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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜


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第4話 両替の朝と、心配性な宿の主人

 お茶会の誘いに返事をした、翌日の朝。

 宿の窓の外から小鳥のさえずりが聞こえ、その声に反応して、私はゆっくりと目を開けた。


「ふわぁ……もう朝か。今日も仕事に行かないと」


 大きなあくびをして、私は眠そうな目をこすりながらそう呟いた。ベッドから起き上がると、不意に昨日の彼の顔が頭に浮かんだ。


(今日も、ナセド様……来てくれるかな)

「はっ、いけないいけない!」


 私は慌てて我に返ると、両手で頬をパチンと叩き、勢いよく立ち上がった。そして、いつも着ているもこもこのピンク色の寝巻きのすそに手をかけ、一気に頭から脱ぎ去る。


 ひんやりとした部屋の空気が、晒した肌にそっと触れる。脱いだ寝巻きをベッドの上に置き、私は目の前にあるクローゼットへ歩み寄って、その戸を開いた。そして、いつもの仕事着を取り出したところで、ふとあることに気がついた。


「…あ、そういえば、私、お茶会に着ていく服ってあったかしら?」


 仕事着を手にしたついでに、私はクローゼットの奥に他に服がないか探してみる事にした。


 その中にあるのは、故郷の村から持ってきた替えの下着と、お出かけ用の茶色のワンピース、それに茶色のフレアスカート。どれもあまりパッとしない平民の服だけだった。


「……しまった。ちゃんとした服がないわ」


(どうしよう、せっかくお誘いを受けたのにこの服じゃあ、お茶会には行けないわ。たとえ、ナセド様がなんとかすると言っていたとしても……)


 絶望しきった表情で、私は頭を抱えた。しかし、頭を抱えていても何も始まらない。まだ方法は一つある。


「……そうだ。仕立て屋のリーアさんに頼みに行こう」


 彼女は私の親友で、王都で仕立て屋を営んでいる。私がここに来てからの一年ほど、服のほつれを直してもらうなど、何かとお世話になっている頼れる存在だ。


(でも、あのお店の服は、安くても大体金貨三枚くらいはするはず。今の私、いくら持っていたかしら……)


「ポシェットを見てみよう」


 私はベッド脇の横に置かれた、ランプの火が消えている小さなテーブルへと向かった。そして、その下からいつものポシェットを引っ張り出し、中身を確認する。


(私のお給料は月に銀貨十五枚。宿代が月に銀貨一枚で、今の貯金は全部で銀貨五十枚。この国では『金貨一枚=銀貨十枚』だから、銀貨三十枚を金貨三枚に両替してもらえば服は買えそうね。これなら少しはお釣りも残るはず)


「よし、さっそく仕事に行く前に、イフェドさんに頼んで両替してもらおう!」


 そう考えた私は仕事着に着替え、おろしていた桃色の髪をいつもの紐で後ろに束ねて、身だしなみを整えた。


 そして、部屋の扉を開けて廊下へ出た。朝食をとるためにそのまま一階へと続く階段を降り、真っ直ぐ進んで宿の食堂へと向かう。


 食堂へ着くと、そこは天井に吊るされたランプのおかげで明るく、すでに私の他に二、三人の宿泊客がいて、皆、ここに泊まるようになってからよく見る顔ぶれだ。


 けれど、あまり深く会話を交わすことはなく、挨拶をされたら会釈を返す程度の関係だ。


(とりあえず、座ろう。)


 食堂に入った私は左端のテーブル席に座って、イフェドさんが朝食を持ってきてくれるのを待った。


 さらに十分ほど待っていると、食堂の奥から茶髪の男性が姿を現した。彼がイフェド・アルバーナ、三十五歳。私が働いているレストランから数キロ離れた場所にある、この宿の店主だ。その奥さんが作るここの料理は、塩加減が絶妙でとても美味しい。


 彼の手にあるお盆には、パンとサラダが乗った丸い皿と、スープの入った小さなカップが置かれている。私がいつも食べている朝食だ。


 思えば、ここに泊まるようになる前……私は王都で働き口が見つからず、一カ月ほど路地裏で野宿をするような過酷な生活を送っていた。そんな途方に暮れていた時に出会ったのが、仕立て屋の親友、リーアさんだ。彼女が働き口やこの宿を紹介してくれたおかげで、今の私がある。


 だからこそ、こうして温かくて美味しい料理を食べられる今の生活が、本当にありがたい。


「お待たせ、レレナちゃん」


 過去の出来事を思い返していた私は、彼の声にハッとして我に返った。イフェドさんは料理を持って、私の座るテーブル席のそばまでやってきていた。


「おはようございます、イフェドさん」

「おはよう。はい、いつものね」


 イフェドさんは私に笑顔を向けて朝の挨拶を返すと、テーブルの上にパンとサラダ、そしてスープを順番に並べていく。最後にお盆の陰になっていて見えなかった木のスプーンを取り出し、コトンと置いた。


「ゆっくり食べてね。じゃあ、また」


 左手にお盆を持ったイフェドさんが優しい笑みを浮かべ、背を向けて離れようとしたので、私は慌てて手を伸ばした。


「あ、待ってください!」

「ん? どうしたの、レレナちゃん」


 ふいに呼び止められたイフェドさんは、不思議そうに振り返った。


「実はその……お願いがありまして」


 私は膝の上で手をギュッと握り、モジモジしながら彼に言った。イフェドさんは「お願い?」と不思議そうな顔をする。


「はい。ナセド様……いいえ、ナセド殿下にお茶会に誘われまして」

「えっ!? レレナちゃんが、王城のお茶会に誘われただと!?」


 私の言葉にイフェドさんは思わず声を上げた。他の客も少しだけ反応を見せたが、すぐに気にしないふりをして、朝食を食べることに専念してくれている。


「はい、そうです」


 私は真面目な顔でそう答えた。すると、イフェドさんは心底心配そうな顔をして、真剣な声でこう告げた。それは、一年ほど私を見守ってきた、親のような心配だった。


「それ、本当に大丈夫なのか?レレナちゃん、相手は王族だぞ。お前に何かあったら、うちの店の者やファナおばさん、親友のリーアだって心配するぞ」


「それについては大丈夫です」と自信を持って即答し、私は真剣な口調で言葉を続けた。


「昨日、殿下がレストランに来てお茶会の招待状の返事をした時に、身分のことは俺がなんとかすると言ってくださいましたから」

「あのナセド殿下が、なんとかするだと!?」


 さらに驚きを隠せない表情を見せるイフェドさん。それも無理はない。私だって、ただの平民が王族に誘われるなんて信じられないし、ましてやナセド様に『君のためなら』なんて言われたのだから。


「なるほど、わかった。殿下がそう言うなら、俺からは何も言わない」


「ありがとうございます、イフェドさん」


 納得してくれた彼に対して、私はホッと胸を撫で下ろして軽くお礼を言った。すると、イフェドさんは真剣な表情へと戻り、「それで、俺への頼みとは……?」と静かに口を開いて私の言葉に耳を傾けた。


「実は、お茶会に着ていく服がなくて。親友のリーアさんの所へ行って、新しい服を買いたいんです」

「なるほど、服をか」


 私の意図にイフェドさんはこくりと頷いた。


「はい!」


 少し静かになった食堂で、私は思わず弾んだ声で返事をしてしまった。


「そうか、リーアの服か。あそこなら、レレナちゃんに似合う服が見つかるかもしれないな」


 イフェドさんは左手にお盆を持ったまま、さらに納得したような表情を見せて優しく呟いた。


「それで、どうしたいんだい?」


「今、お金の入ったポシェットは自分の部屋に置いたままなんですけど……その中の銀貨から、金貨三枚分を両替していただきたいんです」


 身体を横に揺らしながら、私はもじもじとイフェドさんに頼み込んだ。すると彼は優しい笑みを浮かべ、小さく頷いてくれた。


「わかった。じゃあ、食事が終わったらお金を持っておいで」

「はい!」


 そう優しく告げると、イフェドさんは空になったお盆を持って、厨房へと戻っていった。


「よかったぁ……」


 私は無事に両替してもらえることに安堵し、ホッと息をついた。これでなんとか、お茶会に着ていく服は買えそうだ。


 それからさらに三十分後。食事を終えた私は、食べた後の食器をそのままにして席を立った。この宿では食後の片付けはイフェドさんがしてくれることになっているからだ。


「さて、部屋に戻ってポシェットの中のお金を取りに行こう」


 私は二階へと続く階段に向かって歩き出した。


「…いや、待って」


 しかし、階段の上がり口に差し掛かったところで、ふとあることに思い至り、ピタリと足が止まった。


(服を買う。それはいいわ。でも、仕立て屋ですぐに買ったとしても、自分サイズに作ってもらうのに時間がかかるんじゃ……? お茶会はあと五日後。今日は仕事があるから、明日お休みをもらって頼みに行ったとしたら、残りは四日しかないわ)


「うーん……」


 私は難しい顔をして左手を顎に当て、首を傾げながら考え込んだ。


(……いや、ここで悩んでいても仕方ない。一回行ってみて、まずはリーアさんに相談してみよう)


 私は気を取り直して手を下ろすと、そのまま階段を駆け上がり、二階にある自分の部屋へと急いだ。

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