【1-12】不穏
王城に併設されてある王立図書館の地下には昔、図書館司書が寝泊まりしていた部屋があった。現在の司書は自宅からの通いなのでその部屋は空き部屋になっている。
それをいいことに、特に何の許可もなくその部屋を自室としていたブランは、その日の夜もその部屋で本を読み耽っていた。
カタッ……カタカタ……
扉の方から何か音がする。部屋はそこまで広くはないのでブランが本を読んでいる位置からも扉は視界に入る。
席を立つまでもないと判断したブランは目だけ動かして扉の方を確認した。
すぐに音は止んだので本へ目を戻――。
「先祖の妄執に囚われし不憫な子孫よ」
突然、背後からした子供の声に驚き、ブランは跳ね上がるようにバッと振り返る。
「……誰だ?お前」
彩度の高い紫をした少し癖のある髪の毛と、同じ色の睫毛に瞳。背丈はフロラルより少し大きいぐらいで声も少年のものだが、とても人間とは思えない雰囲気を纏っていた。
(魔力探知に引っかからない、だと?)
「貴様はいずれ全てを失う。今のささやかな日常さえも。貴様もそれを分かっているだろう?」
ブランは眉をピクリと動かした。
彼はこの少年に言われるまでもなく、今の日常が続かないことを察していた。
ブランの沈黙を肯定と受け取った少年は不気味に笑う。紫色の目に光はなく、まるで魔女が煮詰めた鍋底の様な色をしていた。
「ルーチェ・ハイアンを殺せ」
……は
一瞬、何を言われているのか分からなかった。目をこれでもかと開いた後、キッと少年を睨む。
「何を言っているんだ?お前は」
「そうしたら貴様達が生涯を賭けて守ってきたものを今度は僕たちが守ろうではないか。なぁに、心配はいらない。僕たちは嘘が吐けない種族だ。貴様がこれに応じてくれればあの場所を永遠に守ると誓おう」
「やってくれるな?花守殿」
◆ ◆ ◆
「聞いてください、ルーチェ様!」
集合前、いつものようにブラウンの本を読み漁っているとオルレンが勢いよく研究室に飛び込んで来た。
「どうしました!?」
オルレンはその勢いのまま資料をゴソゴソと取り出して、テーブルにバンと置いた。
その資料にはタンポポの綿毛の絵の傍に複数箇所殴り書きがされている。
「驚く研究結果が出たんです。ルーチェ様が仰っていたタンポポの綿毛の種子についてです」
「何か分かったんですか!?」
ルーチェは魔力を込めて増殖させる方法に失敗した。王族に魔力と体液の提供を頼んでみる気でいたが、アリーに「周囲を卒倒させるおつもりですか?」と真顔で言われたので我に返ってやめた。
タンポポを増やす方法で残すは、『植物として繁殖させる』だけである。
特徴が日本のタンポポそのものなので、綿毛にも種がついている。それについて調べてもらっていたのだがもう調べがついたなんてさすがだ。
だが、次にオルレンから出た言葉は耳を疑うものだった。
「なかったんです中身が。つまり、繁殖は不可能です」
「中身が、ない?」
つまり、果皮だけだということだ。
「え?待って下さい。じゃあ何故、セルヴァイア校内のダルス領の馬車止め場にタンポポが自生して……」
魔力による増殖も、植物としての繁殖もできない。ならば、自生自体があり得ない話だ。
(王族がたんぽぽの生き残りを所持していて、それに魔力を込めて増殖した?いや、それは考えにくい。王族に何のメリットもない上に、もしそうなら、わたしに共同研究をしろなんて言わないはず)
ルーチェは震える手で口を抑える。そしてある恐ろしい仮説に辿り着いた。
「まさか、誰かがあの場に意図して植えた?」
オルレンは険しい顔でゆっくりと頷く。彼もまた、最悪の結論を考えていたからだ。
「どんな方法で今まで見つからなかった希少植物を手に入れたかは分かりませんが、……タンポポは政治に利用された可能性があります」
オルレンの言う通り希少植物をダルス領の馬車止め場に植える目的は一つしかない。
「ダルス領、またはダルス領主一族に恨みを持つ者がわざと、希少植物を馬車で踏ませようとしたのでしょうか」
王族の希少植物を馬車で踏んで困る者は、ダルス領関係者。
今年入学するラオブルートは領主の次男であるため、ダルス領主とラオブルートに汚名を着せることが目的だろう。近年では政変があったため、一見平和に見えるダルスでも多少の内部諍いはあるはずだ。
タラリと汗が伝った。ただの仮説だ。仮説に過ぎないのだが妙に胸騒ぎがする。
いずれにせよ、犯人はタンポポが希少植物だと知っている上にタンポポを手元に持っていた。かつ、セルヴァイア校内にも詳しい人物だ。ただ者ではない。
そうならば、ルーチェは犯人の企てを偶然とは言え阻止してしまったことになる。恨みの矛先がルーチェに向いている可能性がある。
ルーチェは黙り込んだ。以前ブランと話していたことを思い出していたからだ。
——「本当にそんな場所が今も存在していて、そこに希少植物が生きていたとしたら……嬢ちゃんならどうする?」
(……もしかして、本当にあるの?花守が護ってきた花園が、今も)
「今日はフィールド様はいらっしゃらないのですか?」
今まで黙っていたパトリックが唐突に口を開き、ルーチェの思考が現実へ戻る。
「……そういえば遅いですね。遅刻は常習ですが、なんの連絡も無しに欠席する人ではないです」
今日は集合時間からだいぶ時間が過ぎている。時間ちょうどに来ることは滅多にないがこんなに遅れることは今までなかった。
「私が探してきましょう。そしてこの事をシルヴァン様に報告して参ります」
そう言って出て行ったパトリックはいつになく焦っているようだった。




