表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季を交換できる俺、荒れた辺境農園で氷の魔女と金色ひよこの第五季スローライフ  作者: カイト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/11

【第2話】 冬は実りを眠らせる

 翌朝、晴真は畑へ出るなり足を止めた。


「増えるのは歓迎だけど、勝手に領土を広げるのは違うだろ」


 昨日、歩幅で囲ったはずの小区画から、白い根が何本も土を押し上げていた。境界の外では、周囲の灰麦まで引かれるように葉を起こし始めている。残した虹穀の穂も一晩でさらに膨らみ、茎は重みに耐えかねて傾いていた。


 食べられるものが増える。最初に浮かんだのは、その期待だった。


 だが、根は農家側へも伸びている。このまま放置すれば、収穫量を喜ぶより先に、畑のどこまでが影響を受けたのか分からなくなる。


 晴真は区画の縁へしゃがみ、土から覗く根へ手をかざした。春も夏も、追加では与えていない。それでも根の内側には、昨日移した成長と活性が残っている。


「止めたのは追加だけか。始まった分までは止まらない」


 試しに根へ意識を向けても、季節替えで元の短さへ戻せる感覚はなかった。無理に別の性質を重ねれば、さらに予想外の変化を増やすだけだ。


 成功を失いたくはない。だが、育て続けることだけが守る方法ではない。


 晴真が鎌を取りに農家へ戻ろうとしたとき、畑の北側で乾いた音がした。


 薄い氷が、地面を一本の線となって走ったのだ。


「そこから先へ触れるな」


 声の方を見る。


 白い外套をまとった女が立っていた。足元には霜が広がっているが、畑全体を凍らせる様子はない。冷気は細く抑えられ、伸びた根の先だけを囲むように留まっていた。


「いきなり人の畑に線を引くのは、ずいぶんな挨拶だな」


「畑と呼べる範囲で収まっているなら、そうした」


 女の視線は晴真ではなく、土の盛り上がりを追っている。


「異質な春と夏が、季節の力の流れへ漏れている。根が広がれば、北の冬まで乱す」


「季節の力の流れ?」


「季脈だ。土地の下を巡り、それぞれの季節を支える。私は冬の季脈を守っている」


 晴真は、氷の線の手前で立ち止まった。


 根の先が白く曇り、伸びが鈍っている。しかし枯れてはいない。女は最初から焼くことも、砕くことも選ばなかった。


「俺は久瀬晴真。昨日ここへ春と夏を移した」


「フィエルナ・セルク」


 フィエルナは短く名乗り、晴真の手元へ目を移した。


「その力を止めろ」


「追加は昨日から止めてる。それでも伸びてるんだ」


「なら、すでに生じた作用を処理する必要がある」


「全部抜けと言うのか?」


「放置するならそうなる」


 即答だった。


 晴真は虹色の穂を見た。食べられることは確認した。枕元には種候補もある。だが、目の前の株をすべて失えば、次に試す材料も減る。


「何を守りたい?」


 フィエルナの眉がわずかに動いた。


「質問を返す場面ではない」


「こっちも、理由を知らずに成果を捨てる場面じゃない。冬そのものか、北の土地か、それとも別の何かか」


 しばしの沈黙の後、フィエルナは畑の外へ伸びた根を指した。


「冬の季脈へ、春と夏が逆流している。このまま広がれば、休眠しているものが目覚める。今はまだ、この畑の周辺で止まっている」


「なら、ここから先へ出さなければいい」


「言うだけでは止まらない」


「分かってる。だから刈る」


 晴真は農家から鎌を持ち出した。


 残すのは、最初に区切った範囲のさらに内側だけ。境界近くの株は惜しくても手放す。根を能力で戻せない以上、地上部を減らし、これ以上養分と活性が回る先を狭めるしかない。


 最初の一束へ鎌を入れたとき、虹色の穂が大きく揺れた。


 昨日なら収穫と呼べた。今は損失を止めるための刈り取りだ。粒の詰まった穂も混じっている。


「ずいぶん未練がありそうだな」


「あるよ。初めて作ったまともな飯だ」


「なら、なぜ切る」


「残したいからだ。全部欲張って、全部駄目にする方が惜しい」


 晴真は区画外の茎を刈り、束ね、根の露出した部分から離して積んだ。土中の根までは消えない。だが、地上を這っていた茎と、周囲へ垂れた穂は確実に減っていく。


 フィエルナは口を挟まず、その作業を見ていた。


 やがて晴真は、当初の半分ほどまで株を絞った。残した範囲の外周を示し、フィエルナへ振り返る。


「ここだけ残す。枯らさず、伸ばさずに置く方法はあるか」


「冬を、止めるための寒さだと思っているのか」


「昨日までは、少しな」


 フィエルナは残した株の前へ進んだ。


「冬は終わらせるだけではない。次へ渡せる時まで、眠らせる」


 彼女が片手を上げると、淡い冷気が根元へ沈んだ。


 霜は土の表面を覆ったが、葉を白く焼かなかった。冷気は細い筋となって根から茎へ昇り、虹穀の穂先へ届く。


 揺れていた葉が、少しずつ静まる。


 青さは失われない。茎も折れない。張りを保ったまま、伸び続けていた先端だけが動きを止めた。


 畑の一角から、音が消えたようだった。


 昨日から絶えず聞こえていた葉擦れも、土を押す根の軋みも収まっている。


「枯れてない」


「眠らせた。目覚める条件を決めずに重ねれば、今度は起きなくなる。だから範囲はここまでだ」


 晴真は葉へ触れた。冷たいが、脆くはない。生きたまま、先へ進むことだけを止められている。


「成長の反対じゃないんだな」


「反対にする必要がない。区切りがなければ、次の成長も残らない」


 晴真は眠った虹穀を見回した。


 育てることばかり考えていた。だが、実りを次へ残すには、育たない時間も必要になる。


「セルクさん。この刈った分にも使えるか?」


「用途を分けろ。すべて同じ眠りへ入れれば、今日食べる分まで扱いにくくなる」


「それは困る。朝飯が減る」


「危険を広げた直後に、食事の心配か」


「食べるために始めた実験だからな」


 フィエルナは小さく息を吐いたが、拒まなかった。


 二人は刈り取った虹穀を、状態ごとに分けた。粒の形がそろった穂は種候補として束ねる。傷の少ない収穫物の一部には、フィエルナがごく薄い休眠を施した。冷気は穂の内側へ留まり、香りも色も失わせず静かに沈んだ。


 その場で食べる分だけは眠らせない。


 農家へ戻ると、晴真は井戸水を少量だけ鍋へ移した。洗浄に使う量も抑え、残っていた虹穀と今朝刈った分を合わせて火へかける。携行食も添えたが、まだ食料に余裕ができたわけではない。


 温まった粒から、果実と木の実が混じる香りが立った。


 晴真は先に一粒食べ、問題がないことを確かめてから木皿をフィエルナの前へ置く。


「季節を混ぜた物は食べない主義だったりするか?」


「確かめずに否定するつもりはない」


 フィエルナは赤い粒を一つ選び、口へ運んだ。


 表情はほとんど変わらない。だが、次に青い粒へ手を伸ばした。


「どうだ?」


「食べられる」


「感想が冬みたいに短いな」


「警戒が解けたとは言っていない、クゼ」


 晴真は笑いかけて、彼女の真剣な目に気づき、肩をすくめた。


「分かってる。俺も監視されるのが好きになったわけじゃない」


「次にその力を使うなら、範囲と残る作用を先に考えろ」


「止めろ、じゃないんだな」


「止めるべきなら止める。だが、今日残したものまで否定する理由はない」


 食事を終えた後、晴真は保存分と種候補を一室の涼しい側へ分けて置いた。休眠がどれほど保つかも、種が発芽するかも分からない。保存食が完成したわけではなく、次の収穫が約束されたわけでもない。


 それでも、昨日は手探りで残した虹穀を、今日は未来へ残す形に分けられた。


 窓から畑を見る。


 刈り取った外周は低くなり、残した株は色を保ったまま静止している。地上の伸長は収まった。しかし、地下の根がどこまで届いたか、季脈への影響が消えたかは確認できない。


「まだ終わりじゃないな」


「当然だ。私は冬の季脈を調べる。異常が続くなら、次は範囲をさらに狭めてもらう」


「そのときは、何を残せるか先に相談する」


「相談したから許可されるとは限らない」


「そこは期待してない」


 フィエルナは返事をせず、畑へ向けていた視線をわずかに細めた。


 晴真も窓辺へ立つ。


 春は伸ばし、夏は働かせた。そして冬は、成果を奪わずに止めた。


 成長の敵ではない。次へ渡すための工程だ。


 眠った虹穀の向こうで、刈り残した畑の一部だけが、陽だまりのような熱を微かに揺らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ