【第13話】 来年へ渡す四季
晴真は朝から、四つの区画を回って籠をいっぱいにした。
瑞々しい春露葉。土の熱を抱いた夏石芋。小瓶の底で冷たく光る冬蜜。そして秋の成果として、空になった皿を一枚。
「今日こそ、四季農園の完成祝いだ」
「秋は皿を食べるのかい?」
農家の前で待っていたマルタが、籠を覗き込んだ。
「果実魚は食べた。秋風茸だって収穫しただろ」
「どっちも、来年ここへ植えられない」
マルタは春露葉を一枚ちぎり、葉脈に蓄えられた水を確かめた。次に夏石芋を持ち上げ、表皮と重さを見る。冬蜜の瓶は光へ透かし、冷たさと濁りを調べた。
最後に、晴真を見た。
「春には株がある。夏には種芋がある。冬苔も次へ残してある。秋は?」
「秋風茸の胞子は残さなかった。果実魚は一匹だけだ」
「なら、来年の一粒がない」
見栄えのいい四品を並べれば、それで四季がそろうと思っていたわけではない。それでも実際に言葉へされると、籠の一角だけが妙に空いて見えた。
少し離れた雨水溜まりには、薄い氷の境界が残っている。成熟の波及した水は、今も畑から切り離したままだ。あれを秋の区画へ戻すことはできない。
「新しい秋作物を探すか」
「今日は探検の日じゃないよ」
マルタは即座に切った。
「面白い物を見つける話なら、あたしは呼ばれてない。来年もできる農園かを見るために来たんだ」
晴真は言い返しかけて、籠の中へ目を落とした。
四区画を全部違う珍品で飾る。それは確かに楽しい。だが、その形を守るために秋だけ空席へしておくなら、農園ではなく展示だ。
前世で作っていた季節の景色は、期間が終われば片づけられた。ここで同じことをするつもりはない。
「別の作物じゃなくていい」
晴真は顔を上げた。
「虹穀を秋へ回す」
「食べる分を増やすのか?」
「違う。種穂だけだ」
休眠から目覚めさせ、必要な時間をかけて育てていた虹穀の一部が、畑で穂をつけている。春と夏で育ったその穂へ、秋の実りを限定して渡す。
「秋区画の役目を、珍しい食材じゃなく採種にする。食べるためじゃない。次へ渡すための秋だ」
フィエルナは虹穀の方を見た。
「対象は穂だけに絞れ。茎や根まで成熟させれば、株全体が急いで役目を終える可能性がある」
「漏れたら止められるか?」
「止めるのは追加だけだ。始まった成熟は消せない」
「なら、漏らさない範囲をセルクさんに決めてほしい」
フィエルナの視線が晴真へ戻った。
「反対しないのか、と聞かないのだな」
「反対されるために聞いてる。俺が見落としてるところを出してくれ」
彼女はわずかに目を細め、それから穂へ歩き出した。
「なら、比較用を残す。秋を与える穂と、与えない穂を同じ株から分ける。成熟後はすぐ刈り取り、種は私が休眠させる」
「全部眠らせるのは駄目だよ」
マルタも隣へ並んだ。
「少量は起こしたままにして、芽が出るか確かめる。眠りが上手くても、種が死んでいたら意味がない」
「保存せず消耗させる量は限定する」
「その限定を決めるのが種守だ」
「なら、数は任せる。休眠へ移す時期は私が決める」
「いいね。やっと話が畑へ下りてきた」
二人はもう晴真を見ていなかった。同じ穂を手に、眠らせる粒と目覚めさせる粒の境を争っている。
晴真は思わず笑った。
「俺の仕事、残ってるよな?」
「季節を移せ、クゼ」
「余計なところへ移したら、その後の仕事も増えるよ」
穂の周りへ細い氷線が引かれた。対象にする種穂と、比較用に残す穂が明確に分かれる。
晴真は選ばれた穂だけへ意識を絞った。
土でも、株全体でもない。粒を抱く穂先。その中に蓄えられたものを、次へ渡せる形まで実らせる。
秋の性質を移すと、虹色の粒へ赤金の艶が差した。
穂が重みを増し、ゆっくり頭を垂れる。茎の色は変わらない。周囲の土にも甘い匂いは広がらなかった。
「そこで切れ」
フィエルナの声に、晴真は季節替えを止めた。
成熟した穂は元へ戻らない。マルタがすぐに刈り取り、布の上へ置いた。
一粒を爪で割る。中身を見て、匂いを嗅ぎ、指で押す。二粒目、三粒目も同じように確かめた。
「食べるには硬い」
「失敗か?」
「何でも口に入れる基準で考えるんじゃないよ」
マルタは粒を光へ掲げた。
「中が詰まってる。痩せてもいない。これは種へ回せる」
晴真の胸に、収穫したときとは違う喜びが広がった。今食べてなくなる成果ではない。来年へ残る粒だ。
「合格?」
「まだ一つ目だ」
マルタは種を二つに分けた。大半をフィエルナへ渡し、少量を自分の布袋へ残す。
「こっちは発芽確認。こっちは休眠保存だ」
「目覚めさせる時期は、土の状態を見て決める」
「眠らせたまま忘れるんじゃないよ、フィエルナ」
「起こす時期を急いで弱らせるな、マルタさん」
「仲良くなったな」
二人の視線が同時に晴真へ向いた。
「どこがだ」
「耳が悪くなったのかい?」
声まで重なり、晴真は肩をすくめた。
「停止手順も決めよう。秋に異常が出たら、俺は追加の移植を止める。穂は刈り取る。保存できる種は冬へ移す。土や茎へ広がった場合は、勝手に元へ戻ったことにしない」
「判断は一人でするな」
フィエルナが言った。
「種に関わるなら、あたしも呼びな」
「分かった。二人とも呼ぶ」
夏区画では、ピィロがすでに夏石芋の周りを歩き回っていた。
マルタが小さめの芋を三つ並べ、その外側へ線を引く。
「ピィロ。この中だけだよ」
「ピィ」
ピィロは一つ目を嗅ぎ、二つ目の周りを回り、三つ目の前で胸を膨らませた。甘い香りが強いらしい。
だが次の瞬間、線の外にある大きな芋へ羽ばたく。
「ピィロ」
マルタの声が飛ぶ。
ピィロは空中で身体を傾け、大きな芋と選んだ一つを交互に見た。不満そうな音を鳴らしたものの、自分から線の内側へ戻った。
羽先が橙色に灯る。
選んだ夏石芋だけがじんわり温まり、石のようだった表皮から甘い香りが立った。ピィロは熱を強めすぎず、誇らしげにマルタを見る。
「まだだよ」
マルタは芋を割った。中まで均一に色づいているのを確かめ、一口かじる。
「よし。これは仕事になってる」
「ピロロ!」
差し出された果実を、ピィロは勢いよく受け取った。綿羽が太陽の輪のように広がり、次の芋へ向かいかける。
「今日はそこまでだ」
晴真が地面を二度たたくと、ピィロは足を止めた。果実をくわえたまま、明らかに不満そうな目を向ける。
「働いた分だけだよ」
マルタが言うと、ピィロはしばらく考え、果実を抱えてその場へ座り込んだ。
夕方、農家の食卓へ四季が並んだ。
春露葉は刻むと透明な雫をにじませた。加温した夏石芋は割っただけで湯気と甘い香りを立てる。比較用に残した虹穀のうち食用へ回した少量は香ばしく炊き上がり、冬蜜は冷たいまま小皿へ落とされた。
晴真は春露葉を夏石芋へ添え、虹穀へ冬蜜をほんの少し垂らした。冷たさで香りが締まり、噛むと穀物の熟れた甘さが戻ってくる。
「同じ土地から出た味とは思えないな」
「同じにする必要がないからだ」
フィエルナは冬蜜を加えた虹穀をもう一口食べた。
「冬が甘さを消していない。残すべきところで止めている」
「セルクさんが気に入りそうな食べ方にはした」
「余計な一手だ」
そう言いながら、彼女は小皿を自分の近くへ寄せた。
晴真が笑うと、フィエルナは視線だけで黙らせようとした。だが以前ほど鋭くない。
マルタは一通り食べ終えると、食卓の脇へ置かれた種袋を指でたたいた。
「春は食べられる。夏は食べられて、加温する相手も決まった。秋は次へ渡す種を作る。冬は蜜と休眠種を残す」
「試験区画もある」
「異常時に誰が何を止めるかも決めた」
マルタは晴真、フィエルナ、ピィロを順に見た。
「晴真一人の思いつき畑なら、合格は出さなかった」
「今は?」
「来年も続ける農園だ」
一拍置いて、はっきりと言った。
「合格だよ」
晴真は思わず椅子の背へ身体を預けた。
「やっとか」
「喜ぶのはいいが、次の条件は増えるよ」
「合格の余韻が短いな」
「農園は来年へ続くんだろ」
ピィロが意味を理解したわけでもないのに、晴真の声へ反応して「ピロロ」と鳴いた。フィエルナも小さく息を吐き、冬蜜の皿を晴真側へ少しだけ押した。
窓の外には、春、夏、秋、冬の区画がそれぞれ違う色を残している。井戸の水が増えたわけではない。隔離した雨水溜まりも、まだ冷やして観察しなければならない。果実魚を増やす方法も、商品として売る仕組みもない。
それでも、四季はもう一度きりではなかった。
食べる物があり、残す種があり、扱う者がいる。晴真が外へ出ても、すべてが止まる畑ではない。
食卓の隅には、生活分と種を除いても、少し余る収穫が残っていた。
「これ、外の人間が見たら、どんな顔をするかな」
「まず食べる分と種を分けな」
「まだ売るとは言ってない」
「値段を考えた顔をしてるよ」
晴真は否定せず、四季の皿を見回した。
荒れ地で始めた季節遊びは、今日、来年へ続く農園になった。
次は、この驚きを外へ持ち出したとき、何と交換できるかだ。




