【第35話】 不揃いな実り
「遅い株だけ、秋を足せば間に合う」
朝露の残る畑で、晴真は実りの浅い株を指した。
同じ列に植えたはずなのに、作物の様子は揃っていない。濃い色に熟して甘い香りを放つものもあれば、まだ青みを残すものもある。茎は太いのに実りの遅い株は、周囲より一回り背が低かった。
祭用品として予約上限まで確保するなら、遅れた分を待っている余裕は少ない。
「区画全体じゃない。この辺りだけを対象にする。生活用の株から離して、実りだけを進めれば――」
「駄目だよ」
マルタは屈み込み、晴真が示した株の根元を指で押した。
「これは遅れているんじゃない。遅くても倒れず、根を張ってる株だ」
「丈夫なのは分かる。でも、実が足りなきゃ祭には出せない」
「だからって、今ここで全部を同じ時期に熟させたら、何が早く実る株で、何が遅くても丈夫な株か分からなくなる」
マルタは隣の株へ手を移した。そちらは実の色こそ鮮やかだが、細い茎が重みに負けて傾いている。
「こっちは早い。香りも強い。けど、風が来たら先に折れるかもしれない。そっちは遅い。見栄えも地味だ。でも根は残る。秋を足せば、どっちも同じ顔になる」
晴真は伸ばしかけた手を止めた。
季節替えで成熟を進めれば、収穫量は増える。対象を狭めれば、周囲への影響も抑えられる。
だが、能力で揃えた実からは、元の株が持っていた違いを読み取れない。
「量を増やす代わりに、来年選ぶための情報を潰すのか」
「そういうことだよ。祭は一日だ。種はその先を食わせる」
「予約上限は、必ず埋める数じゃない」
晴真は自分へ言い聞かせるように口にした。
昨日決めたのは、売ってよい最大量だ。足りない分を能力で作る約束ではない。
「季節替えは使わない。自然に熟した分だけで分けよう」
「最初からそう言えば早かったね」
「思いついた案を一度も口にしない俺になったら、具合が悪いと思ってくれ」
「そのときは畑より先に休ませるよ」
容赦のない返事だった。
少し離れた場所で茎を見ていたセナトが、笑いをこらえながら手招きした。
「晴真さん、こっち。派手さなら負けてますけど、残すなら面白い株があります」
春の力が弱まる時期でも、葉の張りを保っている株だった。実の数は少ない。だが土を軽く避けると、細かな根が切れずに広がっている。
「実りが遅いのに、弱ってないな」
「急いで咲く気がないんでしょうね。花期を外しても、自分の場所を手放さない。僕は嫌いじゃないです」
「自分の話を混ぜてないか?」
「植物の話ですよ。半分くらいは」
セナトは茎を支え、熟した実だけを指先で選んだ。引きちぎらず、枝の分かれ目を押さえて、軽くひねる。残した実と葉は揺れただけで、株そのものは傷まない。
「採種候補は抜かない方がいいです。必要な分だけ取って、残りは株の反応を見たい。根を傷めたら、丈夫さを確かめる前に終わります」
「じゃあ、その列は畑へ残す。採るのは熟した分だけだ」
晴真たちは、株ごとの差を見ながら畑を回った。
色が早く濃くなり、香りの強いものは販売候補。実の数と大きさが安定し、傷みの少ないものは生活用。成熟は遅くても茎と根が強いものは、採種候補として畑へ残す。
並べてみれば、不揃いだった畑が三つの役割へ分かれていく。
販売候補の籠は、晴真が想定していたほど埋まらなかった。
「上限の七割にも届かないな」
「届かせる必要はないよ」
マルタは生活用の籠を先に持ち上げた。
「食卓と保存分を抜いて、種を残して、それから売る。昨日決めた順番だろう」
「分かってる。悔しくないとは言わないけどな」
「悔しいなら、来年もっと選べる種を残しな」
そこへ、甘い香りを嗅ぎつけた金色の塊が飛び込んできた。
「ピロロッ!」
ピィロは販売候補の籠へ一直線に走り、胸を膨らませた。熟した実の周囲を回りながら、羽先へ橙色の光を灯す。
「ピィロ、熱はなしだ」
「ピィー」
不満そうに鳴きながらも、光はそれ以上強くならない。
ところが次の香りを追った勢いで、ピィロは採種候補の列へ足を踏み入れかけた。
「そっちは入るんじゃないよ」
マルタが地面の区画線を指した。
ピィロは一度止まり、線の向こうを見た。熟しかけた実が葉の陰にある。くちばしがわずかに開く。
晴真は地面を二度たたいた。
「待つ」
ピィロは晴真と実を交互に見た。それから身体ごと背を向け、湯気の抜けるような音を鳴らした。
だが、線は越えなかった。二歩、三歩と自分から下がり、販売候補の籠の横へ戻る。
「今のは合格か?」
「まだだよ」
マルタは販売候補の実を一つ取り、割った。中身の色、香り、硬さを順に確かめる。ピィロは胸を張ったまま、その手元を見上げている。
マルタは欠片を口に入れ、しばらく噛んだ。
「熟し方はいい。余計な熱も入ってない」
「ピィ!」
「採種側へ戻らなかったのも、仕事としては合格だ」
小さく切った実が差し出される。
ピィロは勢いよく食べ、綿羽を太陽の輪のように広げた。そして採種区画には目もくれず、次の販売候補の籠へ向かって駆け出す。
「褒めたら次の仕事を探すの、早すぎないか?」
「先走ったら止める。やり直せたら認める。それでいいんだよ」
マルタはそう言って、次の実を割った。
午後、収穫物を貯蔵設備へ運ぶ段階で、晴真は置き場を三つに分けた。
販売用は運搬口に近い棚。生活用は共同食へ回す分と保存分に分け、奥の出入口から扱う。採種候補は販売用の動線から外し、道具を運ぶ者が間違って手を出せない位置へ置いた。
表示も文字だけにはしなかった。販売用には一枚板、生活用には二つに割った札、採種候補には穴を三つ開けた札を付ける。遠目でも、手触りでも区別できる。
「ずいぶん念入りですね」
セナトが穴の開いた札を指でなぞった。
「俺は次の面白いことを見つけると、今の管理を忘れやすいからな」
「自分で言うんですか」
「言っただけで直るなら安いだろ。直らない分を、間違えにくい置き方で補う」
晴真は採種候補の籠を、販売用からさらに離した。
「これは売らない。食べない。畑へ残す株と一緒に、次作を決めるための物だ」
マルタは三つの置き場を順に見た。販売用の少なさではなく、生活分と採種候補が先に守られていることを確かめている。
「採種候補の最終配置は、晴真に任せる」
「俺に?」
「増やせるのに増やさなかった。自分が忘れる弱点も、札と置き場で潰した。なら、任せられる範囲は広げる」
「厳しく断った直後に、ずいぶん大きな仕事を渡すな」
「反対したのは、あんたを外すためじゃない。残る形にするためだよ」
晴真は穴の開いた札を持ち直した。
「分かった。販売動線から外して、畑へ戻す順番まで崩れないように置く」
「村へ説明するときも同じ基準で話すよ。量を減らしたことも、隠さない」
「そのときは俺も行く。減らした責任まで種守へ押しつけない」
マルタは短く頷いた。
夕方には、収穫物の行き先が目に見える形で分かれていた。
祭へ出せる品は少ない。それでも現物として籠に収まり、予約へ回せる量が確定した。生活用はその日の食卓と保存へ回り、採種候補は販売棚から遠く離れた場所で、畑に残した丈夫な株とともに次の季節を待つ。
ピィロは販売用の籠の周囲だけを誇らしげに巡り、採種候補の線へ近づかなかった。
不揃いだった実りは、欠点のままではない。
売る物。食べる物。次へ残す物。
三つの未来へ分けたことで、予約上限には届かなくても、翌年を削らない祭用品が確かに残った。




