【第18話】 旅を温める失敗作
翌朝、晴真は四辻宿を出る前から、捨てたくない物のことを考えていた。
「帰ったら、硬くなった夏石芋を全部出す」
「帰路の相談より先に、失敗品の話ですか」
荷を確かめていたネロイが顔を上げる。
「食べられるのに、売れないってだけで捨てるのは嫌なんだよ。形の崩れた虹穀もある。砕くか練るかすれば、見た目くらいはそろえられる」
「正規品より手間のかかる品を、正規品より安く売るつもり?」
フィエルナの問いに、晴真は口を閉じた。
「そこは、帰ってから考える」
「考える順序が逆ね」
ピィロが晴真の肩で「ピィ」と鳴いた。賛成なのか、出発を急かしているのかは分からない。少なくとも荷造りそのものには興味がないらしく、朝日を吸った羽毛を丸く膨らませている。
四辻宿を発った一行が廻季原の農家へ着いたのは、日が高くなってからだった。留守の間も四季区画は保たれ、農家の一室にも目立った異常はない。
晴真は荷を置くと、保存していた失敗品を作業台へ並べた。
硬化した夏石芋は、石の名に恥じないほど重く、表面を爪で叩けば乾いた音がした。形の崩れた虹穀は粒同士が不揃いに固まり、食べられはするものの、客へ見せる品には見えない。
「芋は砕いて粉にする。虹穀は水で練って、同じ形に焼き直す」
晴真は道具へ手を伸ばした。
「それで何になるの?」
「売り物になる」
「何として?」
フィエルナの問いに、また手が止まった。
「夏石芋らしい甘さを残した粉……とか」
「砕けば保存状態は変わる。虹穀も水を加えれば、今のままでは保てないわ。形を整えるために、元より扱いにくくする可能性がある」
「じゃあ、秋を少し重ねて均一に――」
「クゼ」
低い声だった。
晴真は自分の手のひらを見た。季節替えを使えば、見栄えを変えられるかもしれない。だが、硬化も形崩れも、すでに起きた変化だ。新しい季節を重ねても、元の夏石芋や虹穀へ戻るわけではない。
「やめる」
「そう」
「失敗を隠すために、別の変化を足しても仕方ない。まず、この硬さが何なのか確かめる」
フィエルナは短く頷いた。
「その方が残す物を選べるわ」
ネロイは一つの夏石芋を手に取った。掌の上で転がし、表面へ頬を近づける。
「まだ温かいですね」
「朝から何もしてないぞ」
「昨日以前の熱が残っているわけではないでしょう。ただ、周囲より冷えにくい」
ネロイは芋を布の上へ置き、その布で包んだ。
「食卓では硬すぎる。ですが、旅の荷として考えれば話が変わる」
「荷?」
「寒い街道で、温かい物を長く持ち歩くのは難しい。これが熱を保つなら、外套の内側や食料袋のそばへ入れられる」
「芋を、保温材にするのか」
「最後には食べられる保温材です」
晴真の頭に、冬の街道を進む旅人の姿が浮かんだ。荷の中に温かな塊があり、休憩のときにはそれを割って食べる。棚へ並べただけでは伝わらないが、使っている場面なら一目で分かる。
「試そう」
晴真は厚手の布と荷袋を持ち出した。硬化夏石芋を布で包み、水の入った容器と保存食のそばへ置く。
ピィロがすぐに寄ってきた。
「ピロロ」
胸を膨らませ、芋をくちばしでつつく。どう見ても自分の成果だと主張している。
「まだ温めなくていい」
「ピィー」
「今は元の状態を確かめたい」
ピィロは不満そうに背を向けたが、片目だけをこちらへ戻した。
しばらく置いた後、布の内側へ手を差し込むと、外気に触れていた部分より明らかに温かかった。強い熱ではない。だが、冷えを遠ざけるには十分な差がある。
「使えるな」
「一個だけでは判断できません」
フィエルナはそう言いながら、自分でも布へ指を入れた。
「けれど、変化はある。次は加温後にどの程度保つか、それから食用に戻せるかね」
その言葉を待っていたように、ピィロが跳ねた。
「ピロロ!」
「小さな熱源殿」
ネロイが呼ぶと、ピィロは羽毛を膨らませたまま彼を見た。
ネロイは硬化夏石芋を一つ、他の芋から離して置いた。少し離れた場所には、小さな果実を置く。
ピィロの視線が、芋と果実の間を往復した。
「こちらを温める。終わったら、こちらです」
ネロイは芋を指し、次に果実を指した。
「ピィ」
ピィロは果実へ歩み寄った。
「先ではありません」
「ピィー」
くちばしを閉じたまま、湯気の抜けるような音を鳴らす。
「半分では?」
「報酬を先に渡したら、芋より果実を選ぶぞ」
晴真が言うと、ネロイは果実をもう一つ加えた。
「二つ。作業後です」
ピィロはしばらく果実を見つめた後、ようやく芋へ向き直った。羽先が橙色に光り、硬化夏石芋の表面からじわりと熱が立つ。
晴真はその様子を見守った。ピィロは一度熱を出すと、褒められるまで足そうとする。
案の定、芋の周囲に陽炎が立ち始めた。
「ピィロ、そこまで」
だが、ピィロはまだ胸を張っている。
フィエルナが芋の周囲へ細い氷の線を引いた。
「外へ出て」
ピィロは線を見下ろし、不満げに一声鳴いた。それでも熱を引き、境界の外へ跳び退る。
「よし」
晴真が名を呼ぶと、ピィロは褒め言葉を待つように首を伸ばした。
「指定した一個だけだった。上出来だ」
羽毛が太陽の輪のように広がる。
温めた芋を布で包み、荷袋へ入れた。今度は周囲の布だけでなく、水の容器の表面にもわずかな温もりが移った。熱すぎて荷を傷めるほどではなく、手を入れればほっとする程度だ。
時間を置いても、その温かさはすぐには消えなかった。
「道中で冷えた手を温めるには悪くない」
ネロイが言う。
「問題は、その後です」
フィエルナは芋を取り出した。
「道具として使えても、食べられなければ価値は半分よ」
晴真は布を外し、硬い表面へ刃を当てた。一度では入らない。力を込めると、ぱきりと殻のような音がした。
割れ目から湯気が立つ。
外側は硬いままだったが、内部は黄色くほどけ、甘い香りを残していた。
「中は柔らかい」
晴真は小さく割り、自分で口へ入れた。外側には歯応えがある。だが内側は温かく、夏石芋らしい甘味が舌へ広がった。
「食事としても残ってる」
フィエルナも一片を取り、慎重に噛んだ。
「温めた直後より外側は硬い。でも、中は食べられる。旅の途中で割るなら、道具も要るわね」
「そこも見せればいい」
晴真は布、荷袋、割った芋を作業台へ並べ直した。
「品だけ置くから、硬い失敗作に見える。荷の中で使っている状態と、休憩で割った状態を並べる。最初に温める物だと見せて、最後に食べられると分からせる」
「道具兼食料、ですか」
ネロイの目が商人のものへ変わった。
「寒い街道を進む旅人。温かい食事を持ち歩けない者。夜明け前に荷を出す者にも需要はあるでしょう」
「売れるか?」
「安全な加温量と、温かさが保つ時間が分かれば」
「価格も供給量も決まってない」
「ですから、まだ約束はしません。買い手候補を探すだけです」
ネロイは果実を二つ取り、ピィロの前へ置いた。
「約束の分です」
ピィロはすぐには食べなかった。果実とネロイを見比べてから、誇らしげに胸を膨らませる。
「ピロロ」
それから一つをくわえ、もう一つを足元へ寄せた。次の仕事の分まで確保したつもりらしい。
「追加分は、追加の仕事があってからです」
ネロイが手を伸ばすと、ピィロは果実へ片足を載せて背を向けた。
「交渉は継続のようね」
フィエルナの口元がわずかに緩む。
「もう立派な商談相手だな」
「条件を守る相手なら、こちらも守ります」
ネロイは果実を取り返さなかった。
晴真は作業台の端に残った形崩れの虹穀を見た。こちらも砕いて夏石芋へ混ぜれば、何か一つの商品にまとめられるかもしれない。
だが、今それをすれば、また失敗の性質を見ないまま形だけを整えることになる。
「虹穀は今日は触らない」
「珍しいですね。クゼさんが一つ諦めるとは」
「後回しだ。芋と同じ使い方ができるとは限らない。無理に抱き合わせる方がもったいない」
晴真は布に包まれた硬化夏石芋と、割った後の温かな中身を並べた。
廃棄候補だった物は、まだ商品にはなっていない。安全な熱量も、保温できる時間も、値段も決まっていない。専用の棚も容器もなく、継続して売れる数があるかさえ分からない。
それでも、失敗作ではなくなった。
旅人の荷を温め、休憩では腹を満たす。
元へ戻さなかったからこそ見つかった使い道が、作業台の上に二つの姿で並んでいた。




