【第36話】 選べる道しるべ
「最初は春区画から回ってください」
昼の受付で晴真がそう告げると、協力者たちは揃って春へ続く道を見た。
「葉や花の変化が分かりやすい。そこから夏へ進んで、寒さが平気なら冬区画も――」
説明を重ねるほど、列はきれいに一本へまとまっていく。
暑さが苦手だと話していた者も、販売品を先に見たいと言っていた者も、最初に勧められた春の道へ並んだ。止められた様子はない。だが、自分で選んだようにも見えなかった。
先頭には、胸を膨らませたピィロがいる。
「ピィロ、春の道だ」
「ピィ!」
晴真が指差すと、ピィロは元気よく一歩を踏み出した。
直後、販売区から流れてきた甘い香りへ頭を向ける。
「ピロロッ!」
金色の身体が跳ねた。
春への道を外れ、販売棚へ一直線に駆けていく。
「そっちじゃない!」
ピィロは振り返った。だが戻らない。販売用の籠から少し離れた場所で止まり、香りの元と晴真を交互に見ている。
案内役を放棄した顔ではなかった。
そもそも、自分が案内役だと理解している顔でもない。
春側の入口には協力者が固まり、後ろから来た者まで理由も分からず列へ加わろうとしていた。
「いったん閉じる」
晴真は入口の板を持ち上げ、道を横切るように置いた。
「まだ誰も入ってませんよ?」
協力者の一人が戸惑った声を出す。
「だから今止めます。このまま入れたら、自分で季節を選ぶんじゃなく、俺が決めた順番をなぞるだけになる」
晴真は列を見回した。
「悪いけど、一度受付からやり直させてください」
不満より困惑の方が大きかった。
それだけで十分だった。晴真の詳しい説明は、初めて来た者にはおすすめではなく、守るべき手順として聞こえていたのだ。
「説明の順を変えますか?」
春区画から戻ってきたセナトが尋ね、すぐに自分で首を振った。
「いや、同じですね。最初に聞いたものが一番安全に思える」
「全部を同じ長さで説明する」
「知らない場所で、知らない季節を、言葉だけで平等に想像しろってことですか?」
「言い方が容赦ないな」
「初めて来た側は、正解があると思うんですよ。晴真さんが詳しく話すほど、そこへ行けと言われた気になる」
セナトは分岐点へ立ち、夏側から流れる乾いた暖気と、冬側から届く冷気を順に確かめた。
「でも、ここまで来れば暑いか寒いかは分かります。春へ近づけば植物が開く。冬へ入る前には休息場所が見える。説明より、身体で判断できる印を使いましょう」
晴真は用意していた説明板へ目を向けた。
季節ごとの魅力を並べた文章も、途中で予定していた季節替えの実演も、来訪者へ見せたいものを見せるための仕掛けだった。
「実演も外す」
「せっかく準備したのに?」
「俺の能力を見に来る祭じゃない。自分に合う季節を選ぶ祭だ」
惜しさは残る。派手な変化なら、初めて見る者を驚かせられる。
だが、驚かせた勢いで進む道まで選ばせては意味がない。
「ピィロも案内役から外す」
販売区に居座る小さな背中へ声を投げた。
「ピィロ。好きなところへ行っていい。ただし、売り物は温めるな」
「ピィー」
返事だけは不満そうだった。
セナトは入口から見える位置へ春の鉢を動かした。近づくほど葉が開く。夏側には日を吸った温かな石を置き、冬側の手前では休息場所が見えるよう遮る物を避けた。
晴真は受付の説明を削った。
「道は途中で変えていい。合わなければ戻っていい。買わずに帰っても構わない。止めると言われた区画には入らない。それだけです」
「おすすめは?」
「ありません。立っていて気になる方へどうぞ」
二度目の受付では、動きがすぐに分かれた。
冷気に肩をすくめた者は夏側へ向かい、開いていく葉へ顔を寄せた者は春を選ぶ。販売区の香りに気づいた者は、体験より先に棚を見に行った。冬側へ進む者は、休息場所を確かめてから慎重に境界を越えた。
晴真が先頭に立つ必要はなかった。
入口で見るべきものは、説明を聞く顔ではなく、戻ってくる者と詰まりかけた道だった。
やがて、冬区画からフィエルナの声が飛んだ。
「ここは止める」
晴真が駆けつけるより先に、入口の氷の境界が厚くなる。
冬区画へ入った協力者の一人が、歩幅を狭めていた。本人はまだ進めると言ったが、指先の動きが鈍く、返事も遅れている。
「休息場所へ戻る」
フィエルナは問い返させず、短く告げた。
「でも、最後まで試さないと」
「試すために倒れる必要はない。あなたの役目は、無理を通すことではなく、合わないと示すことだ」
彼女は協力者を区画外へ連れ出すと、晴真を見た。
「クゼ。新規受入れは止めて」
「もう閉じる。冬へ向かってる人は、休息場所で待ってもらう」
晴真は入口を閉鎖し、後続を春と夏の経路へ振り分けた。冬区画へ入っていた者は全員戻し、フィエルナが休息中の一人を見られる状態にする。
判断を待たれなかったことに、不満はなかった。
晴真が全体を見る間に、フィエルナが自分の区画を止めた。そのため入口の対応も遅れずに済んだ。
「晴真」
水を渡したフィエルナが、声を落とす。
「ここは私が見る。入口へ戻って」
「ああ。再開は冬以外だけにする」
彼女は短く頷いた。
再開後、春から夏へ道を変える者がいた。休息してから販売区だけを見て、体験へ戻らない者もいた。
販売棚の前では、一枚板の札が付いた籠を協力者の一人がのぞき込んでいる。隣に見える二つ割りの札と、さらに離れた穴三つの札へ手を伸ばしかけ、晴真の方を見た。
「買えるのは、どれです?」
「一枚板の札だけです。二つ割りは生活用、穴三つは次へ残す分なので売りません」
「こっちの籠からなら、どれでも?」
「決めた上限までです。追加は出しません」
協力者は販売用の籠から一つを選んだ。晴真は棚に残る数を確認し、上限内であることを確かめてから受け取る。
代価が渡され、商品が協力者の手へ移った。
生活用の籠にも、採種候補の置き場にも手は触れない。販売分が減った棚には空きができたが、奥から補充はしなかった。
「もう一つは?」
「今日はここまでです」
「予約上限にはまだ余裕があるんですよね?」
「余裕と在庫は別です。今ここにある販売分だけで終わりです」
協力者は少し残念そうにしながらも、買った品を抱えて退出の道へ進んだ。
その後ろでは、何も買わなかった者が出口を指す。
「体験だけで帰っても?」
「もちろん。買い物は参加条件じゃありません」
晴真は引き留めず、出口までの道を示した。
別の一人は途中で疲れを訴え、販売区へ寄らずに退出した。休息場所からそのまま戻る経路も塞がれていない。
夕方までに、受付から入った協力者は全員が退出地点を通った。購入した者、買わずに帰った者、途中で切り上げた者が、それぞれ違う道で外へ出た。
冬区画は停止したままでも、他の経路だけで最後まで運用できた。
残る確認は、自由参加へ戻した一羽だった。
「ピィロがいませんね」
セナトが販売区の周囲を見回す。
「甘い匂いの近くにいると思ったんだが」
籠のそばにはいない。いつもの弾む声も聞こえなかった。
セナトは販売区脇の植物へ目を向けた。蔓が、風とは違う間隔で揺れている。
「向こうです」
二人が駆け寄る前に、低い鳴き声が届いた。
「チチッ。ピィ!」
蔓の陰からピィロが顔を出した。甘い品へ近づいた形跡はなく、販売棚との間にはきちんと距離を残している。
セナトが近づくと、ピィロは休息場所の方へ飛び、途中で振り返った。
「僕を呼んだんですか?」
「ピィ!」
もう一度進む。
セナトは笑わず、その後を追った。蔓の絡む場所ではピィロが止まり、セナトが葉を避けるのを待つ。
何か危険を見つけたのか、合流したかっただけなのか、正確な意味までは分からない。
だが、予定外に消えたのではない。鳴き声と植物の揺れを使い、見つけられる相手を選んでいた。
休息場所へ着くと、ピィロはセナトの前を一周して胸を張った。
「案内役は嫌でも、迎えに来るのはいいんですね」
「ピロロッ」
「次は勝手に消える前に鳴いてください。植物に絡まれたら、僕を呼べばいいです」
ピィロは返事の代わりに、セナトの進路へ先回りした。
入口へ戻った頃には、日が傾いていた。
晴真は閉じた冬区画、空になった受付、上限内で一部が売れた棚を順に見た。最初に考えた通りの運用は、ほとんど残っていない。
長い説明も、能力実演も、ピィロの案内も外した。
それでも、受付から退出まで、一度も晴真一人の判断へ止まることなく進んだ。
「受付、分岐、体験、休息、購入、買わない退出、途中退出。区画停止と入口閉鎖も動いた」
晴真は入口の板へ手を置いた。
「これで通し運用は完成だ。限定人数なら、本番で受け入れられる」
「実際の人数で同じように動くとは限らない」
フィエルナが釘を刺す。
「分かってる。混雑も、季脈への負担も、まだ確かめてない」
「ならいい」
セナトが足元のピィロを見た。
「案内役は一人減りましたけどね」
「最初から数に入ってなかったらしい」
「ピィー」
抗議するような鳴き声が上がる。
晴真は笑い、入口の板を外して脇へ置いた。
人もピィロも、予定どおりには歩かない。
だからこそ、選び直し、止まり、買わずに帰れる道まで含めて、季節祭はようやく動く形になった。




