【1-14】ブラン・フィールドを救け出し隊
ブラン・フィールドが失踪して一週間が経った。
その間もルーチェは研究室に日参し研究を続けていた。……というていで、ブランを探し回っていた。
「ブランおじさん、本当にどこに行ったんでしょうか」
「おじさん、たまに行方晦ます、けど、図書館にも街にも居ないのはおかしい、です」
ブランは自分の事をあまり周りに言わない。
誰もブランの行先に見当がつかないのだ。
あと数日後にルーチェはセルヴァイア魔法学園の入学式を控えている。研究は続けるつもりだが学校が始まれば毎日研究室に行くのは難しくなる。
ルーチェは白衣をギュッと握り締めた。
(……もしかしたら、自分で身動きが取れない状況なのかもしれない)
「ルーチェ様……。あまり気を落とさずに。シルヴァン殿下達も捜索してくれていますし、きっと大丈夫です」
「おじさん、しぶといから大丈夫」
二人にポンポンと肩を優しく叩かれてルーチェは泣きそうになった。
「ありがとうございます。お二人がいてくれて本当によかったです」
今にも泣きそうなルーチェにそう言われたオルレンとフロラルは目を丸くした。そして二人して顔を赤くし口をむずむずさせた。
貴族に言われたからじゃない、ルーチェに言われたから嬉しかったのだ。
二人のぽあぽあとした感情をよそに、ルーチェは顔をクッと上げる。
「わたしが絶対にブランさんを探し出します」
ルーチェは目に浮かんでいた涙を拭いながら固く拳を握った。翡翠の目は涙のせいもあってキラキラと輝く。
オルレンとフロラルはそれを見て不謹慎ながらも思った。
(ブランおじさん、ヒロインみたいだなぁ)
と。
午後になり、研究室メンバーはシルヴァンに呼び出しを受けた。
ブランに関して何か分かったのかもしれないと思い、急いで応接室へ向かった。
アリーが応接室の扉をノックすると、シルヴァンの側近であろう女性が扉を開け中へ案内してくれた。アリーは流れるように扉の前に付く。
オルレンとフロラルはビクビクしながらルーチェの後に続いた。
女性の腰には紋章付きの白い鞘が差してあるので近衛騎士に間違いないだろう。
中にはシルヴァンとパトリック、案内してくれた女性騎士ともう一人、背の高い男性の姿があった。
女性騎士がクルリとルーチェの方へ振り返ると、後ろで結んである薄い水色の髪がサラリと揺れる。
「お初にお目にかかります、ルーチェ・ハイアン様、オルレン・ファーン殿、フロラル・ファーン殿。わたくしシアラ・グレイモアと申します」
シアラは研究室組全員の名前を呼び、丁寧な所作で挨拶をする。
(かっこいい……。女性騎士だ)
続いて、見るからに活発そうな男性が進み出て来た。
「お初にお目にかかります!私はエリオ・ベグナーラと申します!」
前のめりに挨拶をしてくれたがルーチェはその圧に少しだけ引いてしまった。
「俺、ルーチェ様にずっとお会いしたかったんです!」
挨拶の時まではなんとか貴族としての体裁を保っていたが、挨拶さえしてしまえばエリオはルーチェに会えた興奮を抑えきれていなかった。
(誰にでも懐く犬みたい……)
失礼ながらルーチェは前世の近所で飼われていた大型犬を思い出していた。
「わたくしもお会いできて光栄ですわ。エリオ様」
シアラはチラリとエリオを見たかと思えば素早い手つきで首根っこを掴み後ろへ下げた。
「エリオは黙ってて」
シアラに本気で睨まれたエリオは叱られた犬のように大人しくなった。
オルレンとフロラルはルーチェと初対面の時のようにガチガチに緊張している。いや、エリオとシアラのやり取りも相まってそれ以上にだろう。
ここはルーチェが代表して挨拶を返すのが無難だ。
「お初にお目にかかります、シアラ・グレイモア様、エリオ・ベグナーラ様。この度はブラン・フィールドの捜索にお力添えを頂きありがとうございます。シルヴァン様にもお手数お掛けしたこと、深くお詫び致します」
シルヴァンは手を軽く上げ、謝罪を拒否する。
「謝る必要はない。寧ろこれから協力してもらうのはこちらの方だ」
「……どういうことでしょうか」
先程からずっと顔を強張らせているシルヴァンは、ルーチェ達に席を勧めた。
「とりあえず掛けてくれ。順を追って話をする」
シルヴァンは軽く目を閉じて防音結界を張った。
(早い……。しかも綻びが全くない)
セルヴァイアで呼び出された時は既に結界が張られていたので、シルヴァンの結界発動の瞬間を見たのはこれが初めてだ。
ルーチェは確信する。セルヴァイアでルーチェだけを誘い込むような人払いの結界を張ったのはシルヴァンではない、と。
(……一体誰?)
ルーチェ、オルレン、フロラルの順番でソファに座り、向かいの席にシルヴァンが座った。彼の背後にシアラとエリオ、パトリックは内扉の前に控えている。
大きなソファなので三人座っても余裕があった。
オルレンとフロラルはルーチェと同じソファに座るのを一瞬心配そうに躊躇ったが、ここへ来る前に段取りをしたのでルーチェは二人に軽く頷いた。
今日ルーチェは貴族という立場の前に、皆と同じ研究員としてここに来たということをシルヴァン達に示すようにしていた。
それに気付いたシルヴァンは険しかった表情を少し緩め「随分仲良しで良いな」と呟いた。
(え、今仲良しって言っ、た?)
あの腹黒第二王子から出た言葉とは思えなかったルーチェは聞き返すか迷っていたが、話が先へ進んでしまう。
「まず、これは言おうか随分迷ったのだが、事が事なので後でブラン殿に謝るのを前提に話をさせてもらう」
そう言って話し始めたのはブランの身の上である。
ブランはかつて王族の一番近くにいた大貴族『花守』の末裔であること。それを王族やシルヴァンの側近は把握済みであり、彼の血筋を気にしてか、ブランが自由に王城を出入りしていることやその他諸々を容認していたことなど、目を丸くする話をルーチェは考え込みながら聞いていた。
オルレンとフロラルもブランが『花守』の末裔であることは知らなかったようだ。動揺しながらも、合点がいく所もあったのだろう。その話を疑う事はなかった。
フロラルが無言でオルレンの袖を握った。遺言を残して逝った父が、あの研究室で何を守ろうとしていたのか。その答えの一端が、今、目の前にあった。
「そして先日のことだ。花守が管理していたという花園らしき空間をシアラが発見した」
「……まさか」
ルーチェは自然と言葉が漏れた。
そう。ルーチェも考えたのだ。ブランの発言から、もしかしたら、万が一にも、まだ花守が密かに花園を護っている可能性を。
――ブラン・フィールドは、今までずっと一人きりで忘れ去られた花園を護ってきた。
「正直、今の段階で陛下に花園の存在がバレてしまうと処分される可能性が高い。それはブラン殿の意にそぐわないと思い、彼に協力してもらおうとした。そんな時に彼の失踪と、タンポポが繁殖機能を持っておらず何者かに政治利用された可能性があるという報告を受けたのだ」
もしかしたらブランの性格上、ヒョコっと姿を現す可能性も捨てきれなかったので、とりあえず一週間は待ってみたがもう陛下に隠すのも限界らしい。
シルヴァンも最良の結果になるように色々考えてくれていたみたいだ。よく見れば目の下には隈が浮かんでいる。
しかし、このままじゃ非常にまずい。
「……シルヴァン様は、ブランさんがタンポポを政治利用した犯人だとお考えなのですね?」
オルレンが隣でヒュッと息を呑んだのが分かった。
妥当な推測だ。タンポポが繁殖しない以上、花園から持ち出すしかない。それができるのは希少植物の価値と花園の場所を知っている花守だけだ。
シルヴァンは複雑そうな表情をしながら静かに頷いた。
「ルーチェ達は花園の存在を聞いてもブラン殿が犯人だとは思わないか?」
「思いません」
ルーチェだけでなく、オルレンとフロラルも声を重ねた。もしブランが犯人なら作戦を邪魔したルーチェにあんなに親切にしないはずだ。
シルヴァンは一瞬、虚を突かれたように瞬きをし、それから嬉しそうに一つ頷いた。
「私もブラン殿を信じている。だがこのまま全てが陛下に伝われば疑われるのは確実。ブラン殿を面白く思っていない貴族達が嬉々として彼の居場所を奪ってしまうだろう」
シルヴァンからは何か後悔のようなものを感じた。
ブラン個人をというより、昔の愚かな王族の血筋の一人として、共に衰退していった花守に罪悪感のようなものを感じているのだ。
(別にシルヴァン様がしたことじゃないのに)
シルヴァンも、ブランも、今を生きる人間だ。
ルーチェにはシルヴァンが抱く罪悪感が歪に見えた。
このままでは、もう居ない昔の人達のせいで両者苦しい思いをするだけだ。
……変えなければ。この関係性を。
「そんな君達を信頼して、まずはこれを見て欲しい」
木製のローテーブルに置かれたのは設計図が描かれた紙と、白い封筒だ。中には手紙が入っている。
「この設計図は王城図書館の地下の設計図だ」
そう言って指し示されたのは、幾つかの部屋や地下書庫であろう部屋だ。
(ブランさんの部屋もこれのどれかかな)
シルヴァンの指が下へと下がっていきピタリと止まる。そこには大きな空白がある。
「ここの空間でシアラがタンポポと同じ魔力を複数探知した。つまりここが花園だと思われる」
「まさか、この設計図はシアラ様が作られたのですか!?」
今の今まで発見されなかった花園を見つけるための広域魔力探知……。途方もない作業だったことだろう。
「はい。もともと図書館の地下には興味があったので魔力探知をしながら書き取りました」
ルーチェは驚愕した。
興味だけで魔力探知をしながら設計図を描くなんて……。
(めちゃくちゃ優秀な人材だ……!)
ルーチェは尊敬の眼差しでシアラを見つめた。
シルヴァンはそれを面白くなさそうに半眼で見据えていたがルーチェは気づかない。
それでもシアラは何てことない顔をしながら、設計図を指し示す。
「解除不可能な鍵がかかっていましたので中には入れませんでしたが、この中にブラン殿がいる可能性があります」
「なぜそう思われるのですか?」
ルーチェに問われたシアラはシルヴァンに目を向ける。シルヴァンは一つ頷きテーブルに置かれた白い封筒を開けて中身をルーチェに渡した。オルレンとフロラルも恐る恐る覗き込む。
『花園でルーチェ様を待つ。ブラン・フィールドより』
「これは……」
「今朝、私の元に届いていた物だ」
ルーチェ達研究室組はその手紙の文字をじっと見つめる。そしてフロラルがボソリと呟いた。
「おじさんの文字じゃない」
「そうですね。ブランおじさんの字はこんなにキレイじゃないです」
オルレンもそれに共感するように頷く。ルーチェも同意見だった。
「それに、わたくしのことを『ルーチェ様』と書くのも不自然ですね。『嬢ちゃん』とか『あんた』とかしか言われた事ないですし、様付けなんてもっての外です」
研究室組の見解にシルヴァン達は何とも言えない表情になった。
「やはり、ブラン殿は誰かに連れ去られた可能性が高いか」
ルーチェを待つと書いてあるのにルーチェではなく、シルヴァンに送ったのはシルヴァン達が花園を見つけ出した事を知っているぞという挑発にも思えた。
ルーチェはゴクリと唾を飲み手紙を睨みつける。
(誰だか知らないけど、ブランさんが無事じゃなかったら絶対に許さない)
そんなルーチェの表情を恐れだと受け取ったシルヴァンは苦しそうに眉を寄せる。
「本当は君を巻き込みたくはないのだが……」
「何を言っているんですかシルヴァン様。名指しされている以上、わたくしが向かわない理由はありません」
ルーチェは恐れなんて微塵も感じていなかった。ただただブランの無事を祈る気持ちと、犯人への怒りだけ。
シルヴァンは思っていた反応とは違う反応が返ってきてポカンと口を開けた。エリオは「ルーチェ様さすがですー!かっこいいですー!」と目を輝かせた。
シルヴァンは一つ咳払いをするとルーチェ達を真剣に見つめる。
本気でブランを救おうとしているのがそれだけで伝わった。
「危険に巻き込むことを承知の上で言う。ブラン殿を救け出す為に協力して頂きたい」
「もちろんです。絶対に助け出します」




