【1-9】晴天のち、
希少植物の研究を始めて二週間と三日が経過した今日この頃。
ブランとオルレン、フロラル以外にも、お目付け役兼シルヴァンへの報告係として研究室に出入りする人物が増えた。
シルヴァンの側近の一人、パトリックである。
彼は研究自体に手を付けてはいないがアリーと一緒に書類を整理してくれたり、時間管理をしてくれたりしている。
ルーチェの貴族らしからぬ奇行にも慣れてきた御一行は黙々と自らの研究に明け暮れていた。オルレンとフロラルは順調にタンポポの生態を明らかにし王族に提出する報告書をまとめている。パトリックはその報告書の補佐をしてくれていた。
二人が調べた結果で一番驚いたのは日本のタンポポと薬効が似通っていたことだ。ルーチェが豆知識として覚えていた範囲だが、日本のタンポポにも二人が調べた結果と同じ様に利尿作用や解熱作用がある。そういえば、タンポポコーヒーなんて代物もあったはずだ。
(……美味しいのかな)
ルーエンは日本のタンポポを自分の世界にも持ち込む上で、薬効や植物としての特徴を考えるのが面倒だからとそのまま参考にしていた。
気に入ってるのか、適当なのか、よく分からない神様である。
そんなことを考えながら現在、ルーチェは手元のタンポポに魔力を込めている。その様子をブランは頬杖をつきながら見ていた。
「はぁ。やっぱりわたしの魔力じゃタンポポが受け入れてくれませんね」
普通、植物に魔力を込めるのは簡単な事だ。植物には微小の魔力しか含まれていないため、それを上回る魔力を込めるだけで『植物を自分の魔力で上書きした』という状態になる。だがその様な事をすれば無論、植物は短時間で枯れる。自身の体に見合わぬ人間の魔力を浴びてしまったからだ。
因みに、最近はこれを故意にする者もいる。求婚の際や敬愛している者へのプレゼントとして自身の魔力で染め上げた植物を相手へ贈るのだ。魔力で飽和した状態でキラキラと輝くその花は一層儚く美しいらしい。
「嬢ちゃんは誰かから魔力で染まった花を貰ったことはねぇのか?」
暇を持て余していたブランは頬杖をついたままルーチェを揶揄ってみることにしたが彼女がそんな粋な流行りを知っている訳もなく、心底不思議そうな顔をした。
「なぜわざわざ枯れるようなことをするんですか?魔力とお花の無駄遣いですね」
期待外れな反応に頬杖をついていたブランの頭がガクッとズレる。
「そうかよ。聞いた俺が悪かったよ」
「?」
今はオルレンとフロラルは薬室で業務をしているのでこの場にはルーチェとブラン、お付きのアリーとお目付け役のパトリックしかいない。つまり、解説役がいないのだ。
ブランや他の人達がこの事を丁寧に説明してくれるはずもなく、ルーチェは疑問を放棄した。
「あの二人はここ数日薬室の方が忙しいみたいですね」
「あぁ。……まぁ忙しくはねぇと思うぞ」
「どういうことですか?」
「薬室の奴らの嫌がらせだろうよ」
ブランが言うには、ファーン兄弟は薬室の人達から嫉妬されているらしい。最近は通常業務に加え、雑用まで押し付けられていて、今日の様に研究室に来られない日が続いている。
原因はこの研究のメンバーに選出されたからというのもあるが、もともと二人の事を僻む者は少なからずいたらしい。二人は若くして王城薬剤師となり、陛下も認める才能の持ち主だからか、それを面白くないと思う者がいるのだ。何が理由だろうとまだ若い彼らに嫌がらせをし、研究の邪魔をされるのは許せない。
(研究の邪魔をする奴らを牽制する方法……)
考え込むルーチェになんだか良くない予感がしたブランは「余計なことはするなよ?」と釘を刺したが、それに対するルーチェの返答はなかった。
返ってきたのは爛々としたやる気だけ。
「ファーン兄弟はお仕事もしている中、この二週間で結果を出しているのです!わたしも早く結果を出さなければ!」
「空回りしそうで怖いんだが……」
「大丈夫です!」
ルーチェが研究するにあたってまず考えたのが、タンポポを増殖させよう作戦だ。
シルヴァンの話では魔力を注ぐ事で希少植物は増殖したとのことだったので、ルーチェもタンポポに魔力を注いでみることにした。
しかし、タンポポはルーチェの魔力を拒絶。ルーチェの全力で注いでも全く染まってくれないのだ。伝承の通り、王族の魔力しか受け付けてくれないみたいだ。
となれば、次は植物としての繁殖だ。
一週間前、シルヴァンから解剖の許可をもらったルーチェは嬉々として実験を始めた。まずはタンポポの象徴である綿毛を引っこ抜いてみた。
すると、その綿毛を見てファーン兄弟は目を輝かせた。見るからに種のようなものが綿毛の先についていたからだ。
実はこれは果実らしい。ルーチェは前世の理科の授業でなんとなくこの事を覚えていた。
当然ながら、果実の中には種子がある。これを採取して今ファーン兄弟に調べてもらっている。
「王族にしか魔力を注げないんだとしたら、希少植物は選別のような役割も持っていたかもしれねぇな。全属性の嬢ちゃんの魔力でも拒絶するということは属性で選別してるわけじゃねぇ……。血統に宿る魔力の性質で判別してるのか?」
ブランがブツブツと考察を雑に紙へ走らせる。
独り言の様な考察でも一言一句聞き逃さなかったルーチェはブランの考察に自身の考えを付け加えていく。
「だとしたら血液や唾液、涙なんかでも実験してみたいですね」
一通り殴り書きした後キラリとブランの目が輝く。「良い事思いついた」とでも言いたげな顔だ。
「王子殿に魔力を込めてもらおうぜ。ついでに体液も頂こう」
「いいですね!どれが一番早くタンポポが増殖するんでしょうか。さすがに魔力でしょうか……」
「いや、血液かもしれねぇぞ」
一国の王子の魔力や体液を易々と手に入れられると考えている二人は、果たしてどの体液が一番良いかを楽しく語り合った。シルヴァンの側近のパトリックがすぐ側で書類作業をしていることは全くもって忘れていた。
なお、こういう時に必要なファーン兄弟はまだ帰らない。
「そういえば、この『花守』ってなんですか?」
ひと通り語り尽くした後にルーチェは再び図鑑を読み込む。そこに何度も出てきたのが『花守』という存在である。
「名前の通り、希少植物を守ってきた一族だ。戦争が始まり、希少植物と共に血は衰退していったけどな」
希少植物は、ある場所に一括管理されており、その場所は『花園』と呼ばれていた。
花園は王族と花守しか立ち入れず、魔力を注ぐ儀式の時にしか開かれない場所であった。その花園の管理を任されていた貴族を『花守』というらしい。
「では、今もその花園はあるのでしょうか」
「……戦禍に焼かれてるだろう。管理するやつもいねぇし」
「はぁ。そうですよね。きっと王族も総力を上げて捜索したはずです。それで見つからないのなら焼けてしまったんでしょう」
肩を落とすルーチェを横目で見ながらブランの目は僅かに細められた。
彼はルーチェを試すようにこう言った。
「本当にそんな場所が今も存在していて、そこに希少植物が生きていたとしたら……嬢ちゃんならどうする?」
ブランはこの二週間でルーチェと関わるようになって彼女のことを徐々に受け入れられるようになっていた。
気に入らない部分もあるが、彼女が真剣に研究しようとしている事は、悪態の裏では理解している。
だがそれと同時に、彼女の本質を捉え損ねているのではないかとブランは警戒していた。できればブランはそれを完全に払拭して、彼女を本当の意味で信用したいと思っている。
――それが叶えば、王族にもオルレンやフロラルにも言えない秘密を……。
ブランに鋭い目で睨まれたルーチェは「何を言っているんですか?ブランさん」と眉を寄せた。
「対照実験するに決まってるじゃないですか」
花守に管理されていた場所が戦禍に焼かれておらず、まだ希少植物が生きていれば……。そんな奇跡が本当にあれば実験がたくさんできたのにと嘆くルーチェをブランは呆気に取られた顔で見つめる。
誤魔化しも嘘も全て見抜いてやると息巻いていたのにやる気が削がれた気分だ。
「希少植物自体がたくさんあれば遠慮なしに魔力実験ができるじゃないですか!タンポポの数が心許ないのが直面している問題なわけで……なんですか?その顔は」
拳を握り、力説するルーチェをなんとも言えない顔で見つめていたブランは彼女を別の意味で警戒すると同時に、心底心配した。
神からの贈り物だとはいえ、花に魔力を込め過ぎて国が滅びかけたなんて、誰が聞いても決して繰り返されてはならない史実だ。当時の王族は言わずもがな、花守も愚か者であると誰もが思うだろう。
もし、そんな間抜けな花守が管理していた花園が今になって見つかれば、混乱を招くだけである。教会から反感を買わない様に秘密裏に消されるのがオチだ。それが合理的で貴族として正しい判断。
それなのに、ハイアンを代表する公爵令嬢が魔力実験のために嬉々として国を滅ぼしかけた原因の花園に通う姿を想像しただけで、元貴族であるブランの頭はくらりと揺れた。
何を考えるのかは本人の自由であると常々思っているブランでもルーチェの考え方は貴族として危ういと思った。自由をこよなく愛するあのブラン・フィールドでさえ。
(この嬢ちゃんはやはり白か)
そう思えただけでブランの口角は少しだけ上がり、安堵の気持ちが広がった。
「やっぱ嬢ちゃんは貴族らしくねぇな」
「そんな良い笑顔で言われても……」
ブランは気付かない。この晴れた心に再び暗雲が迫っていることに。




