表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季を交換できる俺、荒れた辺境農園で氷の魔女と金色ひよこの第五季スローライフ  作者: カイト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/36

【第14話】 四季の値段

 余った収穫を並べてみると、晴真の頭には畑より先に棚が浮かんだ。


 春露葉を乾かさず置ける棚。夏石芋を掘り上げたまま保てる箱。冬蜜の冷たさを逃がさない小さな貯蔵場所。どれも今の農家にはない。


「売れたら、まず何を手に入れる?」


 独り言へ答えるように、荷車の車輪が土を踏む音が近づいてきた。


 農家前の道へ現れた男は、荷台いっぱいの箱と袋を軽々と御していた。留め具は陽を弾き、積み荷の隙間から熟した果実の香りが流れてくる。


 ピィロが真っ先に顔を上げた。


「ピィ」


「待て。客かもしれない」


 晴真が地面を二度たたくと、ピィロはその場へ残った。ただし視線だけは、荷車の果実へ張りついている。


 男は四つの区画を見回し、愛想のよい笑みを浮かべた。


「季節の違う作物が、同じ農家から出たと聞きましてね。話を盛る者は多いですが、これは盛る必要がなさそうだ」


「見に来ただけですか。それとも買いに?」


「話が早い。季節商人のネロイ・ヴァンです。四辻宿を拠点に、売れる季節を売れる場所へ運んでいます」


 晴真も名乗り、フィエルナとマルタを紹介した。ネロイはそれぞれへ短く頭を下げる。


「クゼさん。まずは現物を見せていただけますか」


 その呼び方だけで、見物人ではなく商談相手になった気がした。


 晴真は農家前の卓へ収穫を並べた。春露葉、夏石芋、虹穀、そして小瓶に分けた冬蜜。いずれも生活分と次作に必要な分を除いた余剰だが、まだ売る量までは決めていない。


 ネロイは春露葉を持ち上げ、葉脈へ光を透かした。指で折らず、端だけをわずかに曲げて水分を確かめる。


「運べれば、乾いた土地で価値が出る」


 夏石芋は重さを量るように両手で持ち、虹穀は一粒だけ噛んだ。


「硬さはありますが、香りが残る。加工次第でしょう」


「加工の方法まで買ってくれるなら、値段を上げてもいいですよ」


「まだ使い道も決まっていない品へ、先に上乗せを求めますか」


「決まってないから増えるんです」


 ネロイは笑ったが、否定はしなかった。


 最後に冬蜜の瓶を手へ取る。表面についた冷気を指先で拭い、光へかざした途端、その目から愛想が消えた。


「これは在庫すべて買いましょう」


 提示された額に、晴真は思わず瓶を見た。


 農家の傷んだ箇所へ手を入れられる。貯蔵用の箱も、畑に必要な道具も選べる。今まで交換だけで補っていた物を、自分たちの収穫で手に入れられる金額だった。


「冬蜜だけで?」


「いえ。春露葉、夏石芋、虹穀も含めて、今ある余剰を一括で。希少なうちに流れを押さえたい」


「断る」


 フィエルナの声が、晴真の返事より先に落ちた。


 ネロイは瓶を置き、彼女へ向き直る。


「理由を伺っても?」


「冬蜜は、冬苔が時間をかけて残したものだ。採れるだけ持ち出せば、次に渡す分がなくなる。珍しい甘味として消費させるために冬を守っているわけではない」


「市場へ出さなければ、価値は広がりません」


「広げることと、空にすることは違う」


 今度はマルタが虹穀の袋を引き寄せた。


「こっちも全部は売らないよ。食べる分と次作用の種が先だ。値段が高いからって、来年の畑を荷車へ載せる気はない」


「種まで買うとは言っていません」


「一括と言っただろ。曖昧な言葉で袋をまとめる相手へ、種は触らせない」


 ネロイの笑みは崩れなかった。しかし、視線は品物から三人の顔へ移っていた。何が売れるかではなく、誰が何を手放さないかを測っている。


 その間に、ピィロが一歩ずつ荷車へ近づいていた。


 狙いは光る留め具か、その奥の果実か。首を左右へ傾けながら、羽毛をわずかに膨らませている。


 ネロイは振り返らず、片手だけで荷布を引いた。果実の入った箱が見えなくなる。


「ピィー」


「これは売り物です」


「説明しても、たぶん果実の方しか聞いてませんよ」


 晴真が言うと、ピィロは不満げに背を向けた。だが数歩離れただけで、片目はまだ荷車を見ている。


 晴真は卓上の冬蜜へ視線を戻した。


 高値は惜しい。今すぐ欲しい物はいくつもある。けれど、全部を差し出して空いた棚を、新しい道具で埋めても意味がない。


「ヴァンさん。売る目的を変えます」


「といいますと?」


「今ある物を全部高く処分するんじゃない。この農園の品が、外で何に使われるか確かめる。その入口だけ作る」


 晴真は虹穀の袋をマルタへ押し戻した。


「生活分と種は先に取ってください。売っていい余剰だけ分ける」


「最初からそうしな」


「高値を聞く前と後じゃ、決める重さが違うんですよ」


 マルタは鼻を鳴らしたが、すぐに袋を分け始めた。


 晴真はフィエルナへ冬蜜の瓶を示す。


「売ってもいい上限を決めてほしい。残す分を先に確保して、それ以上は出さない」


「一瓶では多い。この小瓶の半分までだ」


「少なすぎませんか?」


 ネロイが口を挟む。


「少ないから境界になる。冬蜜そのものを売らない選択も残している」


 フィエルナは譲らなかった。


「分かりました。そこまでにします」


 晴真は春露葉を数枚、夏石芋を二つ、虹穀を小袋一つ、冬蜜をごく少量だけ籠へ収めた。


「四季を一つずつ。混合籠一つだけです」


 ネロイは籠を見下ろした。


「量が少ない。これでは輸送と販売の手間に対し、採算が読めません」


「だから試すんでしょう。希少だから高いだけなら、一度で終わる。でも食べた客が別の使い道を見つければ、次の値段は品ごとに変わる」


「見栄えを整えれば、最初の反応はもっと取れます。季節替えで色や熟れ方を上げられるのでは?」


「やりません」


 晴真は即答した。


「今ある品質に値段を付けてください。売るたび能力で飾らないと価値が出ないなら、農園の商品じゃなく俺の実演になる」


 ネロイはしばらく黙り、籠の品を順に見た。


「採算より、使い道を買わせるわけですか」


「その使い道が増えれば、ヴァンさんの儲けにもなる」


「増えなければ?」


「今回は一籠で終わりです」


 晴真が答えたとき、荷車の横で小さな音がした。


 ピィロが再び果実の匂いへ寄り、ネロイが箱を抱えるように移動させている。両者の間には、明らかな不信があった。


「その小さな方は、いつも商品へ近づくので?」


「興味がある物へは。止めても、自分で納得しなければ戻ります」


 ネロイは荷台の端から、陽を吸って温まった小石を一つ拾った。果実箱から離れた地面へ置く。


 ピィロは低く「チチッ」と鳴いた。すぐには近づかず、ネロイと小石を交互に見る。


「ピィロ。好きにしていい」


 晴真の呼びかけに、ネロイが小さく眉を上げた。


「ピィロ、ですか」


「名前です。熱源じゃなくて、こいつ自身の」


「なるほど」


 ネロイは手を伸ばさなかった。


 ピィロはようやく小石へ寄り、その隣に置かれていた試食用の夏石芋へ身体を寄せた。羽先が淡く橙色に光り、芋から甘い香りが立つ。


 ネロイはすぐに芋を取り上げず、表皮の変化を見届けてから半分に割った。


「勝手に温めるのは困りますが……味は確かめる価値がある」


 一口かじり、今度こそ商人らしい笑みを浮かべた。


「小さな熱源殿、と呼ぶには判断がありすぎるようだ」


「商品扱いしなければ、それで十分です」


 晴真が言うと、ピィロは温かな小石を抱え、ネロイから距離を取った。気に入ったらしいが、近づくことまで許したわけではない。


 商談はそこからもう一度動いた。


 ネロイが最初の提示額を下げ、晴真が混合籠の未知の用途を理由に押し戻す。フィエルナは冬蜜の量を変えず、マルタは籠へ種が混ざっていないか最後まで確認した。


 やがて、ネロイが銅貨と銀貨を卓上へ置いた。


「この額で混合籠一つ。客の反応を見て、次を考えます」


「保存期間も、輸送中に品同士が影響するかも分かってません」


「ええ。損が出た場合の分担も、次回量も未定です。今回は私が持ち帰り、四辻宿で確かめる。それ以上の約束はしません」


「こちらも同じです。次も出せるとは約束しない」


「それで結構です、クゼさん」


 晴真は差し出された代価を受け取った。


 硬貨は重くも大きくもない。それでも掌へ落ちた音が、農家のどんな作業音とも違って聞こえた。


 春露葉も、夏石芋も、虹穀も、冬蜜も、晴真たちにはすでに食べ物であり、次へ残す資源だった。そこへ初めて、外からの値段が加わった。


 ネロイは混合籠を荷台へ固定した。


「何が一番売れると思います?」


 晴真が尋ねる。


「答えが分かっているなら、私はここまで来ていません。客に食べさせて、使わせて、欲しがった理由を拾います」


「気に入った」


「私はまだ、クゼさんを気に入る段階ではありません。採算より好奇心を優先する生産者は、商人にとって扱いづらい」


「ヴァンさんも、何でも値札にしそうで油断できません」


「では、次も条件から始めましょう」


 ネロイはフィエルナへ向き直った。


「セルク殿。冬蜜は、今回の量を越えて扱いません」


「今回だけの線引きだ。次も同じとは限らない」


「承知しました」


 マルタには、種へ触れていない袋を見せてから荷布を閉じる。


 夕方の光が傾く頃、荷車は四辻宿へ向けて農家前を離れた。ピィロは追わず、抱えた小石を自分の足元へ置いて見送った。


 卓上には、受け取った硬貨が残っている。


「初収入だ」


 晴真が一枚を持ち上げると、マルタがすぐに言った。


「浮かれて種まで売るんじゃないよ」


「もう分けたでしょう」


「次も分けられるかを見るんだ」


 フィエルナは残した冬蜜の瓶を確かめ、元の場所へ戻した。


「売らなかった物を忘れるな、クゼ。今日残したから、次を選べる」


「分かってる」


 農家には生活分がある。次の作付け用の種も、冬蜜も残っている。初収入を得ても、明日からの暮らしを硬貨へ頼るわけではない。


 売れたのは、一籠だけだ。


 保存できる期間も、運ぶ間に四季が干渉するかも、誰がどの損を負うかも決まっていない。交換所も貯蔵設備も、まだ影すらない。


 それでも晴真は、掌の硬貨を握って笑った。


 四季農園の成果は、畑と食卓の外でも価値を持った。


 しかも、守る物を減らさずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ