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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜


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第5話 嵐を呼ぶ第一王女

 ガチャリと扉を開けて、私は宿の外へと出た。

 無事にイフェドさんにお金の両替をしてもらい、手荷物はポシェットくらい。あとは今着ている簡素な仕事着だけ。エプロンはレストランの厨房に置いてあるからだ。


 外はいつも通り風が気持ちよく、朝焼けの時間はすでに過ぎており、まばらだった人通りも少しずつ多くなり始めていた。


「さて、はやいとこ仕事に行かないと」


 私の仕事先であるレストランは、ここから北へ歩いて十分ほどの場所にある。逆に、親友のリーアさんの仕立て屋は、南へ歩いて三十分ほどのところだ。


 そして、さらに南へ数キロ先……遠くに見える白と黒の壮大な建物が、この国の『アルスリーア城』である。ここからだと歩いて二時間、馬車を使えば一時間で着く距離にある。


 しかし、一般の馬車の値段は王都の中を一回乗るだけで銀貨一枚、街から街へ移動するとなれば銀貨五枚もかかってしまう。逆に、貴族が乗るような高級馬車ともなれば、王都の中だけで銀貨五枚、街から街への移動には銀貨十五枚もかかるのだ。


 ちなみにこの王国に来てから、私が馬車に乗ったことは一度もないし、今後も乗ることはないと思う。

 仮に所持金が足りていたとしても、たかが移動のために銀貨一枚から五枚もポンと払うのは、さすがにもったいない。何かあった時のために、使うよりも貯めておいた方がいいからだ。


(そう、今回みたいに『急なお茶会に呼ばれて服を買う』なんていう、まさかの出費がある時のためにもね)


 だからやっぱり、馬車移動よりも歩く方がいい。運動にもなるしね。


 お茶会の当日も歩いて王城に向かう事になると思うけど、きっと問題ないわよね。


 そう思いながら、私の視線は自然と王城の方へ向いていた。


(王城……あそこにナセド様がいるんだわ)


 私は左手を胸に当てて王城を見上げ、(お茶会、本当に大丈夫かな……)と少し不安になった。


「……いや、心配してもしょうがないわね。仕事仕事!」


 私は胸に当てていた左手を離し、両手でパンッと両頬を軽く叩いて気合を入れると、いつもの仕事の顔に切り替えて、レストランの方へ歩きだした。


 それから十分ほど歩き、私は仕事先の店へと着いた。

 そこは煉瓦造りの四角く横に長い一階建ての建物だ。入り口の右側にある大きなガラス越しに、まだランプの灯りが点いていない薄暗い店内がよく見えた。正面のほかに、裏手にも入り口が一つあった。

 お隣には賑やかな雑貨屋があり、その先には民家がいくつか並んでいた。私はいつものように、レストランの裏口へと回った。


 そして、裏手にある茶色い扉のドアノブを掴み、ガチャリと開けて中へと入る。


 扉の先は店の厨房だ。すでに二、三人の従業員が来ていて、それぞれ開店の準備を進めていた。


「おはよう」


 すれ違う仲間に軽く挨拶を交わしながら、私はファナおばさんがいる方へと向かった。


 ファナおばさんは厨房の右端で、大きな鍋を魔道具のコンロに火をかけて仕込みの真っ最中だった。


 この世界では魔法の力が人々の生活に根付いており、火、水、土、氷、風の五大属性がある。私にも微弱ながら火の魔法が使えた。とはいえ、この厨房のかまどに火を点けるくらいのささやかなものだけど。

 ちなみに、おばさんも魔法が使えて、水と土の魔法を主に料理などに活かしている。まぁ、土魔法が料理に向いているかどうかは置いておくとして。


 とりあえず、私はファナおばさんのそばまで行き、朝の挨拶をした。


「おはようございます、ファナおばさん」


 私が声をかけると、おばさんはいつもの優しい笑顔をこちらに向けてくれた。


「おはよう、レレナちゃん」


 そう挨拶を返してもらったところで、私はおばさんにあるお願いを切り出すことにした。


「あのう、おばさん」


「なんだい?レレナちゃん」


 声をかけられたおばさんは、魔道具のコンロの火を止めると、私の言葉にじっと耳を傾けてくれた。


「実は、お茶会に着ていく服を明日買いに行きたいので、お休みをもらってもいいですか?」


「……なるほどね。あんた、お茶会に着ていくようなパッとした服がないって、そういうことだね」


 私の事情を察したおばさんは深く頷き、笑顔でこう返してくれた。


「わかったわ、レレナ。明日はお休みにしてあげるよ」


「あっ、ありがとうございます、ファナおばさん!」


 私が深く頭を下げてお礼を言うと、おばさんは「いいよいいよ」と軽く手を振り、再び魔道具のコンロに火を点けた。


「じゃあ、いつものようにかまどに火をつけて、パンを焼いてちょうだい。それから仕込みを手伝って、お店が開いたら給仕をよろしくね」

  「はい、わかりました!」


 ハキハキと返事をしてから、私は台の上に畳んで置いてある、いつもの茶色いエプロンを手に取った。

 手早く身につけ、厨房の奥にあるかまどの前へと向かう。


 かまどの横には、ファナおばさんが用意してくれた丸いパンの生地が並んでいる。これを私が焼き上げるのだ。けれど、まずは火を点けなくては。


 私は、かまどの中に積まれたまきに向けて左手をかざし、「ボッ」と火を点ける。かまどに火を点ける程度のささやかな魔法だから、詠唱などはまったく必要ない。ただ心の中で『火よ、点け』と念じるだけだ。


 そして数分後。火が全体に回って十分に温まったかまどの中へ、私は丸いパン生地を二、三個ずつ丁寧に入れていった。


 それから一時間が過ぎ、ファナおばさんが、天井の油ランプを灯してお店を開けた。すると、待っていたお客たちが続々と店内に入ってくる。

 主にやってくるのは商人や、王都の南側にある冒険者ギルドから訪れる冒険者たちだ。


 次々と入ってくる客の中に……当たり前だが、ナセド様の姿はなかった。


(……今朝、『今日も来てくれるかな』って変な期待をしちゃったけど……当たり前だけど、やっぱり来ないよね。王族だからお忙しいだろうし)


 それに、ナセド様が毎日来ると約束したわけではない。けれど、私を助けてくれたあの日から、彼はほぼ毎日お店に来てくれていたのだ。


 多分、あれはたまたま、暇な日が重なっただけだわ。


(まぁ、いいわ)


 私は寂しさを振り払うように小さく息を吐き、気を取り直して目の前の給仕の仕事に集中することにした。


 それからさらに時が流れ、正午が過ぎた頃。思わぬ珍客……いや、ありえない客がやって来た。


 私が客の空いた皿を片付けていると、カラン、と店の表の扉が開いた。


 そこから現れたのは、このレストランには不釣り合いな――いや、あまりにも目立ちすぎる、白と黄色を基調とした高級なドレスを着た少女だった。

 膝下まであるドレスの裾からは純白の長靴下が少しだけ覗いていた。黄色いリボンがあしらわれた白いヒールが、カツカツと甲高い足音を立てている。


 年齢は私と同じくらいで、背が高い。どこかナセド様に似た美しい顔立ちをしており、キラキラと輝く青い瞳と、肩までかかる長い金髪が印象的な少女だ。


「えっ?」


 私はその姿に言葉が出なくなるほど唖然とした。わざとではないのだが、ふと彼女の胸元へと視線が向いてしまい、心の中でこっそり呟いた。


(ドレスはすごく立派だけど、中身は少し控えめなのね……って、余計なお世話か)


 私は目を細め、改めて信じられない思いで彼女の姿を見つめながら、こう考えた。


(いやいや、どう見ても王族だよね。ということは、この人はナセド様の妹かお姉様のどちらかだわ。もしかして、私に『お茶会に来るな』っていう警告!?)


 仕事中にもかかわらず、私は不安な顔で必死に頭を回転させる。すると、私の先ほどの無遠慮な視線に気が付いたのか、金髪の少女の眉がピクリと不機嫌そうに跳ねた。


 彼女はカツカツと足音を荒げてこちらへ近づいてくると、その後ろに続く黒髪の疲れたような若緑の瞳の青年――いかにも『執事』といった佇まいの彼を置いて、私の目の前に立った。


(あの黒髪の人……あのお姫様の従者かな?)


 近づいてきた金髪の少女は、ジロジロと私の全身を値踏みするように見回した。そして、左手で胸元から閉じたピンク色の扇子を取り出すと、ピタリと私の首元に突きつけてこう言い放った。


「あなた、ちっとも可愛くないわね」

「なっ……!」


 初対面の相手からのいきなりの暴言に、私はカチンと頭に来た。

 自分でも可愛いと思ったことはないから、言葉自体は否定できない。けれど、こんな大勢の人前でわざわざ口に出して言うなんて、あまりにも失礼すぎるわ。


「あの……いきなり人に向かって『可愛くない』だなんて、いくらなんでも失礼では……?」


 私が恐る恐るそう指摘すると、彼女は鼻で笑い、こう答えた。


「失礼? 私はただ、正直な感想を言ったまでよ」


 そのふてぶてしい態度にさらに怒りが込み上げてくるが、相手は間違いなく王族だ。下手に言い返せば不敬罪になりかねない。私はグッと怒りを堪え、できるだけ丁寧な口調を取り繕って尋ねた。


「あの……あなたはどなたですか? いきなりやって来て、そんなひどいことを言うなんて……」


「私?」


 わざとらしい表情を浮かべた彼女は、左手に持っていた扇子を自身のあごに当てて小首を傾げた。


(正直言って、すっごく腹が立つわ……! でも我慢、我慢よ)


「そうです」と私は笑顔を作って答えた。すると、金髪の少女はふふと笑った。


「じゃあ、教えてあげるわ」


 そう言って、金髪の少女はにこやかな笑みを浮かべ、胸を張り、高らかにその名を名乗った。


「私、アルスリーア王国の第一王女、リリアーナ・アルスリーアよ」


「だっ、第一王女?」


 金髪の少女が告げた名前に、私は思わず大きな声を上げてしまった。さらに、近くで聞き耳を立てていた客たちも、開いた口が塞がらないといった様子で唖然としている。


(いや、無理もないわ。そりゃあ、そんな顔にもなるわよね)


 私は客たちの反応に、心の中で深く同意した。ナセド様が来るだけでも大騒ぎなのに、今度はアルスリーア王国の第一王女様ですか?


(そういえば、城下町のパレードかなんかで顔を見た事があったかも。第一王女だから、多分、ナセド様の妹に当たるわ。でも……私がこんなことを思うのは王族に対して失礼かもしれないけど、この王女様ってこんなに生意気なことを言う人だったのかしら)


(ナセド様より性格ひどくありませんかね、この妹さんはほんと……)


 私は心の中で思いっきり呆れながら、誰にも気づかれないように小さくため息をついた。

 するとその時、後ろに控えていた黒髪の青年が、私に向かって申し訳なさそうな顔を向けてきた。


「すみませんね。いきなりリリアーナ様が失礼な事を言ってしまって……」


「いえ、大丈夫です。気にしてませんから」


(嘘です、めちゃくちゃ気にしてます)


 心の中でそう毒づきながらも、私は少しだけホッと息をついた。リリアーナ様の代わりに謝ってくれたこの青年が、話の通じる常識人で安心したのだ。

 もしこの人まで、王女様みたいにひどい態度を取る人だったら、どうしようかと思ったくらいである。


「お嬢様も、ちゃんと謝ってください」

 黒髪の青年がそう促すが、リリアーナ様は嫌そうな顔をしながらプイッとそっぽを向いた。


「嫌よ、ナット。本当のことを言ったまでだもの」


 黒髪の従者はナットというらしい。改めて彼の顔を見ると、常識をわきまえているぶん、相当な苦労人であるということが滲み出ていた。


(普段からリリアーナ様の相手をしていて、きっと大変なんだろうな……)


「しかし、その暴言はあまりにひどいと思います。もしナセド殿下に知られたら、あなたが怒られますよ」


 ナットさんのその言葉に、リリアーナ様はとても気まずそうな表情を浮かべた。そして、「はぁ」と一つため息をつくと、仕方ないといった顔で私に向き直った。


「ごっ……ごめんなさい」


 不器用ながらも、リリアーナ様は小さく謝ってくれた。私はその姿に少し驚きつつも、真顔でこう返した。


「いいえ、さっきも言ったように大丈夫です」


(まぁ、『可愛くない』と言われたことは腹が立つけど……ちゃんと謝ってくれたんだから、これ以上文句を言うのはやめておこう)


 あまり根に持っていると、この後の仕事にも支障が出てしまう。ここはぐっと堪えて、私は大人の対応をとることにした。


「……そう、わかったわ」


 私の言葉にリリアーナ様はコホンと咳払いをして、いつもの高飛車な態度に戻った。その後、私は改めて彼女に顔を向けた。


「それで……リリアーナ様は、私に何かご用ですか?」


 初対面で『可愛くない』なんて暴言を吐いてきた相手だが、私は努めて冷静に要件を尋ねた。すると彼女は、パチンと音を立てて扇子を広げた。


「決まっているでしょう。真面目で貴族の女性に興味がないはずの兄上……ナセド殿下がわざわざお忍びで通い詰めて、あろうことかお茶会にまで呼ぼうとしている平民の娘がどんなものか、見に来たのよ」


「はぁ、そうですか」


 リリアーナ様のあまりの迫力に、私はそんな気の抜けた返事しかできなかった。けれど、頭の中は彼女の口から飛び出した信じられない言葉でいっぱいだった。


(ナセド様が女性に興味がない……やっぱり本当だったのかしら。でも、私に対してはそんな素振りは一度もなかったはずだけど)


「それと、あなたのお名前はなんていうのかしら。兄上からは『平民の娘』としか聞いていないから……。どうして兄上が、あなたみたいな平民――もとい、気になっているという娘のために、わざわざこんな所へ通い詰めているのか、私には理由がさっぱり分からないのよね」


 難しい顔でそう告げるリリアーナ様に対し、私は真面目な表情を保ちつつ、心の中でこう推測した。


(どうやら、ナセド様はお城で私のことを話したらしい。けれど、私が中年のお客に絡まれて、それを助けてもらった時のことまでは、詳しく話していないみたいね)


(つまり、『気になっている平民の娘がいる』とだけ伝わっているようだわ)


 私が心の中でそう推測し黙り込んでいると、リリアーナ様は開いていた扇子をパチンと閉じ、再び私の首元にピタリと突きつけてきた。そして、少し口を尖らせてこう言った。


「私が名乗ったんだから、あなたも名乗りなさい」


「…はい、わかりました。リリアーナ様」


 そう頷き、私は一つ大きく深呼吸をすると、真っ直ぐに彼女の目を見つめ返し、静かに口を開いた。

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