表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季を交換できる俺、荒れた辺境農園で氷の魔女と金色ひよこの第五季スローライフ  作者: カイト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/42

【第17話】 三つの季節をひと皿に

 翌朝、晴真は春露葉を一枚掲げた。


「これは春の成長を葉へ残して、冬の休眠で街道を越えさせたものだ。水へ浸すと目覚めて――」


「薬草かい?」


 卓を囲んだ客の一人が、葉を受け取らずに尋ねた。


「食事だ。噛めば水気が出る」


「青い葉を、そのまま?」


「こっちには夏石芋もある。夏の熱を抱えていて、温めると甘くなる」


 晴真が切った芋を示すと、別の客は表面を指でつついた。


「硬そうだな。焼くのに時間がかかりそうだ」


「もう運んだ後でも味が落ちないことは確かめた。春露葉とは箱を分ければ――」


「クゼさん」


 ネロイが横から声を挟んだ。


「客が知りたいのは、箱の数ではありません」


「昨日までは箱の数が問題だっただろ」


「今日は食べたいかどうかです」


 正論だった。


 試食用の春露葉と夏石芋は、前日のうちに開封して味を確かめている。朝も宿の設備で夏石芋を温め、春露葉は水へ浸して張りを戻した。


 それでも客の手は伸びなかった。


 珍しい作り方を説明すれば興味を持つと思っていた。ところが、晴真が季節替えの仕組みを語るほど、二品は変わった能力で作られた、用途の分からない食べ物になっていく。


「味は悪くありませんよ」


 ネロイは客ではなく晴真へ言った。


「ですが、葉は薬草に見え、芋は調理に手間がかかるように見える。それを覆す理由が、今の説明にはない」


「食べれば分かるのに」


「食べる前に選ばせるのが商売です」


 卓の端では、ピィロが夏石芋の皿を見つめていた。羽先が淡く橙色に光っている。


「ピィロ。商品は温めるな」


「ピィ」


 ピィロは一歩だけ退いたものの、芋から目を離さなかった。命令に従ったというより、自分へ回る分を待っている顔だった。


 晴真が次の説明を考えていると、卓から離れて様子を見ていたフィエルナが歩み寄った。片手には農家を出る前から携えていた布包みがあり、内側の小瓶には薄い霜が浮いている。


「朝から苦戦しているようね」


「それ、何だ?」


「農家に残した主要分とは別の試食用よ」


 フィエルナは小瓶を卓へ置いた。


「農家に残した主要分とは別。売り物にできる量ではないわ」


 布を解くと、冷たい甘い香りがわずかに広がった。青みを帯びた冬蜜が、小瓶の中でゆっくり揺れている。


 先ほどまで葉を遠巻きにしていた客が身を乗り出した。


「それは蜜か?」


「少し味を見るだけなら」


「なら、そっちをもらおう」


「俺の説明、まだ終わってないんだけどな」


 晴真が春露葉を示しても、客の視線は冬蜜から動かない。小さな匙へほんの少し載せただけで、別の客まで卓へ寄ってきた。


「冷たいのに甘いな」


「これは売れるぞ。葉より分かりやすい」


「芋より持ち歩きやすそうだ」


 ネロイは反応を見逃さなかった。


「冬蜜だけなら、今日のうちに希望数を聞けそうです」


「待って」


 フィエルナが冬蜜の小瓶へ蓋を戻した。


「これは甘さだけを楽しむものではないわ」


「客は甘味を欲しがっています、セルク殿」


「そう見えるように出したからでしょう、ヴァンさん」


 彼女は春露葉、夏石芋、冬蜜を順に見た。


「三つを一度に並べて、それぞれが珍しい理由を語る。これでは一番分かりやすい物しか残らない」


「売れる物へ集中するのは自然です」


「冬蜜の主要分は売らない。少量を試食へ使うなら、冬を冷たい甘味へ縮めないことが条件よ」


「条件を増やせば客は減ります」


「減って構わない。守る物を削ってまで売るつもりはないわ」


 ネロイは反論せず、小瓶の量を見た。少ない試食分しかない以上、今すぐ注文を受けても応えられない。


 晴真は三つの皿へ目を落とした。


 説明を足しても、客の頭には入らなかった。前世の催事でも同じだった。入口へ飾りと説明を詰め込めば、目立つ物だけが見られる。客へ何を順番に体験させるかを決めなければ、全体の魅力は伝わらない。


「品が悪いんじゃない。見せ方が悪い」


「ようやく気づきましたか」


「ネロイさん、嬉しそうだな」


「売れない理由が品物ではないなら、直せますから」


 晴真は三品をいったん卓から下げた。


「最初に春露葉を出す。次に温めた夏石芋。最後に冬蜜を少しだけ。俺は皿と順番を作る。冬蜜の説明はフィエルナに任せる」


「能力の説明は?」


「聞かれたときだけにする。季節替えを語る前に、何が美味しいかを分かってもらう」


 フィエルナは少し意外そうに晴真を見た。


「自分で全部話さなくていいの?」


「冬を語らせたら、俺より長いだろ」


「必要なことを話しているだけよ」


「それを任せたい」


 フィエルナの返事は短かった。


「分かったわ」


 晴真は春露葉を一口大に分け、浅い皿へ並べた。夏石芋は宿の設備で温め直し、甘い香りが立ったところで小さく切る。冬蜜は匙の先へ載る程度に留めた。


 ピィロが夏石芋の皿へ近づく。


「こっちは客の分だ」


 晴真が別皿へ小さな欠片を置くと、ピィロは商品と自分の皿を見比べた。やがて自分用の欠片へ跳び、羽先を輝かせる。


 表面から湯気が立ち、香りが一段甘くなった。


「ピロロ」


「自分の分だけなら上出来だ」


 ピィロは胸を太陽の輪のように膨らませた。その様子に、近くの客が笑う。


「その雛が温めた芋も食べられるのか?」


「こいつが温めたのは、こいつの分だけだ。客の分は宿で温めてある」


 晴真は最初の皿を差し出した。


「まず春露葉を一枚。薬草かどうかは、食べてから決めてくれ」


 客は疑いながら葉を噛んだ。


 しゃくり、と軽い音がする。葉脈からほどけた水気に、客の眉が上がった。


「青臭くないな」


「朝の乾いた口にはいい」


 続いて温かな夏石芋を渡す。ほくりと崩れる芋の甘味が、春露葉の水気が残る口へ広がった。


「こっちは腹にたまる」


「先に葉を食べたせいか、重すぎないな」


 最後にフィエルナが冬蜜を差し出した。


「ほんの少しでいい。冷たさだけを追わないで」


 客が匙の先を口へ運ぶ。


 冷気が夏石芋の熱を静かに鎮めた。甘さは強く残らず、代わりに芋の香りが舌の奥へ長く留まる。


「冬は、味を止めるための寒さではないわ」


 フィエルナは小瓶へ指を添えた。


「前の味を急いで消さず、残すべきものを残す。次へ渡すために、いったん休ませる。冬蜜も同じよ。量を重ねるのではなく、少しだけ使って余韻を受け取るものなの」


 冬を語る彼女の言葉は、いつもより長かった。


 晴真は口を挟まず、客の顔を見た。能力の珍しさを説明していたときにはなかった納得が、そこに浮かんでいる。


 最初の客が、空になった春露葉の皿を指した。


「食事の始めに、もう一枚欲しい。暑い日の宿なら、この葉だけでも欲しがる客がいるんじゃないか?」


 別の客は夏石芋を半分に割った。


「芋は温かいまま食べたいな。冬蜜も、最後に少し付ける分なら一緒に欲しい」


「三つを今の順で少量ずつ出すなら、旅の途中でも面白そうだ」


 ネロイは客の言葉を書き留めていく。


「春露葉単品。温めた夏石芋。三品を順に味わう組み合わせ。需要は分かれましたね」


「注文できるのか?」


「今日は希望を聞くだけです」


 ネロイは即答した。


「価格も供給量も決まっていません。正式な契約は結びません」


「冬蜜の量にも上限があるわ」


 フィエルナが付け加える。


「春露葉と夏石芋を売るために、冬蜜を無制限に添えることは認めない」


「では売り文句も変えましょう。『珍しい冬蜜の試食』ではなく、『季節を順に味わう試食』です」


「冬蜜を目玉にしないこと。春露葉から始め、夏石芋を通り、最後の区切りとして出す」


「販売可能な物と守る物の境界を先に示していただけるなら、買い手も選べます」


「価格のために境界を動かさないなら、客の反応は共有するわ」


 ネロイが頷いた。


「承知しました、セルク殿。説明も条件として記録します」


 フィエルナは彼をしばらく見た。利益を求める姿勢は変わっていない。それでも、売らない物を奪うのではなく、示された範囲で売り方を探そうとしている。


「次も同じ条件で試すなら、私も確認するわ。ネロイさん」


 呼び方の変化に、ネロイはわずかに眉を上げた。


「それは助かります。私が冬を語れば、また訂正されそうですから」


「訂正されない説明を覚えればいいでしょう」


「学習の代価は?」


「冬蜜以外で払いなさい」


 二人のやり取りを聞きながら、晴真は空になった皿を重ねた。朝には手を付けられなかった春露葉も、温めた夏石芋も残っていない。


「次から、売る前にフィエルナへ見せる」


「保存状態を?」


「それだけじゃない。何をどう伝えるか、どこまで売るかもだ」


「毎回反対されるかもしれないわよ」


「反対が欲しくて聞くんだ。今さらだろ」


 フィエルナは少し間を置いた。


「なら、見ます」


 夕方までに、ネロイの紙には三つの希望が残った。食事の始めに春露葉を欲しい声。温めた夏石芋を求める声。そして、三品を少量ずつ順に味わいたいという声。


 価格も、供給量も、正式な組み合わせ商品も決まっていない。商品別の棚や容器、翌日以降の出し入れ、取り分、損失の負担も未確定のままだ。


 それでも、朝には用途の分からない葉と硬そうな芋だったものへ、客が金を払いたい理由が生まれていた。


 片づけの後、ピィロは自分用の皿の脇へ温かな小石を一つ置いた。褒められた仕事を覚えておくように、その上へ丸く座り込む。


 晴真、フィエルナ、ピィロは、その夜も四辻宿へ泊まった。農家へ戻るのは翌日以降になる。


 三つの季節は、並べるだけでは伝わらない。


 順に味わい、それぞれの役目を渡してこそ、一つの楽しみになる。


 その売り方なら、まだ育てられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ