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「平民は愛されない」はずなのに、雲の上の第一王子様から溺愛されています!?  作者: 東明時裕夜


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幕間4 正統派令嬢、レーナの抱く恋と強き決意

 王城の北の裏手の中庭。その一角にあるガゼボの中で、銀髪の公爵令嬢レーナ・アベットは、今日もとてつもなく退屈そうで、不機嫌な表情を浮かべて、白地に青い花柄のティーカップでお茶を飲んでいた。


 なぜ彼女がそんな顔をしているかというと、ナセドがほぼ毎日のように城下町へ出向いていることを知っており、自分があまり相手にされていないからだ。


(私ばかりが空回りしている……)


 レーナは自分でも、自分が押しすぎているとわかっていた。周りの令嬢たちと同じように思われているかもしれないが、彼女は王冠や権力には全く興味がなかった。初めて会った時から、本当はただ、ナセドのことが好きだったのだ。


 しかし、彼女のその強引な性格が災いし、ナセドからは好意を持たれていなかった。


「はぁ……」


 レーナは小さくため息をつき、どうすればナセド様は私に振り向いてくれるだろうかと思いを巡らせている。


「大丈夫ですか? レーナ様」


 心配そうに声をかけてくる他の貴族令嬢たちに対し、レーナは「大丈夫よ」と威厳を保ったまま、高貴な公爵令嬢を演じてみせた。


 そして、レーナはスッと視線を移し、目の前の席に座るナセドの妹――リリアーナへと向き直った。

 彼女はこうして、リリアーナや令嬢たちとガゼボでお茶をするたびに、ナセドの動向を聞き出そうとしているのだ。


「リリアーナ様。本当にご存知ないのですか? ナセド殿下が、毎日のように城下町へと行かれている理由を」

「はぁ……レーナ、何度も言うように私は知らないわ。お兄様が城下町に行っている理由なんて」


 何度も同じことを聞かれているため、リリアーナは心底うんざりした表情を浮かべていた。すると、レーナの取り巻きである他の令嬢たちも突っかかってきた。


「リリアーナ様、そんな言い方あんまりではありませんか」

「あなた様なら、ナセド殿下がどこにいらっしゃるか、わかるはずなのに」

「はぁ、だから……」

(私がわかるわけないじゃない。さっきも、『ただの暇つぶしだ』ってはぐらかされたばかりなのに……)


 リリアーナは、彼女たちからの質問攻めに内心苛立ちを覚えつつも、なんとか適当に相槌を打ち、なんの変わり映えもないお茶会の時間をやり過ごした。

 そして、ようやく頃合いを見計らうと、いつもの高貴な表情を浮かべながらスッと立ち上がった。


「そろそろ、私は帰りますわ」


「あっ、リリアーナ様……」


 引き留めようと左手を伸ばすレーナだったが、リリアーナは「ごめんなさいね」と優雅に一礼をして、その場から立ち去ってしまった。


(はぁ……今日も収穫なしか)


 結局、リリアーナからナセドの動向を聞き出せず、レーナは小さく肩を落とし、お茶会に同席していた令嬢たちは、そんな彼女に心配そうな顔を向ける。


「レーナ様……」

「大丈夫よ。あなたたちはもう帰っていいわ。私も帰るから」

「「はい、失礼いたします」」


 レーナの毅然とした言葉に、令嬢たちは立ち上がり、ガゼボを後にした。そして、一人残されたレーナは独り言のように呟いた。


「リリアーナ様はまた知らないと仰った。つまり、ナセド殿下には、妹君にまで隠したい秘密があるってことね。やっぱり……。そうなると、城下町が一番怪しいわ。あの時だって、私が声をかけても、そっけなく立ち去ってしまったもの。でも、絶対に誰かに会っているはずよ。私や他の貴族令嬢たちには見向きもしないほどの……特別な『誰か』に」


 しかし、公爵令嬢である彼女はひどくプライドが高く、自分からコソコソと探りを入れるようなみっともない真似は決してしない。たとえ、それが愛するナセド殿下に関することであってもだ。


 だが、レーナは持ち前の『女の勘』により、彼が城下町で女に会っているのだと、確信に近づきつつあった。


 それでも、いくら確信していたとしても、余計な真似をして泥を被らないのが彼女の本分である。

 レーナは苛立いらちから左手の指を軽く噛み、悔しげに呟いた。


「一体誰よ……。私という高貴な公爵令嬢や、他の令嬢たちを差し置いて、ナセド殿下の氷を溶かした女は……。くっ、仕方ない、今日はもう帰りましょう。でも、いつか必ず尻尾を出す時が来るはずだわ」


 今日もまた、何の変哲もない退屈なお茶会が終わった。


 そして、ナセドの友人であるリカードを通じてお茶会の招待状が渡された日から、三日後のことである。


 今日も今日とて、他の令嬢たちの姿はなく、レーナは独り自身のドレスを揺らしながら、ナセドを探し出そうと城内を歩き回っていた。


 しかし、どれだけ歩き回っても、当然の如く彼の姿はなかった。


「はぁ……今日もいらっしゃいませんのね」


 そんな寂しさを胸に歩き回っていると、王城の南に位置する聖騎士団本部の庭から、ナセド殿下の声が聞こえてきた。そっと覗き込んでみると、そこにはリカードと話し込んでいる殿下の姿があった。


「あれは、聖騎士団長のリカードと……ナセド殿下」


 彼らに気づき、嬉しくなって近づこうとしたその時。リカードが、レーナにとって聞き捨てならない言葉を口にした。


「これでここの仕事は終わりだが……。なぁ、ナセド。昨日、お前はちゃんと『レレナ』っていう平民の娘から、お茶会の返事を聞けたのか?」

(何、レレナ?平民の娘?誰の事?)


 その内容が気になったレーナはヒールの足音を殺しながら、とっさに庭の植え込みの後ろに身を隠し、息を潜めて立ち聞きを始めた。


 しかし、ナセドとリカードは、レーナが近づいて立ち聞きしていることに気づいていなかった。本来なら聖騎士団長であるリカードが気配に気づくはずだが、レーナが二人の声が届くギリギリの距離を保って隠れていたからである。


(はぁ、こんなコソコソすること公爵令嬢の私がすることじゃないけど、でも気になるわ。平民の娘の、レレナという名の子。もしかして、最近、城下町に行っていたのってそういうこと?)


 ひどくプライドの高い彼女は、心の中で自分にそう言い訳をしつつも、ナセドが城下町へ通っていた理由を、完全に確信していた。そう、レレナという平民の娘に会いに行っていたのだ、と。


「それで、確かお前の話だと、お茶会は四日後に決まったんだったな。そういえば、この前聞きそびれたが、レーナや他の令嬢たちも来るのか?」


 首を傾げて不思議そうに尋ねるリカードに対し、ナセドは首を横に振って真顔で答えた。


「いや、四日後、彼女たちは来ない。他の令嬢たちが来ない日を選んだからな……」

「なるほど、そこまで配慮をしたんだな」


 それを聞いたリカードは腕を組み、納得した顔を浮かべた。親友であるナセドが、レレナに対してかなりの手を回し、深く想い、配慮していることが伝わってきたからだ。


「あぁ……。だが、レーナに関してはわからない。勘が鋭い上に、ほぼ毎日のように来るから、おそらく来てしまうかもしれない」


 ナセドは難しい顔でそう言い、リカードも納得した顔を浮かべたまま「そうだな」と呟く。リカードもまた、レーナの押しの強さはシャフリネと同じくらい知っていたから、容易に想像がついたのだ。


「だが、大丈夫だ。俺がいるからな」


 自信満々に言い切るその姿は、まるで愛する女を守る騎士のようだ、とリカードは親友に対して更なる感心を抱いたのだった。

 だが、その陰で彼らの話を聞いていたレーナは、激しい苛立ちを覚えていた。


(ナセド殿下……。あなたは、私に内緒でお茶会を決行しようとしていたなんてね。いつも、私が何度お誘いしても嬉しくない顔をして、渋々受け入れていたのに。それなのに、その平民の娘を自らお茶会に誘うなんて。しかも、他の令嬢たちが来ない日を選ぶ? あなたは、そんな気配りをするような人じゃなかったはずだわ。それに、あんな強い決意まで見せるなんて……)


 レーナはナセドのことをよく知っているからこそ、彼のその行動がどうしても理解できなかったのだ。さらに、自分たち貴族の令嬢よりも、その平民の娘を守ろうとする彼の言葉に、彼女が納得できるはずもなかった。だが、それでもレーナは決してめげない。


(でも、いいえ……。私は高貴な公爵令嬢よ。その平民の娘に嫉妬なんて抱かない。それに相手はただの平民。いくら恋をすることは出来ても、結ばれることなど不可能なのだから。この私がいるのだし)


 美しい銀髪がふわりと風に揺れる。心の中でそう強がりながらも、レーナの目は鋭い光を帯びていた。それは、その平民の娘にだけは絶対に負けられないという、強い思いの表れであったのだ。


(けれど、お茶会には絶対に参加して差し上げますわ。あのナセド殿下の氷を溶かした『レレナ』という子のことは、気になりますしね。殿下、あなたのお望み通り、私も行って差し上げますわ……。上手く状況を見計らって、平民の娘の存在を知った理由はさりげなく誤魔化し、ナセド殿下に直接お会いして『私も四日後のお茶会に参加しますわ』と伝えることにいたしましょう)


 そう固く決意したレーナは、公爵令嬢としての毅然とした態度を崩さぬまま、優雅なドレスを揺らし、足音を立てずに足早にその場を立ち去った。

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