↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜
第五章 二度目の悪魔の潜入と、キュネ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/68

幕間28 シャフリネとレーナ

 戦争から一日後、インキューネが潜入中の正午。南の聖騎士団本部近くの訓練所にて。

 他の団員たちは昨日の戦いの後始末で出払っており、誰もいない静かなその場所で、シャフリネは一人、藁人形を的にして無詠唱魔法による的当てをしていた。


 この日の彼女はハーフメイルを着けておらず、いつもの聖騎士団の制服姿で腰に剣だけを携え、左手から次々と魔法を放っていた。


「はっ……」


 風魔法で的を吹き飛ばし、氷魔法で氷漬けにし、そして水魔法で貫通させるなど、多彩な攻撃を繰り出していた。


 だが、彼女の頭には昨日の出来事――リカードの『君が無事でよかった』という言葉が、何度もよぎっていた。


「あぁ、もうっ。なんであいつの言葉なんか。また私は……っ」


 左手で軽く頬に触れ、顔を赤くしながらも、この胸の内を忘れようと魔法を撃ち放つ。しかし、いくら忘れようとしても、その言葉が頭に浮かんでくるのだ。


(あんな優しい言葉に心が乱されるなんて。まぁ、嬉しくないって言ったら嘘になるけど。でも……)


 恋にかまけている暇なんてないと、シャフリネは何度も何度も自分に言い聞かせていた。するとその時――

「シャフリネ伯爵令嬢」


 彼女の後ろから、誰かが声をかけてきた。


「誰?私のことを爵位で呼ぶのは……?」


 呼ばれたシャフリネが左手を下ろし、少し眉間に皺を寄せて振り返ると、そこにいたのは、隣に衛兵を従えた、いつものドレス姿ではない――銀色のブラウスに薄い羽織りを纏い、下は青いロングズボン、銀髪を一本に結び、黒いブーツを履いた戦闘向きの装いの、妃候補・レーナだった。


「げっ、レーナ」


 彼女の姿を見たシャフリネは、露骨に嫌そうな顔をした。以前、お茶会で除け者にされ、リカードによってナセドとの関係がバレてしまった手前、嫌でもそんな顔になってしまうのだ。


(何故レーナがここに……。いえ、決まっているわね。この前バレた件、ナセドとの関係を問い詰めに来たんでしょう。……でも、何故、戦闘用の服なのよ)


 そう警戒したシャフリネだったが、いつものドレス姿ではない彼女の格好を見て、目をパチクリさせて驚いた。


「ふふふ、久しぶりね、シャフリネ」

 軽く笑うレーナに、シャフリネは少し強い口調で言い返した。


「なんであなたがここにいるのよ、レーナ。あなたは立派な公爵令嬢でしょうが。それに何よ、今から戦いに行きますわ、みたいなその服は……」


 普段の王城でのレーナといえば常にドレス姿であり、殿下に対して強引なお誘いばかりしている印象が強いため、シャフリネがそんな反応になるのも無理はなかった。


 だが実のところ、現在のレーナは、あのお茶会でレレナの芯の強さに感化されたことで、自身の強引な振る舞いを少しだけ見直そうとしている最中だったのだ。


 もちろんシャフリネはその心境の変化を知る由もないため、彼女がいつものドレス姿ではなく、戦闘向きの服を着ていることが不思議でたまらなかったのだ。


「案内ご苦労様、あとはいいわ」

「はい、レーナ様」


 レーナはシャフリネの驚きを意に介さず、左手を軽く挙げてそう言った。衛兵は一礼を返し、この場を去っていく。彼女は改めて、シャフリネへと向き直った。


「ちょっと、無視しないでよ、レーナ」


 シャフリネは、服のことや、何故ここに妃候補であるレーナがいるのかと尋ねたのに無視されたのを不満に思ったのか、そう返した。


 だがレーナは左手を口元に添えて、悪びれる様子もなく言葉を続ける。


「ごめんあそばせ。けど……」


 そして、レーナは軽く深呼吸をしてから、彼女に聞こえるようにはっきり告げた。


「いきなりで、悪いんだけれど、久しぶりにわたくしと魔法の手合わせしてもらえるかしら」

「何故……?」


 唖然とした顔つきで問いかけるシャフリネに、レーナはほほと笑い、

「あなたの友達として。そう、と・も・だ・ちとしてね」

 と、笑みを浮かべたままそう答えた。


「いや、答えになってないでしょ……でも、何でいきなりと友達なんか?」


 レーナの意味不明な答えに、シャフリネは呆れ顔をしつつも問い返した。すると彼女は、余裕のある笑みを見せて言った。


「そうね、あなたの親しい人から、私の友達だと、聞いたのよね」


 そう遠回しな言い方をするレーナに対し、シャフリネは心の中で呟いた。(親しい人って……レーナのやつ、私に探りを入れようとしてそんな言い方をしたわね。まぁ、この様子だと、私がリカードから聞いたってことは知らないみたいね。とりあえず、ここは誤魔化すか)


 そして、あえて言い訳もせず、真面目な顔で答えた。


「はい、そうですか……まぁ、事実だから否定しないけど」

「やっぱりそうなのね。でも、何故私を友達と……?」


 その言葉を聞いたレーナは、少し不思議そうに眉を上げてシャフリネに尋ねた。


「何故ってそれは……あなたと最初に手合わせした時、とても楽しかったのよ。伯爵令嬢としてではなく、ただの友達として。貴族なんて関係なくね」


 左手を胸に当ててそう言い放つシャフリネに、レーナは「そう」と呟き、上げていた眉を戻した。そして今度はシャフリネが、レーナを左手で指差しながら、薄い笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「それにあなただって、私と戦うの楽しかったでしょ? あんな顔をしていたんだから」

「なっ……」


 シャフリネの指摘に、ふいに昔を思い出したのか、レーナは目を見開きながら少し頬を染めた。


 それは、レーナが妃候補になる前——シャフリネがその座を辞退し、聖騎士団に入る前のこと。公爵家と伯爵家の行事で、二人はやり合った。


 その時、レーナが満面の笑みで「シャフリネ、あなたの魔法、とてもすごかったわ」と言ったことを、シャフリネはずっと覚えていたのだ。


 余裕が崩れたレーナは、「そんな昔の話はいいでしょう。あれは楽しかったから出た顔なんだから」と言い訳をする。本心では嬉しいと思っているのが見え透いている彼女に対し、シャフリネはふふふと笑い返した。


 そうして昔話が終わった後、シャフリネはレーナの服を見て、先ほど無視された件を改めて切り出した。


「さて、それであなたが来た理由はわかったけど。何故その服なの、レーナ……?」

「あぁ、この服ね」


 昔話で崩された余裕を取り戻したのか、レーナはいつもの笑みを浮かべながら、自身の服に視線を向けた。


「いつか戦場に、あなたやフィオネ王妃様のように立つかもしれない時や、こうやってやり合うために、自分で仕立てた服よ」


 しれっとシャフリネの名前を付け足したレーナに対し、「えぇ……そう」とまんざらでもない顔をしながら、赤い髪を掻き上げつつ言葉を紡いだ。


「……けど、自分で仕立てたって、ナセ……じゃなかった、殿下の妃候補で、装飾品の名家であるあなたが、服まで作れるっていうの?」


 思わず親友を呼び捨てにしそうになり、シャフリネは慌てて言い直す。だがレーナは笑みを崩さず、分かっていますよと言いたげな顔を向けた。


(ふふふ、シャフリネったら。ナセドと呼び捨てにしかけて、慌てて言い直しましたわね。全く、彼女はほんとお可愛いこと。でも、まだ、まだよ。殿下の件を切り出すのは、少しやり合ってからよ。とりあえずは、服のことでも話しましょうかしらね)


 シャフリネの小さな言い間違いを心の中で笑いながらそう結論づけると、レーナは何食わぬ顔を向けて静かに答えた。


「……えぇ、作れますとも。こう見えても、私は手先が器用なんですのよ。まぁ、普段はやらない、わたくしなりの淑女の嗜みですが……」


 そう堂々と言い切るレーナに、シャフリネは感心と呆れの混じった顔を向けた。


「服作りが淑女の嗜み、ね……」


 そこで言葉を区切り、シャフリネは疑問そうな顔を浮かべた。レーナの母親であるフェルンは、娘のこの特異な嗜みを知っているのだろうか。


「でも、レーナが服作りなんて意外。あなたのご両親は知っているの、レーナ?」


 疑問そうな顔のままシャフリネが尋ねると、レーナは涼しい顔を向けつつ、最後にはどうでもよさそうな表情を浮かべながら答えた。


「えぇ、知っているわ。お父様もお母様も、手先を動かすのは悪くないって仰っていたもの。まぁ、装飾品作りも、同じように手を使うでしょう? でも、公爵令嬢が針を持つなんて、とありえない顔をする貴族もいるでしょうけどね」


 レーナの話を聞いたシャフリネも、思わず笑みをこぼした。それは、彼女が自分と同じ「型破りな令嬢」なのだと気づいてしまったからだ。


「ふふふ、それを言ったら、私も似たようなものじゃない。貴族なのに、今は聖騎士団だし」


 自分が聖騎士団にいることを認めつつ、シャフリネは腕を組みながら、納得したような顔を向けた。


「……まぁ、レーナの言うことにも一理あるか」 

「そうね。……じゃあ、改めて。私と魔法の手合わせをしてくれるかしら?」


 服の話を終えたレーナが話題を切り替え、改めて手合わせを要求してくる。


(手合わせ……なるほど、それを口実にやってきたわけね。まぁ、久しぶりにレーナとやり合うのも悪くないけど……相手は公爵令嬢よね。怪我でもさせたら、洒落にならないわ)


 それに対し、レーナが来た本当の理由に納得しつつ、シャフリネは真剣な表情へと変わり、薔薇色の瞳を真っ直ぐに向けて答えた。


「魔法の手合わせね。まぁやってもいいけど、あなたは戦闘服を着ていても公爵令嬢で妃候補よ。私とやり合って、本当に大丈夫なわけ? 貴族の行事じゃないわよ」


 シャフリネは、レーナに真剣な眼差しのまま忠告した。レーナが氷・水・風の三属性を扱えることは知っている。


 風魔法に限れば自分の方が上だが、本気の戦闘となれば話は変わる。何より相手は公爵令嬢だ。もし傷つけてしまえば洒落にならない――そう理解しているからこその言葉だった。


 しかし、シャフリネの言葉を聞いても、レーナは一歩も引くことなく、逆に堂々と胸を張って口を開いた。


「大丈夫よ、シャフリネ。ちゃんと公爵邸を出る時、お母様から『魔法の手合わせをしてくる』と許可を取ってきましたから」


「なるほど、あなたはお母様に言ってあるのね。なら仕方ないわ、相手をしてあげるわ。そこが、空いているから来なさい」


 シャフリネが指差したのは、的当て用の藁人形が置かれた左端の広い空間だった。ここは普段から、聖騎士団の団員たちがたまに魔法の撃ち合いや剣の稽古で使っている場所だった。


 先程まで雑念を消そうと魔法を連発していたシャフリネだったが、さすがは聖騎士団の副団長というべきか、その魔力にはまだ十分な余裕があった。


「えぇ、わかったわ、シャフリネ。でも今日は、行事の時の私とは違うから覚悟しなさいね」


(行事の時の私、ね……まぁ、そんな意気込まれても、私はレーナ相手に本気を出すつもりはないけどね)


 ふふふと笑いながら余裕の表情を見せるレーナは、一本結びの銀髪を揺らしながら左端へ向かう。一方のシャフリネは、(適当に手加減をしよう)と内心で呟きながら、どうでもよさそうな顔をして彼女の後に続いた。


 左端に着いたシャフリネとレーナは、少し距離をとって向かい合って立つと、まずは互いに一礼を交わした。


「「……」」


 風がそよぐ中、互いに無言のまま、数秒の静寂が場を包んだ。先に動いたのはレーナだった。彼女は一歩下がって左手を突き出した。


「はっ、氷よ弾丸となれ!」


 レーナが力強く呪文を唱えると、突き出した左手から氷の塊が形成され、そのまま一直線にシャフリネへと飛んでいった。


(ふーん、また氷魔法。前もだったわね。まぁ、私の風魔法で吹き飛ばすけど)


 そう余裕な顔を見せつつも、決して油断することなく、シャフリネはすぐさま呪文を唱えた。


「レーナ、またあなたの氷魔法ね。でも聞かないわよ。風よ、氷を弾き返せ!」


 シャフリネもまた左手を差し出してそう唱えると、彼女の目の前に突風が発生し、飛んできた氷を上方へと吹き飛ばした。


 しかし、それを見たレーナは、残念がるどころか感心したように頷いた。そして公爵令嬢としての威厳を保ったまま、真面目な顔でシャフリネに言葉を返した。


「やっぱり、聖騎士団の実力あってか。あなたの風魔法は、すごいわね。私より」

「ふん、当然よ」


 そう称賛を送るレーナに、シャフリネは手加減しているにも関わらず、当たり前と言わんばかりに鼻を鳴らしながら、余裕な笑みをまた見せつけた。だが、そんな顔をし続ける彼女に、レーナは不敵な笑みを向けた。


「じゃあ、これならどうかしら、シャフリネ。はっ」


 そう言って、呪文も唱えず気合いの声だけを発したレーナに、シャフリネは(えっ、何?)と戸惑いを見せた。それと同時に、レーナの左手から複数の水の塊が形成された。


「嘘、レーナが無詠唱なんてっ……!」


 その魔法を見たシャフリネは、信じられないといった様子で目を見開いた。何故なら、以前やり合った時のレーナは無詠唱など使えず、ただ呪文を唱えることしかできない二流だったからだ。


(くっ、レーナのやつ。行事の時は、無詠唱なんてまだだったのに……! 仕方ない、最初から手加減するつもりだったけど。レーナが本気の力を見せてくるなら、私も無詠唱で応えてあげないとね)


 レーナの本気を見たシャフリネは、それに応えるべく決意を固めた。彼女もまた左手を突き出し、(水は氷で撃ち返す!)と心の中で呟きながら、「はっ!」と気合いの声を上げる。


 そして無詠唱のまま、レーナが放ったのと同数の氷魔法の塊を発生させ、真正面からぶつけにいった。


 ドンッ、ドンッ! と、次々に氷と水がぶつかり合い、弾けて消えていく。


(中々やるわね、レーナ。でも、聖騎士団として私が押されるわけにはいかないわ……っ! でも、速い!)


 そう強く意気込むシャフリネだったが、魔法を打ち出す速度はレーナの方が上だった。シャフリネは水の塊をすべて相殺しきれず、すり抜けたその一つを顔にモロに被ってしまった。


「きゃあっ!」


 水を被ってしまったシャフリネは、思わず聖騎士団の真面目な副団長らしからぬ、女の子らしい可愛い悲鳴をあげた。


 当然、彼女の整った赤髪も水を吸い、濡れた前髪が視界を少し遮る。今日はハーフメイルを着けていなかったせいで、中の制服の上半身も、しっとりと湿ってしまっていた。


「……」


 数秒、シャフリネは沈黙した。その姿を見たレーナは、突き出した左手を顎に乗せてふふふと悪い笑みを浮かべる。意地悪なのか、ただの戯れなのか——ただ彼女は、面白がるような顔を見せていた。


 すると、シャフリネは目にかかっていた赤い前髪を左手で掻き分け、手を下ろし薔薇色の瞳を露わにした。そして鋭い目つきをレーナに向け、険しさと怒りが入り混じったその表情のまま、彼女は口を開いた。


「やってくれるじゃない。この淑女の私に、水をかけるなんて……」


 怒りながらそうぼやくシャフリネに、レーナは勝ち誇った微笑みを見せながら、手を下ろした。


「あら、ごめんなさい、シャフリネ。てっきり私の魔法を全て破壊できると思っていたわ」


 それは、聖騎士団の副団長であるシャフリネにとって、かなり痛い屈辱だった。だが、レーナの笑みに悪気はないようにも見え、それは友達としての、率直な言葉だった。


「くっ、言ってくれるじゃない。ならお返しに、私も水魔法を喰らわせてやろうかしら」


 その言葉を聞いたシャフリネは、薄い笑みを見せながら、下ろした左手をゆっくりと上げた。レーナにやり返しをしようとする行動だったが、彼女は悪びれる様子もなく、また挑発しつつもそのままにこやかな笑みでそう告げた。


「やってみなさい、シャフリネ。でも、あなたの口から『淑女』なんて言葉を聞いたのは初めてよ」


『淑女』という言葉に反応したシャフリネは、自分が伯爵家の娘であることをレーナに、会話しながら何度か言っている手前、少し強い口調でこう言い返した。


「淑女って、あなたね……。何度か言ってるけど、私は聖騎士団に身を置いているとはいえ、立派な伯爵令嬢よ。まぁ、団長も貴族だけど」


 そう言いながら、シャフリネは左手を胸に当てた。何故なら、現在彼女は伯爵邸を離れ、王城内の東にある宿舎で暮らしている。


 聖騎士団にいるとはいえ、リカードと同じく、貴族という肩書きを捨てたつもりはない。だからこそ、そうムキになって言い返したくなるのも、彼女にとっては無理のないことだった。


「確かにそうね、あなたは伯爵令嬢。それは否定しないわ。まぁ、団長さんはどうでもいいとして……でも、シャフリネは私と親交……いえ、私とやり合うほどの友達ですものね」


「くっ、レーナ!」


 下ろした手を口元に当てて、レーナは小馬鹿にしたような言い方をした。シャフリネは眉間に皺を寄せ、左手を再び突き出して、無詠唱の水魔法を作り出そうとした。


 だが、レーナは動じなかった。それどころか、口元に当てていた手を下ろした。


(ふふふ、さて。お遊びはここまで。そろそろ殿下のことを聞かせてもらわなくてはなりませんね。殿下は「シャフリネは恋愛対象ではなく、ただの親友だ」と仰っていたけれど、彼女自身の口からは聞いていないもの。ちゃんと確かめなくてはね)


「ねぇ、シャフリネ、その水魔法で仕返ししようと考える前に、少しいいかしら」

「ん、何よ?」


 真っ直ぐで真剣な視線を向けて問いかけるレーナに、シャフリネは一旦、攻撃の手を止めた。そしてレーナは、殿下について話を切り出した。


「さっき親しい人って話をしたでしょ。それには、まだ続きがあるのよ」

「続き……」


 そう呟き、心の中でため息をついた。レーナが訪ねてきた時から、おおよその見当はついていたシャフリネは、呆れ顔をレーナに向けた。


(はぁ、どうせ、殿下との関係でしょうね。そろそろそんな話を切り出すかと思っていたわよ)


「そうよ。あなたが、殿下と親友関係だってことをね」


 レーナが真剣な表情のまま黒い瞳で見つめると、シャフリネは彼女が来た本当の理由に合点がいったように、手元の水魔法を弾けさせて完全に構えを解いた。


「なるほど。やっぱり、そういうこと……。私といきなり手合わせしたのは、それを口実にやってきたわけね」


 レーナの問いに、シャフリネは深くため息をついた。予想通りの展開ではあったが、こうも真正面から突きつけられるとは思っていなかったのだ。


「えぇ、あなたは殿下の親友だけど、一人の女性だし。妃候補は辞退したとはいえ、あなた自身の口からは聞いていないもの。実際のところどうなのかをね」


 鋭く問い詰めるレーナに対し、シャフリネは嘘偽りなく、殿下との関係について彼女に聞こえるようにはっきりと告げた。


「実際のところね……いい、レーナ。ナセドは親友であって、恋する相手じゃないわ。ただ、幼い頃から一緒にいた仲間よ。それに私は妃候補を辞退している。わかってる?」


 シャフリネは迷いも照れもなく事実を述べ、左手でレーナを指しながら強く言い切った。レーナはその言葉を一つも聞き逃すまいと耳を傾け、黒い瞳でじっと彼女を見つめている。


「えぇ、妃の座より聖騎士団を選んだ、あなたのことをね」


 シャフリネの真面目な問いに、心から納得したような顔をするレーナ。それを見て、シャフリネは腰に左手を当ててそのまま言葉を続けた。


「なら、いいでしょう。それに私は、最初から聖騎士団に入ると決めていたの。元団長のお母様のような、立派な聖騎士になるためにね」


「立派な聖騎士……なるほど。あなたが妃候補を辞退した理由は、あまり聞いたことがなかったけれど、そういうことなのね」


 シャフリネがそう言い切ると、レーナは腑に落ちた顔をした。何故なら、彼女はシャフリネの妃候補辞退を知ってはいても、殿下から聞いた『令嬢たちに絡まれるのが嫌だった』という理由しか耳にしていなかったからだ。改めて本人の口からその固い決意を聞かされたのだ。


 そして、その反応を見たシャフリネは力強く「えぇ」と頷く。レーナはふぅと息を吐き、シャフリネに向けていた張り詰めたトゲが消え、公爵令嬢としての威厳を保ったまま薄い笑みを見せた。


「……シャフリネ、あなたを疑って悪かったわ。まぁ、別に最初から疑ってはいなかったですけどね」

「あぁ、それはどうも……。けど、あなたも色々あるだろうけど、頑張りなさいよ、妃候補」


 ナセド殿下が想っている『レレナ』という少女の存在を知っているシャフリネは、複雑な心を抱きながらも、レーナに軽く応援の言葉をかけた。


「えぇ、頑張りますわ。わたくしは公爵令嬢。必ず、とは言えませんけど、少しずつ殿下を射止めてみせますわ」


 そう決意を固めて宣言するレーナに対し、シャフリネはふと空を見上げた。


(……でも、レーナ。あなたはもう、レレナに会っているのよね。あの子がどんな娘か知った上で、それでも諦めないつもりなんでしょう。……本当に、あなたらしいわ)


 レーナの真面目な決意に納得するシャフリネはこれ以上は何も言わなかった。


「そう、頑張って」


 今度は軽い調子で応援するシャフリネに対し、レーナはまたもや悪い笑みを見せながら、思い出したようにあることを切り出した。


「……じゃあ、ナセド殿下が親友なのは分かったわ。だけど、あなたの隣に立つリカード様とは、どうなの?」

「なっ、なんであいつの話なんか!」


 いきなりのレーナの発言に、思わずシャフリネは濡れた頬を赤く染めた。何故なら、彼女はレーナが来る直前まで、リカードのことを考えていたからだ。無理もない反応だった。


 そのシャフリネの様子を見たレーナは、「あら」と何かに気づいたような笑みを返した。


「なんとなくですわ。でも……」


(ふふふ、聖騎士団の副団長といえど、シャフリネもやっぱり女ですわね。リカード様のことを意識していると、顔に書いてありますわ。まぁ、お可愛いこと。でも、これ以上からかうのはやめておきましょうか)


 シャフリネがリカードのことを意識していることに気づいたレーナは、内心でそう呟きながらも、ニヤニヤが止まらなかった。そんな彼女を、シャフリネが薔薇色の瞳を細めて訝しげに見つめる。


「何よ……」

「いいえ、なんでもありませんわ」


 そう言って、レーナはそれ以上表情を崩さないまま、追及を断ち切った。だがシャフリネは、眉間に皺を寄せながら内心でぼやいた。


(なんでもないって、絶対に何か考えているでしょ)


 レーナのニヤニヤとした笑みを見て、何かを見抜かれたと察したものの、シャフリネはそれ以上リカードについては口にしなかった。


「じゃあ、そろそろ私、帰りますわ。魔法の手合わせありがとう。またやり合いましょう」

「くっ……」


 言いたいことだけ言って、シャフリネに水をかけたまま一礼するレーナに対し、シャフリネは悔しさと呆れが混じった顔を浮かべて、また内心でぼやいた。


(レーナのやつ、聞くだけ聞いて帰るのね。私の魔法で仕返ししたかったけど……まぁ、いいわ。次に来た時はやり返してやるわ)


 次に会った時には絶対に水をぶっかけてやると決意を固め、シャフリネは軽く握った左拳を胸に当てた。そして、少しばかり悪い笑みを浮かべながら言葉を返した。


「えぇ、またやり合いましょう」

「ふふふ、じゃあまた会いましょう。シャフリネ」


 そう言って、レーナは広い空間を離れ、訓練所を後にすると、貴族街のある北へと向かっていった。シャフリネは、一本結びにした銀髪の背中を、静かに見送っていた。


 そして、レーナが去って一人になったシャフリネは、砂の地面に座り込み、赤い髪を手でかき分けて、小さなため息をついた。


(はぁ……。結局、リカードのことを考えている時にレーナが来るなんて思わなかったわ。それに、無詠唱の水魔法をかけられるなんて。しかもレーナのやつ、絶対に私が意識していることを見抜いているし。あぁ、まだ一日も経っていないのに、散々だったわ)

「でも……」


 不思議と、嫌な気分は彼女の心にはなかった。久しぶりに気兼ねなくやり合えたことが楽しかったからだ。それに、「友達」と呼び合えたことも悪くなかった。


「ふぅ、まぁいいか。たまにはこういうのも……」


 そう納得しながら、シャフリネは立ち上がった。


「さてと。濡れたままじゃ風邪を引くわね。本部の一階の脱衣所へ行って、水魔法で軽く身体を清めて、替えの制服に着替え直そう」


 そう一人で呟きながら、シャフリネは聖騎士団の本部へ戻っていく。その途中、庭の手入れをしていたメイドたちに『どうしたのだろう』という顔を向けられたが、彼女は気にも留めなかった。そして着替えを済ませ、シャフリネの散々な一日は終わりを告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。