とりあえず、攻撃魔法をやめさせよう。地下の強度を考えても、ルーチェまで派手な攻撃魔法を使うのは得策じゃない。

 

 防御結界を展開しながら結界に小さな穴を開け、人工精霊目掛けて無効化魔法を使ってみた。

 『使ってみた』というのは、対人用魔法を今、対精霊用に書き換えたのだ。

 精霊の得意属性が本当に水ならば、通用するはず。それを確かめる為でもある。

 

 防戦一方だったルーチェが突然魔法を使ったことに驚きつつも、人工精霊は身軽な身体を動かして魔法を回避した。

 

 つもりだった。

 

「追尾魔法!?」

 

 クルリと身体を翻して避けただけではルーチェの魔法は回避できない。まさか追尾機能があるとは思わなかった人工精霊は目を見開き、気付いた時には無効化魔法を食らってしまっていた。

 

 追尾魔法自体が珍しいわけではない。

 

 ルーチェは花園の花を一輪も傷つけたくなかったので、防御結界をいくつも展開していた。防戦一方だったことから考えて、人工精霊はこれがルーチェの魔力量の限界だと把握したつもりでいたようだ。

 

 追尾機能がある魔法は魔力の消費がその分激しい。防御結界も同様だ。それ故、攻撃されても避けられるだろうと踏んでいたのだ。

 それが大きな誤算だった。

 

「やっぱ化け物じゃねぇかよ!」

 

 無効化魔法を食らったはずの人工精霊は楽しそうに笑いながら攻撃を続ける。

 

 防御結界で防いだその攻撃魔法の残滓を見ながら、ルーチェは目を眇めた。人工精霊の攻撃魔法は弱(・)ま(・)っ(・)た(・)だけだったからだ。

 

(無効化魔法のつもりだったんだけどな。攻撃の威力が落ちただけか。得意属性は水でも、他属性も持っているのかも)

 

「やっぱり即席はダメね。研究大事」

「は?」

 

 しかし、ルーチェが作戦を実行するのには十分過ぎる隙だった。

 ルーチェは足に魔力を溜めると一気に放出しバネのように瞬間移動する。あっという間に人工精霊の間合いに入った。

 

「!?」

 

 人工精霊がルーチェを視界に捉えるより早く、彼女は懐から、ある属性魔法を付与した小刀を取り出していた。その刀身をパチパチと火花のような光が包む。

 

 人工精霊が気づいたときには、すでに両腕が床に転がっていた。

 

「こんなの、再生すればどうとでも……」

 

 再生に魔力を使おうとした瞬間、人工精霊を大きな衝撃が襲う。

 

「っ!?なんだ!?」

 

 立っていられなくなり、ガクリと膝から崩れ落ちる。

 頭がジンジンし視界が暗くなり呼吸まで浅くなってきた。

 

「痛(・)い(・)ですか?ふふ、痛覚はないのでそれはないですよね、不思議ですねぇ」

 

 即席無効化魔法の結果は芳しくなかったが、魔法自体は効いたことから人工精霊は少なくとも水属性は所持していることを確信できた。

 

 小刀には、水属性と相性の悪い火属性の魔法を付与したのだ。

 

 傷口から自分の得意属性と相性の悪い属性の魔力を流し込まれるのは、とんでもない苦痛だ。医療では一時的な止血に使われることもあるらしい。

 

 人工精霊の魔力濃度は色からしてそこまで高くない。なのでそれより遥かに濃い魔力を大きな傷口から流し込んだのだ。

 いくら痛覚がないとはいえ、生存本能があれば、衝撃が身体を襲うだろう。

 

「再生がうまくいかないかしら?」

 

 ルーチェは優しい口調で実験物を観察するように傷口を見つめる。

 

 止血効果があるというのは本当のようだ。先程のように水色の粒子が一滴も流れていない。

 流れ出た魔力で欠損した部分を形作るのだろう。それ故、完全に止血してしまえば魔力は流れ出ず、その分再生が遅い。

 

 その仮説を立証するためには今人工精霊の中で荒ぶっている火属性魔法の濃度を少し下げて止血効果を弱め、魔力を少々流させれば良いだろう。

 

 ルーチェはあらゆる可能性を考察して痛みに似た衝撃に悶える人工精霊を見下ろす。そこに慈悲は微塵も存在しない。

 

「あ……、め」

「え?なぁに?」

「あくま、め」

 

 ルーチェは呆れ返った。

 

 振り絞って何か言ったと思ったらコレである。

 化け物から悪魔に降格だ。

 

 こんな状況でよくそんなことが言えるなと感心しながら綺麗な笑顔でしゃがみ込み人工精霊の顎をクイっと持ち上げ目線を合わせる。

 

「ブランさんを傷つけた貴方達に『モルモット』以上の権利がありまして?」

 

 人工精霊は『モルモット』という言葉は知らなかったが、色んな意味で初めて感じた強い衝撃に身悶えた。

 

 ルーチェへの再戦を誓い、意識は暗転した。

以降、人工精霊さんは変な性癖に目覚めました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最後までお読みいただきありがとうございます!

もし作品を気に入っていただけましたら、ページ下部のブクマや評価(★)で応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。