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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜
第六章 人間の街を動く悪魔と、伯爵令嬢と出会い

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幕間36 悪魔の気まぐれと謎の魔法

 チュン、チュン、と小鳥が鳴く路地裏の朝。昨日、レレナと一緒に賄いを食べ、王子と隣り合わせの危険を味わったインキューネは、ふわぁと欠伸(あくび)をして目を覚ました。


「あぁ、よく寝たわ……。しかし、昨日見つからなくてよかったわね、あの王子に。……けど、今日こそはレレナを夢に落とす方法を考えようかしらね……」


 涼しい顔をしながら、インキューネは古びたベッドから身体を起こして立ち上がった。

 すると、朝早くにもかかわらず、ボロ宿の部屋の窓の外から「さっさと歩け!」「やめてください!」と、男女が言い争う声が聞こえてきた。


「ん?何だ?」


 ボロ宿の窓に近づき外を覗き込むと、路地裏には複数人の男女がいた。

 茶色のバンダナを巻き、茶色い革鎧と少しボロボロのショートズボンを身につけ、腰に短刀を下げた男たち。そして、彼らに無理やり歩かされているのは、少し黒ずんだ茶色い貫頭衣(かんとうい)を身に纏い、黒い首輪と腕輪を嵌(は)められた若い女性たちだった。


「あれは、盗賊と奴隷の若い娘たちかしら、かしらね」


 極上の甘い夢を好むインキューネだが、その娘たちを見ても全く興味を示さなかった。彼女はつまらなそうな顔を浮かべて、わざとらしくため息を吐いた


「はぁ、つまらない、つまらない、実につまらない。絶望している奴隷の娘の夢なんて甘くないし、喰らう価値もない。……でも、少しうるさいわね」


 盗賊たちの怒声に嫌気が差したのか、インキューネは静かに目を瞑り、本来の悪魔の姿からいつもの人間の子供の姿へと変わった。

 そして、ガラッと窓を開けると、下の盗賊たちに聞こえるように大きな声を上げた。


「ねぇ、そこのおじさんたち、少し黙ってくれない。うっさいから。うっさいからさ」


 開けた窓から不機嫌な顔をのぞかせ、そうぼやくインキューネに、盗賊たちや若い娘たちは一斉に彼女の方へと顔を向けた。


「誰だ?」

「なんだ、子供か」


 子供の姿のインキューネに対し、盗賊たちは睨みつけながら怪訝な顔を浮かべて問い返した。一方、奴隷の若い娘たちはその子に対し、心配と不安が入り混じった顔を見せて、「えっ、子供……」「なんでこんなところに」と各々そんな声を上げていた。


「そう、子供だけど、悪い?」


 睨みつけたままの盗賊たちに対し、不機嫌なままのインキューネがそうぼやくと、盗賊たちはボロ宿を見渡し、一人の盗賊が舌打ちをしながら吐き捨てた。


「ちっ、こんなところに子供か……見たところ親もいなそうだが、貧民の子供か何かか。少し予定外だが、見られてしまったからには仕方ない。こいつも捕まえるぞ。お前ら、行くぞ!」

「「お、おう!」」


 不自然に子供がいることやその身なりから、インキューネをただの貧民だと判断した盗賊たち。彼らは一人の掛け声と共に、ゆっくりとボロ宿へ近づこうとした。一方の娘たちは「あんな可哀想な子供まで……」と、悲痛な表情を浮かべた。


 そして、その様子を窓から見下ろし、インキューネは心底呆れた顔で内心呟いた。


(私を捕まえて、奴隷と一緒に連れて行く? はぁ、愚か……実に愚かな人間だわ。この私が誰だか知らないくせに。これでも食らいなさい)


 そう彼らを蔑みながら、インキューネは指をパチンと鳴らした。


 すると、何もない路地裏から突如としてピンク色の霧(もや)が現れ、ボロ宿へ近づこうとしていた盗賊たちや、少し離れた場所にいる娘たちをすっぽりと包み込んだ。


「何だこの霧は……? それにこの甘い香りは」

「何これ……頭がクラクラする」


 その靄に包まれた盗賊たちは意識が朦朧(もうろう)とし、鼻を塞ごうとするが叶わず、少し離れた場所にいる娘たちもまた同じようにふらついていた。

 それから数秒後。


「あぁ、いい女がここに……」「あぁ、本当だ……」


 盗賊たちは魔法によって美しい女たちの幻影を見始めたのか、誰もいない虚空を抱きしめたり、盗賊の男同士で抱き合ったり、何もない地面に誰かを押し倒すような仕草をしたりと、いささか野蛮で滑稽な狂態を繰り広げ始めた。


 一方、少し離れた場所にいる娘たちも同じように魔法にかかっていたが、盗賊たちとは対照的だった。

「あぁ、なんてかっこいいの」「もっと、愛しているって言って」「ふふふ、素敵だなんて」


 彼女たちは野蛮な盗賊たちとは違い、品よく理想の男性の幻影を見つめ、顔を赤らめながら夢見心地で蕩(とろ)けていた。


 その光景を見たインキューネは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「よし、全員私の甘い幻影に落ちたわね。じゃあ、ささっと催眠で落としてあげるかしらね」


 そう呟き、紫の瞳を怪しく光らせると、少女とは思えない身のこなしで、二階のボロ宿の窓から地面へとスタッと降り立った。


「はぁはぁ……あぁ」

「もっと、素敵って言って……あっ……」


 幻影に夢中になり、熱を帯びた息を吐く盗賊たちと、甘い声を漏らす娘たち。インキューネは、その間を縫うように歩き、彼らが見ている幻影に紛れて、一人ずつ自身の怪しい紫の瞳を覗き込ませていく。


 すると、魅入られたように全員の瞳から光が消え、完全に虚ろなものへと変わっていった。


 抱き合っていた者たちは手を離して呆然と立ち尽くし、地面に押し倒すような仕草をしていた者たちはそのまま尻餅をつく。そして娘たちもまた、立ったまま深い催眠へと落ちていった。


「ふぅ、久しぶりに全員落とすのは骨が折れるわね、折れるわ。まぁ、やってることは森と変わらないけどね。クスクス」


 魔法に落ちた者たちを見ながら、そう笑い飛ばすインキューネ。しかしすぐにハァとため息をつき、軽蔑の眼差しを少し遠くにいる盗賊たちに向けた。


「でも、やっぱり男たちの欲望は気持ち悪いわね。本当に野蛮、実に野蛮だわ。それに引き換え、娘たちの欲望はいいわね、いいわ。だから私は、娘たちの甘い夢が好きなのよね」


 意識のある者が誰もいない空間で、娘たちの方へと薄い笑みを見せながら、インキューネは独り言のように呟いた。


「まぁ、所詮は奴隷。やっぱりレレナ以上の甘い欲望は持っていないわね。ふん、私の魔法に落ちても、喰らう価値もないわ」


 一度喰らった極上の甘い夢を思い出しながら小さく舌打ちをし、インキューネは娘たちへの興味を完全に失ったように視線を外す。そして、指をパチンと鳴らすと、彼らを包んでいた幻影のモヤはゆっくりと霧散していった。


 そして、インキューネは少し離れた場所で間抜けな面(つら)を晒している盗賊たちへと歩み寄った。


「さて、そろそろこいつらの記憶を消すかしらね。まずは盗賊の連中からだわ……さてあなたたち。私の存在や、今見たものをすべて忘れて眠りなさい」


 盗賊たちに聞こえるようにインキューネが命令を下すと、彼らは「はい……」と虚ろな声で応え、静かに目を閉じて次々と地面に倒れ伏していった。


「よし、次はあの娘たちね。でも……」


 足元に転がる無様な盗賊たちをチラッと見て、そのまま奴隷の娘たちのほうへと向き直り、記憶を消そうと彼女らに歩み寄る。そして足を止め、その場で命令を下そうとしたが、彼女たちの痛々しい肌や、黒い腕輪と首輪を見て、面倒くさそうな顔を浮かべた。


(このまま眠らせていいものかしら……いや。数時間後に目が覚める魔法とはいえ、起きたらまた同じことが繰り返される。それは非常に面倒よね)


 少し首を傾げて考えた数秒後。インキューネはハァとため息をつくと、仕方がないといった顔をして、悪魔らしくない言葉を口にした。


「……仕方ない。この娘たちを助けてあげようかしらね」


 悪魔が人間を助けるという、気まぐれな行動に出ようとするインキューネ。しかし、それが『レレナの優しさに触れたことによる影響』だとは、彼女自身、全く気づいていなかった。


 そして、インキューネは再び盗賊の方へと歩み寄り、ゴソゴソと彼らのポケットなどを漁(あさ)りながら、何かを探し始めた。


「……これね。あの子たちを縛っている鍵は」


 鍵を見つけたインキューネは、すぐさま虚ろなまま立ち尽くす娘たちのもとへ戻り、彼女たちを縛っていた首輪や腕輪をすべて外していく。外された拘束具は、静かな路地裏でガチャンと鈍い金属音を立てて冷たい地面に落ちていった。


「ふぅ、これで終わりね。でも、悪魔らしくないわね。女性たちの甘い夢を喰らうこの私が、こんなことをするなんてね……いや、考えるのはやめよう。あの子とは関係ないんだから」


 また昨日のレレナの優しい顔を思い浮かべてしまったインキューネは、鍵を落とし、その雑念を振り払う。そして、悪魔としての妖艶(ようえん)で邪悪な笑みを浮かべ、虚ろな目で立ち尽くす娘たちを見据えると、紫の瞳を怪しく光らせながら静かな声で命令を下した。


「じゃあ、あなたたちも、今見たものや私の存在を忘れて、ゆっくりおやすみなさい」

「「「はい、わかりました」」」


 インキューネの絶対的な命令により、娘たちはまるで感情のない操り人形のように、揃って抑揚のない声を返す。そして、ゆっくりと石の地面に次々と崩れ落ち、深い眠りへと落ちていった。

「さて、じゃあボロ宿に戻りますか」


 そう呟き、娘たちが深い眠りに落ちたのを確認すると、インキューネは紫の瞳に宿る怪しい光をすっと消し、ボロ宿へと向かった。

 そして、再び少女とは思えない身のこなしで壁を伝って二階の窓まで上ると、部屋の中へと入り込み、身を潜めてから指をパチンと鳴らした。


「うぅん、あれ……?」

「なんで私たち、こんなところで眠っていたのかしら」

「確か私たち、この路地裏を盗賊に歩かされて、それで……ダメ、思い出せないわね」

「うん、そうね」


 魔法が解けて次々と目覚めた若い娘たちは、何が起きたかわからない顔をしながら、記憶が欠けた現状に戸惑いの声を漏らす。しかし、自身の首元や手首に触れた一人が、信じられないものを見たように目を丸くした。


「ちょっと待って、みんな。私たちの拘束具、外れていない……?」

「あっ、本当だ!」


 足元に適当に落ちている黒い首輪や腕輪に気づき、驚きつつも手首をさすりながら喜びの声を上げる彼女たち。だが、すぐに一人の女性がハッとして、自分たちを捕らえていた男たちの存在を思い出し、「そういえば、あいつらは?」と周囲を見渡した。


「あっ、いた。あそこで私たちと同じように寝ているわ」

「えぇ、本当ね」


 少し離れたボロ宿近くの地面では、野蛮な盗賊たちが服を乱しながらイビキをかいて寝転がっていた。まったく起きる気配のない男たちの様子に、口を押さえて信じられない顔を浮かべる者や、助かったと安堵の息を吐く者がいた。


「とりあえず、よくわからないけど、誰かが助けてくれたことは事実かもしれないわね」

「そうですね」

「けど、今がチャンスだわ。逃げましょう、みんな」

「「「うん」」」


 一人の女性の勇気ある希望の言葉に力強く頷き、若い娘たちは一斉に立ち上がった。

 しかし、ここは見知らぬ路地裏。早朝で周囲に誰もいない状況に、一人が不安そうな声を漏らした。


「でも、どこに逃げるの?」


 勇気ある女性にそう尋ねると、彼女は力強く答えた。


「城下町を巡回している衛兵や、聖騎士団の方たちに助けを求めましょう」

「あっ、それならいいわね」


 頼もしい提案に、他の若い娘たちにも笑顔が戻る。勇気ある言葉を発した娘が、まだ眠りこけている盗賊たちをチラリと確認すると、彼女たちは自分たちを捕らえた男たちへ少しだけ怒りの視線を向けつつも、声を潜めて合図を出した。


「じゃあ行きましょう。みんな」

「「「はい」」」


 互いに励まし合うように静かに声を上げ、助かるという希望を胸に、彼女たちは必死の足取りで歩き出した。


 そして、眠ったままの盗賊たちをその場に放置し、自由の身となった彼女たちは「二度と捕まるまい」と、路地裏の出口へと向かい、救済者へ助けを求めて駆けていったのだった。


 その様子を二階の窓から覗いていたインキューネは、少し口元を緩めながら、内心で素直じゃない言葉を呟いた。


(これで彼女たちは助かるわね。まぁ、別に助けるつもりはなかったけど。また騒ぎが起きるのが嫌だっただけだし。……でも、やっぱり悪魔らしくないわね)


 自分にそう言い聞かせながらも、自身の行動に少し納得がいかない顔をして、窓の外の盗賊の方を見下ろした。


「さて、あいつらはどうしてやろうかしらね」


(まぁ、このまま放置しても数時間後には目を覚ますし、無理に何かしたところで私にとっては意味のないことだわ。とりあえず、あの子たちはかつて私を討伐しようとした連中に助けを求めるみたいだし、ここはボロ宿に隠れてやり過ごすかしらね)


「無駄なことはしない」と結論づけ、インキューネは窓を閉めた。


「ふわぁ……あの連中が来るまで、もう一回寝ようっと」


 そうまた欠伸(あくび)をしながらベッドの方へと戻ると、少女の姿のままごろんと横たわり、再び深い眠りへと落ちていった。

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