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公爵令嬢はスヤスヤ眠りたいだけ。  作者: はっぱ
【第一章 希少植物編】

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[小話]お昼寝制度

「おはようございます。今日も早いですね、ルーチェ様」

 

 朝、いつものように王城の研究室を訪れたルーチェはオルレンとフロラルに出迎えられた。二人の顔を見ると、今日一日がとても良い日になる気がする。

 

「おはようございます。オルレンさん、フロラルさん。やはりお二人に出迎えられると運が向上する気がします」

「そ、それはよかったです」

 

 ルーチェの突飛な発言に、オルレンがいつものように苦笑いし、フロラルもクスクスと小さく笑う。

 挨拶と雑談が済むと、彼らは自身の机に向かい、作業を再開した。

 

 その二人の様子にルーチェは違和感を覚えた。

 

「お二人とも、何かありましたか?」

 

 フロラルはフラフラとした足取りだし、オルレンの目の下には薄っすらと隈ができている。

 

「……?特になにも……」

 

 オルレンとフロラルは首を傾げて不思議そうにそう答えたが、ルーチェは目を眇める。

 妙な違和感を、言うなれば間違い探しのような間違いを見つけてしまった。

 

「昨日、どのくらい寝ましたか?」

「この後、仮眠を取ろうかと」

 

 ということは徹夜をしたということだ。

 

「一昨日は?」

「えーっと……花謡(はなうたい)の鐘が鳴る頃には片付け始めました」

「遅すぎますよッ!」

 

 花謡の鐘が鳴る頃とは、夜中の三時頃のことを指している。

 一秒一分一時間などの時間経過は日本と同じだが、この国では三時間おきに鐘が鳴り、人々はその鐘に合わせて暮らしている。

 

「全然寝てないじゃないですか!身体壊しますよ!」

「あはは。大丈夫ですよ。平民にも効く回復薬がありますから」

 

 オルレンは胸を張って回復薬とやらをルーチェに見せた。

 見たところ、眠気覚ましの薬草が調合されている無害なもので、日本でいうカフェインが入ったエナジードリンクといったところだ。


 確かに効果はある。だがしかし、そういった即効性のあるものは少しずつ少しずつ身体を蝕んでいくのだ。

 

「薬室のみんなが仕事を変わってくれたお陰で、研究に没頭できる時間が増えたのでつい」

 

 頬を掻いて顔を綻ばせるオルレンに嬉しい気持ちになりつつも、ルーチェは心を鬼にする。

 

「お気持ちは分かりますけど、きちんと睡眠を取らないと気付いた時にはもう取り返しのつかないことになるんです!お肌はボロボロになるし、太りやすくなるし、体調も絶不調になるし、気持ちは塞ぐし……」

「ルーチェ様もご経験が……?」

 

 なんとか睡眠の大切さを伝えられないかと前世を遡っていると、ちょうどブランも研究室にやって来た。

 

「あ、ブランさん、おはようござ……」

 

 入り口の方に目を向けると、ルーチェは途中で言葉を止めた。

 ブランは、オルレンよりも濃い隈を作りフロラルよりも覚束ない足取りで研究室に入って来たのだ。

 

「ブランさんも寝てないじゃないですか……!」

「そりゃ、寝るくらいだったら研究してた方がいいだろ。時間がもったいねぇ」

 

 この世界では睡眠の大切さが知られていない。あまり重要視されていないのだ。

 

「ハァ、あのな嬢ちゃん。俺たちが何年研究者やってると思ってんだ。今が正念場なんだよ。心配するな。ミスなんてしないさ」

「そうです、ルーチェ様。今が頑張りどきです。僕たちは根っからの研究者ですから夜更かしなんて慣れっこです」

「心配、しないで」

 

 三人揃って、寝不足のギラギラした目でルーチェに笑いかける。

 

「皆さん……!」

 

 頼もしい三人の言葉に感極まったルーチェは——。

 

「……じゃあ言いますけどブランさん。白衣表裏逆です。オルレンさん、それペンではなく試験管です。フロラルさん、下だけパジャマです」

 

 発見した間違いを一つずつ指摘していった。

 

「……あれ」


 三人は揃って目をぱちくりさせながら、白衣、試験管、パジャマを見つめる。

 沈黙が流れる中、ルーチェは真剣に考え込んでいた。

 

 確実に三人とも寝不足だ。

 このままではとんでもない事故に繋がってしまうのではないだろうか。

 結果、希少植物研究が失敗に終わってしまったら笑えない。

 この研究者達の睡眠事情の改善は急務だ。

 

(……そうだ!)


 お昼。天頂の鐘が鳴ると、ルーチェはペンを置いた。

 いつも見張りや書類仕事をしてくれているパトリックとアリーも部屋の中に呼び、皆が揃ってからルーチェは睡眠改善計画を発表した。

 

「希少植物研究室では『お昼寝制度』を導入します!」

 

 どどーんッとルーチェが宣言すると、皆が首を捻った。

 

「お昼寝……?」

「はい。天頂の鐘が鳴ってから約二十分間、皆さん作業を止めて各自テーブルで寝てください」

 

 昼寝は午後からのパフォーマンスを良くするために効果的だ。日本でも取り入れている企業の例があるくらいだ。ルーチェが勤めていたブラック企業にはもちろんなかったが。

 

 いきなり七時間睡眠を取れと言ってもこの人達には無理だろう。

 まずは睡眠のメリットから知ってもらいたい。

 

「何言ってんだ。昼間っから寝たら研究する時間が減るだろうが。そんな怠けている暇はねぇ」

「何事も生産性の向上が大切なのです。寝不足気味の頭で考えたって効率が悪いだけです。……これだから白衣を表裏間違えるんですよ!」

 

 反論するブランにチクリと刺すと、彼は羞恥と怒りで目の下をピクピクさせた。今にでも頬をつねられそうだったので慌てて話を逸らす。

 

「知っていましたか?睡眠は記憶の定着に良いんですよ。研究や文献の暗記に役立つと思いませんか?」

「記憶の定着……!?」

 

 やはり、勉強=睡眠は結びつかないようだ。三人とも全く同じ反応だが、研究への良い影響というならば、少し興味を示してくれる。

 

「たとえば、何か覚えたいことがたくさんある際、夜に覚えて朝に反復すると効率的に多くのことを覚えられます」

 

 これは前世で学生時代にやっていた勉強法だ。単語などを覚える際、この方法が一番良かった気がする。

 素直なオルレンとフロラルは「へぇ〜!」と感心してくれたが、ブランはムスッとしたままだ。

 

「だいたい、こんな固い机で突っ伏して寝られるかよ」

 

 ブランはペシペシと自身の机を叩いた。

 確かにこの研究室の机は無骨で硬い。このまま突っ伏して寝てしまったら確実に寝違えてしまう。

 

 しかしルーチェは口の端を上げて得意げに笑った。

 

「ふ、ふ、ふ。問題ありません。アリー、ア(・)レ(・)を」

「はい」

 

 アリーは隣の荷物置き場(シルヴァンが用意してくれた客間)からルーチェが愛用しているある物を持って来た。

 

「……なんだ、これは」

 

 ブランが怪訝そうにアリーが持って来たものを凝視する。オルレンとフロラルも不思議そうに観察した。

 

 真ん中には穴が空いていて、机に置くとやや傾斜がつくようになっているこの枕は、ルーチェお手製の快眠グッズだ。

 布の材料は、過去のルーエンから課題のご褒美に貰った端切れだ。お布団を作るには全く足りないが、枕一つ分なら数個作れる。間違いなく最高級かつ世界に一つしかない変わった形の枕である。

 

「これはお昼寝用の枕です」

 

 ルーチェは机にそのお昼寝用枕を置き、実際に皆に使い方を見せることにした。

 

「このように顔を埋めても苦しくないですし、傾斜がついているので首も痛くありません。通常の睡眠と違い、深い睡眠に入り過ぎることもなく机で寝られるのでお昼寝が終わったらすぐに研究に取り掛かることができます。もしお昼寝制度に賛成してくださるなら、皆さんにお一つずつこのお昼寝用枕をプレゼントいたしますよ」

 

 ルーチェは自信満々で顔を上げ皆の反応を確認した。

 しかし三人とも口を開けて固まっていただけだった。

 

(あ、あれ?マイナスプロモーションだった?)

 

「い、一度騙されたと思って使ってみてください」

 

 ルーチェが慌てて決まり文句を言うと、同時に三人が競うように押しのけ合った。

 

「どけ、俺が最初に使う!」

「な!ブランおじさんお昼寝制度反対だったじゃないですか!」

「ぼ、僕も使う!」

 

 本当のところ、いくら研究者とはいえ、眠いものは眠い。

 気持ち良さそうな枕とそれを試す機会が目の前にあるならば、いち早く寝たい。

 彼らの本音はそれだった。

 

 結局最初に力技で勝ち取ったブランがお昼寝用枕をお試し体験していた。

 

「ブランおじさん、ルーチェ様の物に加齢臭が移ります!さっさと交代してください!」

「次!交代!」

「……なんだと?オルレンもういっぺん言ってみろ」

「ひぃぃ!」

 

 枕を取り合ってガヤガヤしている所から一歩引き、ルーチェは後ろで成り行きを無表情で見ているパトリックに声を掛ける。

 

「パトリック様もどうでしょう」

「私は結構です。主に怒られますから」

「は、はぁ」

 

 シルヴァンから勤務中に寝るなと怒られる、という意味だと解釈したルーチェは後でシルヴァンにもお昼寝制度導入のメリットをプレゼンしてみようかと頭の隅で考えていた。

 

 公爵令嬢ルーチェ・ハイアン愛用の枕に頭を預けた者は、後にも先にも、この三人だけである。


 ——シルヴァンが怒る理由は、言わずもがな。

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