幕間31 リーアの両親の再会と報告
インキューネがレレナの所へ行っているのと同時刻。
南の城下町。リーアの仕立て屋にて。
「さて、トルソーの配置はこんな感じかしら」
油ランプが揺れる店内の、背丈ほどある大きなガラス窓の前で、トルソーの並びを確認しているリーア。彼女は、自分が作ったレレナのドレスを絶賛したという王妃と王女の二人が、いつか来店する時のために、色々と準備を進めているのだ。
「レレナから王妃様と王女様が来るかもしれないって聞いた時は驚いたけれど……でも、頑張らないと。あの子が私のために評判を上げてくれたんだから」
リーアはそう独り言を呟いて、気合いを入れ直した。すると、店の外からガタンゴトンと、馬車が止まる音が聞こえてきた。
「ん? あれはお客さんかしら。いや、今日の予約はお昼からだったはずだけど……誰だろう?」
馬車の音に気づいたリーアは、ガラス窓の前から、自身から見て右側にある入り口の茶色の扉へと視線を向けた。
そして、茶色の扉がガチャリと開いた。すると、そこから入ってきたのは、リーアがよく知る人たちだった。父親の方は両手に畳んだ服を何着か抱え、母親の方は茶色の手提げカバンを持ってやってきた。その姿を見た彼女は、狐色の瞳をパッと輝かせ、とても喜んだような笑顔を見せた。
「あれ、お父さん、お母さんじゃない! 一年ぶりね」
「帰ったぞ、リーア」
「帰ったわよ、リーア」
笑顔のリーアに揃って挨拶を返した彼らは、街から街へと渡り歩く商人の、青い髪の母ラーナと、薄い茶髪の父サベクだった。凄腕の服商人でもある彼らは、遠方の街での買い付けを終え、一年ぶりに娘の仕立て屋へと帰ってきたのだ。
「おかえりなさい。それで今回の仕入れや商売はどうだったの?」
ガラス窓とトルソーがある場所から少し歩き、扉の前に立つ両親のもとへ駆け寄ると、リーアは元気いっぱいの声を上げて尋ねた。
すると、薄い笑みを見せながら、ラーナが先に口を開いて、こう告げた。
「ええ、三つの国や街を回って、商売や仕入れをしてきたわ。貴族用のドレスや平民向けの服の生地なんかも、しっかり買い揃えてきたわよ」
「なるほど、それね」
リーアが話を聞きながら、サベクの抱えている服へ視線を向けると、ラーナは言葉を続けた。
「えぇ。それに、まだ他にも荷物の中にはドレスや服があるから、リーアも手伝ってくれるかしら。奥の部屋へと運び込むのをね」
「おっけー、わかったわ。お母さん」
そしてリーアはラーナの頼みを聞き、店の外の馬車にある荷物を、父と一緒にカウンター奥の扉の先――試着室として使っている部屋の、さらに奥の部屋へと運び入れた。
それから数十分後、片付けが終わると、リーアは試着室の中央に置かれた丸テーブルの周りに木の椅子を三つ用意して、ラーナたちを座らせた。
「ふぅ、ありがとう、リーア」
「礼はいいわ。いつものことだし……」
ラーナにお礼を言われたリーアは、いつものことだと真顔でそう言いながら、自分も椅子に座った。
「それと、お母さん、お父さん。今回はどのくらいこの王国に滞在する予定なのかしら?」
「あぁ、リーア。お前の商売の手伝いや、ここで商品を作り終えたら、一ヶ月後にはこの国を出るつもりだ」
左手で頬杖をつきながら尋ねたリーアに対し、サベクが真面目な顔でそう答える。するとリーアは続けざまに、「なるほど、ちょうどよかったわ」と安堵した顔つきを浮かべた。
すると、二人は揃って不思議そうな表情を浮かべ、『何がだ?』と言わんばかりにリーアへ視線を向けた。
「実はね、いつになるかはわからないけど、この店に王妃様と王女様が来る予定なのよ」
「「何!? フィオネ王妃様とリリアーナ王女様が……!?」」
二人同時に、驚愕した表情を浮かべた。それもそのはずだ。予約制やお得意様が中心のリーアの仕立て屋に、まさか王妃と王女が来店するというのだから。
リーアがあまり驚く様子も見せず平静を保ちながら「えぇ、そうよ」と返すと、ラーナは驚愕した顔のまま「何故、うちに……?」と問い返した。
「それはね。私の親友である、レレナっていう子がいるでしょ」
「あぁ、確か。王国の路地裏で困っているところを助けて、色々と世話してやったって……前に俺たちが帰ってきた時、お前が話してくれたあの優しい子だろう?」
彼女の名を聞くと、サベクは思い出したかのように真面目な顔でそう言った。ラーナも「あの子ね」と頷く。過去にリーアから何度も話を聞いていたからこそ、二人はレレナのことをある程度知っていたのだ。
「しかし、リーア。そのレレナが、どうしてうちの仕立て屋に王妃と王女が来るって話になるんだ?」
サベクが不思議そうな顔でそう尋ねると、リーアは「それね。少し長くなるけど……」と、お茶会のことやドレス、ヒールを用意したことなどを説明した。
「なるほど、レレナがナセド殿下に惚れられていて、あのリリアーナ様が店に押しかけてきたこともあって、さらに王妃様や王女様を含めたお茶会まで開かれた……。そのためにドレスやヒールを用意したなんて、一気に色々ありすぎて頭が追いつかないわ、リーア」
「全くだな、リーア」
二人揃って頭を抱え、話についていけていない顔をすると、リーアは「まぁ、お父さんたちがそんな顔になるのは分かるわ。でも、私はレレナのためにお茶会が上手くいくように、色々とやってあげたのよ」と、軽く笑みを見せた後、スッと真面目な顔つきになって返した。
「まぁ、あんたらしいっちゃ、あんたらしいけどね。そうか、あんたレレナのためにドレスやヒールを作ってあげたのね」
頭を抱えるのをやめ、納得した表情を見せながらラーナが切り返した。彼女が会ったことのないレレナのことを思い浮かべていると、リーアは表情を崩さずに言葉を続けた。
「まぁね。でも、本当はレレナに『お茶会のついでに評判を上げて欲しい』とお願いしただけなのよ。だけど、私が作ったレレナのドレスが王妃様のお眼鏡にかなって、それで王妃様と王女様が興味を持ってくれたの」
「なるほど、そういうことか……リーア。この町を出る前に、その子に一度会って礼でも言うべきだな。なぁ、お前」
「そうね、レレナがリーアの店のためにしてくれたのだから」
サベクは天井を見上げてレレナの力添えに納得すると、視線を戻した。ラーナもまた、親友の両親として一度会ってみようと、薄い笑みを見せながら相槌を打った。
「うん、それがいいわ。その時は私が紹介するから」
リーアは左手の頬杖をやめると、テーブルに手をついて少し笑みを見せた。それを聞いたサベクは「あぁ、頼む」と真顔で深く頷いた。
「けど、王妃様と王女様がいつか来るなら、店の中をもう少し整えておかないといけないわね」
ラーナが試着室のあたりを見渡しながらそう呟くと、その言葉に、さっきまでトルソーの配置をしていたリーアは目をパチクリさせて同意した。
「まぁ、そうよね。さっき私もそれやってたし」
「そうか、お前。色々荷物を運んでいた時、少しトルソーが並んでいたけど、そういうことだったんだな」
そう合点がいったように、馬車から荷物を運び入れた時のことを思い出しながらサベクが言葉を返すと、リーアは「えぇ」と軽く返事をした。
すると、荷物を運び込んだ奥の部屋の扉を見つめ、狐色の瞳をパッと輝かせながら、王妃と王女を出迎えるための提案を、両親に投げかけた。
「……あっ、そうだ。今回仕入れた生地などを、私に使わせてくれないかしら」
「あぁ、もちろん構わないぞ。仕入れた生地のほとんどは、平民の服以外に貴族や王族のためにあるものだからな」
「ありがとう、お父さん」と、リーアは優しく笑いかけるサベクににこやかな笑顔を返した。すると、ラーナも続けて、服の袖を捲りながら力強く言った。
「じゃあ、私もあんたの手伝いをしないといけないわね。色々と」
「うん!」
頼もしい両親の言葉に、リーアは元気よく頷いた。
そうして、王妃と王女が来店するという話が一段落した後。ふとラーナは、森である少女に出会ったことを思い出し、リーアに話し始めた。
「そういえば、馬車で王都へ向かう途中、シェフリアの森で、お母さんのために花を摘んでいたという紫髪の少女と出会ったの。行き倒れていてね」
「はい? 紫髪の少女?それにシェフリアの森って、確か昔、王妃様が倒した悪魔インキューネが住んでいた場所よね」
リーアもふと思い出したように、あの森について問い返した。何故なら、彼女はインキューネについて『悪夢を見せる悪魔』であり、女性ばかりを狙うという話を噂として聞いていたからだ。
なのに、そんなところに子供がいたと聞いて、リーアは首を傾げて不思議そうに呟き、サベクも「あぁ、そうだ」と相槌を打った。
「それ、少しおかしくない? あんな魔獣がいそうな森に一人でいるなんて。それに、つい最近南で悪魔や魔獣がやってきて戦争があったばかりだし」
リーアの言葉に、その戦争のことをまだ知らなかった二人は、揃って目を丸くしながら声を上げた。
「戦争……?」
「戦争だと……? リーア」
驚いたままの両親に、リーアは表情を落ち着かせ、平静な顔を向けて話を続けた。
「えぇ……でも、冒険者や聖騎士団、王族たちによって一日で片付いたけどね」
「そうか、さすが王国の精鋭だな」
サベクは国の強さに深く頷いた。すると、リーアは「まぁ、それはいいとして、その子はどうしたの?」と、子供の話へと引き戻した。
「えぇっとね。私たちが森を抜けようとしたら、さっき言った女の子が道端に倒れていたのよ。起こしたら、お母さんのためにお花を摘みに来て、疲れて眠ってしまったんですって」
「お花ね……」
ラーナの説明に、リーアは狐色の瞳を細めて訝しげに呟いた。
すると、サベクが険しい顔を向け、森での少女の行動を思い出しながら、続けてこう言った。
「あぁ、けど、最初、俺はその少女が怪しいと思っていたんだが。摘んでいたはずのお花もなかったし」
「そっ、そうなの?お母さん」
リーアは目を見開いて驚いた。森へ花を摘みに来たはずなのに、その肝心な花を持っていなかったのだから。
「えぇ、でも、途中で落としたのかもって私は思ったのよね」
「思ったのね……それで?」
まだ訝しげな表情を崩さないリーアに、ラーナは真面目な顔を向けて、彼女を見つめ返した。
「私はその子を疑わなかったわ。だって、その子は勇敢だし、一人で森へ来るなんて立派だと思うのだから、それに昔のあんたに似ているところもあったしね」
「私にね……」
親から予想外の言葉に、リーアは訝しげな表情を崩し、少しだけ毒気が抜けたように息を吐いた。
「ふーん……そんな風に言われると、なんだかほっとけないわね。でも、少しおかしな点があると思わない?」
「おかしな点? 何がおかしいんだい、リーア」
毒気から一変、おかしな疑念に気づいたリーアに、サベクは、眉間に皺を寄せたまま答え返した。
「だって、その子は一人で王都から森へ行ったんでしょう? なら、北門の衛兵に声をかけられて止められるはずだし」
「確かに、言われてみればそうかもしれないな……」
リーアの的確な推理にサベクが感心したように頷く一方で、ラーナはその疑念を優しく打ち消すかのように、薄い笑みを返した。
「でも、リーア、サベク。相手はただの子供だし、そこまで深く考える必要はないんじゃないかしら」
「深く考えなくていいって? なんでそう思うの、お母さん」
腑に落ちない様子で聞き返す娘に、ラーナは悪気のない、明るく朗らかな声で推測を口にした。
「もしかしたら、衛兵が見つけられない抜け道を通ったかもしれないし」
「確かに、それはあるかもしれないわね……」
ラーナの推測を聞いたリーアは、少しばかり引っかかりはあるものの、それでも彼女は納得したようだった。
「でも、その子は全然怪しくないと思うわ。だって、その子を馬車に乗せて王都まで送ったの。そして最後は『ありがとう、おばさん、おじさん』と素直に挨拶して行ったし」
「なるほど、そういうことね」
リーアはそう相槌を打つと、誇らしげに語るラーナの姿に、ふっと表情を和らげた。困っている者を放っておけないお人好しなところは、彼女も両親と同じなのだ。
だがその直後、リーアは狐色の瞳を数回瞬かせると、もう一つ重要なことを聞いていなかったと思い出して尋ねた。
「事情は分かったわ。困っている子供を送ってあげたっていうなら、私から言うことはないわ。……でも、その子の名前は聞いたのかしら?」
リーアの問いに、あっと目をパチクリさせながら、「名前……そういえば」とラーナが言葉を詰まらせていると、サベクが「しまった」という顔つきで代わりに答えた。
「悪い、聞くのを忘れてた」
「そう……まぁ、いいわ。行きずりの少女に名前を聞くのも、それほど重要じゃないしね」
問題ないという顔つきでそう呟くリーアだったが、彼女の中には、紫髪の少女のことが引っ掛かりとして残った。
そして、リーアの言葉に答えるように、サベクが「あぁ、そうだな」と返した。
「さて、そろそろ私も次のお客さんのために仕事の準備をしなきゃ」
「俺たちも手伝うぞ」
次のお昼の予約さんのためにリーアは立ち上がり、扉の先にある店内へと向かおうとした。すると、サベクたちも立ち上がり、元気な顔で彼女の手伝いに回る。それを見たリーアは「ありがとう」と笑顔で返したのだった。




