表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季を交換できる俺、荒れた辺境農園で氷の魔女と金色ひよこの第五季スローライフ  作者: カイト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/42

【第25話】 季節のない廊下

「春の部屋を、もう一つ大きくするのはやめよう」


 晴真がそう言うと、植物性住居の入口で葉を整えていたセナトが振り返った。


「僕は広くても困りませんよ」


「セナトはな。今度泊まりたいと言ってる人は、ここじゃ眠れない」


 春霧の向こう、農家の軒下には厚手の外套をまとった訪問者が立っていた。農園の評判を聞き、冷えた場所でなければ十分に休めないと申し出た者だ。


 試しに植物性住居へ入ってもらったが、開いた葉から落ちる雫と柔らかな温気に、ほどなく外へ出てきた。


「息が詰まるほどではありません。ただ、朝まで眠るのは難しいでしょう」


 訪問者は住居を否定せず、そう結論づけた。


「なら、隣に冬の部屋を作る」


 晴真は植物性住居の横へ視線を移した。


「同じ場所に泊まれて、好きな方を選べるようにする」


「冬を必要とする者だけ、農園の端へ追いやる配置にはしないで」


 フィエルナが条件を加えた。


「部屋が冷えていても、そこへ入るまで一人で遠くを歩かせるなら、居場所とは呼べないわ」


「隣なら問題ない?」


「近ければよいとは限らないけれど、試す価値はある」


「では、春側は僕が調整します」


 セナトは壁の葉を一枚つまんだ。


「冬が悪いと言って逃げるのは簡単ですからね。僕の部屋が何を出しすぎているのか、先に見ておきます」


 こうして、二つの居室を並べる試作が始まった。


 晴真は植物性住居の隣を区切り、冬性居室の内側だけへ冬の性質を移した。土から熱が抜け、壁際の空気が澄む。フィエルナが冷気を整えると、床には薄い霜が広がり、訪問者はそこでようやく肩の力を抜いた。


 春側ではセナトが花を減らし、重なりすぎた葉を切り分けた。夜は従来どおり壁を眠らせ、朝に入口と採光部だけを起こす。


 最初の夕方までは、うまくいっているように見えた。


 だが翌朝、二つの扉の間に白い塊ができていた。


「道が育ったんじゃなくて、道が凍ったな」


 晴真は出入口を塞ぐ氷を靴先で叩いた。春側から流れた湿気が、冬側の冷気に触れて凍りついている。薄い膜ではない。夜の間に重なった水が、扉の下から壁際まで硬く固まっていた。


 ピィロが近づき、低い「チチッ」という音を鳴らす。光る羽先を氷へ向けたが、冷気を嫌ってすぐ晴真の後ろへ回った。


「境界をもっと強くするか」


 晴真は春側と冬側の間を見比べた。


「春の湿気を扉の内側へ押し戻して、冬の冷気も――」


「季節を重ねる場所を増やせば、次は壁か天井が凍るわ」


 フィエルナが短く退けた。


「狭い境界で春と冬を押し合せても、干渉する場所が移るだけよ」


「では、離す?」


「部屋は離さない」


 訪問者が口を挟んだ。


「冬の部屋を望みましたが、他の者から隔てられたいわけではありません」


 セナトが凍った床へしゃがみ込み、氷の端を指でなぞった。


「春を減らす余地はあります。花を半分閉じたままにして、葉も今より少なくする。少し乾きますが、眠れなくなるほどではありません」


「セナトの快適さを削ることになるぞ」


「選んで削るなら、押しつけられるのとは違います」


 彼は顔を上げ、二つの扉の間を示した。


「ただ、春を減らしても、ここに冬が届けばまた凍ります」


「なら、ここには何も置かない」


 フィエルナが言った。


 晴真は一瞬、意味を取り違えた。


「何も?」


「春も冬も与えない短い空間を挟むの。居室の扉より内側だけに季節を留める。ここはただの床と壁にする」


「季節を選べる場所を作るために、季節のない場所を置くのか」


「全員へ何かを与える必要はないでしょう」


 その言葉に、晴真は凍った境界を見下ろした。


 前なら、空いた場所を見れば別の季節で埋めようとした。温度も湿気も使い方も、能力で整えれば完成に近づくと思っていた。


 だが、二人が扉を開けて顔を合わせる場所まで、どちらかの快適さへ染める必要はない。


「決めた。部屋だけに季節を入れる。間は対象外だ」


「珍しく、減らす決断が早いわね」


「失敗が床に張りついてるからな」


 まずは凍った水を取り除かなければならなかった。


 晴真たちは氷を薄く削り、割れた塊を容器へ移した。季節替えで消そうとはしない。凍った水は既にそこにあり、追加使用を止めてもなくならない。


 集めた水は、冬苔へ少しずつ吸わせた。冷えた苔は水分を含むにつれて厚みを増し、淡い蜜の香りを返す。


 ピィロが興味を引かれ、冬苔へ近づいた。羽先が橙色に灯る。


「ピィロ、待て」


 晴真が手のひらを見せる。同時にフィエルナが苔の手前へ細い氷の線を引いた。


 ピィロは線の前で止まり、晴真と冬苔を交互に見た。くちばしを閉じたまま、不満そうに湯気の抜ける音を鳴らす。


「温める仕事じゃない」


「ピィー」


「見てるだけなら頼む」


 ピィロはしばらく胸を膨らませていたが、やがて熱を引っ込めた。氷線の外へ座り、冬苔が水を吸い終えるまで動かなかった。


 セナトは春側の花を選び直し、朝に開く数を減らした。湿気を抱え込む葉も切り分け、入口へ流れる雫を外側へ逃がす。


 フィエルナは冬性居室の範囲を扉の内側へ引き戻した。


「冷気がこの線を越えたら、その日の使用は止める。床に霜が残る程度ならよいけれど、扉の外で水が凍れば範囲が広すぎる」


「停止した後も、凍った分は残る」


「ええ。だから毎朝、床を見る必要があるわ」


 晴真は春側の入口と採光部だけへ成長を移し、冬側は居室内部だけを直接対象に選んだ。


 二つの扉の間には手を出さなかった。


 春の葉が揺れる入口。薄い冷気をたたえた冬の扉。その間には、土を固めただけの短い床が残った。花も霜もなく、光も色も目立たない。


 完成というには、あまりに地味な場所だった。


 だがピィロがそこへ足を踏み入れても、羽先は光らない。冷気に身を縮めることもなく、二つの扉を見比べて首を傾げた。


 数日の調整後、試験宿泊の日が来た。


 夕食を済ませると、セナトは春性居室へ入り、自分で入口の葉を確かめた。冬性の訪問者は反対側の扉を開き、冷えた空気へ深く息を吸う。


「こちらを使います」


 誰かに割り当てられたのではなく、本人が選んだ答えだった。


「異常があれば農家へ」


 晴真が告げる。


「農家まで行く前に、ここを通れるか確かめておきます」


 訪問者は冬側の扉から共用部へ出た。セナトも春側から顔を出す。


 二人の間には、冷気も花粉も流れていない。


「夜中に僕の花が起きたら、先に叩いてください」


「壁をですか?」


「僕をです」


「起きるのなら、眠れていないのでは」


「厳しい判定ですね」


 扉越しに言葉を交わし、二人はそれぞれの部屋へ戻った。


 夜半、晴真は農家の窓から居室の方角を見た。ピィロは暖炉の近くで丸まり、戸口へ警告に来る様子はない。


 翌朝、二つの扉の間の床は乾いていた。


 晴真が春側の入口と採光部へ成長を移すと、葉が朝日へ向かって開く。冬側ではフィエルナが定めた範囲に冷気が保たれ、扉の外へ霜は出ていない。


 先に春側の扉が上がり、セナトが出てきた。翅を広げ、朝の霧を確かめる。


 続いて冬側の扉が開いた。訪問者は外套を整え、共用部へ足を置いた。


 二人は、季節の色が消えた短い床の上で向かい合った。


「眠れましたか?」


 セナトが尋ねる。


「ええ。あなたの部屋の音も聞こえませんでした」


「こちらも凍る音は聞こえませんでした。褒め言葉としては不思議ですが」


 訪問者はわずかに笑った。


 ピィロが二人の間を駆け抜け、「ピロロ」と鳴く。春の扉へ寄ってから冬の扉を避け、最後は何もない床の中央へ戻って胸を膨らませた。


「そこはピィロの成果じゃないぞ」


「見守っていたものね」


 フィエルナが言うと、ピィロの綿羽が太陽の輪のように広がった。


「褒めるのかよ」


「熱を使わなかったことを評価しただけよ」


「次は何も温めない仕事を探し始めるぞ」


 晴真は乾いた床を踏み、左右の扉を見た。


 一方には朝の葉が揺れ、もう一方には静かな冷気が残っている。どちらかを薄めて同じにしたのではない。異なるまま眠り、同じ場所へ出てこられた。


「寝床はできた」


 晴真が言う。


「次は、ここから同じ場所へ飯を食いに行けるかだな」


「食事まで無季節にするつもり?」


「それは味がなさそうだから却下」


「まだ何も決めていないのに、却下だけは早いですね」


 セナトが笑う。


 春と冬の間に残された静かな床は、何も生み出さなかった。


 だからこそ、二人がそれぞれの季節を選んだまま、同じ朝へ出てくる場所になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ