【第33話】 選べる道
「まずは俺たちで、四季を全部歩いてみる」
晴真は共用空間の扉を開け、外へ伸びる道を指した。春から夏、秋を抜け、最後に冬へ入って戻る。前日に卓上で描いた枝分かれを形にする前に、一本の順路でどこまで歩けるか確かめるつもりだった。
「全部通ることが成功条件なの?」
フィエルナが尋ねる。
「四季を見せる祭だからな。最初から一つしか選べないより、全部を知った後で好きな場所を決められた方がいい」
「先に答えを決めていますね、晴真さん」
セナトは眠りの残る春側の蔓を眺めた。葉先はわずかに上を向いているが、奥の根はまだ春の衰えを引きずっている。
「歩ける場所は僕が見ます。ただし、植物が嫌がったら人間より先に止めますよ」
「俺より優先順位が低いのか」
「晴真さんは自分で逃げられますから」
「反論しづらいな」
ピィロは扉の外で胸を膨らませ、短く鳴いた。同行する気はあるらしい。ただし晴真が手招きしても肩には乗らず、道の先へ自分で駆けていく。
最初の春側は、柔らかな湿気と薄い花の香りに包まれていた。セナトが足元の蔓を避け、葉の向きがそろっている箇所を選ぶ。晴真たちはその後を進んだ。
「この辺りまでは大丈夫です。根も道の外へ逃げています」
「人が踏む場所を覚えたみたいだな」
「踏まれたいわけではありません。避けているんです」
「同じ結果でも印象が違う」
「暮らしを作るなら、その違いは大きいですよ」
春と夏の境は、思ったより曖昧だった。湿った土が少しずつ乾き、空気も段階的に温まる。生活する分には穏やかだが、初めて訪れた者がどこで季節を選んだのか分かりにくい。
晴真は道の脇へしゃがみ込んだ。
「ここだけ、境をはっきりさせる」
「範囲は?」
フィエルナの問いに、晴真は靴二足分ほどの土を指で囲んだ。
「道の土だけだ。夏側の乾いた性質を少し移す。畑にも住居にも触れさせない」
区切った土へ意識を沈める。夏区画にある乾燥と活性のうち、足裏で感じ取れる程度の熱だけを選んだ。
季節替えが働くと、湿った土の表面から水気が引いた。境をまたいだ瞬間、靴底の感触が柔らかさから乾いた硬さへ切り替わり、頬へ触れる空気も一段だけ温かくなる。
「おお。これなら分かる」
晴真が一歩戻り、もう一度またぐ。春の湿り気から夏の乾いた空気へ。短い距離で景色まで鮮やかになったように感じた。
ピィロも境を跳び越え、羽先を橙色に光らせる。
「ピロロ!」
「気に入ったらしいな。もう少し先まで――」
「待ってください」
セナトが道の外へ手を伸ばした。
春側の細い蔓が、乾いた土へ向かって伸び始めていた。反対側では、葉の一枚が縁からしおれ、根元の土がひび割れている。さらに住居へ続く蔓の壁がかすかに軋み、内側へ暖気が流れ込んでいた。
「道だけのつもりでも、根は道の下を通っています」
「追加は止める」
晴真は即座に季節替えを切った。
だが、伸びた蔓は元へ戻らない。乾いた土もすぐには湿らず、葉の萎れも残ったままだった。
セナトが蔓を持ち上げ、道から外して日陰へ寄せる。フィエルナは薄い氷板を住居側との間へ立て、流れ込む暖気を遮った。
「境界を広げる案はなしだ」
晴真はひび割れた土を見下ろした。
「分かりやすくはなった。でも道の下まで俺の都合では区切れない」
「今の範囲なら、休ませれば戻せます。ただし、すぐではありません」
セナトはしおれた葉へ触れた。
「今日はここを使わない方がいいですね」
「試験用の道を作って、本来の道を一つ休ませる羽目になったか」
「成果と損失が同じ場所に出ましたね」
フィエルナの声は厳しかったが、責める調子ではなかった。
「次は、分かりにくい境界を力で強める前に、通らない選択も考えて」
「覚えておく。いや、今日使う」
迂回して夏区画へ入ると、熱は一気に強くなった。ピィロは先ほどまでの警戒を忘れたように駆け回り、日光を吸った石の上で翼を広げる。
春の湿気をまとった身体には、夏の乾いた熱が心地よかった。だが秋区画へ移る頃には喉が渇き、晴真の額にも汗が浮かんでいた。実りの香りを含む風は穏やかでも、身体には春と夏の変化が積み重なっている。
「まだ行けるな」
晴真が冬側へ続く道へ足を向けると、フィエルナが前へ出た。
「止まりなさい、クゼ」
「入口はまだ先だぞ」
「だから止めるの。夏の熱を身体に残したまま冬へ入れば、冷気を必要以上に強く感じる。体験ではなく我慢になるわ」
「少し休めば――」
「少しがどの程度か、今は確かめていないでしょう」
言われてみれば、汗の残る背中へ秋風が触れるだけでも肌が冷えた。冬へ入ればどうなるか、試したい気持ちはある。だが来訪者へ同じ負担を求める理由はなかった。
その横で、ピィロが低く鳴いた。
「チチッ」
丸い身体が縮み、冬側へ向いていた足が止まる。晴真が手のひらを見せた。
「ピィロ、こっちだ」
ピィロは顔だけを向けた。だが近づかない。冬側と晴真を見比べると、くるりと背を向け、来た道から外れて共用空間へ続く近道へ走り出した。
「ピィロ?」
もう一度呼ぶと、立ち止まって振り返る。返事のように「ピィ」と鳴いたものの、戻ってはこなかった。
フィエルナも追わない。
「入らないと決めたのよ」
「順路から外れたんじゃなく?」
「共用空間へ戻る道は覚えている。迷った動きではないわ」
晴真は冬への道と、遠ざかる金色の背を見比べた。
四季を全部歩くことを当然だと思っていたのは、自分だけだった。ピィロは夏を選び、冬を拒み、それでも試験そのものから逃げたわけではない。自分に必要なところまで参加して、自分で戻った。
「俺たちも戻ろう」
「冬は試さないんですか?」
セナトが尋ねる。
「今の身体では試さない。全部回れなかったことを失敗にするのもやめる」
共用空間へ戻ると、ピィロはすでに卓の脚元にいた。用意してあった水の器には近づかず、温かな小石の隣で羽毛を整えている。
「勝手に戻った割に、堂々としてるな」
「ピロロ」
「褒められたと思ったわね」
フィエルナが冷たい飲み物を晴真へ渡し、自分は冬側に用意された軽食を取った。セナトは常温の水を飲みながら、春側の窓へ目を向けている。
「植物も同じです」
彼は言った。
「春から夏、秋、冬へ一方向に通すと、変化へ耐えられるものだけが最後まで残ります。人も全員に同じ順番を求めたら、合わない季節を我慢できる人だけが成功になる」
「季節祭で見せたいのは、我慢の上手さじゃない」
晴真は卓上へ四つの印を置き、その中央を指で押さえた。
「ここを出発点じゃなく、戻る場所にする。春へ行って戻る。夏へ行って戻る。休んでから秋を選ぶ。冬だけでもいい」
「途中で終えてもいいのね」
「一つ選んで帰っても成功だ。何も選ばず、ここで休んで帰るのも失敗にはしない」
フィエルナは少し考え、冬側の印を中央から離した。
「冬へ入る前は必ずここで状態を見る。案内がいない日は閉じる。それなら試せるわ」
「春側は、今日休ませた境界を使いません」
セナトも別の道筋を示す。
「植物の葉が道から逃げている場所を入口にします。戻り道は同じにせず、共用空間へ短く抜けられる方がいい」
「よし。もう一度歩こう。今度は全員、違う場所を選ぶ」
再試験では、晴真は春へ入り、共用空間へ戻ってから秋を選んだ。季節の間に水を一口飲むだけでも、身体へ積み重なる負担は大きく違った。
セナトは春側の植物を見ながら進み、葉の向きが乱れたところで引き返した。無理に奥へ行かず、別の戻り道から先に共用空間へ着く。
フィエルナは十分に休んでから冬へ入り、入口の冷気と休息場所の状態を確かめた。晴真が後から追おうとすると、視線だけで止められる。
ピィロは夏区画へ一直線に向かった。日を吸った石の周囲を一周し、満足すると、自分から中央へ戻ってきた。晴真の肩へ乗る代わりに、足元へ温かな小石を一つ置く。
「一季節で帰ってきた利用者が、一番満足そうだな」
「ピロロ!」
「全区画を回らせたら、この顔は見られなかったでしょうね」
フィエルナの言葉に、晴真は笑った。
夕方までに、四つの道から共用空間へ戻れることを確かめた。境界の土に新しい季節性を足すのは、葉の萎れ、根の伸長、住居側への温度変化が出た時点で中止する。今日変化した場所は遮りを残し、休ませる。すぐに元へ戻ったことにはしない。
「これを季節祭の体験経路にする」
晴真は中央から四方へ伸びる線を見渡した。
「全部を見る道じゃない。自分で選び、合わなければ戻り、途中でやめられる道だ」
「人数が増えた場合は別の話です」
セナトが念を押す。
「商品を運ぶ人と重なれば、今の道幅では足りないわ」
フィエルナも続けた。
「予約も販売上限も、まだ決まってない」
晴真は頷いた。
「今日は道だけだ。だから道だけは、使える形にした」
ピィロが四本の線のうち夏側だけをくちばしでつつき、胸を大きく膨らませた。
全季節を制覇する順路は消えた。代わりに、選ばなかった季節を責められず、いつでも中央へ帰れる四つの道が残った。
季節祭で最初に体験してもらうものは、四季の多さではない。
自分に合う季節を、自分で選べることだった。




